真紅の旗 其れは革命の色 終章 再戦の誓い
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
[あかぎ]に随行していた[むらさめ]型汎用護衛艦に、僚艦を撃沈され、僚艦の生存者を救助した[雅安]は、055型ミサイル駆逐艦と合流し、帰路についていた。
武は、艦長室で、戦闘報告書を作成していた。
「くっ!・・・してやられた・・・」
武は、[あかぎ]艦長である神薙に、一本取られた事に、奥歯を噛みしめていた。
[雅安]が生き残れた理由は、単に艦載ヘリが独断で特攻を行った事が大きい。
あの特攻で、[あかぎ]からの第2弾攻撃を回避できた。
もしも、艦載ヘリが規程通りに帰投していれば、間違いなく第2弾攻撃を、行われていた。
彼女自身、中国が健在だった時、両国の平和的交流を目的とした旧中国人民解放軍海軍のミサイル駆逐艦による相互訪問が行われた時に、日本に行った事がある。
この時、[あたご]型イージス護衛艦の砲雷長だった、神薙真咲3等海佐(当時)と、顔を合わせた。
あの時の自分は少校であり、ミサイル駆逐艦の、砲雷担当の先任指揮官だった。
彼女とは、歓迎式典の会場だった、特務艇[はしだて]の艇内で、雑談を行った。
武個人としての評価は、神薙は、中国人と同じく石橋を叩いて渡る性格で、一般的な日本人のように、当たって砕けろという精神の元で物事に挑戦し、石橋を突っ走る(例え、石橋が崩れかけていても)性格では無いと思っていた・・・しかし、それは間違いだった。
中国人のように石橋を叩いて渡る、という慎重な精神を持っているが、時には、石橋を突っ走るという精神も併せ持っていた。
しかも、冷静に・・・だ。
なぜ思想の異なる彼女を、ブイコフ提督が高く評価していたか、その理由がわかった。
「やはり・・・侮れない」
武は、戦闘報告書を作成しながら、敗退の原因を、自分なりに研究していた。
次の戦闘に備えて・・・
これまで中国は、徐々に力をつけて、国力を強化し、経済力、軍事力の向上を行った。
これは、中国歴代の国家の、運命と言うべきものかもしれない。
中国史を研究すれば、中国は常に名君が現れ、強大な大国が誕生し、やがて腐敗し、滅びるという歴史を繰り返した。
当然その度に、時の権力者や富裕層たちの立場は危うくなり、粛正の対象になるのは一度や二度では無い。
こういった歴史の経緯から、突っ走る精神が消極的になり、慎重に行動するが、確実に強くなった。
だが・・・今回、その精神が災いした。
神薙は、こちらが消極的な姿勢を維持している事を確認すると、一気に賭けに出た。
イージス艦対イージス艦の戦闘は、元の時代でも前例が無い。
基本的な戦闘は、イージス艦の最大長所である高性能レーダーと、それに連動する武器管制システムを最大に駆使し、ミサイルの性能を最大限に活用するである。
ただし、それは単なるイージス艦のスペック上から編み出された戦術であり、実際の戦闘になれば、双方が同じイージス艦で、高性能レーダーと連動する武器管制システムを起動した状態では、艦載の防空兵器で迎撃されるのは必然である。
そうなれば、双方でミサイルの撃ち合いを行い、必要以上のミサイルを消費する事になる。
映画等であるなら、大艦巨砲主義よろしく、ボンボンとミサイルを撃ち合った方が、映像的に格好良いかも知れないが、そんな無駄な事は現実では行われない。
どちらも、戦闘は一撃で決めたいのは当然の事である。
ならば、どうするか?
それが双方の艦長が行った、艦のステルス性能を最大限に活用し、敵に自分たちの位置を教えるレーダーや、通信を使わない電波管制下で、潜水艦戦のような根比べを行う。
もちろん、索敵は、従来の見張員による索敵と、無人航空機等を利用した索敵に頼らざるを得ない。
「技術や兵器等が進歩しても、所詮、戦い方は古代から変わらない。単にスケールが大きくなっただけで、基本的な部分は変わらない・・・近代戦術書を書いた海軍戦略家の言葉は正しい」
当たり前の事だが、敵を攻撃するには、まず、こちらが発見する事から始まる。
発見できなければ、どんなにミサイルや砲が優れていても、意味は無い。
どこの国も、常に新しい戦い方に備えて、日々研究している。
強力な新兵器が登場しても、戦略的に見れば、それほど戦局を覆す事は無い。
これは、ドイツ第3帝国と、アメリカを例に出せばわかる。
ドイツ第3帝国国防軍は、第2次世界大戦初期に数多くの高性能な兵器を戦場に導入したが、末期になると戦局は、不利になった。
対する大戦末期にアメリカは、高性能な戦略爆撃機であるB-29を大量生産した。
マリアナ諸島が陥落し、続いてフィリピン・レイテ島にも連合軍による大規模攻勢で、大日本帝国陸海軍は壊滅、聯合艦隊は主力艦のほとんどを失い、開戦時にいた熟練の精鋭パイロットも、かなり失った。
高々度を飛ぶB-29に対して、これを迎撃できる戦闘機が無かった、という説は事実では無く、B-29が登場した時には、大日本帝国陸海軍は制空権及び制海権を、満足に確保でき無い状況下だった。
この状況下では、例えB-29を迎撃できる戦闘機1000機を配備しても、大日本帝国本土を守るのは困難である。
単にB-29の登場は、戦争による犠牲者を少なくし、早期に戦争を終わらせた、という戦果を残しただけである。
「・・・次は・・・次こそは、必ず・・・」
そうつぶやいたものの、次があるかどうかは、武自身にも、わからない。
真紅の旗 其れは革命の色 終章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。




