死闘南方戦線 第12章 狐の知恵と獅子の牙
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
米仏連合軍アメリカ海軍空母機動部隊[ホーネット]と[レンジャー]から出撃した攻撃隊70機は、ペリリュー島上空に接近していた。
F4F[ワイルドキャット]と、SBD[ドーントレス]を合わせた70機は、戻るべき空母を失った事については、まだ知らない。
SBDには、陸上攻撃用の爆弾が搭載されている。
「敵は、回転翼機だ。飛行速度は300キロ程度だが、油断するな!どんな恐ろしい兵器が積まれているか、わからない!」
[ホーネット]と[レンジャー]から編成された、攻撃隊の先任指揮官である少佐が、周囲を警戒しながら、無線機に向かって注意を促していた。
その時、突然無線機に、おかしな雑音が混じり、切れた。
「?」
少佐は、違和感を覚えながら、通話ボタンを押した。
「隊長機より、全機へ・・・」
雑音しか、聞こえない。
「隊長機より、全機へ、応答せよ?」
やはり、雑音しか聞こえない。
何度、通話ボタンを押しても、結果は同じだった。
それは・・・
ニューワールド連合軍連合海軍艦隊総軍司令官座乗艦である原子力航空母艦[フォレスタル]から発艦した、電子戦機であるEA-18G[グラウラー]による電子妨害である。
電子戦は、現代戦争において戦術、戦略を問わず重要な戦法である。
戦闘機、爆撃機、攻撃機を問わず、すべての軍用機は、搭載する電子機器をフル活用して作戦遂行から作戦の完遂が行われる。
つまり、電子妨害により、電子機器の一部でも使用不能になれば、作戦の継続はおろか、完遂も困難である。
これは、海上自衛隊が、イージス艦の導入を決定した理由の1つである。
そもそもイージス艦が登場した背景には、電子戦技術力が極めて高い共産主義勢力国軍が、電子戦を前面に出した状況下での航空攻撃や空挺作戦等の電撃戦を、基本戦術にしたからだ。
電子戦下の状況下では、従来のミサイル駆逐艦やミサイルフリゲートでは対処できず、電子戦下でも、強力な出力を持つ防空システムであるイージスシステムが、必要になったからだ。
電子戦は、防衛から攻撃まで、幅広く使用できる戦法である。
EA-18Gによる電子妨害で、ペリリュー島攻撃隊70機のアメリカ海軍航空部隊は、部隊間の通信はおろか、空母艦隊とも、地上部隊との通信もできない。
「プリーモニション01より、デアデビル隊へ、タカはキツネの狩り場に誘導した」
後席に座る、電子妨害士官である中尉が告げる。
不吉の予感、という意味を持つコールサインであるプリーモニションは、敵の目と耳を完全に封じ、戦う力も失わせる能力を持つ電子戦機には、相応しい名称である。
因みに、本機には、護衛戦闘機の随行は無い。
EA-18Gは、単に電子攻撃だけが専門では無い。
自機自衛用の空対空ミサイルと、地上のレーダー施設等を破壊する、対レーダーミサイルも搭載している。
つまり、本機1機で、敵勢力内のレーダーシステム等の電子機器を妨害した状態で、対レーダーミサイルを使って、関連施設を無力化する事もできる。
まさしく、不吉の予感を、感じさせる機であろう。
もっとも、不吉な予感を感じた瞬間に、死んでいるだろうが・・・予感とは、一瞬で頭の中に過ぎり、それを瞬時に分析し、決断するための自己の潜在能力だから、間違ってはいない(注意しておくが、これは自己の潜在能力の限界と、自己の振り返り能力が高くなければ、とてもできない特殊能力である)。
「今頃、電子攻撃を受けている奴らは、パニックだろうな・・・」
パイロット席に座る、中尉がつぶやく。
「姐御!EA-18Gが、電子妨害を開始しました!」
霧野が搭乗する、UH-2の通信員が報告する。
「現代戦争では、電子戦術は極めて重要だが、近代戦争である第2次世界大戦では、電子妨害の重要性は、どこまであるか?」
通信員からの報告に、霧野がつぶやく。
「第2次世界大戦時は、通信、レーダー等の発達はありますが、ミサイル等の誘導兵器は、未発達です」
霧野につぶやきに、副操縦士が答えた。
未来の兵器の登場により、世界の軍事バランスは、根底から崩れ、新兵器の研究、開発が10年単位で進歩している。
これは、史実の第2次世界大戦でも似たような事があった。
ヨーロッパ戦線や北アフリカ戦線では、ドイツ第3帝国国防軍陸軍の、ティーガーⅠやティーガーⅡに対して、アメリカ陸軍のM4中戦車[シャーマン]では、正面からの1対1の戦闘では歯が立たず、対ティーガー戦では、1輛のティーガーに4輛のM4が戦う物量戦で圧倒するしか、有効な戦法が無かった。
実際、ドイツ第3帝国軍事工場で、一度に生産されるティーガーⅠは50輛なのに対し、アメリカの軍事工場では、M4は1000輛が生産可能だった。
確かにティーガー戦車は攻撃力、防護力等で他の戦車を圧倒できるが、物量戦の前では、無力であろう・・・だが、これはアメリカ本土にいる、デスクワークが戦場である軍部に勤務する将兵たちの言い分だ。
戦車対戦車の戦場を経験している将兵たちからすれば、1輛のティーガーを撃破するのに、最低でも2輛のM4が、犠牲にならなくてはならない。
約10人の兵が、命を落とす計算だ。
それらの兵器と互角に戦える兵器の登場は、その兵器に大敗してから計画される。
つまり、太平洋戦線で陸戦、海戦、空戦で大敗した以上は、現有兵器よりも強力な兵器が開発されるのは当然の帰結と言えよう。
「どうやら、お客さんのお出ましだ」
霧野が、対電子妨害対策されたレーダーを表示した、液晶画面に視線を向けながら、つぶやいた。
「各攻撃ヘリへ、お客さんが来訪した。日本人精神である、最高のおもてなしをするように」
「「「ラジャー!!」」」
霧野がそう言うと、各ヘリの機長が叫んだ。
霧野と副操縦士は、フライト・ヘルメットに装着用に作られた、後付けバイザーを降ろす。
このバイザーには、ヘリが装備する火器管制システムが装備されており、戦闘中に必要な情報から、攻撃の照準システムまで、すべてが組み込まれている。
「さあ、キツネの最高の娯楽である、ウサギ狩りを邪魔したタカどもに、皆殺しというおもてなしを!!」
「・・・・・・」
霧野の声を、ヘッドフォンから聞きながら、辻は死神のあだ名をつけられた意味を理解した。
彼女と共に菊水総隊陸軍の行動を解説等をふまえて、観戦していた。その時も噂レベルであるが、霧野が死神等というあだ名を付けられていた事や、戦場の狂信者として陸軍(陸上自衛隊)将校たちのひそひそ話を聞いた事があった。
もちろん、辻は自分が知る霧野と照らし合わせて、検討したが、とても想像できなかった。
だが・・・
今の彼女を見れば、自分の考えが間違っていた事を認識する。
「しかし、少佐の回転翼機を主力とした戦法は極めて、優位性を感じる」
辻は大日本帝国陸軍参謀本部の作戦参謀として、陸軍の新展開運用方法を参謀本部に提出するために、霧野の戦闘指揮と回転翼機部隊の展開を観察する。
戦闘が、目前に迫っている。
「辻中佐。随分と真剣に観察していますね?てっきり、ヘリコプター等の航空機を主力とした運用方法は、受け入れないと思っていましたが・・・」
副操縦士が、小さな声で話しかけてきた。
「あたしたちの戦果を見れば、たとえ、近代戦を精神論と歩兵重視の白兵戦決戦思想を強く持つ石頭でも理解する。そのような決戦思想は、時代の流れにはついていけないと」
霧野は、本当に楽しそうにつぶやく。
この時点で、霧野はそれなりに、辻を認めていた。
台風の暴風圏内に突入した時も、並の人間ならとても堪えきれなかっただろう。
途中で、恐怖で意識を失うか、失禁等もあり得る。
辻は、最後まで陸軍軍人だった。
戦闘中に気絶したのは、別件の理由だからだ。
後のマレー攻略戦で、霧野と辻は陸空の共同作戦で、新戦術による凄まじい戦果を挙げる事になる。
「目標を、確認!」
副操縦士からの報告に、霧野は指示を出す。
「最初に戦闘機を狙え!あれに、チョロチョロされたら面倒だ!」
「了解!」
副操縦士は、後付けバイザーを、火器管制モードに切り替えて、戦闘機をロックオンする。
「短AAM発射!」
副操縦士は、発射ボタンを押した。
UH-2に搭載されている、91式携帯式地対空誘導弾を航空機の自衛用仕様にされた、空対空誘導弾が発射された。
他のUH-2からも、自衛用AAMが発射される。
発射と同時に、次の目標にロックオンし、短AAMを発射する。
攻撃隊70機は、AAMが正面から接近している事を確認すると、すぐに回避飛行に入った。
速力500キロ以上で飛ぶF4Fは、零戦の発展型である[海鷹]より前の、従来の零戦に対しては、格闘戦や運動性能には劣るが、急降下性能や高速飛行時での運動性能は高い。
攻撃隊のパイロットも、度重なる自衛隊との戦闘で、ミサイルに対する対処方法は、いくつか仮説を出していた。
フェイントをかけた回避飛行をすれば、運とパイロットの腕にもよるが、振り切る事もできる。
しかし、その回避飛行が確実に成功する可能性は無く、10機中数機だけがうまく行く、というレベルだ。
「さすがに、頭脳が高いタカだけはある。この短期間で、良くもここまでミサイルへの対抗策を練ったものだ」
霧野は、回転翼機で固定翼機と空中戦を繰り広げるという映画の世界なら、良く描かれる戦闘を実際に行いながら、賞賛の声を上げた。
「ベビーシッターを任された時に、コンピューターの世界で出た結果だけで、それが当然の結果だと思い込んでいる、お花畑思想の坊やの与太話を毎日聞かされて、イライラしていたけど、この光景を坊やが見たら、人間の底力が理解できるだろう」
霧野が、UH-2を自分の手足のように操りながら、F4Fの次の行動を予想し、その裏を取りながら言った。
それは、戦闘を楽しんでいると感じられるような口調だった。
架空の物語ならともかく、実際に回転翼機で固定翼機と正面対決をするという事を、実行するだけはある。
「もし、できなかったら?」
兵員室で、万一のために配置されている、衛生科の陸曹が尋ねた。
「その時は、あたしのUH-2が、お花畑思想の考えしか無い男がいる宿舎に、ヘルファイア・ミサイルを撃ち込むだけ・・・その方が早いし、面倒がない」
空中戦の真っ只中で、とんでもない事をさらりと言いながら、霧野はF4Fの正面で、UH-2をホバリングさせた。
「撃て!!」
霧野が、発射命令を出す。
副操縦士が、12.7ミリ連装式機銃の発射ボタンを押す。
6銃身が高速回転し、連装機銃が火を噴く。
曳光徹甲弾が連続発射され、F4Fを蜂の巣にした。
一瞬にして、F4Fは火の塊にされた。
そのまま同機は、海に墜落した。
「姐御!爆撃機が、3機編隊の小編隊から、9機編隊での編隊飛行に移りました!速力も増速しています!!」
別のUH-2から、連絡が入る。
「かかった」
霧野が、にやりと笑った。
「姐御!爆撃機に向けて、ペリリュー島に展開した11式短距離地対空誘導弾が、発射されました。まもなく、爆撃機部隊に到達します!」
彼女が乗るUH-2で、地上部隊との通信を担当する通信科の隊員が、報告する。
「馬鹿どもが!!最初から、あたしたちだけで、戦う訳が無いだろう。自ら墓穴を掘ったタカは、キツネが用意した罠に掛かった」
霧野が用意した、二重三重の罠の真っ只中に誘導された攻撃隊は、無数に飛んでくる地対空誘導弾によって、次々と撃墜された。
この防空網の中で、生き残った機は、わずか数機だけだった。
フィリピン本土で、菊水総隊陸上自衛隊の指揮を行っている星柿の元に、特殊空中機動隊の戦果が報告された。
「・・・やはり、こういう結果になったか」
霧野に率いられた、ヘリ部隊は台風の目に入り、搭載する爆弾や対戦車ミサイルによる集中攻撃で、構築された対空砲陣地やペリリュー島飛行場奪取に出撃した万単位の攻略部隊を無力化し、それに合わせて行われた、陸軍と陸上自衛隊による、新バンザイ突撃で同攻略部隊を壊滅させた。
その後、応急修理した2隻の空母から発艦した、70機の攻撃隊は、帰る空母と艦隊を失った。
猛将ドルイト指揮下の、第3空母戦闘群による航空攻撃と、水上艦によるミサイル攻撃で艦艇のほとんどを撃沈された。
70機の攻撃隊は、霧野が用意した迎撃戦で、9割の損害を出した。
UH-2に、空対空装備で出撃し、搭載する短AAMと12.7ミリ連装式機銃による火力で圧倒し、爆撃機が低空で編隊を組み、自衛戦闘の火力を向上させたところを見計らい、地上に展開した11式短距離地対空誘導弾で殲滅する。
「第12機動旅団の最大の特徴である、空中機動力を最大限に活用した、作戦だな」
霧野は、陸上自衛隊幹部候補学校を卒業後、航空学校霞ヶ浦校に入校し、回転翼機と固定翼機の操縦資格を取得する。
防大生の頃から、彼女は空中機動戦術の研究に、力を入れていた。
防衛大学校4年生の頃に霧野は、将来の陸上自衛隊の運用態勢について、という題名で同期生や現役自衛隊幹部の前で、持論を発表した。
「地面をゆっくり走る戦車や、装甲車等による即応展開は、古い考えです!戦車や装甲車に変わるヘリコプターは、攻撃ヘリ、輸送ヘリを問わず、生存性、打撃力、防護力は登場以来格段の進歩をしました!戦車や装甲車等の地上展開しかできない車輌は、海上自衛隊、航空自衛隊との共同で行われている統合運用では、即応が困難です。しかし、ヘリコプターは違います。あらゆる状況に、即時対応可能!」
星柿が上級幹部だった頃に、防衛大学校で開かれた発表会での彼女の主張を思い出した。
(あらゆる戦場に置いて、航空機による物資、資材、人員の空輸は、即応緊急展開が可能である。確かに、戦車や装甲車で陸路を走破するよりも、戦略・戦術輸送機や、輸送ヘリコプターや、多用途ヘリコプターによる緊急展開は、一度に大部隊の投入はできないが、指揮運用がしやすい司令部、戦闘部隊、後方部隊で編成した任務部隊による即応打撃展開が、可能だな)
星柿も、この展開運用方法は頭で理解できるし、実際、アメリカ等の軍事大国等も採用している。
霧野が、死神と言われる由縁は、ここにある。
これまでの、陸上展開運用方法を根底から否定し、新しい運用展開方法を立案する。
「死神3佐は、自らの実績で、自分の唱えた運用戦術の重要性を、明らかにした」
タイムスリップする前に、所属していた部署である統合幕僚監部統合戦史研究室では、霧野は自分の唱えた部隊運用を、より具体化させるための戦史研究に没頭していた。もちろん、陸上自衛隊富士教導団では、彼女の部隊運用案に興味を持った団長や幕僚たちが、霧野と共同で、新部隊運用を研究、修正を行っていた。
どちらかと言えば、口や報告書しか作成していない、完全な事務屋的な存在の部下よりも、霧野は確実に、戦史研究を行っていた。
『過去の戦いは過去の出来事だと、思ってはいけない。戦いの基礎は、古代からまったく変わっていない』
元アメリカ海軍少将の、海軍戦略家アルフレッド・セイヤー・マハンの言葉を、死神は自ら証明した。
死闘南方戦線 第12章をお読みいただきありがとうございます。
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