こぼれ話 海神(わだつみ)の聲
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
大日本帝国海軍省に日下敏夫少佐は、呼び出しを受け出向いていた。
1942年2月中旬を迎えた東京府は、まだまだ真冬である。
詰襟の冬服姿である日下は、海軍省人事局長の部屋を訪れた。
「失礼します」
「疲れがとれないうちに、呼び出してすまない」
人事局長である中原義正少将が、執務椅子から立ち上がり、彼を出迎え労いの言葉を掛けた。
「いえ、戦時下ですから、自分以上に疲れを取る必要のある軍人は、大勢います」
日下は、開戦以来最前線で戦う将兵たちの事を、一番に労った。
「日下少佐。貴官は日本共和区国防大学に入学し、教育課程修了後は新世界連合軍連合戦略軍に出向き、潜水艦の戦略的重要性を、1ヶ月間学んだ」
中原は、書類に目を通しながら彼に告げた。
「はっ!新世界連合軍連合戦略軍に属する戦略原子力潜水艦[オハイオ]級19番艦[ウィル・ロジャース]で、3週間にも及ぶ研修を受けました」
日下は、未来の潜水艦運用の戦略戦術に、国防大学での教育課程中にとても関心を持ち、潜水艦の重要性を軍令部や聯合艦隊司令部に唱えた。
この時の彼は、「戦艦や空母は時代遅れであり、敵本土攻撃から、通商破壊等のあらゆる事態に即応できる潜水艦こそが、今後の海軍の主役である」と主張した。
「そこで、日下少佐。これは第1級の軍機であるが、未来の技術援助で建造された、新型戦略型潜水艦の話は聞いているか?」
中原の問いに、日下は首を振った。
「いえ。そのような話は初めて聞きました。一体いつの間に・・・?」
日下の問いに、中原は執務机から書類を1枚出した。
「日下少佐。本日付で貴官を戦時特例により、2階級特進の上、大佐に昇進させる。さらに新型戦略潜水艦、[海神]型戦略型潜水艦1番艦[海神]の艦長を命ずる。ドイツ第3帝国海軍に続く戦略型潜水艦である。その任務の重要性は極めて重い」
中原からの説明に、日下は謹んでその命令を受諾した。
海軍省から渡された第1級軍機である[海神]型潜水艦の詳細を記載された書類を、大佐に昇進した日下は、海軍省が用意した公用車の中で読んでいた。
[海神]型戦略型潜水艦。
全長125メートル。
全幅12メートル。
基準排水量3600トン、水中での基準排水量7000トン。
水上速力10ノット。
水中速力14ノット。
兵装としては、自艦防衛用53糎魚雷発射管4門と潜水艦発射型単弾式噴進弾垂直発射機8門がある。
実用安全深度200メートル。
最高限界深度300メートル。
(とんでもない戦略型潜水艦を開発したな・・・)
日下は、心中でつぶやいた。
潜水艦型単弾頭噴進弾発射機に搭載されている8発の単弾頭噴進弾は、二式単弾頭噴進弾である。新世界連合軍に属するドイツ連邦軍から渡された、V-2ロケット弾のデータを元に開発された戦略噴進弾である。
[海神]型戦略型潜水艦は、史実の伊四〇〇型潜水艦をベースに建造された潜水艦であり、さまざまな改良や新設備を搭載している。
静粛性から水中航行時間も、大幅に向上している。
水中高速攻撃型潜水艦よりも、長い時間水中航行が可能である。
[海神]型戦略型潜水艦は、速力6ノットで水中航行した場合、約40時間以上の航行が可能だ。
ただし、設備やさまざまな最新鋭設備の問題から、潜行時の稼働音が問題であり、静粛性は伊号型潜水艦よりマシ、というレベルだ。
大日本帝国海軍横須賀鎮守府。
その秘密ドックで、最終点検を受けていた[海神]の艦体が、日下の目に入る。
[海神]の最終点検のために、日本共和区に本社を置く、日本防衛工業株式会社(陸海空自衛隊の装備及び、部品の製造から新世界連合に属する軍事産業との兵器の共同研究による開発も担当し、大日本帝国陸海軍及び、その他の軍事組織に輸出する兵器や部品の開発、製造も兼任する)に所属する技術者たちや、新世界連合からも文民の技術者たちが、派遣されている。
因みに、横須賀鎮守府にある秘密ドック([海神]型戦略潜水艦を建造しているドックの隣)では、[大和]型戦艦3番艦[信濃]が、史実と同じく戦艦としては建造されず、別の艦種として建造中である(史実の空母でも無い)。
「こ、これは・・・」
日下は、今までの潜水艦とは別物と言うべき、巨大潜水艦を目の当たりにして、驚きの声をもらした(新世界連合軍連合戦略軍指揮下の戦略型原子力潜水艦も驚くべき巨艦であったが、それは、80年後の技術で建造された戦略原潜だから、驚くカウントには入れていない)。
「日下大佐」
日下がドックで[海神]を眺めていると、声をかけられた。
振り返ると、大日本帝国海軍少佐の襟章を縫った海軍冬服姿の男が、挙手の敬礼をしていた。
「[海神]に乗艦する士官と特務士官たちは、会議室に集まっています。日本共和区統合省防衛装備局と、日防工業(日本防衛工業の略)の方々から、同潜水艦についての説明があります」
海軍少佐に案内され、秘密ドック内に設置されている会議室に、日下は入室した。
日下が入室してから、すぐに説明が行われた。
「[海神]型戦略型潜水艦については、軍機と書かれた封筒に入っていました艦の詳細書を読まれたと思いますが、本潜水艦は魚雷等の従来型潜水艦と同じ兵装はありますが、ほとんどは自艦防衛が目的であり、五三糎魚雷や二五粍単装機関砲等は、従来の潜水艦と同じです。しかし、同型潜水艦の任務は大日本帝国内地・・・この場合は、横須賀を例に出しますが、横須賀から出航すれば、昼間潜航と夜間は浮上航行を行えば、無補給で地球を一周半は行えます。糧食は保存性が高い缶飯や、レトルト食品がメインになりますが・・・」
日防工業の社員が説明した後、[海神]型戦略型潜水艦兵装等の本題に入った。
「二式単弾頭噴進弾は、射程距離500キロメートルであり、アメリカ合衆国本土警戒圏外から洋上で発射し、西海岸の軍事施設や東海岸の軍事施設への攻撃が可能。弾種は2種類あり、地下施設等の軍事施設を攻撃できる地表貫通弾タイプと、地上施設への攻撃を行う通常弾タイプです」
説明の後、発射試験の映像が流された。
15分くらいの映像だったが、その発射試験の映像はその場にいる大日本帝国海軍将校たちを驚愕させるのに十分なものだ。
日下も、驚いていた。
新世界連合軍連合戦略軍で研修を受けていた時、潜水艦発射型弾頭ミサイルの試射映像等を見せられたが、自分の国がこれ程の戦略兵器を保有する事が現実になると、驚かずにはいられない。
(これまでの戦争の常識が、根本的に変わる・・・)
日下も海軍兵学校を出ているから、近代戦争の資料には目を通している。
戦争革命とも言うべき、革命が発生したのは第1次世界大戦時である。
第1次世界大戦でも、兵器の急激な進歩が発生した。
1942年2月中旬。
横須賀鎮守府の秘密ドックで最終点検を終えた[海神]は、横須賀軍港を出港した。
[海神]は、水上航行で試験海域に、艦首を向けた。
「伊号潜水艦とは、比べ物にならないな・・・」
日下は、[海神]の操艦から戦闘指揮等の艦運用の中枢である、発令所の最新設備を見回しながら、つぶやいた。
いくつかの電子機器が導入され、艦内各部署に発令所に連絡する直通通信マイクがあり、各部署の責任者は、艦内マイクで順次連絡する事により、発令所に即時緊急連絡ができる。
[海神]には100名の乗員がおり、艦長の大佐、副長の中佐を除き士官は12名、特務士官8名、准士官3名、下士官と水兵が75名いる。
「潜航用意!通常潜航で深度20メートル!」
日下は早速、[海神]型戦略型潜水艦の性能を確認する事にした。
[海神]型戦略型潜水艦は、[黒潮]型水中高速攻撃型潜水艦とは異なり、急速潜航能力は艦の性能上の問題や居住性の問題から急速潜航はできない。
ただし、対空索敵電探や対水上索敵電探の探知距離は、広域索敵電探を搭載する軽巡洋艦クラス以上に搭載される電探が搭載されているため、基本的に敵機や高速水上艦に発見される前に海中深く潜る事ができる(同型艦の任務行動下での浮上航行は夜間のみであり、昼間はずっと海中である)。
シュノーケルも装備されているため、水中航行時でもディーゼルエンジンを始動して、電池の充電や、新鮮な酸素を取り入れる事も可能。
日下の指示を受けて、各部署から次々と潜航準備完了の報告が入る。
「潜航準備完了!」
潜航指揮官である、先任准士官である兵曹長が報告する。
「潜航!」
航海長である、特務士官の特務大尉が叫ぶ。
[海神]の艦体がゆっくりと海中に潜る。
「深度10、15、20!舵水平!」
潜航指揮官が叫び、操舵手等に叫ぶ。
「速力6ノット。このまま常時作戦行動深度60メートルまで潜航し、目標海域に向かう」
日下は、新しい高性能な設備を搭載した新型戦略型潜水艦の性能を肌で感じながら、新型潜水艦の運用を学ぶ。
「各部署。潜行時の状況を知らせよ」
日下は、艦内マイクを使用して、各部署の状況を確認する。
「聴音室異常なし」
「機関室異常なし」
「魚雷室異常なし」
「噴進弾発射指揮所異常なし」
各部署から、次々と報告が入る。
「総員。手を休めずに聞け」
各部署から「異常なし」という報告を受け取ると、日下が全乗員に伝えた。
「本艦は、日本人が保有する技術の結晶として建造された、最新鋭の戦略型潜水艦だ。その重要性は、[大和]型戦艦に匹敵する。[大和]型戦艦1番艦[大和]は、今月にアメリカ海軍空母機動部隊から100機以上の航空攻撃を受けたが、その性能を上回る戦果を挙げた。しかし、戦艦の登場は数100年以上前に遡る。言わば戦艦が結果を出すのは当たり前だ。だが、潜水艦の本格的な登場は、欧州大戦から始まった。つまり、今後、潜水艦の重要性を高めるのも我々次第だ。各員の奮戦に期待する。以上」
日下の短い演説は、[海神]に乗艦する潜水艦乗りたちにとっては、潜水艦乗りとしての誇りを高めるには十分だった。
日下は史実でも人格者として、多くの海軍将兵から信頼されていた。
出港前のわずかな時間を部下たちとの交流に費やし、彼らの人となりをある程度把握していた。
特に、潜水艦は他の軍艦と比べても仲間意識が一番高い。
これは狭い艦内の限られた居住区で生活をするだけでは無く、水上艦と比べれば特に任務上の危険性が高い。
それらを考えれば、連帯感を高めておくのは重要と言えるだろう。
[海神]の戦略噴進弾試験は、小笠原諸島近海で行われる事になった。
試験は、単弾頭噴進弾の実弾発射である。
極めて秘匿性が重要であるため、海軍父島特別根拠地隊に所属する海防艦や、海上警備隊父島警備派遣隊の沿海警備艇が、連合軍等の潜水艦警戒のために海上警備を行っている。
試験開始時刻は、夜間に行われる事になっていた。
これは、実際に交戦国本土への攻撃を行うのも、夜間と想定されるからだ。
「艦長。試験開始時刻30分前です」
噴進弾発射管制長である少佐が、報告した。
「浮上!」
日下は、腕時計で時刻を確認すると、浮上の指示を出した。
深度60メートルから、海面に[海神]は浮き上がった。
現代海軍の戦略型原子力潜水艦とは違い、海中から潜水艦発射型弾頭ミサイルの発射はできない。発射するには、浮上してディーゼルエンジンを始動させて、航行しながら発射準備から発射までを行う。
そのために、夜間に行われるのだ。
月明かりがあるとは言え、暗い海上では上空にいる偵察機では発見は困難であり、さらに発射地点は、偵察機の偵察飛行圏外からである。警戒すべきは、水上艦による索敵ではあるが、高性能の広域索敵電探により、[海神]が先に発見する。
「戦略噴進弾発射試験の準備に入る」
浮上後、日下が告げた。
「発射試験準備開始!各部要員は指定の配置につけ!」
噴進弾発射管制長が叫ぶ。
艦長、副長、噴進弾発射管制長の3人は、発射試験準備の発令を出してから、発令所の真下にある発射管制室に移動した。
ここで3人は、それぞれの役目をこなす。
まず、噴進弾発射管制長が[海神]が装備する超長距離暗号通信機から海軍軍令部からの発射命令を確認し、確認後は発射管制設備を起動させる。
起動後は、艦長と副長の2人しか所持していない発射用のキーを差し込み、2人同時に回さなければならない。
これで、発射準備に入る。
3人はこれまで、手順が記載された書類でしか目にしなかった手順を実際に行う。
日下と副長である中佐が、同時にキーを回す。
この時、カチッ!という音が響いた。
同時に、アナログ式のカウントダウンが開始される。
因みに、戦略噴進弾の発射準備には10分かかる。
燃料注入から、発射管開放と噴進弾の発射態勢があるからだ。
「艦長!一号噴進弾発射準備完了!」
噴進弾発射管制士が報告する。
「一号噴進弾発射!」
日下の命令で、噴進弾発射管制士が発射ボタンを押す。
「発射まで15秒!秒読み開始!」
噴進弾発射管制長が、ストップウォッチを見ながら叫ぶ。
「14、13、12、11、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1!」
その時、艦体が激しく揺れた。
轟音が、艦内にも響く。
二式単弾頭噴進弾が、発射されたのだ。
轟々とオレンジ色の光の尾を引いて、噴進弾が空高く昇っていく。
「発射試験は、成功です」
噴進弾発射管制官が、報告する。
その表情は、緊張感から解き放たれたのか、柔らかい。
「うむ。皆良くやってくれた」
一瞬、笑顔を浮かべた後、日下は表情を引き締めた。
「総員、そのままで聞け。噴進弾発射実験は無事成功した」
各部署では、成功に歓声が上がっているだろう。
「しかし、これは最初の第一歩だ。これから、様々な試験を行う事になる。本艦が実戦に投入されるまで、1つ1つの階段を上っていかなくてはならない。慢心する事なく、各員1人1人が一丸となって、前に進んで行こう!」
「「「おおっ!!」」」
日下の言葉に、乗員が声を上げる。
[海神]が、本格的に参戦する事になるのは、これより2ヶ月後の日本本土防衛戦において、中国のイギリス空軍基地への噴進弾による攻撃からである。
こぼれ話をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。
次話から死闘南方戦線篇です。離島奪還戦や離島攻略に重点を置き、歩兵対歩兵の接近戦等に力を入れたいと思っています。




