間章 美しい理想と醜い現実 後編
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
パールハーバーは、広い。
現代では、パールハーバー海軍基地とヒッカム空軍基地が合併しているため、正式名称はパールハーバー・ヒッカム統合軍基地という。
大日本帝国の占領統治の元、新世界連合のアメリカ軍の強い意向で、大規模な拡大工事が行われ、1942年4月現在、かつてのパールハーバー海軍基地は、レイモンドの知っていた海軍基地とは別物になっていた。
まあ、別にそれは、どうでも良いのだが・・・
「ところで、スグリ大佐・・・」
「何かしら?」
娯楽エリアへ向かう途上、車の後部座席に腰掛けて、レイモンドは隣に座る村主に、声を掛けた。
いつもの白色の制服や、デジタル迷彩服、紺色の作業服等でなく、清楚で上品な色合いの、大人の女性を感じさせるワンピース姿には、結構ドキリとさせられるが・・・お邪魔虫(運転手)が1匹・・・もとい、1人。
「運転手付きって、結構良い、ご身分ですね・・・」
「今は戦時だから、高級幹部や上級幹部(艦長、若しくは幕僚)は休日でも、すぐに連絡が取れる態勢でなくてはならないの」
村主の言う事は、もっともだ。
万が一にも、緊急事態が発生すれば、村主の立場上、すぐに[いずも]に、戻らなくてはならない。
それは、わかるのだが・・・
「僕は、貴女を誘ったのですよ」
「そうね」
「男が女性を誘うっていう事は、これはデートですよね?」
「そうなの?」
少し拗ねた口調のレイモンドに、村主は、キョトンとした表情で首を傾げる。
「そうです!デートとは、基本2人きりで、出かけるものです!」
(悪かったな!どうせ俺は、お邪魔虫だよ!!)
明らかに、「邪魔だなぁ」という雰囲気のレイモンドの言葉と態度に、不幸にも運転手を務める羽目になった、第二種普通免許所持者の統合省防衛局特別勤務者の肩書きを持つ運転手は、心の中で悪態をついた。
レイモンドの気持ちは、男としては理解できる。
30代半ばの運転手にしても、年上とはいえ、上品で清楚で、大人の女性の魅力を備えた美女と、一緒に映画鑑賞できるとなれば、ドキドキするだろう。
同じ職務に就いている、同僚には「付き合うなら、年下。若しくは、同い年の女性じゃなきゃ、ヤダ」と言う者もいるが、こちらが余計な気を遣わなくて済む分、年上の女性も有りだと、自分は考えている。
もっとも、これは個人の意見であるから、どうでもいい事ではある。
「???」
残念な事に村主は、まったくわかっていないようだが。
「デートと言っても、単に映画を一緒に見に行くだけよ?そんなに大仰な事でもないし・・・」
(本来、デートとは、異性同性を問わず、外で特定の人物と会う事ですよ。日本では、男女の交際という意味になっていますが。日本の教育者やPTAなんかには、デートイコール不純異性交遊と、間違った解釈を頭から信じ込んでいる者もいますけど・・・て、何で俺が説明しているんだよ)
運転手は、村主の言葉に、心の中で突っ込みを入れた。
この間も、村主とレイモンドの、かみ合っているような、かみ合っていないような、不毛な会話が続いている。
しかし、傍で聞いている者には、じゃれ合っているようにしか、感じられない。
第三者からの視点では、仲が良い所を、見せつけられているようなものだ。
もっとも、当人同士は、まったく自覚していないようだが。
無駄に広すぎる基地のおかげで、運転手は余計なストレスを、ため込む羽目になった。
一通り文句を言うと納得したのか、レイモンドは少し黙った。
少しだけだったが。
いきなり話し始めたと思ったら、前とは全然繋がりの無い話題を、突然持ち出してきた。
これが、広報担当の自衛官が、レイモンドに振り回される原因の1つであったが。
レイモンドも、すっかり忘れていた事だが、一応彼らは大日本帝国から見れば、敵国の軍人であり、客人という扱いにはなっているが、捕虜である。
対する村主は、大佐(1佐)であり、先任参謀(首席幕僚)という重要な役職に就いている。
「スグリ大佐?」
よくよく考えれば、異常な事だらけである。
これは、やっぱり聞いておくべき事だろう。
「僕は、[いずも]の客人という事になっていますけれど、扱い上は捕虜という事ですよね?」
「・・・・・・」
「余りにも、無防備過ぎませんか?敵国の軍人であり、捕虜である僕と、2人で出かけようなんて、貴女は艦隊にとって、無くてはならない人でしょう?運転手が付いているとはいえ、僕が貴女に危害を加えるとか、考え無かったのですか?」
「いいえ、全然」
「・・・・・・」
村主の不用心にも程がある言葉に、レイモンドは半ば呆れた。
「運転手が、ボディガードを兼ねているとしても、こんな貧弱な体格の人では、力不足にも程があります。せめて、この間の艦内映画上映会で観た映画の、テロリストに乗っ取られた、アメリカ海軍の戦艦を、奪還するために奮闘したコックぐらい、格好良くって、精悍で、いかにも強そうでなければ・・・抑止にもなりませんよ」
「・・・!!」
この台詞にカチンときたのは、運転手だった。
確かに、痩身だから強そうに見えないのは仕方が無い。
実際、腕っぷしも強く無いから、コワい人が来れば、すっ飛んで逃げる自信はある。
しかし、格好良い云々は、関係無い。
格好良くないと、暗に言われているようなものだ。
多分、悪気は無いのだろうが、村主がさらに追い打ちをかける。
「それは、問題無いわ。1人や2人の男性なら、私1人で十分に取り押さえられるから」
サラッと断言した村主に、レイモンドは目を丸くした。
「えぇ!?それじゃあ、運転手を大佐が、守っているのですか!!?」
ブチッ!!!
運転手のこめかみの辺りで、何かが切れた。
アクセルペダルを踏む足に力がこもる。
「・・・運転手さん、少しスピードを出しすぎでは?」
「いいえ、この位が平常運転です!」
声をかけてきた村主に、運転手が答える。
娯楽エリアといっても、その規模は、バカデカいの一言に尽きる。
ここまでやるか?と言っていい規模だ。
広大な敷地面積の中に、競技場、体育館、ショッピングモール、スポーツジム、ゲームセンター、レストラン、映画館、温泉エリア(日本人が強烈に熱望したらしい)等が建設される予定で、完成すれば1つの町の様になるだろう。
現在は、映画館と、レストラン街と競技場、体育館しか出来ていないが、それでも非番の軍人たちの、憩いの場になっている。
その一角の駐車場に停まった車から、村主とレイモンドは降りた。
「貴方も一緒にどう?」
「いえ、私はここで昼寝でもしています。どうぞ、ごゆっくり」
多分、気を遣って声をかけてくれたのだろうが、村主の誘いを運転手は断った。
何か、急な連絡が入ったとしても、携帯は持っているのだから、問題は無い。
「ところで、大佐」
映画館へ向かって、2人で広い駐車場を歩きながら、レイモンドは、思い出したように声をかけた。
「何かしら?」
「マーティに、私的な場では、名前で呼んで良いと言ったそうですが、今は、私的な時間と解釈しても良いですね?」
「そうなるわね」
「では僕も、今から大佐の事を、名前で呼びます。言葉遣いも普通にします。良いですね?」
「別に構わないわよ、ラッセル少尉」
「・・・・・・」
「どうしたの?」
「マーティは、名前を言うのに、僕の事を階級付きで言うのは、不公平だよ」
不満そうな表情のレイモンドに、村主は苦笑した。
「わかったわ、レイモンド。これで良いかしら?」
「結構」
ニッと、レイモンドは笑った。
「・・・貴方は、匡人君と、よく似ているわ」
「マサト?」
「エクアドルでの救出作戦に同行した、眼鏡を掛けた自衛官。私の従弟」
「ああ」
思い出した。
確か、氷室匡人中佐(2等海佐)という名だったか。
しかし、あの人物は、あまり好感が持てなかった。
人当たりの良い雰囲気はあるが、どこか油断できない感じがしたからだ。
つかみ所が無いというか、時折、獲物を狙う蛇を感じさせる目の光は、背筋が凍り付く感覚を覚える。
どこを見て、村主は自分と氷室が似ているというのか、理解できなかったが。
映画館と聞いていたが、複合型映画館というのは、レイモンドの想像とは、随分と違ったものだった。
映画館というものは、1つの建物の中で、1つないし2つの映画が上映されるものと思っていたし、規模もそんなものだろうと想像していた。
「・・・デカい・・・」
とにかくデカい。
無駄にデカい。
一体、何を考えているんだ、日本人・・・
感想としては、それしか出てこなかった。
因みに、複合型映画館は、1960代後半にアメリカで誕生したのだが、この映画館の建設に関わったのは、当然ながら日本人だけでは無いという事を、蛇足ながら追記しておく。
「何を観たい?」
村主に声をかけられるまで、レイモンドは唖然とした表情を浮かべていた。
「ええと・・・」
とにかく、1つの建物の中で、10以上の映画が一度に見られるのだ。
上映されている映画のポスターを見ても、どれが良いのか、よくわからない。
「ウ~ン・・・キョウコは、何が観たい?」
完全に、丸投げである。
「そう?それじゃあ・・・」
「え・・・?」
村主が、迷わず即、指差したポスターを見て、レイモンドは、口をアングリと開けた。
「なぜ、こうなった・・・」
口の中で、ぼやいた。
[いずも]でも時折、映画上映会(正確にはDVD上映会)が催されて、色々な映画を観たが、一応、胸焼けを起こしそうな、ラブストーリー映画だろうが、主人公、なぜ死なないんだ?と、突っ込み所満載の、ご都合主義のアクション映画だろうが、2時間位は耐えられる自信はあった。
しかし・・・
「なぜ、子供向けの映画を・・・」
1937年に、アメリカで制作され公開された、グリム童話が原作の、長編アニメーション映画。
当然、レイモンドも知っていたが、内容は童話で子供の時に読んで知っているし、もうじき30歳になる男が、観るようなものでもないと思っていた。
「・・・あり得ない・・・」
いくら女性とはいえ、40歳を越えても観たいと思う理由は、何なのか?理解に苦しむ。
そういえば、マーティは、日本語の勉強と称して、若い海士たちの私物のDVDを借りて、色々観ていたが、日本語のような、英語のような、はたまた呪いの呪文か?と思うような、変な言葉を、時々話していた。
「ラノベ」、「オタク」、「萌え系」等々・・・正直、日本人の頭の中を覗いてみたいと、変な興味を覚えた。
「どうしたの?」
2人分のポップコーンと、炭酸飲料を購入してきた村主が、声をかけてきた。
「何でも無いよ」
ウキウキとした声で、本当に楽しそうな表情を浮かべている村主を見ていると、まあ、良いか、という気になった。
「子供の時から何度も観てきたけれど、映画館のスクリーンで観ると、やっぱり感動が違うわ」
目を輝かせて感想を語る村主を、レイモンドは興味深そうに眺めていた。
いつもは有能な参謀の顔を見せる村主だが、こういった、意外な子供っぽさもあるのは、新しい発見だ。
「でも、私だけが楽しんだ感じになってしまったけれど、退屈だった?」
「全然。結構色々と、考えさせられる所もあったしね」
「?」
「まず、ストーリーは童話と概ね同じだけれど、細かい所が違うなと・・・子供が見るという前提だろうから、残酷な描写が出来なかったのだろうけれど・・・それってどうなのだろう?なぜ、残酷な事から目を逸らさせようとしたのだろう?て、考えてしまった」
「・・・・・・」
「子供の頃、あの童話を何度も読んで思ったのは、純粋に心が綺麗な人間は、いないのだろうなという事だった。自分の美貌に執着する継母に、幸せになろうとする自分の未来を邪魔されたくなかったから、姫は、ああいった仕打ちを継母に、したのだろうけれど・・・単純に悪い事をすれば、罰が降るっていうものでは無いな・・・映画では、継母は天罰のようなもので、命を落とすけれど、童話の方は、今までの復讐とばかりに、姫自らが継母に罰を降す。継母に罰を与えて掴んだ未来は、果たして姫にとって、明るいものになるのかな?それを、あの映画からは、読み取る事が出来なかった・・・」
「・・・・・・」
レイモンドの独り言のような言葉を、村主は無言で聞いていた。
「僕は、思ったんだ。これは現実の、どの国の人にも言える事だけど、自分たちに都合の良い未来を夢見て、綺麗な理想だけしか見なければ、その裏に潜む醜い現実に、復讐されるのではないかと・・・世界中の童話や昔話を全部読んでいないから、はっきりと断定出来ないけれど、大抵、昔の物語には、そういった正しい事の裏側の醜い部分も書く事で、人の行いを戒める所もあるのではないかと思うんだ。見方によっては、善が悪になったり、悪が善になったり・・・そういった感じで・・・」
「・・・・・・」
「あっ!キョウコ。これは、貴女たち未来人が、行っている事を批判して言っている訳じゃ無いんだ。僕は、今の時代の僕たちアメリカ人や、日本人、イギリス人、ドイツ人、その他の国の人々すべての事を、言っているだけで・・・あ~、上手く説明できない・・・」
頭を搔いて誤魔化すレイモンドに、村主は小さく首を振った。
「多分、貴方の言いたい事は、物事の本質に、一番近いと思うわ。すべての人が気付いていないか、気付いていても知らない振りをしているか・・・それを、自分なりの言葉で言える貴方は、すごい人だと思う」
「そんな事を言ってくれたのは、貴女が初めてかな。僕がこんな話をすると、大体の人は、考えすぎだと言って笑うか、変な奴と言って避けるか、だったからね」
「考えすぎでも、変でも無いと思うわ。ユリウス・カエサル、いえジュリアス・シーザーの、人は自分に都合の良い事しか見ないと言った言葉があるけれど、彼が生きた時代から2000年以上経っても、やっぱり人間は、それから学んでいないとしか言えない事を、繰り返しているから・・・」
「・・・ありがとう・・・でも・・・」
初めて、自分の考え方に、理解を示してくれる人がいたのは嬉しいが、少々腑に落ちない。
「その教師みたいな言い方は、ちょっと・・・貴女は、今の僕より年上だけど、生まれた年を考えてみてよ。僕の方が貴女より、ずっと年上なのだからね」
「確かに、それは事実だけど・・・今の貴方に言われても、屁理屈にしか聞こえないわよ」
「酷いな」
レイモンドは、むくれた表情になった。
「ごめんなさい」
「駄目!謝っても、許さない」
「どうすれば、許してもらえるのかしら?」
「そう・・・だな。腹も減ったし、レストラン街で、食事でもしない?それでいいよ」
「さっき食べたのに?」
「あれでは全然足りない!早く行こう!」
先ほどとは変わって、レイモンドの方が、楽しそうな表情になっている。
「ホント、子供みたい・・・」
先に駆け出して行くレイモンドを歩いて追いかけながら、村主は苦笑を浮かべた。
(・・・貴方は本当に、匡人君と似ているわ・・・すべての事の表面だけではなく、その裏のさらに奥まで見通す事ができる・・・怖い人)
村主にとって、従弟は巧妙に爪を隠しているが、自分をはるかに超える戦術家としての才能を持っている存在だ。
そして、その従弟の才能を伸ばす手助けをするのが、村主にとっての、密かな楽しみであった。
まさか従弟と同様、若しくは、それ以上の才能を持っているかもしれない人物に出会えるとは思わなかった。
彼の才能を伸ばしてみたいと思いつつ、同時に自分が、彼にどこまで挑めるか試してみたいという、強い欲求を覚える。
すでに過ぎ去った、歴史を変える。
例えそれが、世界の過ちを正すためだとしても、必ず良い方向へ行くとは限らない。
何事も、良い面と悪い面はある。
その比重がどちらへ傾くかは、その時になってみなくては、わからない。
(本当に、怖い女性だ)
レイモンドは、心底そう思った。
彼女たちを否定する気はないが、同調する気もない。
80年後の人間である彼女たちに、負の遺産を押しつけたのは、今の時代を生きる自分たちである。
彼女たち未来人が、童話や物語の、綺麗な部分だけを見て、これからの未来を築こうとしている訳では無い事は理解できた。
醜い部分も含めて、それを実現させようとしている事も・・・
でも、それでは駄目なのだ。
何が悪くて、それをどうすれば良いのか?
それを為すのは、今を生きる自分たちの役目だ。
単純に与えられた未来では、自分たちは学べない。
次も、その次の世代も同じだ。
学ばなければ、歴史は形を変えて、同じ事を繰り返すに違いない。
今を否定して、理想の未来を夢見ても、課程を飛ばして得た結果では意味がない。
未来人たちは、結果を元に課程を変えようとしている。
それは、歴史の流れを逆流させる行為であり、無理にそれを行えば、とんでもない反動が起こるように思うのだ。
歴史の流れを河に例えるなら、彼女たちの行為は河の流れを、押し返しているようなものだ。
そんな事をすれば、河は堤防を決壊させ、洪水が世界を飲み込むだろう。
もっとも、彼女たちが所属する新世界連合とやらは、最初から今の時代を崩壊させ、その上で新時代を構築するのが狙いかもしれないが。
これでは、かつてヨーロッパ人がアメリカ大陸で行った行為そのものだ。
未来の過去への侵略。
これには、断固として反対する。
今を、守るために・・・
今を、新しい世界に変えるのでは無く、今を、新しい時代へ繋げるために、そして、それは今の時代を生きている自分たちがする事だ。
個人的には、彼女たちに、好意を持っているが、そこだけは譲れない。
(しかし、こういう気持ちは、何なのだろう・・・)
レイモンドの見る限り、アメリカ海軍の、どの参謀よりも、村主の戦術家としての能力は上だ。
自分が、この気持ちを捨てない限り、いずれ村主と正面からぶつかる事になるだろう。
それでも・・・
彼女に、挑みたい・・・彼女に、勝ってみたい。
そんな欲望が、心の内に湧き上がっている。
レストラン街といっても、今の所、オープンしているのは、ファーストフード店の類いで、本格的なレストランは、現在建設中である。
その代わり、色々な屋台が、色々な物を売っている。
たこ焼き、焼きそば、かき氷等々、日本のお祭りでの定番の食べ物屋を始め、アメリカのサンドイッチや、ハンバーガー、ドーナツ。
イギリスのフィッシュアンドチップス、イタリアのジェラードや、韓国のサンドイッチや海苔巻き等々。
すでに、昼食の時間は過ぎていたが、休暇中の大勢の軍人たちで、賑わっていた。
「すごいや。どれを食べようか迷ってしまう」
目を輝かせて、レイモンドは、キョロキョロしている。
「おや、村主大佐?それに、ラッセル少尉ではないかね?」
急に、背後から声をかけられた。
「山口閣下?」
白い制服姿の山口多聞中将(戦時特例により昇進)が、声の主であった。
山口は、南雲忠一大将が、秘匿艦隊司令長官に就任したため、南雲の後任として、第1航空艦隊司令長官に就任している。
無帽であるため、村主は10度の敬礼をし、レイモンドは挙手の敬礼をする。
「私は、今は非番でね。休日を楽しんでいるところだ。堅苦しい事は抜きにしよう」
答礼をしてから、山口はそう述べた。
「随分と沢山、お買い物をされたみたいですね」
「物珍しさから、色々屋台を覗いていたら、試食を勧められてね。ついつい買ってしまった」
山口も、購入したらしい食べ物の入った袋を提げているが、彼に付いてきた、従卒らしい水兵も、両手に袋を提げている。
1人分とは、とても思えない量だった。
「どうかね。良ければ、一緒に食事でも?と、言いたいところだが、邪魔をしては悪いね」
誘いをかけようとしたが、レイモンドの「邪魔をしないでよ~」というオ-ラを、山口は敏感に感じたらしい。
その時。
カランカラン!!と、クジ引き抽選会等でよく使われている鐘の音が響き、レストラン街の一角で、オープンしているコンビニの制服を着た店員が、拡声器で叫んだ。
「本日の、ゲリライベント!ホットドッグの大食い大会を開催します!!優勝者には豪華賞品を進呈!!参加は自由!!我こそは、と言う猛者の参戦を期待します!!」
その声に、何事かと振り返った軍人たちの内、何人かが、そのコンビニの前に設置されている特設ステージに向かっていく。
「中々面白そうだね。私も、参加してみようかな」
「閣下!!将兵たちの目があります。あまり羽目を外されては・・・」
山口の言葉に、従卒が待ったをかける。
「・・・残念だが・・・仕方無い・・・」
チョッピリお茶目な山口に、村主は小さく笑って、レイモンドに振り返った。
「レイモンド。山口閣下の代わりに、貴方が参加してみれば?」
「え?・・・えぇ!?」
「ほう。私もアメリカ海軍には知人がいるが、彼らの食べっぷりは、実に見事だからね。君も挑戦してみてはどうかね?」
史実でも大食漢だったらしい、山口に勧められては断りにくい。
「恰好良いとこ、見せて欲しいな」
それは、恰好良くないと思う・・・心の内でつぶやいたが、村主に上目使いで、お願いされては、断れない。
「まあ、微力を尽します」
頭を搔きながら、レイモンドは、参加者の列に並んだ。
1時間後。
優勝賞品の、ノートパソコンを手に、レイモンドは複雑な表情を浮かべていた。
「・・・パソコンが、苦手な僕に、どうしろと・・・」
この頃、マレー半島では、激しい撃戦が繰り広げられ、大西洋、ヨーロッパ、南米、中東では、サヴァイヴァーニィ同盟軍が、徐々にその勢力を拡大しつつあった。
それに対抗するために、破軍集団自衛隊と新世界連合軍は、かねてから準備段階に入っていた作戦を、繰り上げで実行する事を決定していた。
早期講和を促すために、アメリカ合衆国に、王手をかけるための一手である。
間章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。
次回は断章とこぼれ話を投降いたします。
投降予定日は4月10日を予定しています。




