死闘南方戦線 第7章 パラオ沖海戦 伸るか反るか
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
[大和]の艦橋は、慌ただしかった。
水上偵察機からの通信で、聯合艦隊第1艦隊と会敵する進路をとる、戦艦部隊を発見したとの連絡が入ったからだ。
「敵戦艦部隊は、戦艦[ノースカロライナ]、[コロラド]を基幹とする、10隻余りの艦隊です」
「空母は?」
「空母は、同行していないそうです」
聯合艦隊司令官の山本五十六大将の問いかけに、参謀長の宇垣纏少将が答える。
「ふむ」
「別働部隊として、空母艦隊を編成している可能性も考えられますが・・・念のために、偵察機による索敵の範囲を広げていますが、それらしいものは、確認出来ていません」
腕を組んで考え込む山本に、先任参謀の黒島亀人大佐が、報告をする。
「石垣君。君は、どう思う?」
メリッサと艦橋に戻っていた石垣に、山本は振り返って聞いた。
「え?」
急に問いかけられて、石垣は言葉に詰まる。
山本の意図が、読めないからだ。
宇垣も黒島も、無言である。
「・・・・・・」
一瞬、真っ白になりかけた思考を引き戻し、石垣は必死で考える。
(思考を止めるな!考えろ!もし、自分が敵の指揮官の立場なら、どうする?)
時間で考えれば、数秒程度。
待つ側、待たせる側。
感じる時間は、長い。
「・・・恐らく、空母艦隊はすぐ近くにはいないと思われます。アメリカ軍は、艦対艦の水上戦を挑んでくると思われます」
「理由は?」
「アメリカは、現時点ではまだ、本格的な艦隊戦を行っていません。ソロモン海方面で、アメリカ空母艦隊が、第1空母機動群と交戦していますが、自軍の空母を1隻失って、敵に損失を与えるまでに至っていません。翻って、連合軍のイギリス海軍やオランダ海軍は、戦艦を含む戦闘艦艇を多数失いながらも、ある程度の打撃を与えています。このままでは、アメリカ海軍の面目が立たないばかりか、アメリカは連合軍を捨て駒にして、自軍の戦力を温存しているという疑惑を持たれかねません。そうなれば、連合国間での協調が崩れかねません。それを払拭するには、堂々とした艦隊決戦で、大日本帝国海軍に勝利する必要があります」
「ふむ。戦略というより政略的に、そうせざるを得ないというわけか?」
「はい」
宇垣と黒島が、無言でうなずく。
「・・・なるほど、では君の意見を聞きたい。我々は、どう対処するべきかな?」
「・・・え?」
石垣は、山本の言葉の意味を理解できなかった。
「君なら、敵戦艦部隊に、どう対処すべきと考える?」
「・・・・・・」
石垣は、思わず先任参謀の黒島に、視線を走らせた。
黒島は、石垣の方を見ず、前方に視線を固定したままだった。
(自分で考えろ)という事だろう。
石垣は、艦橋に貼られている、敵味方の配置図に視線を走らせた。
第2航空艦隊は、米空母艦隊の足止めに向かっている。
米空母艦隊は、第2航空艦隊との戦闘に専念しなくてはならず、戦艦部隊の航空支援に艦載機を向かわせる余裕は無いはずだ。
不安要素として、ニューギニア方面の飛行場の陸軍航空軍が、航空支援に出撃してくる可能性を考えたが、パラオ諸島に接近中の台風は、迷走状態でどんな進路を取るか予測が付かない以上、余程の事が無い限り、無理に出撃を強行するとは考えにくい。
となれば、艦対艦の水上戦が、消去法で残る。
しかし、これは相手の都合で、こちらがそれに合わせる必要は無い。
「・・・・・・」
現在、南方で展開中の友軍空母戦闘群は、4つ。
新世界連合軍連合海軍第3艦隊第4空母戦闘群と、連合支援軍タイ王国海軍の軽空母[アユタヤ]を基幹とする空母戦闘群は、マレー近海に展開待機中である。
新世界連合軍連合海軍第2艦隊第3空母機動群がパラオ諸島に、連合支援軍海軍大連艦隊が、マレー沖に急行中である。
そして、さらにもう1つ。
「長官。味方空母艦隊による、航空支援の要請を具申します」
石垣は、配置図の一点を指差して告げた。
「「!?」」
石垣の示した一点を見て、宇垣と黒島は、驚きの表情を浮かべた。
「正々堂々の艦隊決戦は、捨てるという事かね?」
「はい。我々の目的は、あくまでもペリリュー島の防衛です。敵艦隊を撃破する事では、ありません」
自分たちが、ここに来た理由は何か?それを考えれば、当然何を優先するかは答が決まっている。
石垣は、決意の籠もった目で、山本を見詰めながら答えた。
「わかった。石垣君、君の具申を受け入れよう。参謀長・・・」
山本が、宇垣に命令を伝えている声を聞きながら、石垣は自分の具申を心の中で、自問自答していた。
すでに、敵艦隊は[大和]の広域レーダーで探知できる距離まで、接近している。
後、数10分もしないうちに、[大和]の有効最大射程の範囲に入るだろう。
果たして、航空支援は間に合うのか・・・
無意識に拳を強く握り締め、緊張と不安に心が揺れ動くのに、必死に堪えていた。
ふいに、温かく柔らかい感触を手の甲に感じた。
「・・・・・・」
自分の隣に立っていたメリッサが、石垣の手にそっと手を添えていた。
「・・・・・・」
メリッサは、強い光をたたえた目で、石垣を見詰めていた。
(自分を、信じなさい)
メリッサの、心の声が聞こえた気がした。
それに応えて、石垣は小さくうなずいた。
「撃えぇぇ!!!」
第2艦橋戦闘指揮所で戦闘指揮を執る、艦長の有賀幸作大佐の号令と共に、[大和]の四十六糎砲が吼え、振動が[大和]の巨体を揺らす。
撃ち出された砲弾は大きな弧を描いて、アメリカ艦隊に向けて飛翔する。
[大和]の最大射程であり、命中精度はかなり悪い。
当然アメリカ艦隊からも砲弾が飛んでくるが、これも大きな水柱が立ち上がるだけであった。
「第2射、撃てっ!!敵艦隊とは、可能な限り距離を取れ!」
「・・・しかし・・・大丈夫でしょうか・・・?」
「何がだ?」
副長が、不安そうな表情で、有賀を見詰める。
「よりによって、航空支援を要請したのは、自国の陸空軍からもお荷物扱いの、あの空母艦隊です。Y島奪還作戦の時のように、またトラブルを起こすという可能性も無いと言えません」
「確かに、不安が無いとは言えない。しかし、よく考えてみたまえ、この現状にもっとも、強い不満を持っているのは、誰だろうな?」
「・・・・・・」
「そして、この現状を打破したいと強く望んでいるのは、誰なのか?」
「確かに」
副長は、納得したようにうなずいた。
「・・・まあ、とんでもない大博打には違いない・・・」
博打好きの、山本長官らしい。
内心で、有賀はそう思った。
そして、これにはもう1つの思惑もある。
「たった1人のために、1個艦隊を博打のコマにするとは・・・長官も大胆というか・・・何というか・・・」
そうつぶやくと、有賀は敵艦隊との距離を保つように、航海長に指示を出した。
「・・・おかしい・・・」
日本艦隊の不可解な行動に、疑問を感じたのは、旗艦[ノースカロライナ]の司令官付幕僚の末席に席を置く、アレン・グラントリー大尉だった。
まるで、戦う気が無いような・・・こちらの艦隊運動に合わせるように、常に一定の距離を保ち続けている。
砲撃も、どちらかと言えば消極的に感じられる。
グラントリーは、日本艦隊と会敵する前に、偵察機が確認した敵空母艦隊の位置を、思い出し、おおよその距離を頭の中で、計算していた。
もしも、日本艦隊が航空支援を空母艦隊に要請したなら・・・艦載機の到達時間を、頭に叩き込んだ、ジェット戦闘機の速度の情報を元に、計算する。
「まずいな・・・」
自分の予測が当たれば、本艦隊は、そろそろ敵の航空攻撃に晒されるかも知れない。
これを司令官に、進言するべきか否か・・・
グラントリーは、迷った。
「何をしている!!日本艦隊との距離がまったく縮まら無いではないか!?遠距離砲撃でチンタラしていれば、奴らに逃げられるではないか!!全艦、最大速度!!黄色い猿どもの艦隊を、海の藻屑にしてくれる!!」
艦隊司令官であるデニス・ゴードン・マカヴェイ少将は、怒号をまき散らしている。
「・・・・・・」
グラントリーは、ため息を付いた。
日本艦隊の動きは、明らかにおかしい。
参謀長を始め、他の幕僚も気付いているはずだ。
それなのに、誰も進言や具申をしない。
それもそのはず、マカヴェイは猛将である。
ただし、勇猛と呼ぶにはほど遠い、独断専行型のである。
大日本帝国に、ハワイが占領されるまで、彼は予備役の大佐であった。
極端な白人至上主義者であり、差別主義者である。
そして、兵卒等の言動が気に障ったというだけで、暴行を加えたりしていた。
その素行の悪さに、海軍内でも持て余していた状態で、大佐の階級は与えたものの、海軍上層部は予備役のまま、飼い殺しにするつもりだったのだ。
大日本帝国による、ハワイ占領が、彼の転機となった。
前々から、彼の知己であった対日主戦論を唱える政治家や、差別主義者の団体が、連邦議会や海軍司令部に有形無形の圧力を掛け、彼は戦時特例という形で、少将に昇進して現役に復帰した。
だが、海軍作戦本部も太平洋艦隊司令部の高級士官及び上級士官は口を揃えて、味方殺しの名将が復帰した、とぼやいた。
海軍作戦部長であるアーネスト・ジョゼフ・キング大将と、キンメル大将(彼は帰国後、史実のように降格はされなかったが、本人の希望で予備役に移った)の後を継いで、太平洋艦隊司令官に就任したチェスター・ウィリアム・ニミッツ・シニア大将も、この人事には苦虫を嚙み潰した表情を浮かべていたという。
特にキングは、ルーズベルト大統領と海軍省の高官に意見した。
「命令である以上、彼に1個戦艦部隊を任せます。しかし、1つだけ言わせて頂きます。戦争で戦死する将兵のほとんどは、有能な敵に殺されるのでは無く、無能な指揮官に殺されるのです。この意味をよくお考え頂きたい」
だが、大日本帝国軍とスペース・アグレッサー、ゴースト・フリートと呼称される不明軍に、一泡も二泡も吹かされていては、拒否もできなかったという事情がある。
今回の派遣に際して、キングとニミッツは猛反対していたが、結局押し切られた形となった。
「狂犬病に犯されたような、思考しかできない無能を野に放つということは、それによって、もたらされるリスクに責任を取る覚悟がおありでしょうな?」
自分の意見を封殺した海軍長官に、ニミッツはそう言い放ったという。
(今、ここにハルゼー閣下が、いらしたら・・・)
数ヶ月前まで上官だった、将を思い出した。
彼は、大日本帝国のハワイ占領に先立って、撃沈された[エンタープライズ]に乗艦していて、奇跡的に助かった、生存者の1人である。
現在ハルゼーは、大勢の部下を死なせた事で、自責の念から精神的に不安定になり、予備役に移って、軍病院に入院している。
ハルゼーも猛将だが、傍若無人な将ではない。
言動に乱暴な所はあっても、部下に対しては、細やかな気配りの出来る人物だった。
少尉に任官されて、ハルゼーの麾下に入った時、グラントリーはハルゼーに、こう問いかけられた。
「もし、俺が明らかに間違っている命令を出した時は、どうする?」
「いかなる命令であっても、従います」
そう答えると、ハルゼーは顔を真っ赤にして、怒鳴った。
「馬鹿者!!間違っているとわかっていながら、盲従するとは何事か!!?参謀とは指揮官の判断を正すのも役目だ!!そんなイエスしか言えぬような無能な参謀など、俺はいらん!!!」
その後も、色々な叱責を受けた。
そして、彼の独自の考えから、様々な事を学んだ。
指揮官あっての部下ではなく、部下あっての指揮官だという事を・・・
それを補佐するのが、参謀であるという事を・・・
「司令官!」
グラントリーは、無意識に声を上げていた。
「何だ?」
マカヴェイは、気分を害したという表情で、グラントリーに振り返った。
「日本艦隊の動きから、ゴースト・フリートの空母艦隊からの支援の航空攻撃を待っている可能性が考えられます。ここは、一時撤退し、現在、大日本帝国海軍の第2航空艦隊と戦闘中の味方空母艦隊と合流し、防空体制を整えてから、再度会敵するべきと考えます」
グラントリーの具申に、マカヴェイは露骨な舌打ちで答えた。
「何奴も此奴も・・・腰抜けどもめ・・・猿どもが、及び腰なら攻撃の最大のチャンスだと思わんのか・・・援軍を待っているというなら、援軍が来る前に叩けば済む事だ!」
その言葉を聞き、グラントリーに視線を送って、小さく首を振った参謀長の顔に、青アザがあるのを見た時、グラントリーは悟った。
恐らく、参謀長は早い段階で、それに気付き具申をしたのだろう。
それに対する答が、これなのだ。
「・・・・・・」
神は、我らを見放した。
絶望が、グラントリーの心に広がった。
(まだか!?)
腕時計を見ながら、石垣は心の内で叫んだ。
視線は対空レーダー(アナログ式)と、腕時計を行ったり来たりしている。
敵艦隊は速力を早めて、追従してくる。
このままでは、距離を詰められて、両艦隊入り乱れての砲撃戦になる。
随伴する巡洋艦や駆逐艦も砲撃で敵艦隊の足止めをしているが、それも少々の時間稼ぎにしかならない。
(まさか、また機関トラブルが発生したのか?)
石垣の心に焦りが浮かぶ。
「対空レーダーに、感有り!!」
レーダー要員が、叫ぶ。
それと、同時に。
「イヤッホウ~!!来てやったぞ、石垣2尉。礼は、形のある物で頼むぜ!!!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
時と場所を考えろ!と怒鳴りつけたくなるような、韓国語訛りの日本語が、オープンになっていた通信回線から聞こえてきた。
白い軌跡を描いて飛来した、複数の空対艦ミサイルが吸い込まれる様に、[ノースカロライナ]の艦橋部分に着弾する。
そして、その機影を誇示するかのように、朱蒙軍海軍第1艦隊旗艦航空母艦の[階伯]から発艦した、韓国軍のマークを付けたFA-50N、4機が、曲芸飛行をしながら、[大和]の上空を飛翔する。
「怪しからん!!何なのだね、この不真面目な通信と態度は!!!」
こめかみに青筋を浮かべて、宇垣は石垣に詰め寄った。
「あの・・・怒る相手が違います。宇垣参謀長・・・私に言われても・・・」
理不尽な叱責に、石垣は苦言を述べる。
「まあ、良いではないか。彼らはずっと、不運の連続に堪えていたのだ。ようやく、不遇を打ち破るチャンスを得たのだ。少々のハメを外すくらいは、大目に見よう」
苦笑しながら、山本が宇垣に声をかける。
「それより、全艦に通達。反転し指揮系統の混乱した敵艦隊を撃滅せよ。上空の戦闘機群にこれより攻撃を開始するから、砲撃に巻き込まれないように注意するように伝えてくれ」
山本の指令を通信員は復唱し、通信機に叫んでいる。
突如、飛来したロケット弾が、[ノースカロライナ]の艦橋を直撃した。
意識を取り戻したグラントリーは、喉に何かが詰まったような息苦しさを覚えた。
声を出そうと口を開けた時、口の中から生温かいネットリとした液体が流れ出てきた。
身体を動かそうにも、意思に反して指1本動かせなかった。
僅かに目を動かす。
艦橋は火の海だった。
司令官の姿も、艦橋要員も、参謀長の姿も見えない。
(そうか・・・私は死ぬのか・・・)
痛みも何も感じない。
意識が薄れていく。
(ハルゼー閣下・・・もう1度、貴方の元で、お役に立ちたかった・・・)
再び爆発が起こり、周囲を白い光が包んだ。
山本の命令を受けて、第1艦隊独立旗艦(聯合艦隊旗艦)戦艦[大和]、第1戦隊戦艦[長門]、戦艦[陸奥]を基幹とした戦艦部隊は、速力20ノット以上で反転し、大口径主砲が吼える。
戦艦[大和]の3連装四六糎主砲3門が旋回し、水上偵察機からの観測及び射撃電探と射撃電算機による精密測定で砲口が微妙に調整される。
「撃ぇぇぇ!!」
先任砲術長の叫び声と共に、戦闘指揮所で砲術士官が発射操作を行う。
戦艦[大和]の、四六糎主砲が吼える。
朱蒙軍海軍機動艦隊第1艦隊空母[階伯]から発艦したFA-50Nの攻撃で、ほとんど戦闘能力を喪失した戦艦[ノースカロライナ]に、9発の九一式徹甲弾が直撃する。
猛烈な爆発が起こり、戦艦[ノースカロライナ]の艦体が大きく揺れる。
戦艦[ノースカロライナ]の上部構造物は、原型をとどめていなかった。
戦艦[コロラド]は、旗艦である戦艦[ノースカロライナ]の損失にも怯まず、戦い続けていた。
「後部甲板に、16インチ砲クラス砲弾被弾!!」
艦橋内では、被弾の衝撃で乗員たちが床や壁に叩き付けられる。
「怯むな!!」
艦長の怒号が響く。
「1番砲、2番砲発射用意!!」
副長が、叫ぶ。
戦艦[コロラド]の艦首に搭載されている16インチ連装砲が、大日本帝国海軍戦艦部隊に砲口を向ける。
「ファイア!!」
艦長の号令で、戦艦[コロラド]の16インチ連装砲2門が吼える。
戦艦[コロラド]から発射された砲弾は、戦艦[陸奥]の中部甲板に直撃した。
「[陸奥]の被害状況を、確認!」
戦艦[大和]第1艦橋で、長官席に腰掛けていた山本が叫ぶ。
「戦艦[陸奥]より、入電!中部甲板に四〇糎クラスの砲弾が直撃するが、戦闘航海に支障無し!!」
通信参謀が、報告する。
同時に、四六糎主砲が再び吼える。
発射された四六糎砲弾は、戦艦[コロラド]の艦首部分に命中した。
弾薬庫に誘爆したのか・・・次の瞬間、戦艦[コロラド]の艦体が持ち上がり、大爆発した。
「長官!敵残存艦が、退避のコースをとっています!」
電子参謀が、報告する。
「戦艦2隻を失った。もはや、アメリカ海軍には、これ以上の無茶をする事はできん・・・参謀長、追撃する必要はあるか?」
山本が、宇垣に問いかける。
「いえ、その必要はありません。敵残存艦は、足の速い駆逐艦と[大和]以上の速力を持つ軽巡や重巡です。追撃すれば、敵の航空勢力範囲に入る事になります」
参謀長の具申に、山本はうなずいた。
「各艦に連絡、追撃は不要」
「はっ!」
通信参謀が、挙手の敬礼をする。
「終わった・・・」
石垣は、小さくつぶやいた。
同時に、全身から力が抜けていくような感覚を覚えた。
「石垣君」
山本が、静かな口調で話しかけてきた。
「空母[階伯]は、『税金吸取り艦』という不名誉な名を与えられていた。しかし、その不名誉な名を、自らの力で打ち破った。俺が何を言いたいかわかるか?」
「・・・はい」
山本が、言いたい事。
石垣も、周囲から失望された。
それに、絶望する事は無い。名誉も不名誉も紙一重。
些細なつまずきを、気に病む事は無い。
1度つまずいたのなら、また立ち上がれば良い。
山本の目が、そう語っていた。
石垣は、無言で頭を下げた。
目頭が熱くなって仕方無かったからだ。
死闘南方戦線 第7章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。




