表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
220/452

マレーの虎 第10章 ティモール島の戦い 2 救援

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 村長の家に通されたウェアとウィンコットたちは、家の広間で長老たちと顔を合わせた。


「この村に訪れたのは、何が目的だ?」


 長老が、質問する。


「住民たちと平和的対話で、友好関係を築き、オランダ軍及びオーストラリア軍を、この島から排除する」


 ウェアは答えながら、若い女性が出した、お茶を一切の迷いも無く、飲む。


「最初に、この村を訪れたのは、貴方がたが、他の敵対意識を持つ村とは違い。話がわかると私が判断したからだ。貴方がたは、他の村とは違い。物事をある程度は現実的に、判断できる知恵を身に付けている」


 ウェアは、お茶を飲みながら告げる。


「それは感謝する。平和的な対話で我々と友好関係を築くと言ったが、それに承諾したとして、お前たちは、どのような事を我々に要求する?」


「我々の要求は2つ、我々に対するゲリラ戦を中止する事と、中立宣言をしてほしい。それ以外は、何も望まん。これを承諾してくれれば、承諾する島民に、不治の病の治療薬の提供及び予防接種を約束しよう。食糧、安全な生活水を提供する用意もある」


 ウェアの説明に、村の若者の1人が質問した。


「承諾しない者には?」


「それは、今の現況を考えれば、理解できるはずだ。この島は、重要な拠点である。連合国軍と我々は、いかなる犠牲を払おうとも戦い、どちらかが、この島に旗を掲げるだろう」


 彼の言った意味は・・・ティモール島全域に戦火を拡大し、どちらかが撤退するまで、あらゆる兵器を駆使して戦うという意味だ。


「これは、会談を承諾してくれた謝礼だ」


 ウェアは、保存性が高い栄養食と、包帯やガーゼと言った応急処置器具が入った箱を渡した。


「ここにいる幼い子供たちは、戦争の影響で十分な栄養を摂取できていない様子。村を見回したが、食糧難や水不足が深刻のようだが・・・医者は、いるのか?もし、いなければ我々が手配する」


 ウェアは、そこまで言った後、また来ると言って、立ち上がった。


 村長の家を出ると、ウェアたちは来た道を戻った。


「今回は、どんな具合だ?」


「長老以下、老人たちの顔を見ただろう。戦火に巻き込まれ、自分たちと関係の無い戦争に血を流す事に、うんざりしている。我々が出した要求は、ゲリラ戦の中止と中立宣言だ。銃を持って戦え・・・では無い。結構、悩むだろうな」


 ウィンコットからの質問に、ウェアは答えた。


 ティモール島は、オーストラリアを拠点にする連合国軍と、大日本帝国陸海空軍南方軍、菊水総隊、新世界連合軍、朱蒙軍からの砲爆撃を常に受けている。


 双方で飛行場を建設すれば、すぐに爆撃機や戦闘機が来襲し、昼間に破壊される。


 夜間に工兵隊、施設隊が飛行場の修復を行い、早朝には使用可能になる。


 そして、また空襲である。


 夜間には、双方の巡洋艦による、艦砲射撃も実施される。


 島民たちからすれば、どちらの勢力に味方しても、得な事は無い。


 産業と言えば農業しか無く、その農業も自給自足のためである。


 当然ながら、戦闘地帯を選ぶ事はできず、双方が対ゲリラ戦や対伏撃戦、対遊撃戦に対処しているため、地上部隊支援を目的とした砲爆撃で、畑や生活水を得るための安全な水源が、次々と破壊されてしまう。


 島民たちからすれば、自分たちの生命と生活圏を守るために、どちらかの勢力に味方する以外に方法は無い。


 双方の勢力が、どんな大義名分を掲げようが、島民達からすれば疫病神以外の何物でもないが・・・


 島民たちが、以前と同じ生活・・・同じとまでは言わないが、それに近い生活を取り戻すには、彼ら自身に選択を求めなければならない。


「川口支隊は、3日後には攻勢を開始する。それまでに決断して貰わなければ・・・」


 ウェアは、そこまで言った後、何も言わなかった。





 川口支隊司令部直下部隊に置かれた独立歩兵大隊(第22歩兵聯隊第3歩兵大隊)第1中隊は、斥候部隊として島の奥深くに足を進めていた。


 第22歩兵聯隊は、一般歩兵部隊の中では練度が高く、精鋭部隊の1つである。


 そのため、主に本隊より、前に展開する斥候部隊として機能している。


「中隊長殿。大隊本部からです!」


 三賀に、無線兵が有線無線機の受話器を差し出す。


「こちら、三賀」


「大隊本部より、三賀中隊へ、現在地と状況を説明せよ」


 大隊本部からの、定時連絡である。


「第1中隊は、目的地に向かって、行軍中。目的地到着まで2時間未満。現在のところ、伏撃及び遊撃の可能性は・・・」


 三賀は、視線の先の枝が不自然に動いたような気がした。


「どうした?三賀中隊」


 大隊本部附通信隊の通信兵の返答に答える事無く、三賀は、不自然に動いた枝を凝視する。


 不自然に動いた枝の下から人影が見えた。


「敵襲!!」


 三賀が叫んだ時・・・軽機関銃の連発音と、半自動小銃の単発音が響いた。


 中隊長の警告は、僅かに遅かった。


 そのため、中隊指揮隊は正規兵部隊による伏激戦を、まともに受けた。


 三賀の腹部に七.七粍小銃弾が被弾し、彼は地面に倒れた。


「中隊長!!」


 中隊長附従卒の朝野が、駆け寄る。


「馬鹿!頭を下げろ!!」


 三賀は、朝野の頭を押さえて、地面に伏せさせた。


 有線無線機を持った無線兵の鉄帽に、弾丸が貫通し、無線兵は即死だった。


 無事な将兵たちが、64式7.62ミリ小銃改Ⅰ型で応戦する。


「どうした?三賀中隊!応答せよ!!応答せよ!?」


 有線無線機の受話器からは、大隊本部の応答を求める声が響くが、誰の耳にも入らなかった。


「衛生兵!衛生兵!」


 朝野が、叫ぶと・・・中隊附衛生兵である看護手が、駆け付ける。


「中隊長殿!」


 衛生兵が、被弾した腹部を診る。


「ここでは駄目だ!安全な場所に、中隊長を移動させる!」


 衛生兵である兵長が、叫ぶ。


 健全兵たちが援護射撃しながら、朝野と衛生兵が中隊長を運ぶ。


「他の小隊は!?」


 中隊長附将校で、先任である少尉が叫ぶ。


「現在急行中です!」


 三賀を安全な場所に運んだ(彼が倒れた場所よりかは、マシというレベル)衛生兵は、銃創を負っている彼に、モルヒネを打った。


「これで痛みは引きます!これから傷口の止血を行います」


 衛生兵は、止血剤とガーゼ等を取り出すと、止血処置を行った。


 原則として、中隊に配置される衛生兵は、2名であるが、救急処置を行う看護手である。


 そのため、できる医療行為は、あくまでも応急処置までである。


 戦争映画等で、戦闘の真最中に外科手術といった医療行為を行うシーンがあるが、あれは衛生兵といっても軍医である。


 一般的な衛生兵は、傷病兵の応急処置までであり、それ以上の医療行為を行う場合は、大隊叉は聯隊附の衛生兵(軍医)がいる所まで搬送する。


「衛生兵!衛生兵は、いないか!?」


 別の場所で、衛生兵を呼ぶ声がする。


「行け!他の者を診てやれ!」


 三賀が、自分の治療を行う衛生兵に叫ぶ。


「わかりました!」


 衛生兵はうなずき、声のする方向に身を低くしながら移動する。


 大日本帝国陸軍の隊附衛生兵(衛生兵は2つに区分されており、隊附衛生兵と病院附衛生兵)は、初登場した時、他の兵科から、見下される兵科だったと言われている。


 内外戦争を本格的に経験するまで、隊附衛生兵は、最も楽な兵科部隊だと、他の兵科から、馬鹿にされたり、笑い者にされていた。


 主な理由として、隊附衛生兵の兵卒たちの任務は、平時の軍隊生活、訓練中に発生した軽い傷等の治療ぐらいしか無かったからであるらしい。


 現在の、50代から40代後半くらいの世代なら、小学生時代に擦り傷等の治療に保健室に行けば、赤チン、ヨーチンと呼ばれる塗り薬を塗られた記憶があるだろうし、家庭でも大抵薬箱には常備されていた。


 つまり、誰にでもできる治療しかしない連中、としか思われていなかったかららしい。


 彼らの存在が、重要視されるようになったのは、日清・日露の戦争後である。


 戦闘地域では、兵士は上官命令無しに勝手に後退する事はできず、負傷兵は、その場で放置されるのが通例だった。


 だが、衛生兵だけは、負傷兵を見捨てる事無く、応急処置を施した後、後方に搬送するため、衛生兵の存在は士気の向上や兵士個人に対し、安心感を与えただけでは無く、それにより、尊敬される兵科になった。


 そのため、戦局が悪化した時等には、敵の士気を挫くためという理由で、優先的に敵の狙撃手に狙われたりしていた(ハーグ陸戦協定やジュネーブ条約では、禁止されているが、戦場で流れ弾に当たった等、言い訳は幾らでもあるし、偶然に当たる場合も実際あるため、法で定めても完全では無い)。


 実際、戦地に投入された下士官が、練兵教育課程中に兵卒の衛生兵とすれ違うと「衛生兵殿に対し、か~しら、右!」と叫ぶ下士官もいたそうだ。


 衛生兵であれば、上位の階級者からも敬称付で呼称され、尊敬の対象だったという。





 第116任務部隊第1普通科中隊指揮所に呼び出された朝野は、小隊陸曹と共に出頭した。


「昨日、斥候部隊として出撃した川口支隊独立歩兵大隊第1中隊が、オランダ海兵隊に伏激された」


 中隊長である3等陸佐が、地図を見下ろしながら説明した。


「被害は?」


「半数は撤退し、1割の戦死者と2割が行方不明だ」


 朝野の質問に、中隊長が答える。


「今朝、川口支隊司令部に協力的現地民から、情報が提供された。行方不明だった中隊長の三賀岳氏中尉は、20名の負傷兵、健常兵たちと一緒に、近くの村に匿われている」


「救出任務ですか?」


 小隊陸曹が、聞く。


「ああ、そうだ。川口支隊は、オランダ海兵隊の遊撃部隊掃討に、歩兵部隊を投入している。彼らの救出を、君の小隊とカナダ陸軍に、任せるとの事だ。すぐに出発してくれ」


 中隊長が、目的の村を指しながら、告げた。


「わかりました」


 朝野は、短く答えて、指揮所を出た。


「・・・・・・」


 三賀中隊には、祖父が配属されている。


 心が激しく動揺しているのを、朝野は必死で押さえた。


(・・・じいちゃん・・・)


「小隊長、どうされました?」


 小隊陸曹が、声をかけてきた。


「いや、問題無い」


 朝野は、意識して平静を装った。


(しっかりしろ、秋吉!こんな事で動揺していたら、じいちゃんに笑われるぞ!)





 朝野小隊は、完全装備で3機のUH-60JAに搭乗した。


 1機に付き10名の普通科隊員が搭乗し、他に機上整備員と機関銃手が3人搭乗している。


「今回の任務は、孤立した小隊弱の隊を救出するだけだが、敵のゲリラ兵やオランダ海兵隊、オーストラリア陸軍からの攻勢の可能性がある。我々に協力的な現地民が生活している集落内で、彼らを巻き込む戦闘は極力避けたいが・・・戦闘状況が発生する可能性もある。非戦闘員及び一般住民の居住地区での戦闘は、自衛隊法の交戦法規よりも国際陸戦法規に記載されている交戦法規が優先される。明確な攻撃と確認できない限りは、こちらから先制攻撃をする事は許されない。各員、いつもと違うから、武器の使用には細心の注意をするように」


 朝野は、いつもと異なる交戦法規が適用されるため、部下たちに再度注意した。


 新世界(ニューワールド)連合軍は、新世界連合軍統一軍法及び連合陸軍法、連合海軍法、連合空軍法で定められた交戦法規と、元の時代で成立している国際交戦法規を遵守している。


 それぞれの作戦行動下の部隊で独自に定められた交戦規定も存在する。


 朝野が所属する第1水陸機動連隊の一部部隊は、新世界連合軍連合陸軍で臨時編制された任務部隊に属している。


 そのため、自衛隊の武器使用は、予め決められた統合編成部隊行動協定で定められている。


 もちろん、これは自衛隊の指揮下に置かれた新世界連合軍の一部部隊若しくは朱蒙軍の一部部隊にも適用される。


「地上からは、第116任務部隊のカナダ陸軍歩兵小隊が、援護と支援のために目的地に向かっている」


「小隊長。彼らの装備には、76ミリ砲を装備したAVGPや、重機関銃を装備した装輪装甲車があるのでしょう?かなり、心強いです」


 朝野小隊で負傷し、隊を離れた小銃隊員の補充要員として配置された小銃隊員が、声をかけてきた。


「そう思いたいが・・・あまり、期待しない方がいい」


 小銃員の直属の上官である、班長が言った。


「どうしてですか?」


「俺たちが助けに行く斥候部隊は、史実でも連合国軍に恐れられた歩兵聯隊に属する中隊だ。だが、待ち伏せ攻撃には弱かった。カナダ陸軍も同じだ。不意を突かれたら、壊滅する可能性もある。だから、あまり期待するな」


 班長が、フィリピン攻略作戦から東南アジアでの戦闘経験で得た教訓を告げた。





 UH-60JAは目的地近くでホバリングし、隊員たちをファーストロープ降下させた。


 朝野小隊の第1陣は、89式5.56ミリ小銃や64式7.62ミリ小銃を構えて展開し、MINIMIを携行した機関銃手も伏せ撃ちの姿勢で警戒する。


 朝野は指揮官であるため、真っ先に地面に着地し、89式5.56ミリ小銃を構える。


「全員無事に着地したな?」


 朝野が、小隊内用の携帯無線機で各班長に聞く。


「「「欠員なし!」」」


「全員無事に、着地しました」


 小隊陸曹が、報告する。


「1班は斥候、2班は周辺の警戒、3班は衛生班を守りながら前進する」


 朝野は、小隊に属する3個班と指揮下に置かれた衛生員4人に指示を出した。


「岩玉2尉。これから集落に向かいますが、道中で敵の攻撃があるかもしれませんので、自分の身は自分で守ってください」


 (いわ)()仁人(きみと)2等陸尉は、研修医官を終了したばかりの新人医官である。


 階級で言えば朝野より上位だが、医官は少し他の幹部自衛官と状況が異なる。


 医官になるには、防衛医科大学卒叉は一般大学医学部で医師免許を所持した状態で、幹部採用試験を得て、幹部候補生学校に入校するが、幹部自衛官としての教育期間は、他の幹部自衛官よりも短く、他の幹部自衛官とは職務内容が違うからだ。


 あくまでも医官の役目は医師としての能力であり、部隊の統率、指揮は重要では無い。


 ただし、医官として自衛隊に入官した場合、スタート地点は2尉からである。


 これは史実の旧軍でも同じく、軍医学校卒者叉は医科大学卒者は、軍医中尉からスタートした。


 医官や軍医は、戦場において最も重要な職務であり、最も尊重されなければならない専門的知識の習得が必要であるからだ。


 そのため、朝野は1個小銃班に、岩玉以下3人の衛生科隊員の警護を命じた。


 岩玉以外の衛生科隊員は、看護官及び准看護官である。


「了解しています。貴方がたの足は、引っ張りません」


 岩玉は、個人自衛火器として20発弾倉を装填した、89式5.56ミリ小銃折曲式銃床を携行している。


 他の衛生科隊員も、89式5.56ミリ小銃折曲式銃床を携帯している。


 朝野小隊は周囲を警戒しながら、前進し、半キロメートル進んだ所で、目的の村を視認した。


 朝野はL型懐中電灯を持って、電源を入れたり、切ったりした。


 海上自衛隊の水上艦で行われる、発光信号のように。


 3回、点灯させた。


 すると・・・


「返信です!」


 64式7.62ミリ小銃の狙撃眼鏡を覗いていた、選抜射手である陸士が報告した。


 朝野も、木造家屋から懐中電灯による返信を、確認した。


「前進」


 朝野が、前進を指示した。


 村に近付くと、救出対象部隊の陸軍兵が姿を表した。


「川口支隊独立歩兵大隊第1中隊長附従卒の、朝野祐三上等兵です!」


「・・・良かった・・・」


「はい?」


「い・・・いや、川口支隊長からの要請で、救援に来た。案内を頼む」


「は・・・はい、こちらです」


 キビキビとした動作で、先頭に立って案内する祖父の姿を追いながら、朝野は自分の感情が頼りなく揺れ動く事に、不安を覚えていた。

 マレーの虎 第10章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますがご了承ください。

 次回の投稿は9月18日を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ