真紅の旗 其れは革命の色 第8章 新たなる任務
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
[そうりゅう]が入港すると、ただちに乗組員総動員で艦内設備等の点検、整備及びジブチ分遣隊から補給物資を受け取り、艦内に積み込む作業が行われる。
長期航海で乗員全員が疲れているが、戦時下であり、次の作戦が迫っている。
常に万全の態勢を、維持してなくてはならない。
「随分と、警戒が厳しいな」
[そうりゅう]の海士が、ジブチ分遣隊輸送隊の、3トン半トラックに積み込まれた荷物を受け取りながら、同僚に聞く。
「いくらジブチが、俺たちを受け入れているからといっても、ここは敵中の真っ只中だぞ。連合国に属するアフリカ諸国や、中東諸国もある。常に、ゲリコマ対策だ」
同僚の海士が、得意顔で答える。
青色を基調した、デジタル迷彩服を着た海上自衛隊陸警隊の隊員が、所々で警戒配置についている。
64式7.62ミリ小銃に、弾倉が装填された状態で、警戒配置を行っている。
「派遣されている陸警隊って、そんなに多くいないだろう。ここを重点的に守っても、意味が無いだろう」
海士の言葉に、同僚は手渡された補給物資を確認し、そのまま[そうりゅう]に積み込む要員に手渡しながら答える。
「航空隊の方は、空自や陸自の航空部隊も、使用しているからな。3自衛隊で統合警備を行っているし、基地の警備は、空自の基地警備隊が担当している。そんな事を気にする必要は無い」
同僚の答に、海士は納得したように、つぶやく。
「なるほどね。上の人は、色々と考えているんだな」
海士たちは、[そうりゅう]への補給物資を1つ1つ、確認しながら、次々と積み込んでいく。
「これで、しばらくは、味気ない缶飯を食べずにすむな」
海士は、積み込まれていく糧食を見ながら、嬉しそうな表情を浮かべた。
[そうりゅう]型潜水艦といっても、フィリピンから敵勢力の哨戒網をくぐり抜け、ジブチまで来たのである。
いくら、連合軍の駆逐艦に搭載された、爆雷が届かない200メートル以上潜れても、追跡されるのは問題である。
駆逐艦や潜水艦に発見されないようにするために、無音潜航を続け、速力も低速で水中航行していた。
当然ながら、かなりの時間が、かかった。
糧食もできる限り積み込まれていたが、節約のため、1日4食である潜水艦の食事のうち、2食は缶飯だった。
空気の入れ換えは、インドの軍港やシンガポール軍港から常に出撃している潜水艦や駆逐艦等の隙をついて、シュノーケル航行で行われた。
今まで経験した事が無い、過酷な環境であった。
パナマ運河破壊に出撃した第1潜水隊群の潜水隊も同じであったが、状況開始前まで、戦争状態では無かった上に、補給態勢も、ばっちりだったため、過酷という訳では無かった。
だが、今回はそういう訳には、いかなかった。
当直勤務を終えて、居住区で、ベッドに潜り込んで休んでいても、食堂で音楽鑑賞や映画鑑賞中にも、連合国に属する駆逐艦や、潜水艦等の接近が確認されれば、落ち着いて気を休める事もできなかった。
ある程度の就寝時間を与えても、寝不足や疲れが取れない乗組員もいた。
「お~い、お前等」
作業中の海士たちに、2等海曹が声をかけた。
「食堂で、上陸の抽選が行われるから、作業が終了したら、必ず科員食堂に行くように」
物資の確認、積み込み作業がある程度終わった頃合いを見計らっていたようだ。
「おい!やったな!!」
海士の1人が、同僚の肩を叩く。
「ああ。久々に、陸で休める」
肩を叩かれた海士も、嬉しそうな表情を浮かべた。
どんなに艦内生活基準が改善されても、狭い艦内で、日の光を常に浴びる事もできないのは、現代の潜水艦も変わらない。
陸で、のびのび休めると聞いて、その後の作業が、さらにスムーズに進んだのは、言うまでも無い。
[そうりゅう]艦長の葛城は、入港後すぐに、統合自衛隊ジブチ派遣航空基地に、用意されたパジェロで出向いた。
基地の誘導路では、EP-3が滑走路に移動している途中だった。
電子情報偵察機として製造された同機は、対潜水艦哨戒機であるP-3Cの搭載機材を電子情報機器に変更した機である。
「定時飛行か?」
パジェロの助手席から、葛城がEP-3を眺めながら、運転席の海曹に言葉をかける。
「そのようです」
一瞬だけ、視線を向けてから海曹は、前を見たまま答える。
基地には、3機のP-3Cと、EP-3、画像情報偵察機のOP-3Cが、それぞれ1機ずつ配備され、不測の事態に備えて、U-1A救難飛行艇が1機ある。
航空自衛隊、陸上自衛隊でも、それぞれの航空部隊が配置されている。
統合運用部隊司令部庁舎前に着くと、葛城はパジェロから降りた。
彼は、司令部庁舎に入ると、そのまま地下指揮所に案内された。
地下指揮所は、大西洋及びヨーロッパでの情勢が集約する中枢であり、自衛官以外にも統合省防衛局の背広組や、外務局からも職員が、派遣されている。
「葛城艦長。長旅で疲れているのに、呼び出してすまない。本来であれば休息を与えて、疲れがとれた後で、司令部に呼ぼうと思っていたが、大西洋とヨーロッパ等の情勢が、急展開した」
猪之原が、地下指揮所の司令官席から立ち上がり告げた。
「いえ、お気遣い無く」
葛城が、短く答える。
「飲み物は、何がいい?コーヒー?紅茶?」
猪之原が、笑みを浮かべながら聞いた。
「コーヒーや紅茶は、ヨーロッパやアフリカから直接入手した物もあるから、様々な種類を用意できる。労を労ってビールはどうだ。と言いたい所だが、公務中に飲むのは問題だ」
冗談を交えながら、コーヒーか紅茶かと、尋ねる。
猪之原が、こういった冗談等を交えながら話をするのは、どうしても重くなりがちな、場の雰囲気を、少しでも軽くしてから、話を進めるタイプの指揮官であるからだ。
彼曰く、重い空気の中では、頭が硬くなる。
頭が硬くなれば、思考が硬直して、物事に柔軟に対処できず、時間と労力の無駄使いだ。
空気が軽くなれば、思考も整えやすくなるである。
「イギリス製の紅茶を、お願いします」
「そうか、では用意しよう。すまんが、イギリス製の紅茶はあるが、イギリス人の本格的な紅茶のように、淹れる事はできない」
猪之原は、そう前置きしてポットで沸かされたお湯を、ティーポットに普通に淹れた。
「紅茶には、何を淹れる?砂糖?ミルク?レモン?」
「いえ、そのままで」
葛城は基本、紅茶やコーヒーには、何も淹れずに飲むのが習慣である。
猪之原が、ティーカップに紅茶を淹れ、葛城に手渡した。
「では、本題に入ろう」
葛城が、紅茶を一口飲んだ事を確認して、猪之原が告げた。
「フォークランド諸島が陥落した事は、聞いているな?先日、米英独伊による4ヶ国海軍連合艦隊が、フォークランド諸島奪還のために、全力出撃した。だが、結果はサヴァイヴァーニィ同盟軍同盟海軍の、最新鋭兵器を装備した艦隊の前に敗退した。これが、その時の映像だ」
猪之原は、下級幹部に伝えて、電子状況表示板に、映像を映し出させた。
「随分と余裕なのか、我々への抑止なのか・・・恐らく両方だろうが、空自の無人偵察機RQ-4[グローバルホーク]が接近した際、これを撃墜する事も無く、戦闘の結果を全部見せてくれた」
猪之原はそう言った後、フォークランド沖海戦における4ヶ国連合艦隊戦艦部隊と、[キーロフ]級重原子力ミサイル巡洋艦を基幹とした、水上艦部隊の戦闘を、葛城に見せた。
「これは・・・」
葛城は、驚いた顔を浮かべた。
「電磁投射砲。指向性エネルギー兵器は、我々も導入を予定しているが、まだ試験段階だ。あそこまで実戦に投入できる程の完成度には、達していない」
猪之原は、たっぷりのミルクと砂糖を淹れた、紅茶を飲みながら告げる。
「電磁投射砲は、アメリカ海軍が保有しています[ズムウォルト]級ミサイル駆逐艦[ベンジャミン]に導入されていますが、初陣の機会があったにも関わらず、電磁投射砲は、使用されませんでした」
「そうだ。電磁投射砲には、色々と問題点が多いそうだ」
葛城の言葉に、うなずきながら猪之原が答える。
「[ズムウォルト]級ミサイル駆逐艦は、ガスタービンエンジンを使っていますので、電磁投射砲を使用する際は、艦の電力の70パーセント以上が必要になります。そのため、発射時は、艦速を低速にしなければならず、ほとんどの電力が電磁投射砲と戦闘システム関連に回されますので、導入はしていますが、まだ試験運用段階で、とても実戦に投入出来ないと聞いています」
葛城が、何か思い至るように、つぶやく。
「日米合同演習の際、貴官は[そうりゅう]で参加し、電磁投射砲を装備する[ズムウォルト]級ミサイル駆逐艦の撃沈判定を、出したそうだな」
猪之原の言葉に、葛城がうなずく。
「葛城艦長。合同演習時の時と同じく、[キーロフ]級重原子力ミサイル巡洋艦を、撃沈できるか?」
「不可能ではありませんが、この映像から見れば、同艦は従来の[キーロフ]型とは異なる可能性があります。恐らく、原子炉やその他の設備も、一新されている新型艦の可能性があります。戦うともなれば、情報が不足しています」
葛城の言葉に、猪之原はうなずく。
サヴァイヴァーニィ同盟軍同盟海軍の艦艇(新世界連合軍及び統合省防衛局情報本部が把握している)は、不明な点が多い。
どのくらいの規模で、この時代に来ているのか?いつから来ているのか?それすらも不明である。
新世界連合及び統合省では、彼らは自分たちがこの時代に現れた時から、活動を開始しており、存在が明るみに出ないように、極めて慎重に地盤を硬く固めてから、存在を表に出したのではないかと、見ているそうだ。
しかし、これはあくまでも推測でしかない。
「司令官!ソ連の最新情報が、届きました」
防衛局情報本部に所属する、文官から報告が上がった。
「独米英連合軍は、第1次防衛線での戦闘で、サヴァイヴァーニィ同盟軍地上軍からの攻勢に敗退。撤退しました」
猪之原は、世界地図を表示している電子表示板の1つに、視線を向けた。
「ポーランドを防衛線とした、ヨーロッパ防衛戦略構築は、まだ未完成のはず・・・この状況下で撤退するという事は、準備不足の状態で、防衛戦を挑まなければならないのか・・・」
猪之原は、東北出身であり、幹部自衛官になってからは、東北方面隊で、20年以上勤務した。
東北方面総監部時代に行われた研究では、もしも北海道が陥落し、そのまま占領軍が南下した場合の防衛戦略という状況で、さまざまな研究を行った。
そのため、彼はヨーロッパの地図を見れば、ドイツ第3帝国軍の基本的な防衛戦略が、予想できる。
「だが、同盟国フィンランドの存在があるから・・・ドイツ第3帝国は、ポーランドとフィンランドに援軍を、派遣しなればならない」
猪之原は、そこまでつぶやいた後、葛城に視線を向けた。
「葛城艦長。貴官は、潜水艦乗りだ。この場合、ドイツ帝国海軍とイギリス海軍は、どのように動く」
猪之原の質問に、葛城はヨーロッパの地図を眺める。
「ドーバー海峡の安全確保に重点を置いた、海上防衛と海上警備を行うでしょう。主に使用するのは、水雷艇が主力にしましょう。潜水艦は、ドーバー海峡周辺の警戒に力を入れ、後は、アメリカ東海岸からドイツ第3帝国本国の海上交通路を、確保すると思われます」
「なるほど・・・」
サヴァイヴァーニィ同盟軍が、フォークランド諸島を占領したため、アメリカ東海岸と、ヨーロッパとの海上交通路が、脅かされているのは誰にでも理解できる。
[そうりゅう]の乗組員たちは、ジブチ基地周辺で造られた娯楽エリアで、心身をリフレッシュしていた。
娯楽エリアでは、軍人や自衛官たちのための施設が、数多く存在する。
[そうりゅう]の上陸組1班は、スポーツ施設を利用していた。
当然ながら、潜水艦では身体を動かす事は、最低限度に止められている。
狭い艦内や場所に制限がある潜水艦では、自由に身体を動かすのは難しい。
アメリカ海軍、イギリス海軍、フランス海軍等の原子力潜水艦では、限られたスペースで身体を動かせるようにする、運動メニューがある。
例えば、サンドバッグや縄跳び等である。
自由に身体を動かせるスポーツ施設で、[そうりゅう]の乗組員たちは、バスケットボールやバレーボール等の球技を楽しみ、思い切り身体を動かす。
スポーツで汗をかいた後は、銭湯で汗を流す。
どちらも潜水艦乗りにとっては、最高の娯楽である。
潜水艦には、シャワールームしか設置されておらず、人員等の関係上、数日に一度というレベルだ。
一昔前の潜水艦のように、消毒された布で身体を拭くだけの時代と比べれば、天国であろうが、辛い事は辛いである。
銭湯で汗を流した後の時間の使い方は、それぞれだった。
ある者は映画館で、映画鑑賞。
ある者は、図書館で読書。
また、ある者は、飲食店やファーストフード店で、さまざまな料理や、スイーツ等を楽しむ。
朝8時から上陸し、同日の19時までの自由時間であったが、楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまった。
翌日は、上陸組2組が上陸し、1組目と同じく楽しい時間を過ごす。
翌々日は、3組目が上陸し、1組目と2組目と同じく、楽しい時間を過ごす事になる。
その次の日からは、ジブチを拠点に[そうりゅう]は、新たな任務に着く事になる。
[そうりゅう]が接岸している桟橋で、乗組員65人が整列していた。
海士、海曹、幹部たちの前に、艦長の葛城が立っている。
「本日より本艦は、ジブチを拠点に、さまざまな任務を遂行する。最初の任務は、偵察ではあるが、すぐに中東、アフリカ、ヨーロッパでの作戦行動に入るだろう。作戦内容は、各分隊長から説明があったように、極めて重要である。以上」
葛城は、部下たちへの訓示の際は、長く説明しない。
彼は、自分の部下たちが、優秀である事を承知している。
だから、長い説明をする必要が無い。
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