断章 石垣頑張る 後編
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
朝食を終えた研修生たちは、体力検定が開始された。
迷彩服を着た状態で、50メートルプールを500メートル、平泳ぎで泳ぐ。
迷彩服及び戦闘装具を身に付けた状態で、M16アサルトライフル(弾倉脱着状態)を持って、2キロメートルを走る。
腕立て伏せ及び腹筋運動を、2分以内で回数を競う。
これが、体力検定の各種目である。
石垣にとっては、迷彩服と半長靴で50メートルプールを500メートル泳ぐ事は馴染みの無い経験だが、迷彩服と戦闘装具状態で自動小銃を持って走る、腕立て伏せや腹筋運動は、江田島の防衛大学校、海上自衛隊幹部候補生学校時代で何度も経験し、護衛艦付立入検査隊教育課程である立入検査課程や護衛艦付海陸両用支援隊教育課程の海援隊課程で経験した。
これらの副資格に該当する副特技は、年に1回必ず訓練課程に出向く必要があり、石垣自身も体力錬成を怠った事は無い。
しかし、体力検定が開始されると、陸上自衛隊・・・特に海兵隊機能を有する水陸機動団や、第15旅団普通科隊員、第8機動師団普通科隊員には、敵わなかった。
完全装備状態で走る検定でも、上位を確保するのは陸上自衛官であり、海上自衛隊、航空自衛隊の自衛官は、中位と下位を確保するだけだった(しかし、海上自衛隊陸警隊及び航空自衛隊基地警備教導隊から出向いた隊員は、陸上自衛官と同様に上位を確保し、中にはトップ座を争った者もいる)。
石垣の成績は、中位より下で下位よりも上と言う・・・中途半端な成績だった。
「さすがに・・・本職には、敵わないなぁ~」
石垣は、ゼェゼェと荒い息を吐きながら、つぶやいた。
全力を出したにも関わらず、上位を確保している陸上自衛官や一部の海上自衛官、航空自衛官は、疲れた様子も見せず、まだまだ余裕、と言った顔だ。
「あれだけの成績を出したのに、疲れ一つ見せないなんて・・・」
「それは違うぞ。石垣研修生」
石垣の台詞に、先任教官である南が、突っ込んだ。
「ち、違うって?」
「お前は、何も見えていない。いや、見ていない。上位を確保した陸海空自衛官たちも全力を出した。だが、疲れた顔を決して見せないだけだ。なぜだか、わかるか?」
南が、質問する。
「・・・・・・」
「野生動物の世界と、同じだ。野生動物は肉食動物、草食動物を問わず、常に弱肉強食だ。肉食動物・・・特に単体で狩りをする捕食動物は、絶対に無理をしない。不可能な可能性が、1パーセントでもあれば、すぐに諦める。それは無理をして、獲物を仕留めても、他の肉食動物に邪魔をされるか、或いは、獲物だった草食動物に、逆撃を受けて、命を落とすからだ。自然界に、絶対は存在しない。それは戦場も同じ、疲れを見せれば・・・周囲で様子を見ている敵勢力から襲撃される。攻める側と守る側は、常に変わる。1つの戦いで攻める側が勝利し、守る側が敗走しても、すぐに逆転する。お前は、歴史の研究を行っていたなら、わかるはずだ。だからこそ、彼らは絶対に自分の弱い所を見せない。それを持続できるぐらいまでの精神力と、仲間を守る意思がある」
南が石垣に説明した後、休憩後に昼食に入る事を指示した。
石垣は、再び上位の成績を収めた、陸海空自衛官たちの顔を見た。
良く、目を凝らして見ると・・・一瞬だけではあるが、疲れた素振り等が確認できた。
午後は、基本動作や座学だけであり、2日目を終了した。
3日目は近接戦闘が主体で、研修生たちは2人一組となって、相手からナイフや拳銃を奪い無力化する事である。
石垣は星柿と組んで、拳銃やナイフを奪い相手を無力化する制圧術を行った。
これに関しては、戦艦[大和]や指揮母艦[信濃]で、メリッサから教わった事であり、かなり実戦的な制圧術を駆使する。
背後から拳銃を背中に突き付けられた瞬間、石垣は身体を捻り、左手で拳銃を持つ右手を掴むと、余った右手と足を使い、合気道の要領で星柿を地面に倒す。
しかし、星柿自身も抵抗するが、グリーンベレー帽を被る資格を有するメリッサ(彼女が実際に被った姿を見たのは、指揮母艦[信濃]に大将旗が掲げられた時のみ)と、比べればたいした事は無い(基本的に、メリッサがわざとやられない限りは、地面に倒されるのは石垣である)。
「日々の鍛錬で鍛えられたおかげで、ここまで身体がスムーズに動くとは・・・」
地面に倒れた星柿が立ち上がるのを見ながら、石垣はつぶやく。
「よし、次は俺だ」
星柿からプラスチック製の拳銃を受け取り、石垣は背後から拳銃を突き付ける。
彼も素早く身を翻し、拳銃を持つ腕を掴み、拳銃を無力化した状態で、石垣を制圧しようとするが、素早い動きで拳銃を掴まれた腕を振りほどき、星柿の顔に銃口を突き付ける。
勝負あり・・・である。
「・・・いや、さすがに海自は、違うね」
星柿は、自分が攻守共に完敗した事について、石垣を賞賛した。
海上自衛隊が対人戦闘を行う場所は、基本的に決まっており、施設や艦艇と言った狭い場所がほとんどだ。
海上自衛隊の陸上施設では、年に数回だけだが、陸上自衛隊普通科部隊のレンジャー部隊を仮想敵部隊として、施設の警備及び防護を行う陸警隊が、ゲリラ・コマンド攻撃対処訓練を実施している。
自衛艦でも、海賊からの襲撃や、ネイビー・コマンドによる強襲乗艦に備えた、対処訓練がある。
戦闘配置下及び哨戒配備下を問わず、ダメージコントロールチームと同様、警戒チームが配置される。
警戒チームは、常設チームでは無く、陸上自衛隊駐屯地警衛隊と同じく、各分隊から隊員が派遣され、CPOの指揮下で、艦内の警戒を行う。
有事の際には、64式7.62ミリ小銃叉は9ミリ機関拳銃、9ミリ拳銃を使用したCQBで海賊やコマンドに対処するが、平常時は艦内の風紀や事故や事件の防止が、主任務である。
海上自衛官にとっての対人戦闘は、陸上自衛隊とは少し異なる。
近年の陸上自衛隊も、極めて訓練されたゲリラ・コマンドによる市街地戦や、屋内戦に備えた訓練を行っているが、備える想定事案が多いため、1つ1つに十分な時間を1年以内に確保できていなのが、現状・・・
特に1940年代にタイムスリップしてから、陸上自衛隊は海空自衛隊の輸送艦や戦略輸送機を使った即応転地と大規模兵力に対する対処が主体である。
その中で、ゲリラ・コマンド対処や防衛陣地構築、特定地域の制圧、大規模反乱や国家転覆を目的とするテロ行為に対する治安維持行動等の訓練を行わなければならない。
大日本帝国首都圏を中心に、警察活動や消防、救難、救急活動を行う陽炎団、水神団との共同暴徒対処協定と大規模災害発生時の被災地域への救難、被災者救済協定に応じた治安出動、災害派遣出動の訓練も実施しなければならない。
そのため、専念する事案が少ない石垣は、対人戦闘訓練では、かなりの好成績を出せた。
3日目の軍隊格闘、4日目の実弾射撃等は、石垣の成績は、中位より上、上位より下という成績を残した。
石垣は、海上自衛隊陸上勤務ではあるが、立検隊及び海援隊の副特技保有者であるため、一般の海上自衛官(陸警隊や特別警備隊を除き)とは異なり、小銃及び拳銃等の銃火器運用は年1回では無く、年に数回行っていた。
使用する実弾数は、陸警隊の年間100発程度では無いが、それに匹敵する実弾射撃を行う。
5日目からは、戦闘訓練が開始される。
これまでの総合的評価と本人の希望で、森林戦、山岳戦、市街地戦、平地戦を選択し、共通訓練の上陸戦の後に選択した戦闘地域での正規戦訓練、非正規戦訓練が行われる。
石垣が選択したのは、市街地戦である。
森林戦、山岳戦、平地戦は戦艦[長門]や戦艦[大和]に乗艦していた頃、聯合艦隊司令長官直轄艦隊兼第1艦隊聯合陸戦隊の陸戦訓練に参加し、一通りの戦闘訓練を経験している。
戦艦[長門]が聯合艦隊旗艦だった頃は、海上自衛隊陸警指導隊(50名程度の陸警隊員で編成された、陸警隊の精鋭隊員)から派遣された、1個陸警指導分隊が派遣され、新式自動小銃である64式7.62ミリ小銃改の操作方法等を教えていた(石垣も陸警指導隊の臨時隊員として、第1艦隊聯合陸戦隊の陸戦兵と、交流していた)。
メリッサが乗艦後は、彼女が陸上での現代戦術のコマンド戦やゲリラ戦、対ゲリラ・コマンド戦の教育を担当し、石垣は補佐として付いていた。
彼女とバディーを組み、森林戦、山岳戦、市街地戦、平地戦の訓練に参加した経験を生かし、最も自分に適した市街地戦を選択した。
大韓市国国務最高委員会国防委員会が管理する演習場に移動し、揚陸艇による強襲上陸、ヘリコプターによる空中強襲、ボート等による隠密上陸訓練が開始された(こちらは、研修自衛官たちの希望だけでは無く、特に陸上自衛官は、所属部隊の特性を生かした配置にした)。
石垣が選択した市街地戦教育訓練班には、これまで同じ部屋で寝起きした星柿も、所属していた。
彼の所属する第14機動旅団は、即応展開部隊であり、菊水総隊陸上自衛隊では空中機動部隊である第12機動旅団と同じく、第1空挺団、水陸機動団の次に戦闘地域に投入される緊急展開部隊である。
フィリピン攻略作戦でも、第14機動旅団第15即応機動連隊は、大日本帝国陸軍第56歩兵師団から歩兵聯隊1個と砲兵大隊1個等で編成された1個支隊と共に、フィリピン・ミンダナオ島に上陸し、在比日本人や日系人保護のために展開し、米英比連合軍との市街地戦や森林戦を行った。
この時、第14機動旅団第50普通科連隊も、非戦闘員や避難民保護のために部隊を派遣し、直接的な戦闘には参加しなかったが、第15即応機動連隊の後方地域の警備と防備を担当した。
石垣が、自分だけの力で作戦を立案した、パラオ諸島海域での海戦の時も、フィリピンでは、連合軍のゲリラ部隊やコマンド部隊が、各地域で非正規戦を展開し、第50普通科連隊は市街地での対ゲリラ戦を行っていた。
星柿自身も、その時、経験した市街地戦の教訓から、自分なりに問題点を見つけ、改善するために市街地戦を選択したそうだ・・・
「陸自の人たちは、幹部、曹士を問わず、色々な事を細かく考えて、行動しているんだな・・・」
星柿からの話を聞いた石垣は、自分が考えている以上に現場に展開する隊員たちは、初めての実戦で見つかった問題点等を考察し、それぞれの立場から改善点を見つけ出している事に気付いた。
「100の訓練は、1回の実戦で生き残るためにある。でも、1回の実戦で生き残った者は、100の問題点と、後悔に気付く・・・これが、どう言う意味か、よく考えなさい。答は、決して1つでは無いのよ」
石垣の脳裏に、メリッサが告げた哲学が過ぎった。
敵も、同じ人間である。
人対人の対決であるため、いかなる事態を予想しても、完全に防ぐ事はできない。
物事に対する予想とは基本的に、これまで起きた事をベースに、対策が講じられる。
もちろん、これから起きるであろう、という事態も議論する。
しかし、それらは、これまで発生した物事を振り返り、合わせているだけだ。
例えて言うならば、防犯グッズがいい例だろう。
防犯グッズは、これまでに発生した犯罪行為から身を守るための物だが、防犯グッズを持っているかと言って、100パーセントの完全は、保障できない。
子供が携帯する警報ブザーも、その音を聞いた大人が外に出なければ意味は無い。
いくら、理想論を唱えても、自分の身を危険に晒して、他人の子供を守る、という考えを持つ者は少ない。
もしも、不審者の怒りを買えば、次に標的にされるのは自分自身か、自分の子供の可能性もある。
空き巣や留守の家に忍び込む窃盗犯を現行犯逮捕した一般人が、大声で「泥棒」と叫んでも誰も聞こえないふりをする事があり、それが原因で、窃盗犯から逆撃を受けて負傷叉は命を落とす事もある。
世間的には、泥棒を捕まえても、「泥棒!」とは叫ばず、「火事だ!」叫べば、必ず声を聞きつけた人は、駆け付ける。
このように対象者が人である以上は、いかなる事態に対しても万全な対策は存在しない。
あくまでも、自分の生存率が高くなる可能性があるだけである。
だからこそ必要なのは・・・知恵である。
知恵は経験も必要だが、知識も必要である。
年齢、経験、知識を問わず、さまざまな人が意見を出し合えば万全では無くても、それに近いレベルの対策を見つけ出す事ができる。
1つの問題点に、100人いれば100通りの知恵が存在する。
100の対策案の中で、どれが最も、有力か・・・それを決めるのが議長であり、司会者だ。
5日目と6日目に行われた戦闘訓練・・・石垣たちが選択した市街地戦は、朱蒙軍海軍海兵隊が記録している、これまでの市街地戦についての問題点の解説や、治安部隊による不慮の事故等が説明され、それらを頭に叩き込んだ状態で、実際に模擬戦を行った。
正規戦及び非正規戦での対ゲリラ戦、対コマンド戦、戦闘部隊への遊撃及び迎撃、非戦闘員を含む避難民の避難誘導と、戦闘地帯に取り残された避難民等の捜索と救出等が、実戦に近いレベルで行われた。
特に市街地戦は路上戦、屋内戦等があり、広い空間で戦闘する事もあれば、狭い空間での戦闘もある。
味方部隊との連携や、近距離射撃による同士撃ちの回避と、敵役部隊の制圧を行わなければならない。
戦闘評価を担当する朱蒙軍海軍海兵隊の評価審査官たちは、1人1人の行動を正確に把握し、戦闘後の面談では、その行動について、1つ1つ質問し、回答内容等を照らし合わせて評価した。
「色々と、面倒をかけた。感謝する」
大韓市国釜山。
その行政区の一画にある、小さな喫茶店で、顔を合わせている2人の男。
1人は、大韓市国最高国務委員会参謀本部外部部局情報局に所属する、姜一峰准將と、もう1人は、日本共和区統合省破軍集団自衛隊司令官付高級副官兼特別監察監の、石垣達彦1等陸佐である。
今回の、石垣の韓国海兵隊での教育研修参加のために、姜は、兄の石垣に頼まれて、推薦状を書いたという経緯がある。
「なあに。礼なら俺より、海軍の方に言ってくれ。この話を聞きつけた空母、[階伯]の司令と艦長が、連名で推薦状を書かなければ、海兵隊の方も取り合わなかった可能性が高い。最も、そこにこぎ着けたのは、他ならぬ弟君自身の実績だ」
頭を下げて礼を言う石垣に、軽く手を振って姜は答えた。
先のパラオ沖海戦において、石垣は[階伯]の艦載機による航空支援の要請を具申し、見事、アメリカ海軍戦艦部隊を退ける事に成功した。
これまで、数々のトラブルから『税金吸取り艦』だの、『不良品空母』等と散々な言われようだったのだが、[階伯]は、これにより汚名返上する事ができた。
「それに関しては、山本統合軍作戦本部長官の功績だ。馬鹿弟の具申を、長官が承認しなければ、できなかった事だ」
口調と言葉は厳しいが、石垣の目元は優しい。
それが、石垣の本心を偽りなく物語っている・・・そう、姜は心中で思った。
「それと、教育研修に参加した、各自衛官の個々の評価については、統合省防衛局を通じて通達される。弟君と、彼の助手の婦人自衛官の評価については、俺も拝見させてもらったが・・・これまで、デスクワークが中心だったから、やむを得ないだろうが・・・もう少し、体力錬成の基礎を、しっかりしたほうが良いだろう。これは、俺の私見だ」
「・・・弟の教育者に、伝えておく・・・」
余談ではあるが、防衛局経由で、娘の教育研修の評価を見た側瀬陸将は、目を丸くしたという。
格闘術、射撃、模擬戦等、実技の評価は、すべてトップ。
しかも、その評価は次席の者に、大きく差を付けていた。
男女に別れたため、詳細はわからないが、仮に男女混合であったとしても、上位の成績であっただろうと、書かれていた。
本来、側瀬は石垣のオマケ的な立ち位置で、教育研修に参加できたのだが・・・
オマケ付のお菓子で例えるなら、実技に限っては、オマケの方が凄かった・・・である。
ただ、学力については、残念な評価であった。
『時間があれば、予備校等で学力の向上を図れば、海兵隊に是非とも欲しい人材である』
備考に書かれた一文を見て、側瀬の父親は一言。
「それが出来れば、苦労はせん」
と、つぶやいたそうだ。
断章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。




