死闘南方戦線 第6章 己の道程を見つけよ
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
一路、パラオ諸島ペリリュー島を目指す、戦艦[大和]を旗艦とする、聯合艦隊第1艦隊。
[大和]の喫煙室の椅子に座り、石垣は1人、ボンヤリとしていた。
米英蘭印連合軍とソ連による、日本本土への攻撃に加え、まるでミッドウェー海戦の悪夢のような、第3航空艦隊への航空攻撃。
ハワイを占領し、パナマ運河を一時的に使用不能にして、アメリカ海軍太平洋艦隊の行動に制限を掛ければ、後は、南太平洋や東南アジア方面の局地戦は、避けられないにしても、かなり早い段階で、アメリカとの講和交渉に持って行く事が可能。
そう結論を出していたし、シミュレーションでも、そう結果が出ていた。
その石垣のシミュレーション結果を、真っ向から否定した人物が3人いた。
石垣の実兄である、破軍集団司令官付高級副官兼特別監察監の石垣達彦1等陸佐と、菊水総隊第1護衛隊群首席幕僚の村主京子1等海佐、第1空母機動群首席幕僚の上条嗣明1等海佐である(3人共、階級は1佐1等であるため、旧軍の区分でいえば、准将に相当する)。
兄は、アメリカ軍による大規模な逆侵攻を想定し、日本本土防衛網を構築する事を具申し、村主と上条は、最低でもハワイ奪還に動いてくるであろうアメリカ軍は、大日本帝国軍の兵力の分散を図るために、その前哨戦として、太平洋の各所に大規模な兵力を動員させるだろうと予測を立てた。
村主と上条の意見具申を採用した海上総監の篠野真人海将は、ハワイを含む西太平洋の広域防衛網を構築し、兄の石垣の具申によって、首都圏防衛のために、統合幕僚本部は陸上型イージス(イージス・アショア)の運用を決定した。
もしも、石垣のシミュレーション通りの防衛網しか構築していなければ、今頃大日本帝国帝都東京府は、甚大な被害を出していたかも知れない。
そして、戦局は石垣の予測を覆して、拡大の一途を辿っている。
「・・・・・・」
自分は決して、軽い考えでシミュレーションをした訳では無い。
考えに考えて、出た結果を元に様々な作戦を立案した・・・つもりだった。
しかし、現実はどうだ?石垣の予想をぶち壊す出来事の連続だった。
「俺は・・・兄貴の足下にも及ばない、無能なのか・・・俺はここには必要の無い、ちっぽけな存在なのか・・・」
厳しい現実に打ちのめされて、落ち込んでいた。
「いつまでウジウジと、いじけているつもり!?」
厳しい声が、叩き付けられた。
「小さい子供じゃあるまいし、自分の予測が覆されたくらいが何!?甘ったれるのもいい加減にしたらどう!!?」
喫煙室の入り口で、メリッサ・ケッツアーヘル少尉が、腕を組んで睨んでいた。
「・・・・・・」
メリッサが、自分を罵るために、厳しい罵声を浴びせている訳では無い事は、頭ではわかっている。
厳しい声と言葉を発しても、自分を心配してくれているという事は、理解していた。
しかし・・・
「放っておいてくれませんか?」
素直な気持ちになれず、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。
「石垣2尉!!私の話を聞きなさい!!」
「うるさい!!放っておいてくれ!!!」
思わず怒鳴ってしまった。
その時。
「はいはい。お二人さん、熱くなっていないで、コーヒーでもいかが?」
いきなり目の前に、コーヒーの入った紙コップが差し出された。
「!!?」
「・・・・・・」
いつからいたのか、40代後半と思われる女性が、人好きする笑みを浮かべていた。
「ええと・・・たしか・・・桐生さん・・・ですよね?」
山本の要請で、統合省防衛局から[大和]酒保の店長として派遣されて来た、元の時代では、防衛省特別勤務者。現在は統合省防衛局特別勤務者という肩書きを持つ、民間人である。
名前は、桐生明美だったと記憶している。
しかし、石垣としてはあまり印象に残っていない。
どちらかというと、おばさんには興味が無いという若者らしい、ある意味失礼な理由である。
それを知ってか、知らずか、満面の笑みを浮かべて桐生は、コーヒーを勧めてくる。
「熱いうちにどうぞ」
「いや・・・その・・・」
「あれぇ?おばさんの淹れたコーヒーは、飲めないのかなぁ?可愛い女の子じゃなきゃ駄目なのかなぁ?」
「いえ・・・頂きます」
何とも言えない威圧感を感じて、石垣は紙コップを受け取った。
「・・・・・・・」
強気で出てくる女性には、グダグダな態度しか取れない石垣に呆れたように、メリッサはため息をついた。
「はい、彼女さんも」
「彼女?」
紙コップを受け取りながら、メリッサは首を傾げた。
「だって、恋人でしょ。喧嘩するほど仲が良いって、昔から言うじゃない」
左手の人差し指を立てて、ピッピッと振りながら桐生は訳知り顔で、断言する。
「「違う!!!」」
2人で同時に、否定した。
「何をどう見たら、私がこんな情けない男の彼女って映るの!?」
「んなっ!?そこまで言う!!?」
「本当の事でしょう?」
「ぐぐぐ・・・」
「あははは、やっぱりね。私の息子もガールフレンドとよく言い争いしていたけど、いつも言い負かされていたし。そうやって、いっつも喧嘩ばかりしているのよねぇ、仲良い癖に」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
さすがは年の功と言うべきか、おばさんパワーの前にはメリッサでも敵わないようだ。
石垣は勿論の事、メリッサまで反論出来なくなったようだ。
しかし、このお節介おばさん丸出しの、桐生の言葉に、石垣が抱いていた、先ほどまでの、重く沈んだ気持ちが少し軽くなったように感じた。
そうなると、少しは素直になれる。
「さっきは、怒鳴ってすみません」
石垣は、メリッサに謝った。
「私も言い過ぎたわ。ごめんなさい」
「はい!これで円満解決。さあ、私は仕事、仕事」
ぽん。と手を叩いて、桐生は普通のポリタンクの2つ分はありそうなタンクを軽々と持ち上げて運んでいる。
ふと、石垣は疑問に思った。
「あのう・・・桐生さん。いつからここに、いたのです?」
コーヒーを差し出されるまで、まったく気付かなかった。
「貴方が深刻な顔で、喫煙室に入ってくる前からいたわよ」
「え・・・?」
喫煙室に設置されている、現代のコンビニでよく見かける、客が自分で淹れるタイプのコーヒーマシンに給水タンクを接続しながら、桐生は答えた。
それを聞いて、石垣は驚いた。
まったく、人の気配なんて感じなかったからだ。
メリッサに振り返ると、メリッサも小さく首を振った。
よくよく考えれば、余程の事が無い限り、メリッサが他人の目の前で、叱責をするはずが無い。
特に今回の様な、デリケートな事柄なら尚更だ。
自分ならともかく、メリッサも気付いて無かったようだ。
石垣は急に、このおばさんに興味がわいた。
「桐生さん、何をしているんですか?」
「コーヒーマシンのメンテナンス。軍人の皆さんに気持ち良く使って貰いたいから・・・こまめに洗浄とか、備品の補充とかを、やっておかないとね」
喋りながらも、桐生は手を止めない。
「・・・自衛官さんも、軍人さんも・・・扱いが雑だから、すぐ機械の調子が悪くなるのよね・・・」
聞かないほうが良かったような、ぼやきが小さな声で聞こえてきた。
史実でも、アメリカ海軍の艦艇に設置されていたという、アイスクリーム製造器は、酷い時には数時間おきに故障していたらしいと、言われているらしい・・・
「すみません・・・」
因みに、このコーヒーマシンの設置を強く希望したのは、山本である。
山本は、第1空母機動群を視察した際、士官室や科員食堂に設置されていた、セルフコーヒーマシンを気に入り、[大和]の作戦室と喫煙室に設置させたのだ。
兵装等、様々な装備が追加された[大和]だが、目立たない地味な所で「やり過ぎ」と言われそうな、改装もされていたりする。
石垣も、このコーヒーマシンは、設置されてから時々利用していたが、メンテナンスの現場を見るのは初めてだ。
その作業を石垣は、興味津々で眺めながら、時々、桐生に質問をした。
その背中を、メリッサがきつい視線で見ていたが、まったく気が付いていない。
「石垣君だったっけ?貴方、女の子によくフラれるタイプじゃない?」
「んなっ!!?」
その言葉が、心に突き刺さる。
図星だからだ。
「彼女さんを放っといて、おばさんとはいえ他の女に話しかけるのは、無節操を通り越して、無神経過ぎない?ほらほら、彼女さんが、おかんむりよ」
「・・・・・・・」
石垣は、油の切れた歯車の様な感じで、後ろを振り返った。
「・・・・・・」
メリッサは、石垣と目が合うと、プイッと横を向いた。
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
石垣は、両手を合わせて謝った。
「あらあら、ホント、お兄さんが言っていた通りの性格みたいね」
「え?兄を、ご存じなのですか?」
意外な相関関係に、石垣は驚いた。
「勿論。それに貴方、有名人だし・・・[あまぎ]でも、よく名前は聞いていたわよ。『兄の顔に泥を塗った馬鹿弟』って」
「・・・・・・」
石垣は、絶句した。
それと同時に、心を抉られるような鋭い痛みが走る。
今年の1月始めの、厚木飛行場での1件以来、石垣に対する風当たりは冷たい。
期待が大きかった分、失望の反動も大きいというのもあるが、微量ながら、彼に対する僻みや、やっかみ等の感情が混じっていたりもするからだ。
それでも、陰で言われている位なら、何とか無視はできる。
しかし、面と向かって言われると・・・
「ちょっと!!彼の事を良く知りもしないのに、その言い方は何!!?それに、兄が優秀なら弟も同じ様に優秀じゃなきゃ駄目って言うの!?」
例のドッキリ演習の当事者であり、ある意味では石垣を窮地に追い込んだメリッサが、桐生を睨んだ(もっとも、あの件は石垣が自爆してしまったという感が強いが)。
若くても、様々な戦場経験のあるメリッサに本気で睨まれれば、並の人間なら怯むだろう。
「彼女さんの言った事と、同じ事を言って悪いけど。本当の事でしょう?」
桐生は、まったく怯む様子は見せなかった。
「お兄さんと、同じ様になる必要なんて、これっぽっちもないわ。石垣君が、飛行場での貴女の問いかけに答えた答も、間違っていないと私は思うしね。自分の言葉が見つからないから、誰かの言った言葉をそのまま答えた。それが悪い事?適当に愛想笑いで、お茶を濁すよりかは、何100倍もマシでしょう。貴女は、アメリカ人だから、日本人の通り一辺倒な言葉と態度を腹立だしいと、感じる事もあると思うけれど、それは、多様な価値観を育てる事を怠った、多くの日本人の大人に責任があるわ。自分の言葉に責任を持つ。それで考えれば、石垣君は責任から逃げたかも知れないけど、放棄はしていない。そう、私は思っているけれど?」
ふいに、石垣は涙が出そうになった。
あの時の石垣の発言を、批判する声、擁護する声は様々だった。
そのどちらの声も、鋭い針のように、石垣の心に突き刺さった。
自分の情けなさを、責められるようにしか感じられなかったからだ。
だが、桐生は擁護でも無く、批判でも無く、石垣の言葉を認めてくれた。
なぜか、無性に嬉しかった。
「さて、お邪魔虫のお節介は、この位にしておきますか・・・そうそう、石垣君。[大和]が平常勤務に戻ったら、新兵さんたちの武道の鍛錬に参加してみない?」
「え?」
「山本長官から頼まれて、私、新兵さんたちに、剣道を教えているの。ここで、物思いに沈んだり、パソコンに向かい合うのも良いと思うけど、たまには頭を空っぽにして、身体を動かすのも悪くないと思うから。それじゃ、ごゆっくり・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
言いたい事だけ一方的に言うと、手を振って桐生は喫煙室から出ていった。
「・・・あの」
「・・・ねえ」
2人同時に、声を出した。
「ええと、何ですか?」
「貴方こそ、何?」
また、同時であった。
「・・・貴方は教官には、恵まれているわね・・・」
メリッサが、口を開いた。
「へ・・・?」
「あの人・・・日本の剣道協会において、最強と言われている、陽炎団団長の本庄慈警視監に匹敵する実力を持ち、一説では、本庄警視監を凌ぐ実力を持っているとか言われているそうよ。確か、国体強化選手育成の講師に、スカウトされた事もあったとか・・・」
「・・・講師って?・・・」
もしかして・・・一瞬だけ、心の奥底にある、やる気のような物を、引き出されたような感じがした。
子供の時から、一度も優しい言葉をかけてくれた事も無かった、厳しい兄は、自分のために、あの女性を派遣してくれたのか?
「貴方。防大、幹校時に剣道を専攻していたのでしょう!?あの人の名前くらい、剣道を志した者だったら、知っているわよ!普通。貴方って、本当に自分が興味を持った物以外は中途半端ね!」
「また、そこまで言う・・・」
「当然でしょう!剣道に関しては素人だけど、日本武道には興味があるから、常識レベルの知識は、持っているつもりよ。どうして、何も知らないの?日本人男子は皆、武道を志すって聞いたわよ」
「どんな、物騒な民族だと思っているんですか!?日本人男子だからと言って、全員が柔道や剣道を、志す訳無いでしょう!」
誰だ?メリッサに、間違った知識を与えた日本人は・・・
「なんで?柔道と剣道限定なの?武道にも色々あるでしょう?例えば、武道では無いけど書道や茶道もあるでしょう!」
「あ、そうでした・・・」
彼女に指摘されて、石垣も理解した。
確かに日本の教育では、必ず武道を嗜む習慣がある。
日本人が、礼儀正しい民族として世界的に評価されているのは、学校の教育機関で、体育の授業等で、武道を教えているからだ(もっとも、すべての学校で行われているという訳ではないが)。
武道の、礼から始まり、礼で終わる。という基礎は、語尾に道が付く各武道で、最初に教えられるものだ。
『心、技、体』という言葉がある。
この、三文字の最初に、なぜ心があるのか?
心=礼。
他者に対する礼節。
これ無くして、技と体を鍛えても、それは人としての道を極める事はできない。
そのため、世界的にもそれに注目して、日本武道を各教育機関に導入する国も多い(ただし、完全に導入するのでは無く、若干の変更点が存在する)。
「でも良かったわね。講師が、貴方の教育にやる気が出て、正直、桐生講師が貴方を見放す可能性もあったから・・・覚悟して鍛錬に励むのね。彼女の教育方法、貴方の幹部候補生学校時代の剣道教官だった、神薙真咲1等海佐以上のスパルタ教育だそうよ」
メリッサの台詞に、石垣は、げんなりした。
石垣が、幹部候補生学校の幹部候補生だった時、剣道教官だった神薙から、厳しい指導を受けた。
それ以上に、厳しい指導をするという桐生の事を考えると・・・
「勘弁してほしいな・・・」
呑気な石垣の答に、メリッサは、ため息をついた。
「心配した私が、馬鹿だった・・・」
「でも・・・」
「?」
「ケッツアーヘルさんって、優しい所があるんですね」
地雷確定発言。
「失礼な!!私は、いつも優しいわよ!!」
「えぇ!?」
石垣が、驚愕の声を上げる。
彼女の、逆鱗に触れる。
ギュウゥゥゥ!!!
軍用ブーツで、思い切り足を踏みつけられた。
「ぎゃあぁぁぁ!!イタい!イタい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
喫煙室に、石垣の悲鳴が響く。
警報と共に、艦内放送が流れる。
「総員、第一級戦闘配備!!繰り返す、総員、第一級戦闘配備!!」
「行くわよ!!」
「まっ・・・待って下さい」
素早い身のこなしで、喫煙室を飛び出たメリッサを、踏まれた足を引きずりながら、石垣はヨタヨタと追いかける。
[大和]酒保の前には、海軍省から派遣されてきた、10人程度の酒保要員(軍属扱い)が整列していた。
防衛局職員の作業服に着替えた桐生が、点呼の確認をしていた。
「訓練通り、第一班は班長指示の元、救護所で待機。第二班は、烹炊要員に協力して戦闘配食を各部署に配った後、第一班と合流。救護所で負傷兵の応急処置に備えるように。以上、質問は?」
「「「無し!!」」」
返事を聞いて、桐生はうなずいた。
「では、速やかに移動!」
酒保要員が、一斉に持ち場に駆け出す。
酒保のシャッターを降ろして、桐生も自分の持ち場へと向かった。
「石垣さん。貴方の弟さんは、馬鹿弟ではありませんよ。少し手を貸せば、自分の道を見つけられる人です・・・それと、氷室さん。私との約束は、必ず守って貰いますからね・・・破ったら、貴方の首は身体から永遠に、おサラバですからね」
誰にも聞こえない、つぶやきが、口角を少し上げた桐生の口から洩れた。
死闘南方戦線 第6章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。
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