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死闘南方戦線 第9章 死神の帰還

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 ペリリュー島が台風の暴風域に入り、フィリピン本土に駐留する第12機動旅団司令部では、菊水総隊旗艦であるヘリコプター搭載護衛艦[くらま]から出向いてきた、菊水総隊陸上副司令官の(ほし)(がき)いさめ陸将と共に、ペリリュー島に上陸した米仏連合軍上陸部隊の対処を議論している。


「陸将。同島ですが、台風の暴風域に入った途端に、米仏連合軍上陸部隊が飛行場防衛陣地に攻勢を開始しました。規模は1個旅団かそれ以上です!さらに、複数の場所で対空砲陣地が構築されています」


 旅団司令部の幕僚から、報告される。


「どうやら米仏連合軍も、台風の接近で、こちらの増援のヘリ部隊が、接近できないと読んだ訳か・・・」


 星柿は、腕を組んだ。


「第12ヘリコプター隊と、第1ヘリコプター団第1輸送ヘリコプター群第103飛行隊は、離陸準備を完了しています。増援部隊の投入は可能です・・・しかし、いかに悪天候下での飛行を可能にしているUH-60JAや、CH-47JAでも、台風の暴風域の中に突っ込むのは危険すぎます。最悪、完全装備の隊員と資材を、失う可能性があります」


 星柿と共に派遣された、菊水総隊幕僚が説明する。


「大日本帝国海軍は、高速輸送艦による増援部隊投入作戦を準備中ですが、悪天候下では、海中に潜むアメリカ海軍潜水艦や、自由フランス海軍潜水艦からの攻撃には無防備です」


 菊水総隊陸上派遣司令部と、第12機動旅団司令部の合同会議室では、重い空気が流れた。


 台風が通過するまでの間は、増援部隊の投入は極めて困難である。


「・・・・・・」


 星柿は腕を組み、目を閉じたまま、考え込んだ。


 沈黙の時間は、長かった。


(きり)()みくに3等陸佐を、ここに呼んでくれ」


 星柿は、長い沈黙の後・・・目を開き、腕を解いて口を開いた。


 その言葉の意味を理解した合同会議室にいる上級幹部や、高級幹部たちが息を呑んだ。





「お待たせしましたぁ~!」


 合同会議室の天幕に、菊水総隊司令官付特務作戦チーム副主任である霧野みくに3等陸佐が、「状況を考えろ!」と言いたくなるような、とぼけた表情と口調で入って来た。


 だが誰も、その事については、咎めない。


「霧野3佐。正直に言えば・・・貴官を原隊復帰させる事だけは、絶対にしたくなかったが、この空中強襲作戦を必ず成功させられるパイロットは、死神3佐と恐れられている貴官だけだ」


「・・・・・・」


 星柿の言葉に、霧野は沈黙した・・・と言うより、彼女から発せられる雰囲気が、突然変わった。


「はぁ~・・・ベビーシッターから、ようやく解放してくれるのね?」


 霧野は肩をほぐしながら、のほほんという表現しかできない目から、鋭い切れ長の目付きへと変わった。


「あたしの忠犬たちは、どこかしら?」


 その口調は、とても本当に先ほどまでの霧野なのかと、問いたくなるようなものだった。


「準備は、万全です。姐さん」


 すると、いつもの厳しそうな雰囲気はどこへ行ったのか、御堂(みどう)(らん)1等陸佐が、怯えた口調で報告した。


「じゃあ、さっさと忠犬たちを、整列させなさい!!」


「は、はひぃ!!ただいま!」


 霧野に睨まれ、御堂が慌てて天幕を飛び出した。


「「「・・・・・・」」」


 星柿を始め、上級幹部や高級幹部たちは、防衛局長官である村主(すぐり)葉子(ようこ)の意見書を、何かの間違いであってほしいと本気で考えた。


 この後、ペリリュー島でいかなる一方的な殺戮が発生するのか・・・想像できる。


 星柿自身も、自分の決断が正しいのか、理解に苦しむ。


 そして、この場の自衛官全員が、危険な任務に挑む自衛官たちより、死神に率いられた、地獄の獄卒に蹂躙されるであろう、アメリカ軍将兵たちを心配していた。





 霧野が、幽霊総隊陸軍前線作戦司令部天幕から姿を現した事を確認した(つじ)政信(まさのぶ)中佐は、一目で、霧野の顔つきと雰囲気が変わっている事に気付いた。


 今までの彼女は、とても陸軍少佐には思えない、のほほんとした顔つきであり、どちらかと言えば、時折軍人たちの慰問に派遣されて来る、若い女優や女性歌手(現代で言うなら、アイドル的な芸能人と言えばいいかもしれない)のような雰囲気で、大日本帝国陸軍の若手将校や徴兵されたばかりの兵卒たちの、人気者のような存在だった。


 しかし、今の彼女は誰が見ても、軍人という風貌である。


「姐さん。こちらになります」


「おや?」


 思わず、辻はつぶやいた。


 霧野の横で案内する婦人将校は、彼女よりも2階級上の御堂蘭大佐である。


 だが・・・明らかに、立場が逆だ。


 そんな事を考えていると、霧野がこちらを見た・・・本人は、ただ見ただけだろうが、明らかに睨まれたと、表現すべきだろう。


 その目力の威圧力は、半端なものでは無い。


「辻中佐?」


「は、はひぃ!!?」


 その威圧力に怯んだ辻は、軍人とは思えない情けない声を上げた。


「辻中佐。何ですか!その、間が抜けた返事は!!返事は、はっきりと!」


 霧野からの、強烈な怒号(本人は普通に言っただけ)とも言える指摘に、辻は、まるで陸軍士官候補生が、教官に怒鳴れた時のように姿勢を正し、叫んだ。


「はい!!何でありますか?少佐殿!!」


「よろしい!では、一緒に来なさい」


「は、はい!お供します!!」


 傍から・・・恐らく、傍と言っても、彼女を中心とした周囲500メートル以内では、彼女から発せられる気の圧力で、辻の気持ちが理解できるから、500メートル以上離れた距離から双眼鏡で確認したら、中佐と大佐が、少佐に率いられるという、奇妙な光景を拝む事になるだろう。





「特殊空中機動隊!総員整列完了!!」


 特殊空中機動隊隊長代理である伊沪段平1等陸尉が、不動の姿勢で報告する。


「原隊復帰を、お待ちしておりました。姐御!!」


「「「お帰りなさい!姐御!!!」」」


 整列した、特殊空中機動隊の飛行科に属するパイロットたちが叫んだ。


「あたしがいない間、良くやってくれた」


 霧野が、自分直属の部下たちの顔を、1人1人確認しながら告げた。


「全ヘリの出撃準備は、整っているわね?」


「万全です!!」


 霧野の問いかけに、伊沪は叫んだ。


「では、日の出の時間と共に、状況を開始する!!台風の勢力下では、我々は手も足も出ないと油断し、安心しきっている楽観主義者どもに、容赦無く我々の精神を叩き込め!!!」


「「「はい!!!」」」


 霧野の言葉に、パイロットたちが叫ぶ。





 特殊空中機動隊が保有する、多用途ヘリコプターであるUH-2に、12.7ミリ連装式機銃が2門搭載され、その弾薬が装填される。


 各UH-2の武装は様々であり、12.7ミリ連装式機銃叉は、7.62ミリ連装式機銃が搭載され、対戦車ミサイルであるヘルファイア・ミサイル、若しくは熱感知式センサーを搭載した誘導爆弾を4発搭載した状態である。


 もちろん、単なる人員輸送や、補給物資輸送を担当するUH-2やCH-47JAもあるが、どちらも12.7ミリ重機関銃か、40ミリ自動擲弾発射器を左右に搭載している。


 特殊空中機動隊のヘリ部隊は、台風の勢力圏内に突入し、そのまま台風の目に入り、ペリリュー島飛行場陣地を攻撃している米仏連合軍上陸部隊や対空砲陣地への航空攻撃を行う事になっている。


 大型台風クラスの暴風域に正面から突入し、そのまま台風の目の中に抜けられるのは、死神3佐に鍛えられた、特殊空中機動隊のヘリ部隊だけだ。


 霧野は久しぶりに、飛行服仕様の迷彩服3型に袖を通し、フライト・ヘルメットを被った。


「こっちの方が、しっくり来る」


 霧野はつぶやくと・・・振り返り・・・


「行くぞ!!ウサギ狩りの時間だぁぁぁ!!!」


「「「おおぉぉぉ!!!」」」


 普段の霧野から想像も出来ない台詞に、彼女の部下たちは雄叫びを上げた。





 数時間後に日の出を迎える時刻、UH-2やCH-47JAが離陸態勢に入っていた。


 大日本帝国陸軍の軍装で、フライト・ヘルメットを被った辻は、霧野が操縦する隊長機のUH-2に乗り込んだ。


 隊長機であるUH-2には、12.7ミリ連装式機銃2門と、91式地対空誘導弾をヘリ搭載用に改良した、空対空誘導弾を4発搭載している。


 左右のドアガンとして、12.7ミリ重機関銃を2挺装備した。


 特殊空中機動隊に所属する普通科隊員や、衛生科隊員たちも搭乗する。


 彼らは、撃墜されたヘリや、被弾により緊急着陸を余儀なくされたヘリの、搭乗員の救出から応急処置までを行う。


「辻中佐。姐御の死神姿を目にするのは、初めてですか?」


 防弾装備姿で89式5.56ミリ小銃折曲式銃床に実弾入りの弾倉を装填しながら、普通科隊員が話しかける。


「あ、ああ・・・正直に言って、本当に彼女なのか?と伺いたい」


 辻の言葉に、彼に話しかけた隊員が、楽しそうに笑みを浮かべた。


「その言葉は、まだ早いです」


「それは、どう・・・」


「離陸する!!」


 辻が話しかけようとした時、UH-2の機長席に座る霧野の声で、かき消された。


 その、乱暴な離陸の衝撃で、危うく辻は、舌を噛みそうになった。


 10機以上のUH-2や、CH-47JAが宙に浮かび、離陸する。


 いくら台風の暴風域から外れていても、強風域であるため、離陸はかなり難しい。


 それどころか、本来であれば、災害派遣出動命令が発令されても、絶対に離陸は許可されない強風である。


 そんな中を、特殊空中機動隊のヘリ部隊は、難なくヘリを離陸させた。


「機体が、かなり揺れますね」


 副操縦士の2等陸尉が、つぶやく。


「姐御。久しぶりのヘリは、いかがです?」


 伊沪から、通信が入る。


「最高に、ワクワクする」


 霧野は、楽しそうな口調でつぶやく。


「まもなく暴風域です。これから先は、UH-2やCH-47JAの機体安定システムや補助システムは、まったく使えません。すべては、貴女がたパイロットの腕のみです。幸運を」


 特殊空中機動隊気象観測隊から、通信が入る。


 当然ながら、台風に接近するにつれて、ヘリの振動は強くなり、液晶モニターには『警告!』という文字が強く表示され、警報アラームや警告アナウンスが響く。


 暴風域に突入すると、機体に叩き込まれる突風は激しさを増し、各機が突風に流される。


 だが、特殊空中機動隊のヘリパイたちは、補助システムに一切頼らず、操縦システムを完全な手動に切り替えて、突風に揺られる機体を安定させる。


 普通なら、操縦不能で海上に墜落するか、僚機と衝突しても、まったくおかしくないレベルだが、彼らは人の技を越えたような操縦技術でヘリを操り、単に強風の中を普通に飛行するという感覚で、ヘリを飛ばしていた。


「こんな話を聞いた事があるか?ベトナム戦争末期にアメリカ陸軍のヘリ部隊を率いていた大佐に、アメリカ空軍の爆撃機軍団を指揮していた少将が尋ねたそうだ。『俺は、第2次世界大戦時、日本本土空爆に何度も出撃したが、これ程の強風の中で、出撃した経験は一度も無い。老兵ができない事を、お前たち若年者集団にできるのか?』と、そうしたら、陸軍大佐はこう答えた。『その答は、将軍が先ほど答えました。老兵ができない・・・では、ありません。それが、その老兵の限界です。特等席で傍観していてください。若年者たちの未知の限界を』と、陸海空自衛隊では、老体部隊がムチを打って、あたしたちに手本を必死に見せているが、所詮は老兵のやせこけた威信に過ぎない。あたしたち若者の無限の可能性には、いくらあがいても敵わない所を見せてやれ!!」


 霧野が、部下たちに喝を飛ばす。


 その喝は、彼女に率いられたヘリ部隊の士気を、さらに向上させた。


 10機以上のヘリ部隊が、暴風域を抜け台風の目の中に入る。





「特殊空中機動隊。台風の目に入りました。全機無事です!」


 菊水総隊陸上部隊司令部で、星柿に通信科の陸曹が報告した。


「鉄製の網と、鉄の壁で建てられ、外部から完全に守られていたウサギ小屋に、キツネの群れが放たれた・・・」


 星柿は、逃げ場の無いペリリュー島にいるアメリカ兵と自由フランス兵をウサギに例え、霧野率いるヘリ部隊を、キツネの群れに例えた。


 ただし、キツネの親玉は、絶対9本の尾を生やしている・・・


「陸将。本当に、彼女の原隊復帰を許可してよろしかったのですか?新世界連合軍連合海軍艦隊総軍司令部から、第2艦隊第3空母戦闘群を、パラオ諸島海域に出動させたと・・・」


 副官からの報告に星柿が、「はっ!」と声を上げた。


「陸将?」


「今、言うな・・・」


 星柿は、今さらながら、頭を抱えた。


「うさぎ小屋に、キツネと猟犬の群れが、放たれた・・・」


 ペリリュー島での地獄の地上戦。


 死神の率いる、特殊空中機動隊。


 そして、ハルゼーさえ越えると噂される、猛将の老提督が指揮する[クイーン・エリザベス]級航空母艦[ロバスト]を基幹とする、イギリス海軍駆逐艦とフリゲートに護衛された空母艦隊・・・新世界連合軍連合海軍艦隊総軍第2艦隊第3空母戦闘群。


 今さらながら、星柿は、ペリリュー島に投入された米仏連合軍に、心から同情した。





「さあ、狩りの時間だ。ここは逃げ場の無い孤島。死神御一行様の御登場を、うさぎどもに教えてやれ!ただ、狩るだけでは、つまらないからな!!」


 霧野がフライト・ヘルメットに付属している通信機に叫び、隊長機と随行機に搭載されるスピーカーから、大音量の音楽が流された。


 確かに戦場で、味方の士気を鼓舞し、敵を威圧するために、音楽を流すという行為は、史実でも行われていた。


 古くは太鼓や銅鑼が使用された。


 ソ連等でも、戦場で革命歌が流される事もあったし、現代人にわかりやすく説明すれば、朝鮮半島(韓半島)の38度線の軍事境界線で流される音楽等々・・・様々な目的で使用される。


 しかし、今流されている音楽は、おおよそ戦場に相応しくない。


 むしろ、聞く人の心を和ませる詞と旋律であった。


 春夏秋冬。


 4つの季節を、人の心に擬える。


 日本語の美しさを感じさせる歌。


「すごく、良い歌だな・・・」


 その歌を間近で聴いていた辻が、戦場にいる事を忘れて、聞き惚れたように、小さくつぶやいた。


 だが、フルコーラスが終わり、もう1度リピートされた時。


「爆弾投下!!爆弾投下!!」


 霧野の攻撃命令が、歌詞に反して、完全に人の清き精神をぶち壊す。


「心清き人!?誰がどう見ても、ドロドロに濁った心だろう!!!」


 辻が、大声で叫ぶ・・・


「オープン回線で、叫ぶな!!!」


 霧野が座るコックピットの機長席から、何かが飛んできた。


 ゴン!!!


 という大きな音と共に、辻が沈黙した。


「1名、失神!しかし、状況遂行に支障無し!!」


 衛生科の陸曹が叫ぶ。





 霧野からの爆撃命令を受けて、2機のUH-2が、ある程度の高度から250ポンド無誘導爆弾Mk.81に熱感知式センサーを装着した簡易な誘導爆弾を、ペリリュー島飛行場で本格的な飛行場攻略の準備をしていた、米仏連合軍上陸部隊の頭上に投下した。


 投下と同時に、2人のドアガンナーが、左右に装備している12.7ミリ重機関銃による掃射を開始する。


 2機のUH-2から投下された誘導爆弾4発は、熱源部分が高い地区にそのまま突入し、炸裂した。


 別の2機は、70ミリ対戦車ロケット弾を搭載したポットを2門と、7.62ミリ連装式機銃2門を装備したガンシップであり、歩兵陣地や砲兵陣地に、機銃掃射とロケット弾による掃射を行った。


 こちらのドアガンは、12.7ミリ重機関銃では無く、40ミリ自動擲弾発射器だ。


 40ミリ榴弾が、連続して米仏連合軍将兵の頭上に、撃ち込まれる。





 もちろん、攻撃はこれだけでは無い。


 第12機動旅団第2普通科連隊第3中隊と、第22歩兵聯隊第1大隊の予備中隊が、ヘリ部隊の攻撃に合わせて、飛行場奪取の準備中の米仏連合軍上陸部隊に新バンザイ突撃を開始した。



 この陸空の2次元同時攻撃に、飛行場攻略部隊は壊滅した。

 死闘南方戦線 第9章をお読みいただきありがとうございます。

 今回、可哀想な役回りになってしまった辻中佐ですが、マレー作戦に置いては活躍しますので、本篇ではご了承ください。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

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