死闘南方戦線 第2章 マレー沖海戦 後編 戦艦消滅
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
イージス護衛艦[あしがら]では、旗艦[フォッシュ]からの巡航ミサイル発射命令を受け、その準備に追われていた。
攻撃座標については、[フォッシュ]から発艦した無人機によって、詳細なデータが送られてきている。
CICのトマホーク発射要員は、その情報に従い、コンピューターに諸元データを入力している。
「砲雷長、どうだ?」
「最終安全点検は、完了しています。しかし・・・」
「無事に発射できるかどうか不安、か?貴官は確か、例の実弾発射試験で起こった事故の時に、現場に居合わせたのだったな」
「はい、あの事故の光景は、今でも夢に出てきます・・・」
向井の問いに、僅かに表情を歪めて、砲雷長は答えた。
「俺は、貴官を信頼しているぞ。確かに、あの事故は不幸な出来事だった。大勢の自衛官を失った。それを乗り越えて、ここまでやって来たんだ。失敗を知っている貴官だからこそ、絶対成功すると信用できるし、[あしがら]は必ずやってくれる。失敗を生かしてこそ、あの時、殉職した自衛官たちに報いる事ができる。それが出来るのは貴官しかいない」
無人機から送られてくる映像に、視線を固定したまま、向井は答えた。
そこで止めておけば良いものの、こういった緊張感に弱いのか、つい余計な事まで言ってしまうのが、向井の向井たる由縁である。
「それに、だ、万が一失敗しても、1800円のイージス艦が、おじゃんになるだけだ」
「艦長、億が抜けています。わざと言っているんですか?プラモデルじゃないんですよ。てか、今時、そんな安いプラモデルなんて、ありませんよ。プラモデルより安いイージス艦って、何なんですか?」
すかさず、副長の権藤信康2等海佐から突っ込みが入る。
「言い間違っただけだ!漢字が一文字抜けただけで、いちいち突っ込むな!」
本当に言い間違ったらしく、顔を真っ赤にしながら向井が反論する。
「アラビア数字なら、0が8つ抜けています」
冷静な口調で、大日本帝国海軍の制服を着た男が、口を挟んできた。
「廚中尉!貴官もかっ!?」
地味に突っ込みを入れてきた、第2航空艦隊から派遣されてきている観戦武官兼連絡将校ながら、何となく向井の副官的存在になっている廚省平中尉に、向井は叫んだ。
おかげで、それまでのシリアスな雰囲気は、一瞬でぶち壊された。
ついでに、硬質な緊張感も解れた事は確かだが・・・一応。
「コホン!!」
その空気を窘めるように、CICに控えている増川が、咳払いをする。
「ええと、それでだ。それで、不安のある者は申し出てくれ。俺が離艦の許可を出す」
何とか、空気を変えようと、おほん、おほんと咳払いをしながら、向井は言ったが、振り返ってニヤニヤと意味深な笑いを浮かべているCIC要員は、誰も持ち場を離れようとはしなかった。
「全員、成功は疑っていませんね」
ヤレヤレといった感じで、権藤は肩を竦めた。
「権藤。貴官がシメるな!」
「諸元入力完了しました」
向井の抗議は、CIC要員の声にかき消された。
[あしがら]、[ダンケルク]、[カレー]からの巡航ミサイルの発射準備完了の報を受け、クレマンは[フォッシュ]の司令席から立ち上がった。
「[あしがら]、[ダンケルク]、[カレー]各艦に、巡航ミサイル発射を発令せよ」
「巡航ミサイル発射を発令!!」
クレマンの発射指令を受け、首席参謀が復唱する。
「Feu(撃て)!!」
「Feu!!」
「RGMー109J[トマホーク・アメノハバヤ]発射始め!!」
指令を受け、向井、ボードレール、カルマンの口から、発射命令が下された。
轟音と共に、護衛艦と駆逐艦から6本の巨大な矢が時間差をつけて、オレンジ色の光の尾を引いて、撃ち出された。
一斉発射ではなく、敢えて時間差をつけるように、向井がクレマンに具申したからだ。
これには理由がある。
緒戦はともかく、アメリカ軍にせよ、イギリス軍にせよ、こちらの情報はかなり収集しているはずだ。
実際、ソロモン海海域で第1空母機動群と会敵した、アメリカ海軍の空母艦隊は、こちらの艦対艦ミサイルのおおよその射程距離を推測し、恐らく対空対水上レーダー機能を特化させたと思われる、駆逐艦を展開させていたと報告されている。
いかに、思ってもいない超兵器が現れたからといって、そのままやられっぱなしな訳がない。
入手した様々な情報を精査し、様々な対応策を練っているはずだ。
その中で、向井が注目したのは、史実でも実際行われた、イギリス本土に撃ち込まれた、ドイツ第3帝国のV1ロケットに対して行った[スピット・ファイア]による対策である。
方法は単純で、飛翔するV1ロケットに[スピット・ファイア]を接触させて、着弾地点を逸らす、である。
銃弾に銃弾を当てるのに等しい程、可能性は低いが、出来無い訳では無い。
事実、幾つかの成功例もある。
諸説あるため、定かでは無いが、太平洋戦争末期に行われた神風特攻も、それにヒントを得たという説もあるし、戦後では日本の戦闘機ではB-29の飛行高度まで到達出来なかったため、本土空襲にまったく手が出なかったと言われているが、飛行中のB-29に体当り(これしか方法が無かったらしい)して、撃墜したとされる例も幾つかあるらしい。
兵器のスペック以上の力を、人間が出す可能性は捨てきれないのだ。
「しかし、時速約600キロの[スピット・ファイア]で、巡航ミサイルを捕捉できますか?」
向井の推論を聞いて、権藤は疑問を口にした。
「正直、やろうと思ってやれる事では無い。だが、万が一にもこちらの巡航ミサイルが全弾撃墜される事になったら、その心理的打撃は菊水総隊だけで無く、新世界連合軍も被るだろう。それだけは避けたい。そのためには、幾つか保険を掛けておく必要がある」
いつになく神妙な表情で、向井はそう述べた。
マレー沖に展開している[キング・オブ・ジョージ5世]を旗艦とする新東洋艦隊。
[キング・オブ・ジョージ5世]を中央に3列の縦陣を組んで航行している。
対水上レーダーを特化させた、レーダーピケット艦を先頭に、縦陣の先頭を重巡洋艦が固め、旗艦を守るように、軽巡洋艦と駆逐艦が、[キング・オブ・ジョージ5世]の周囲を固めている。
その上空では、[スピット・ファイア]60機が艦隊上空防衛のために、編隊を組んで展開している。
その編隊長であるジェームズ・ブライアン少佐は、燃料計にしきりに視線を走らせていた。
燃料計の針は、航空基地に帰投出来るギリギリの残量を差していた。
空軍司令部から、総司令部からの指示で、交替の戦闘機は出せないと通達されている。
「ふざけた話だ・・・」
ブライアンは、小声で総司令部を罵った。
現在シンガポールに駐留するイギリス軍の総司令官は、肩書きはともかく前総司令官であった、アーチボルト・パーシヴァル・ウェーヴェル陸軍大将が、派遣されていたコレヒドールで、消息不明になって以後に、就任したが、とんでもない小心者で、大将になれたのも、実家が有力な貴族階級だったからそうだが、ほとんど後方勤務で戦場を体験した事が無いという人物である。
彼の不満は、彼だけが持っている感情では無い。
シンガポールやマレーに駐留している陸海空軍の将兵の大半が、程度の差こそあれ、口に出さないだけで、内心で抱いている。
そこに、本国政府の決定であるとはいえ、本国を見捨てて逃げるようにやって来た、新東洋艦隊の存在である。
海軍はさほどでないが、陸空軍関係者からすれば、どうしても隔意を持って見てしまう。
本来なら、3軍の垣根を取っ払ってでも、共同で当なればならないはずなのに、各軍の不協和音は、余程感性の鈍い人間でもわかるほどにまでなっていた。
それにプラスして、イギリス統治下の植民地では、フィリピンの独立宣言を受けて、我らも続けとばかりに、反イギリスを掲げる勢力が小規模なから、各地でゲリラ活動を起こしている。
それらの勢力が、大日本帝国の侵攻に合せて、一斉蜂起すれば、目も当てられない。
どこかで、戦術的勝利を挙げない限り、どうにもならない所まで追い込まれていた。
その起死回生を狙って、アメリカの大規模作戦に乗り、英蘭印で連合を組み、大日本帝国本土に部隊を送り込んでいるものの、戦線は膠着状態であった。
「各機、燃料がありません。これ以上の上空防衛の継続は不可能です」
副編隊長機から、通信が入る。
「・・・・・・」
言われなくても、わかっている。
しかし・・・
このまま、空軍司令部からの命令通りに、自分たちが引き返せば、新東洋艦隊は航空支援の無いまま、敵との海戦に臨む事になる。
ブライアンは、決断した。
「副編隊長。貴機は離脱する機を率いて、帰投せよ」
「編隊長!!?」
「聞いてくれ。我が編隊は、十分に任務を全うした。ここからは、独自の判断により行動する。俺に従って、残る者は自分の意思で残れ。だが、帰投する者も、その選択は決して恥では無い。次なる戦闘に備えるのも軍人の務めだ」
「・・・・・・」
副編隊長は、しばらく言葉を出せなかった。
「・・・了解しました。帰投する機を率いて、戦線を離脱します」
「すまん。俺の我儘だ。だが、決して死ぬつもりは無い。ジョンブル魂に賭けて、スペース・アグレッサー共の鼻を明かしてやるつもりだからな」
「・・・幸運を」
「ありがとう・・・」
副編隊長は、ブライアンの気持ちを汲んで、言葉少なく返信した。
暫くして、40機近くの[スピット・ファイア]が離脱した。
「俺の我儘に付き合ってくれた事に、礼を言わせてくれ。ありがとう」
ブライアンは、通信機に向かって語りかけた。
「残る選択をした者、司令部の命令に従って離脱する選択をした者。どちらも、栄えあるイギリス空軍の戦闘機乗りとしての誇り高き軍人だ。我々は決して敵に屈しない。我々が斃れても、その志は彼らが引き継いでくれる。斃れても、斃れても、我々は何度でも立ち上がる。それを敵に見せつけてやるのだ!」
力強く叫んで、ブライアンは通信を切った。
遥か、水平線上の彼方から高速で低空飛行しながら突っ込んでくる飛翔物体が、微かに肉眼で見て取れた。
「行くぞ!!必ず撃墜するぞ!!」
20数機の[スピット・ファイア]は増速し、一斉に巡航ミサイルに向かって、殺到していく。
本来なら数10秒間の出来事なのだが、ブライアンたちにとっては、数時間かと思える戦闘が始まった。
低空を、高速で飛翔する6本の巨大な矢。
それを、微弱な反応ながら捉えた、レーダーピケット艦は全艦に警報を発する。
全艦の主砲、副砲が飛翔物体の向かってくる方向に砲門を向ける。
「ファイヤ!!」
全艦が、一斉に砲撃を開始する。
スペース・アグレッサー、ゴースト・フリートのロケット攻撃に対する有効な手段が無い以上、弾幕を張って対処するしか無い。
レーダーで照準をつける間など無い。
ただ、ただ、ひたすら撃ちまくる。
ただし、これは巡航ミサイルに向けて飛翔している、[スピット・ファイア]を巻き込みかねない砲撃だ。
もちろん、ブライアンたちもそれを承知している。
後続の数機が、味方の砲弾を受け、爆発しながら海に突っ込んでいく。
ブライアン機は、編隊の最先頭に立ち、先頭のロケット弾に突っ込んでいく。
V1ロケットに、主翼を接触させて軌道を逸らしたように・・・
「!!?」
そのロケット弾は、V1ロケットより遥かに速かった。
しかし、確実に接触出来るコースだったはずだ。
そのロケットは、意思があるかのように、軌道を僅かに変えた。
「ロケットが、避けた!!?」
[アメノハバヤ]も、[スカルプ・ナヴァール]も、迎撃ミサイル等の対策として、衝突回避機能のあるAIを搭載している。
「あの、ロケットは意思を持っているというのか!!?」
接触に失敗したブライアン機は、バランスを失いキリモミ状態で、海へ墜ちていく。
低空で飛翔していたため、機を立て直す間も無く、海面が迫っていた。
「・・・これまでか・・・」
激しい衝撃とともに、海面に叩き付けられ[スピット・ファイア]がバラバラになった。
幸か不幸か、ブライアンは衝撃でコックピットから投げ出された。
海中深く沈んだが、足を動かして、海面に顔を出した。
「プハッ!」
空を見上げると、自分が墜とし損ねたロケット弾に、3機の[スピット・ファイア]が向かっていく。
その3機は、接触を試みようとするようには見えなかった。
ブライアンは、その3機のパイロットたちの意図を察した。
「まさか!?よせっ!!止めろぉぉぉ!!!」
ブライアンの絶叫が終わらないうちに、3機の[スピット・ファイア]は、ロケット弾のほぼ正面から突っ込み、もろとも爆発する。
「うわあぁぁぁぁ!!!」
ブライアンの口から、絶叫が発せられた。
「[トマホーク・アメノハバヤ1]、撃墜されました!!」
CIC要員が、信じられないといった口調と表情で、振り返った。
「・・・・・・」
「・・・これが、人間の底力・・・という訳ですか・・・?」
廚が、掠れた声でつぶやいた。
「・・・神風特攻といい・・・バンザイ突撃といい・・・日本人だけがやった訳じゃ無いって事だな・・・人間、切羽詰まれば、どんな事でもやれる・・・という事か・・・どれだけ技術が進歩しても、所詮は人工知能。人間の決死の行動を予測する事は、不可能という事だ」
先ほどまで、[トマホーク・アメノハバヤ1]に搭載された、カメラの映像が写し出され、今は砂色の横線が走っているモニターを見ながら、向井はつぶやいた。
「[トマホーク・アメノハバヤ2]は、順調に飛行中。間も無く突入態勢に入ります」
「突入態勢に入れば、衝突回避機能は働かない・・・果たして・・・」
「目標着弾まで10秒!」
カウントが始まった。
「撃て!!撃て!!撃ちまくれ!!!」
迫ってくる5本のロケット弾に対し、撃ち出された砲弾は、とても数え切れないものだった。
砲身が熱で焼け付いても、その攻撃は続いていた。
ここで、弾幕が途切れたらすべてが終わる。
主砲や副砲、対空砲までが火を噴き、20隻余りの艦艇群は、火災でも起こったのかと思える程の砲煙に包まれていた。
ただ、ひたすらに撃ちまくっただけであったが、そのうちの1つがロケット弾を捉えた。
ロケット弾が、真二つに折れる。
「やった!!」
しかし、折れたロケット弾の後ろ半分は、爆発しながら海に墜ちたが、前半分が軽巡の艦橋部分に突き刺さるように落下し、爆発した。
その爆発の炎と砲煙を突き抜けて、残り4本のロケット弾が、[キング・オブ・ジョージ5世]の艦腹に吸い込まれる様に突き刺さった。
一瞬。
基準排水量約37000t、全長227メートル余りの巨艦が宙に浮いたようになり、内部から引き裂かれるように、大爆発を起こした。
対潜警戒のため随走していた駆逐艦が、爆風に巻き込まれて、誘爆を起こし、四散し飛び散った戦艦の装甲の破片が降り注ぎ、周囲の艦の装甲や砲塔を破壊していた。
轟沈や爆沈。
その表現を越える爆発は、[キング・オブ・ジョージ5世]の艦影を、一瞬で海の上から消し去っていた。
「目標の艦影、ロストしました」
レーダー員からの報告に、クレマンは司令席に身体を沈めた。
「6本中、2本を墜とされるとはね・・・」
ため息をつきながら、つぶやいた。
「司令官、いかがしますか?」
艦隊参謀が、伺いをたてる。
さらなる攻撃をするかどうかと、問いかけてきているのだろう。
「旗艦を失った以上、これ以上の作戦行動は無理だろう。それに、こちらも次の作戦行動に移らねばならない」
追加の攻撃は不要、との指示を艦隊参謀が通信員に伝えている。
「しかし、敵も中々やるね。80年という時差を越えて、こちらに対して順応し始めている・・・これから、さらに大変になりそうだ」
「不謹慎だと思うが、思った事を言っていいか?」
無人機から送られてくる映像を見ながら、向井はつぶやいた。
「古典落語の『死神』の話を思い出した。俺が、この時代へ来る事を決めたのは、戦争で命を失った、英霊たちを1人でも多く、助けたかったからだ・・・あの話では、金に目が眩んで、死神との約束を破って、死ぬはずだった病人を助けた男が、その代償として、自分の命の火を消されそうになった時に、代わりに、自分の妻か子供の命の火を消せば、助かると言われて、選択を迫られるという話だった・・・日本人の命を1つ助ける度に、別の命を消し去っているのか、俺たちは・・・?」
「・・・・・・」
こんな例え話に答えられる者はいない。
もちろん、向井もその答が無い事は承知していた。
ブライアンは、駆逐艦に救助され、シンガポールに帰投の途にあった。
彼と行動を共にしたパイロットも、何人かは奇跡的に助けられた。
甲板の片隅に座り込んだ彼らは、誰も何も語らない。
深い沈黙が、彼らを支配していた。
自責の念が、ブライアンの心を責め苛む。
自分が、あんな決断をしなければ、彼らは機体ごとロケット弾に突っ込むような事は無かった・・・
彼らを殺したのは、自分だ・・・
自分を、ずっと責め続けていた。
それが、激しい憎悪の感情へと変化するのに、時間はかからなかった。
「・・・スペース・アグレッサー・・・ゴースト・フリート・・・必ず、お前たちの正体を暴いてやる・・・そして、同胞の仇は必ず取る・・・次に会う時は、覚悟しておけ・・・」
ブライアンの口から、憎悪と怨念の籠もった呪詛の言葉が、低く、低く漏れていた。
死闘南方戦線 第2章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。
次回の投稿日は1月16日を予定しています。




