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マレーの虎 第6章 白い悪魔 後編 戦場のセイレーン

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

[きぬがさ]船長が、仮眠をとろうと船橋を離れようとした時に、通信士が緊急報告を上げた。


「船長![津軽]型給糧艦[対馬]が。連合国軍潜水艦からの雷撃を、受けました!」


「何!?」


 緊急報告に、船長の眠気は吹っ飛んだ。


「被害状況は?」


「[対馬]は、艦尾に魚雷を受けました。沈没の恐れはありませんが、推進器の1器が破損し、速力は極めて低速です。護衛艦として配置されていました[鵜来]型海防艦[志賀]が、魚雷攻撃の盾となり、大破炎上、沈没中との事です!」



「救難要請は?」


 船長が問うと、通信士が答える。


「出されています。現在、南シナ海方面のフィリピン湾港施設や、最寄りの港湾施設を拠点にする連合支援軍海軍、連合海軍第4艦隊、近くを航行している第6艦隊第601合同任務部隊の駆逐艦、フリゲート、巡視船、航空部隊が急行叉は救助活動中です」


 その報告を聞き、船長は[きぬがさ]を急行させる必要性は無いと考えた。


 それよりも・・・


「海図を、見せてくれ」


 夜間配置についている航海士補が、海図を見下ろしながら、書類作成や航路等のアナログでの確認作業を、中断させた。


 船長は、印をつけられた給糧艦[対馬]の位置を確認し、魚雷を発射した潜水艦の逃走路を予想する。


「連合国側に付いた、自由フランス領のインドシナ半島が、最も近いが・・・その可能性は低い」


 自由フランス政府及び自由フランス軍、アメリカ軍の拠点であるインドシナ半島が最も逃走ルートの候補だが、インドシナ半島の一部は、新世界連合軍連合支援軍に属するベトナム人民共和国人民軍(主に陸軍の正規軍部隊と義勇軍部隊)が潜入し、彼らに懐柔されたベトナム人によるベトナム解放民族戦線が、積極的にゲリラ戦、破壊工作、攪乱工作、諜報活動を行っている。


 もしも、連合軍の潜水艦が軍港に入港すれば、すぐに発覚する上に、連合支援軍ベトナム人民陸軍正規部隊が、破壊工作を行う。


「と、なれば・・・」


 船長は、おおよその見当をつけて、当直航海士に命じた。


「針路変更!ルソン海峡に、急行せよ!」


 航海士は、復唱し、操舵手に針路変更を命じる。


 航海要員たちが、驚いた顔をしたが・・・誰も、指摘しない。


[きぬがさ]船長は、船長としてベテランであり、海上保安庁が運用する大型巡視船の船長の中では、5本の指に入る名船長だ。


 ルソン海峡は、南シナ海とフィリピン海を結ぶ海峡であり、台湾とフィリピンの中間地点である。


 大日本帝国本土を中心とした海上輸送路でもあるため、常に水上艦、潜水艦、対潜哨戒機による哨戒配置が行われている。


 大日本帝国海軍籍駆潜艇や海上警備隊籍警備艦も派遣され、海上警備が行われている。


 しかし、何事も完璧では無い。


 警戒網が厳しい、という事は・・・


 それだけ、突破できる隙間も大きい、という事だ。


 わかりやすく例えるなら、夜の道で、ひったくりにあったとする。


 ひったくりを受けた被害者は、すぐに警察に通報するだろう。


 当然、通報を受ければ、ひったくり犯を捕まえるために。付近の警察が出動するだろう。


 ここで重要になるのは、ひったくり犯が、どのルートで逃走するか?である。


 例えば、逃走ルートが2つあるとして、1つのルートは何も無い一本道。


 もう1つは、何も無い一本道だが、交番がある。


 と、したら・・・


 一般人なら、ひったくり犯は、暗く、何も無い一本道を選ぶと思うだろうが、それは、どうだろう?


 もしも、そのひったくり犯が極めて頭が切れる人物だとしたら、迷わず交番があるルートに行く。


 そこで、警戒配置に付いた警察官と出会えば、普通に声をかけ、捜査に協力的姿勢を見せる等をすれば、怪しまれる可能性が低くなる。


 警察官も人間だ。


 人間である以上、弱点はある。


 凶悪犯罪等の捜査経験のある警察幹部の言葉がある。


『犯罪者は、人間心理の達人である。常に一般人だけでは無く、警察組織の10歩先を進んで行動している』


 ある国の世界一の犯罪都市では、警察官等の法執行関係者と親しい者、親しく話しかける者が一番怪しい、と言われている。


 船長は、潜水艦は、警戒網が厳しいルソン海峡を突破する事を、予想した。





[トリガー]は、第2射を発射せず、第1射を発射の成果を確認すると、急速潜航し、深度160メートルまで潜り、速力10ノットで戦闘海域を離脱した。


 戦果としては、護衛の戦闘艦を1隻撃沈し、補給艦1隻を小破にした程度である。


 あの状況下なら、第2射も発射できたが、行わなかった。


 これまでの経験から、戦果に溺れず、一撃離脱戦法を駆使しなければ、大日本帝国海軍とゴースト・フリートの対潜捜索網を突破する事は極めて難しい。


 そして、艦長は恐れていた。


 あの、戦場伝説を・・・


「艦長。そろそろ、潜望鏡深度まで浮上し、シュノーケル航行で、バッテリーの充電をしませんと・・・」


 副長が、具申する。


[トリガー]は、この作戦期間中、1度も浮上していない。


 空気の入れ換えとバッテリーの充電は、敵の目を盗んで、シュノーケル航行で行っていた。


「ソナー。付近に、航行する艦船は?」


「ありません」


「・・・・・・」


 艦長は、少し悩んだが、バッテリーの充電と空気の入れ換えも、しなければならない。


「よし!潜望鏡深度まで浮上!」


 艦長の指示で、[トリガー]のバラスト・タンクが操作され、海水が排水される。


[トリガー]の艦体が、浮き上がる。


 深度160メートルであるため、潜望鏡深度まで浮上するのに、時間がかかる。


 ソナー員は、慎重に周囲を警戒する。


 深度50メートル程度に達すると、念を入れて、ソナーの感度を上げた時・・・


 ピーン!


「ソナー音探知!駆逐艦です!」


 ソナー員が、叫ぶ。


「急速潜航!深度180!」


 ピーン!ピーン!ピーン・コーン!


「敵駆逐艦に、探知されました!増速して、こちらに向かってきます!」


 ソナー員が、報告する。


「敵駆逐艦!爆雷を投下!」


「急げ!敵の爆雷が、届かない深度まで潜るんだ!!」


 大日本帝国海軍の爆雷は、一番深く届く物で、150メートル程度とされている。


 アメリカ海軍でも、120メートル程度から、160メートル程度まで届く爆雷が開発されている。


 海上に投下された爆雷の沈降速度は、毎秒10メートル以上・・・


 どちらが先に、到着するか・・・


[トリガー]の至近で、爆雷が炸裂した。


 爆雷の炸裂により、[トリガー]の艦体を、衝撃波が襲った。


 炸裂した爆雷は、[トリガー]よりも下で爆発したため、その衝撃波を真面にくらう。


 爆発は2回だけであったが、それだけでも[トリガー]には強烈だった。


「魚雷室浸水!!」


「兵員室浸水!!」


 司令塔に、浸水の報告が入る。


「こちら機関室、負傷者発生!!」


「潜航指揮官。深度は?」


 艦長は、ズキズキする額を押さえながら聞く。


「深度100メートルです」


 潜航指揮官の報告に、艦長は額を押さえた手を見る。


 血が付いていた。


 艦長は、司令塔に置かれている救急箱を取り出し、止血剤とガーゼを傷口にあてる。





[きぬがさ]は、僚船と共にルソン海峡を目指していた時・・・


「船長!大日本帝国陸軍船舶集団第5船舶団第51戦闘船舶聯隊所属の1号型海防艦11号海防艦より、緊急電文です!」


「何だ?」


「はい!対潜哨戒任務中に、連合国軍潜水艦を発見!爆雷攻撃を行った。との事です!」


「やはり、ルソン海峡を目指していたか・・・」


 船長は、小声でつぶやくと、艦速を増速させて、発見海域に急行した。


「しかし、運送艦護衛任務中の陸軍船舶部隊が、潜水艦を発見するとは・・・」


「連合軍潜水艦乗組員の運は、とても悪いのでしょう」


 大日本帝国陸軍には、船舶工兵科と船舶輸送科という独立兵科が存在し、陸軍籍の軍艦を運用する。


 船舶工兵科が運用するのは、海防艦及び駆逐艦といった、戦闘艦及び駆潜艇や哨戒艇等の戦闘艇である。


 上陸舟艇の運用も、担当する。


 さらに陸軍では、水陸両用作戦を目的とした、揚陸艦運用計画を進めている。


 船舶輸送科は、戦闘艦では無く、物資輸送機能を持つ運送艦や病院船、兵員輸送等を行う輸送艦を運用する。


 陸軍では、船舶集団を新設し、麾下に5個船舶団がある。


「海防艦11号艦は、対潜攻撃を継続しているか?」


「いえ、現在は爆雷攻撃を中止し、速力12ノットに減速し、ソナーで海中を捜索しています」


 通信士からの報告を聞いた後、船長は腕を組んだ。


 爆雷攻撃を受けたため、潜水艦は、ある程度のダメージを受けただろうと予想される。


 海中で、完全に機関を停止し、静かに潜んでいるはず・・・


「現場海域に到着しだい、ソナーによる捜索を行う」


 恐らく、海防艦11号艦の通信は、付近の艦船にも届いている。


 近くにいる艦船が、急行している頃だろう・・・





 大日本帝国陸軍船舶集団第5船舶団第51戦闘船舶聯隊第52戦闘隊に所属する海防艦11号艦は、運送艦及び随伴艦の先導に付き、対潜、対水上、対空警戒を行っていた時に、連合国軍潜水艦を探知した。


 1号型海防艦は、海軍聯合艦隊海上護衛総司令部が運用する[鵜来]型海防艦を、陸軍仕様にした海防艦である。


 主な改良点として、物資輸送能力の追加及び上陸舟艇の搭載機能、上陸舟艇を運用するクレーン等の後付けである。


 乗員150人以外に、完全武装の陸軍兵100人の輸送能力機能を、追加している。


 そのため、海軍からは海防輸送艦とも呼称される。


 陸軍が運用する軍艦の主任務は、陸軍兵を安全に輸送する事であり、その安全に輸送する範囲内で戦闘艦を運用するが、主任務は輸送任務である。


 もちろん、駆逐艦も運用しているが、輸送機能を有する[松]型輸送駆逐艦を陸軍仕様にした輸送駆逐艦である。


 そのため、陸軍が運用する戦闘艦の対水上戦能力は、高く無い。


 あくまでも遊撃戦を仕掛ける駆潜艇や水雷艇とは戦えるが、同級の駆逐艦や海防艦が相手では、厳しいだろう。


「聴音室。潜水艦らしき音は?」


 海防艦11号艦の艦長である大尉が、聴音室に直接聞いた。


「探知できません」


 聴音員が、報告する。


「艦長。撃沈したのでは・・・」


 副長である中尉が、言葉を掛ける。


「・・・・・・」


「艦長!第5船舶団司令部から電文です!」


「読め」


「はっ!第11号艦は引き続き、対潜捜索を続けろ。との事です」





 浸水箇所の修復を、どうにか完了した[トリガー]では、海上でしつこく対潜捜索を行っている対潜艦に頭を悩めていた。


「艦長。艦内の二酸化炭素濃度が、上昇しています。このままでは、後1時間で、全員が意識を失います」


 軍医が、報告する。


「・・・・・・」


[トリガー]に設置されている酸素製造室は、爆雷攻撃で破損し、予備の酸素供給装置1器だけで艦内全域に酸素を供給している。


 だが、本来は3器で対応する装置が1器だけでは、どうにもならない。


「バッテリーは、どのくらい残っている?」


「稼働させれば、10分程度です」


「・・・・・・」


 ソナーの報告では、今のところ、近くに居るのは1隻のみである。


 このまま無音状態で浮上すれば、発見される事も無く、雷撃で沈める事もできるかもしれない。


 だが・・・もしも、海上だけでは無く、空からも自分たちを捜索していたら・・・


「艦長。ご決断を」


 酸素の不足から、副長が息を切らしながら、決断を促す。


「・・・わかった。無音浮上。ゆっくりと・・・」


[トリガー]のバラスト・タンクが排水され、ゆっくりと艦が浮く。


「ソナー、敵艦の位置は?」


「本艦より右側に位置しています。低速で、海中を捜索しています」


「深度90・・・80!」


 潜航指揮官が、報告する。


「低速でスクリュー始動!操舵手、ゆっくりと右に舵を切れ!」


 艦長の指示を受けて、操舵手がゆっくりと舵を右に回す。


「まもなく潜望鏡深度です!」


 潜航指揮官が、報告する。


「潜望鏡上げ!」


 潜望鏡が上がり、艦長が覗く。


「敵艦を発見!速力12ノットでゆっくり左に旋回しながら航行中!魚雷全門発射用意!」


「魚雷全門発射用意よし!」


「ファイア!!」


 艦長の指示で、艦首に装填された6本の魚雷が発射される。


「敵艦!増速!」


 ソナーから報告が入る。


「魚雷発射に、気づいたか?」


 潜望鏡で増速中の敵艦を見ながら、艦長がつぶやいた。


「・・・まさか?」


 この時、艦長の脳裏に不吉な予感が過ぎった。


 慌てて、潜望鏡を反対に回す。


「な!?白い悪魔だ!!」


 遠くの海上で、白く塗装された軍艦(巡視船)を視認した。


「こ、後方より、魚雷接近中!」


 ソナー員の叫び声が、届く・・・


 しかし、艦長は何もしなかった。


 と言うより、何もできなかったが、正しい。


 連合国軍では、スペース・アグレッサー軍の灰色の軍艦よりも、白い軍艦を最も恐れている。


 白い軍艦を見たら、必ず沈む・・・


 多分に誇張された、戦場伝説・・・


 酸素不足と、極度の疲労・・・そして緊張。


 そんな、極限状態であったから見えたであろう幻影。


 白く、美しい女神。


 それが、微笑をたたえて手招きをする・・・


「ひいぃぃぃっ!!来るな!!来るなぁぁぁぁぁ!!!」


 艦長が絶叫した。


 白い軍艦から発射されたと思われる魚雷が、[トリガー]の艦体に命中し、激しく艦体を揺らした。


 すさまじい爆発により、艦尾は完全に破壊され、そのまま大量の海水が流れ込む。


[トリガー]は、艦尾から沈み始めた。





「魚雷命中を、確認!」


[きぬがさ]の船橋で、航海士補が報告する。


 双眼鏡でも確認する必要が無いぐらいの、水柱が上がった。


[きぬがさ]の中部甲板に搭載されている短魚雷発射器から、海上自衛隊でも97式短魚雷が調達されるまで、調達されていたMk46短魚雷を発射した。


 原子力潜水艦や通常動力型潜水艦の性能向上等で、旧式化したMk46だったが、性能向上型として設計されたMk50は、高性能と引き替えに高価でもある。


 安価で、攻撃力の低いMk46短魚雷は、海上保安庁が運用するには、問題無いとして、海上保安庁では、対潜水艦警告用及び自衛用として装備している。


 しかし、いくら、速力、攻撃力、追跡力等の能力が劣ると言っても、それは現代の潜水艦、原子力潜水艦に対してであった。


 この時代の潜水艦には、これでも過剰と言える。


「艦体破壊音を探知!」


「海防艦11号艦!魚雷回避成功!」


[きぬがさ]の船橋で、次々と報告が入る。

 マレーの虎 第6章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますがご了承ください。

 次回の投稿は9月4日を予定しています。

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