マレーの虎 第7章 祖父と孫
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
ボルネオ島に上陸した菊水総隊陸上自衛隊第8機動師団第12普通科連隊を中核とした第12普通科戦闘団は、橋頭堡を確保した水陸機動団第1水陸機動連隊と、合流した。
第12普通科戦闘団は、中核の普通科連隊を除き、西部方面戦車隊から74式戦車で編成された1個戦車中隊、西部方面特科連隊から155ミリ榴弾砲FH-70を主装備とする1個特科大隊、施設中隊、高射特科中隊、対舟艇対戦車小隊、後方支援隊等で編成されている。
「あんな旧式装備まで、投入するのか・・・」
第12普通科戦闘団本部の補給や後方支援等を担当する幕僚、第4科長の3等陸佐がつぶやく。
旧式という表現を使った3佐自身も、若手では無く、かなりの年配である。
第12普通科戦闘団第4特科大隊本部直轄に、ハワイ諸島オアフ島に配備された第1特科団第1特科群第104特科大隊から派遣された、203ミリ自走榴弾砲2輛で編成された、重特科小隊が所属している。
第4科長の台詞は、砂浜に乗り上げた輸送艦から揚陸される203ミリ自走榴弾砲と、予備部品、予備弾薬等を満載した補給車輌を見ながらのつぶやきだった。
「新世界連合軍連合空軍等の拠点であるグアム島のアンダーセン空軍基地に置かれている航空自衛隊の分屯基地には、アメリカ本土を空襲したB-52が、長期の補修と整備点検を終え、ようやく運用が再開されるそうだ。同じ老体でも、活躍の場が無いのは203ミリ自走榴弾砲だけだ」
第4特科大隊長の3等陸佐が、答える。
「しかし・・・陸上自衛官に入官して、203ミリ自走榴弾砲が演習場で火を噴くのは見ていたが、この歳になって、実際の戦場で砲撃するのを目にする事になるとは・・・」
2人の3佐は、陸士からスタートし、入隊から30年で3等陸佐に昇り上げた幹部自衛官だ。
第1特科団では無いが、麾下部隊の第1特科群は、旧式装備である203ミリ自走榴弾砲で装備された4個特科大隊で編成されたため、74式戦車部隊、護衛艦[しらね]、[くらま]、[ひえい]、F-4EJ改部隊と同じく、老兵部隊と若手自衛官たちに囁かれているだけでは無く、同じ野戦特科隊員たちからも、言われている。
物資集積所の機能も有するため、警備部隊が展開し、敵機からの攻撃に備えて、93式近距離地対空誘導弾や、91式携帯地対空誘導弾が配置されている。
海岸線を含む、周辺地域の安全は確保されており、連合軍や義勇軍からの正規戦の可能性は無いが、非正規戦によるゲリラ・コマンド攻撃の可能性があるため、64式7.62ミリ小銃を装備した補給処警衛部隊の警衛隊員が巡回している。
「物資揚陸作業も、この様子なら、本日の夕方までには終わるな」
第4科長がつぶやく。
明後日には、前線に展開している部隊と、交替する手筈になっている。
これは、ボルネオ島に上陸している大日本帝国陸軍南方軍第24歩兵師団第24自動車化歩兵旅団(第22歩兵聯隊と第32歩兵聯隊)も同じである。
同師団麾下の第124自動車化旅団(第89歩兵聯隊、第104歩兵聯隊)が、交替して展開する事になっている(戦場に足を着けたからと言って、すべての部隊が戦闘を行う訳では無い。後方で待機する部隊と前方に展開する部隊に分れる)。
例を出せば、2000年代の戦争でも、15万規模を投入した陸軍でも、実際に前進し、正規戦を行った部隊は、1個旅団若しくは1個師団程度である。
後の部隊は、後方待機、兵站地帯の安全確保、勢力圏内の治安維持活動であった。
ふと、第4科長の3佐は、心に浮かんだ事をつぶやいた。
「・・・しかし、迷信だとは思うが・・・古くなった道具には魂が宿ると言うが・・・」
「付喪神か?」
「ああ。兵器とはいえ、人の命を奪わずに役目を終え、解体されて一生を終えるのと、兵器としての役目を全うして一生を終えるのと、どちらが幸せなのかと・・・もしも、こいつらに魂が宿っていたら、聞いてみたいと思うな」
「それは、俺たち人間も同じだ。まあ・・・俺たちくらいの歳なら、割り切って考える事もできるが、若い連中には、割り切れない思いを抱いている者も、いるだろうな・・・」
「そうだな」
陸上自衛官、特に若手の10代から30代前半の隊員たちの内、かなりの数の隊員が、程度に差はあるが、戦闘後に、戦闘ストレスから来る、体調不良や精神不安定の症状を発症している。
いかに覚悟をしていたとはいえ、戦場の現実を目の当たりにして、平然としていられる程、人は強くない。
これは、自分たちに限った事では無く、この時代の連合国、枢軸国の軍人たちでも同じだろう。
水陸機動団第1水陸機動連隊は、第12普通科戦闘団と戦線を交替すると、第1連隊は、補給、整備、休養が行われた。
ボルネオ島に上陸した第1水陸機動連隊は、橋頭堡の確保と勢力圏内拡大のために、進撃を行ったが、南方の密林と気候は、容赦無く彼らに襲いかかった。
それは、人間対人間の戦闘以上に、無慈悲で冷酷だった。
[おおすみ]型輸送艦[くにさき]は、補給物資等の輸送任務だけでは無く、短期間で回復の見込みがある傷病者を受け入れる病院船として、ボルネオ島上陸地点の沖に展開しているため、ボルネオ島に上陸した陸上自衛隊員たちの休養施設として、開放された。
全通甲板の一部を間借りし、野外入浴施設を設置し、隊員たちのケアを行っている。
水陸機動団第1連隊に所属する朝野秋吉3等陸尉は、自身が指揮する小隊と共に、[くにさき]に乗艦し、野外入浴施設で疲れを癒した。
[くにさき]の第1甲板は、野外入浴施設と簡単な軽食が食べられる休憩エリアを設けて、前線に投入された隊員たちの精神的なケアを行うと同時に、簡易な健康診断等も受けられる医療施設も用意している。
第4甲板は、傷病者たちの入院施設及び野外手術システムが置かれている。
[くにさき]で手に負えない重傷病者は、病院船[こんよう]に搬送される。
朝野は、入浴をすませた後、ボランティア団体が設置した出店に顔を出した。
出店も第1甲板を利用しており、いくつかの軽食だけでは無く、防衛局から特別な許可の元で、アルコール飲料も提供される。
「お疲れさまです!これで、鋭気を養ってください」
大阪のおばちゃんのような親しみを込められた口調で、声を掛けてくるスタッフから、紙コップに淹れられたビールが提供された。
「ありがとうございます」
朝野が受け取り、紙コップに入ったビールを飲む。
風呂上がり、という事もあるが、南方地帯という地理上、冷えたビールがとってもうまい。
[くにさき]で、提供されているアルコール飲料は、規程として10パーセント未満のアルコールのみの提供を認めると定められており、他に焼酎やウィスキーも存在するが、すべて水で薄められている。
簡易テーブルや椅子も設置されているが、ほとんど埋まっており、多くの隊員が立ったまま飲んだり、食べたりしている。
「お疲れさまで~す!!」
あちらこちらの出店にいるスタッフたちは、総動員態勢で、アルコールや軽食を、提供していた。
「焼きそばと、たこ焼きを1つずつ」
朝野はビールを飲み干した後、『焼きそば・たこ焼き』と書かれた看板を立てかけている出店のスタッフに注文した。
「少々、お待ちください」
スタッフは、慣れた手つきで、焼きそばとたこ焼きの入ったパックを、朝野に渡す。
「隊長~!こっち、空いていますよ~!」
朝野の部下である陸士たちが、手を振っている。
彼らのテーブルには、すべての出店を回ったのか、何でもある。
朝野は、部下たちが取っていてくれた席に腰掛けると、部下たちと共に雑談をしたり、ビール等のアルコール飲料を楽しんだ。
少し離れた場所に設置されている特設ステージでは、大日本帝国から派遣されてきた慰問団の団員が、漫才を披露し、周囲を笑いの渦に巻き込んでいる。
もちろん、規模に差はあるが、南方戦線の各地でも、同じようなガス抜きが行われている。
例えば、パレンバン攻略に参加した連合空挺部隊も交替で、朱蒙軍海軍第3艦隊に所属するヘリコプター揚陸艦を使って、[くにさき]と同じような娯楽を楽しんで、息抜きをしている。
新世界連合軍連合海軍第2艦隊第3空母戦闘群旗艦である[クイーン・エリザベス]級航空母艦[ロバスト]も、一時的に空母任務を中断し、上陸部隊将兵に娯楽を提供していた。
特に[ロバスト]では、広大な飛行甲板を利用して、出店だけでは無く、コンサートやスポーツ大会まで行っている。
菊水総隊陸上自衛隊水陸機動団第1連隊が補給と補修及び隊員たちの休養のために、一時後方に下がったが、ボルネオ島に上陸した大日本帝国陸軍南方軍第24歩兵師団第24自動車化歩兵旅団も、補給と補修や将兵の休息及び補充兵を受け入れていた。
陸軍船舶集団の輸送駆逐艦で、本土から補充兵として送られた将兵たちが、ボルネオ島に送られた。
輸送駆逐艦から降ろされた上陸舟艇で、南方の砂浜に足を着けた朝野祐三上等兵は、第24歩兵師団補助兵団に配属されてから、供与された背嚢と64式7.62ミリ小銃改Ⅰ型を背負っている。
朝野は、本土にある陸軍幼年学校卒業後、上等兵を拝命し、南方戦線に送られた。
彼は、専属の上官である軍曹から、新しく配属される部隊を通知された。
朝野祐三が配属される隊は、第24自動車化歩兵旅団第22歩兵連隊第3歩兵大隊第1中隊である。
中隊に配属されたのは、彼を除くと11人である。
中隊長から簡単な挨拶を受けると、補助兵たちの配置が言い渡された。
朝野は、中隊長付の従卒だった。
「そんなに固くなる事は無い。俺も召集された予備役で、前中隊長が負傷により後送されたため、中隊長代理を任されているに過ぎん」
中隊長は笑いながら、10代の兵卒たちの肩を叩いた。
中隊に配属された補助兵たちは、それぞれの隊の元に出頭した。
従卒である朝野は、その場に残る。
「朝野上等兵」
「はい!」
中隊長に声をかけられると、朝野は大きな声で返事をした。
「俺は、しばらく故郷の愛媛の話を聞いていない。お前は、第24補助兵団に配属される前に、愛媛にいたそうだが、どんな状況だ?」
中隊長は、朝野を椅子に座らせると、故郷の話を聞いた。
朝野は、中隊長に聞かれた事に答えた。
ソ連や英蘭印連合軍の本土上陸や、連合軍の戦略爆撃機による本土空襲にも、故郷は無事であり、戦争前と変わらない生活を送っていると・・・
「そうか、それは良かった」
中隊長は、安心したように、つぶやいた。
朝野が仕える事になった若手将校は、三賀岳氏中尉である。
三賀は、自己紹介でも言った通り、元は愛媛松山にある小学校の教師を勤めていた。
開戦から数日後に陸軍省は、陸軍予備軍第1次動員から第2次動員まで行ったため、予備少尉だった彼は、小隊指揮官として動員された。
フィリピン攻略戦に従軍し、新任少尉の中では、最も勇猛果敢な戦果を出した。
今は中尉であるが、中隊長代理を務めている。
「中隊長代理殿!」
伝令兵が、入ってきた。
「大隊長殿が、お呼びです!」
「わかった」
三賀は立ち上がり、伝令兵に案内されて、大隊長の天幕に移動した。
この後、彼は制式に中隊長に任命されるのであった。
歩兵中隊の指揮官は、通常は大尉が任命されるが、戦時下であれば規程通りの階級で任命されない場合もある。
歩兵聯隊長が大佐では無く、中佐が任命されるように、中隊長も大尉では無く、中尉が配置される場合もある。
朝野は三賀に付いて、中隊に属する各小隊の視察を行っていた。
第22歩兵聯隊は、ボルネオ島上陸後の戦闘で、少なくない数の戦死者と重軽傷者を出していた。
補助兵は、師団麾下の補助兵団(旅団規模)と、歩兵旅団麾下の補助兵大隊があるが、補助兵が動員されても、以前のような隊として機能を維持する事は難しい。
新しい兵が配置されれば、前にいた兵の代りを、やってもらわなければならない。
兵員が損失すれば、元の隊としての練度を回復させるのには時間がかかる。
師団麾下の工兵大隊に所属する建設工兵たちが造った簡易な訓練場で、歩兵科訓練が行われていた。
伏せ撃ちによる実弾射撃や銃剣戦闘訓練、障害物を迅速に乗り越えるのと、くぐり抜ける訓練等が行われている。
「朝野上等兵。新式の自動小銃は、扱えるのか?」
三賀が問いかけると、朝野は答えた。
「はい!単発射撃は問題無くできますが、連発射撃は・・・あまり得意ではありません」
朝野が、陸軍幼年学校時代に使用していたのは、三八式手動装填式小銃であった。
64式7.62ミリ小銃改を初めて握ったのは、第24歩兵師団第24補助兵団に所属してからだ。
ただし、補助兵団は予備部隊であるため、全兵士に64式7.62ミリ小銃改が行き渡る訳では無く、予備歩兵携行火器である一式半自動小銃が配備された。
「分解結合には、慣れたか?」
「いえ!毎日武器軍曹殿の指導の下で、勉強中です!」
「そうか、我々がここにいるのは短い。短い時間を有効に使わなければならない」
三賀が、そう言うと、ある場所に視線を向けた。
朝野も、つられて中隊長が見る方向に視線を向ける。
椰子の木等で簡単に作られた急造村で、密林地帯に溶け込む迷彩服を着た歩兵分隊が、集落内での戦闘訓練を行っていた。
「少し、俺に付いて来い」
三賀がそう言って、歩き出すと、朝野は、その後ろを付いていく。
「三賀中尉。どうされました?」
迷彩服を着た分隊の訓練区域に近付くと、1人の男が声をかけてきた。
「朝野少尉。精がでますな」
三賀の言葉に、朝野上等兵は、自分と同じ苗字を持つ将校に、顔を向けた。
「昨日の息抜きで、隊員たちは士気も高く、訓練にも力が入っています」
迷彩色の帽子を被った朝野少尉が、迷彩帽を被り直しながら答えた。
「それで、何か用ですか?」
「そうそう。時間があれば、俺の中隊に配属された新兵たちを、見てやってくれないでしょうか?新式の自動小銃は、貴方がたの方が使い慣れていますから」
三賀の申し出に、朝野少尉は、少し考えた。
「64式小銃を使い慣れている隊員は、うちの小隊でも僅かですから、どんな指導をお望みですか?」
「そうですね。前に挺進兵資格保持兵(陸上自衛隊レンジャー徽章保持者に対する大日本帝国陸軍兵の呼称)が行った、目隠し状態での分解結合を見せてもらえないでしょうか?まずは、それからです」
三賀の言葉に、朝野がうなずいた。
「わかりました。戦闘訓練が終了した後の、小銃の分解結合時に説明します」
朝野は、快く承諾した。
「そう言えば、そちらの兵卒は?」
「はい!三賀中隊長付従卒の、朝野祐三上等兵です!」
「・・・・・・」
朝野上等兵が名乗った時、朝野は目を丸くした。
しばらくしてから、朝野が口を開いた。
「朝野秋吉3等陸尉だ」
目の前の少尉が、口を動かしたが、朝野上等兵が、はっきりと聞き取れたのは、名前と階級のみだった。
(じいちゃん・・・)
朝野は心の中で、つぶやいた。
まさか、祖父に出会えるとは、夢にも思わなかった。
「・・・あの・・・少尉殿・・・どこかでお会いした事が、ありますでしょうか・・・?」
「いや、多分・・・無い」
正直、驚きのあまり、長く見詰めすぎたらしい。
不思議そうに、首を傾げて問いかけてくる若き祖父に、朝野は首を振って否定した。
マレーの虎 第7章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。




