表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/452

こぼれ話 未来と過去が出会う時

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 予定を変更しました。こぼれ話2話と死闘南方戦線篇序章2話を投稿いたします。

 1940年10月下旬某日の、大日本帝国首都東京府某地区。


 統合省防衛局統合幕僚本部運用部運用1課に所属する氷室(ひむろ)匡人(まさと)2等海佐は、この時代にタイムスリップして、初めてとなる自由な時間を過ごしている。


 日本共和区建設予定地である土地の購入や、都市開発計画はすでに開始されており、現代建築産業が、フル稼働状態で政経中枢都市が開発されている。


「氷室中佐、お酒が、お進みではありませんね?」


 考え事をしていると、氷室の接客担当をしている若い女性従業員が声をかけた。


「あ、そうでした。どうも、仕事の事で考え事を・・」


 氷室が微笑を浮かべながら、注がれた洋酒のグラスに口をつける。


「海軍さんが、とてもお忙しい毎日を過ごしているのは理解できますわ。ですが、海軍さんは、いつもお上品な応対をしてくれますが、氷室さんは違うのですね」


 着物姿の女性従業員が、ケラケラと笑いながら話をする。


「ええ。そうでしょうね」


 氷室は洋酒を飲みながら、応対する。


「それにしても、最近は海軍の常連さんが、いつも以上にお疲れのご様子で、あまり喋らなくなりましたが、何かあったのですか?」


「いえ、単に仕事が増えただけです」


 従業員の質問に、氷室は大日本帝国内の店等を利用する際に、大日本帝国民から質問された場合に答える台詞を述べた。


 実際、こういう軍人相手のサービス業を行う従業員たちの情報量は、とんでもない。


 例を出せば、史実の太平洋戦争中でも、緒戦の勝利に浮かれた陸海軍の若手将校等が、酒の勢いで機密扱いの情報等を、ペラペラ喋る事案がいくつか存在したとされる。


 第1航空機動艦隊が、ミッドウェー攻略作戦に出動した際にも、一部の地方では一般人が、作戦内容を普通に知っていた事例が存在する。


 ミッドウェー海戦敗退以降の日本陸海軍の敗退原因は諸説存在するが、連合軍はかなり正確に旧日本陸海軍の情報を把握していた。


 単に、暗号解読が成功した、と言えばそれまでだが・・・


(実際、暗号解読だけの情報のみで、大部隊を展開させるのはリスクが高い・・・情報1つだけで判断するのは、無能を通り越した指揮官だ。その情報が正確かどうか、裏を取らなくてはならない。もしかしたら、こういった場所に連合軍のスパイがいたのかな?)


 氷室は、心中でつぶやいた。


「さて、お嬢さん。もう1杯、いただけますか?」


「はい、ただいま」


 氷室がグラスを空けて、従業員に洋酒を注いで貰う。


 従業員は、グラスに氷を淹れ直して、再び水割りの洋酒を氷室に渡す。


「おやおや、日本海軍の将校さんが、お仲間を連れずにお1人で、お酒を飲んでいるのは随分と寂しいですな?」


 ラテン語訛りが強い日本語で話しかけられ、氷室は振り返った。


 彼が振り返った先には、背広姿の明らかにヨーロッパ人である長身の男が立っていた。


「あら、イタリア大使館の駐在武官のダリオ・バリーニ大佐さんではありませんか?」


 従業員が、親しそうに声をかける。


「イタリア大使館の駐在武官?」


 氷室が、首を傾げる。


「ええ。この方はよくこちらにいらっしゃり、海軍の将校さんと、お話をなさるのですよ」


「へぇ~」


 従業員の説明に、氷室はイタリア大使館に勤務する駐在武官の上級将校を見た。


 ヨーロッパ人特有の、彫りの深い顔立ちに、濃い茶色の髪に、薄い茶色の目。


 中々の男前だが、人懐っこい笑顔が印象的だ。


「どうかね、一緒に飲みながら話さないか?」


 バリーニの誘いに、氷室は別にいいかと思い誘いに乗った。


「どうぞ」


 氷室が、前の席を勧める。





「バリーニ大佐。イタリア王国陸軍は、北アフリカ戦線では大活躍したそうですね」


 氷室は、ドイツ第3帝国とイタリア王国に、統合幕僚本部に所属する上級幹部自衛官2名(1佐(3等)と2佐)と、補佐官として下級幹部自衛官(2尉)2名を、防衛駐在官(表向きは大日本帝国陸海軍駐在武官)として派遣していた。


 今のところ、大日本帝国陸海軍と歩調を合わせるための、共同作戦行動の研究と検証を行っているため伝えていない。


 1940年にイタリア王国陸海空軍は、イギリス領エジプトに侵攻し、リビア駐留のイタリア陸軍第10軍は、豆戦車と呼ばれた機関銃叉は機関砲で武装したCV33や、L3軽戦車を主力に侵攻した(侵攻直前で37ミリ戦車砲を装備した中戦車M11/39が到着している)が、作戦計画の段階から色々と露呈していた問題を棚上げにしたまま、準備不足で作戦を強行した。


 結果は、誰もが知っているように敗退したが、この時代ではまったく異なる結果だった。


 ドイツ第3帝国軍部技術部と、イタリア王国軍部技術部の共同研究開発協定で、イタリア陸軍の戦車開発技術は格段に進歩していた。


 エジプト侵攻作戦開始前の段階で、地上軍戦車部隊はM11/39中戦車が300輛、M13/40中戦車200輛、P26/40重戦車もどきが40輛、その他、突撃砲や自動車化された歩兵師団が攻勢の準備をしていた。


 さらに、イタリア王国陸軍で新設された、空中降下戦車軍の1個師団(快速戦車であるCV33やL3軽戦車等の軽量戦車)が、エジプト防衛のために展開したイギリス陸軍、ドイツと和睦したフランスを見限り、イギリス側に着いた、自由フランス陸軍等の後方攪乱のために、敵地奥深く空挺降下した。


それはドイツ第3帝国陸軍ロンメル軍団の電撃戦を模範に、イタリア陸軍の快速戦車の利点を最大限に活用した戦法だ。


 戦果は、史実と異なり敗退では無く、勝利という結果になった。


 イギリス陸軍を主力とした連合軍は、イタリア陸軍の電撃戦と戦車軍を基幹とした機甲戦法の前に、完全敗北を喫した。


「陸軍は、ドイツ第3帝国陸軍と貴国陸軍の戦術と軍人精神を合せて、北アフリカ戦線に挑んだ。ドイツ第3帝国陸軍アフリカ軍団の力を借りなくても、エジプトの占領は可能だ」


 バリーニの言葉に、氷室は「そうでしょうね」とつぶやいた。


「俺からも、聞いて良いかな?」


「何ですか?話せる範囲で、お話しします」


 バリーニの問いに、氷室がうなずく。


「近衛内閣が発表した新政策だが・・・ずいぶんと、これまでの大日本帝国と違うのだが、この1、2ヶ月で何があった?」


 バリーニの問いは、駐在武官として当然の質問だ。


 近衛内閣が発表した日独伊三国軍事同盟の破棄と、その賠償としてドイツ第3帝国とイタリア王国に、輸出型仕様にした零式艦上戦闘機等の艦上戦闘機や、陸上戦闘機等の無償輸出や、新型潜水艦等の設計図(こちらは戦後に建造された東側諸国海軍が運用する潜水艦である)を無償提供した。


 ドイツ第3帝国は、無償輸出された戦闘機を、空軍の制空戦闘機や爆撃機等の護衛戦闘機として運用するために、空軍仕様にするために研究中である。


 イタリア王国は、就役した航空母艦の艦上戦闘機として運用する研究をしている。


「そうですね。もし・・・ですが、ドイツやイタリアが想定していない大国と、大日本帝国が戦争したら、貴国等も困るのでは無いですか?」


 氷室の言葉に、バリーニは首を傾げた。


「貴国の敵は、ソ連や中国、南方の油田地帯を確保しているイギリスやオランダなのでは無いのか・・・まさか、いきなり黒幕として、セコい謀略を弄している、アメリカと事を構えるつもりか?」


 バリーニは、すぐに気付いたかのように口を開いた。


「さあ、どうでしょう・・・」


 氷室は、わかりやすいシラを切る。


「まあいい。では、本題に入ろう。大日本帝国陸海軍の、婦人将校募集と書かれたこの募集チラシの写真に写っている、2人の婦人上級将校は、本当に実在するのか?」


「!?」


 バリーニが、ポケットから取りだした、丁寧に折りたたまれている海軍婦人将校候補生募集チラシに印刷されている写真のモデルは、統合省防衛局統合運用自衛隊菊水総隊海上自衛隊第1護衛隊群に所属する2人の女性1等海佐である。


 どちらも甲乙付けがたい美女で、大日本帝国海軍将校の白の制服がよく似合う。


 きりっとした表情と、穏やかな微笑を浮かべた表情の2人のツーショットだ。


「銀幕の女優や、美貌の歌姫等は一応チェックしていたのだか、いやいや中々、こんなレベルの高い美女にお目にかかれるとはねえ・・・しかも2人も。是非とも実物に会ってみたいものだ」


「・・・・・・」


 この2人をモデルにするのは、大変だった。


 1人は、氷室の子供の時からのお願いポーズで、仕方無いという感じで了解してくれたが、もう1人は、「またか?」と言って嫌がっていた。


 何しろ、元の時代でも女性初のイージス艦の艦長という事で、広報活動やら何やらで、散々引っ張り回されていたからだ。


 もう1人も含めて、美人なのだから仕方がない。


 取りあえず、彼女の部下である2等海佐を抱き込んで、2人で説得して折れてもらったのだ。


 しかし、各地の女学校に門外不出で配っていたはずなのに、どこで流出したのか・・・


「あら、酷いわ。大佐、他の女の写真を見てニヤつくなんて」


 バリーニの隣に座って、ブランデーをグラスに注いでいた女性が、バリーニの脇腹をつねる。


「いたたたた・・・失礼。君も綺麗だよ」


「もう」


 大勢の人の目の前で、堂々とイチャイチャしている2人に、別の客を相手にしていた女性が参戦してきた。


「酷いわ、大佐。次に店に来た時は、私を指名してくれるって約束していたのに」


「ちょっと、次は私の番よ!!抜け駆けしないで!!」


「まあまあ、綺麗な花たちが俺を巡って、競い合いをしてくれるのは嬉しいが、喧嘩は無しにしよう」


 次々と女性たちが、磁石に吸い寄せられる鉄のように、寄ってくる。


 女性たちに、去られた席の男たちは、恨めしそうな目でこちらを見ていた。





 お酒で交友を深めた氷室とバリーニは、すっかり意気投合していた。


「さて、そろそろお暇しますか・・・」


 少し酔った氷室が立ち上がり、その言葉で彼との酒を交わしながらの交友話は終わった。


 会計をすませて、氷室とバリーニが店の外に出た。


「匡人様!」


 先ほど自分に応対していた女性従業員では無く、別の着物姿の女性従業員が声をかけてきた。


 氷室とバリーニが振り返ると、着物姿がとても似合うおかっぱでは無く、長い髪を後ろに束ねた長身の20代前半ぐらいの女性だ。


「はい、何でしょう?」


 氷室は、先ほどのバリーニと女性たちが、イチャイチャしていた光景を思い浮かべた・・・


 この女性は、その場にいなかったはずだ。


「氷室匡人2等海佐ですね?」


「はい?」


 その女性が、自分のフルネームを言っただけでは無く、帝国海軍の階級呼称もせず、自衛隊の階級を呼称した事に彼は驚いた。


「お嬢さん、どうして・・・?」


 氷室は理解できず、首を傾げながら、彼女に尋ねた。


「間違いありませんね」


 着物姿の女性は上品な丁寧口調で確認すると、懐から何かを出し、氷室に見せた。


「げっ!?」


 女性は、先ほどの柔和な表情とは打って変わり、厳しい表情になった。


 彼女が見せた物は・・・


 海上自衛隊警務隊の、身分証だった。


 彼女は、統合省防衛局長官直轄の統合警務隊海上自衛隊警務隊地上警務隊に所属する橘可仍(たちばなかよ)2等海曹である。


 統合警務隊で編成されている海上自衛隊警務隊は、2つの警務隊が編成されている。


 地上警務隊と、艦艇警務隊である。


 地上警務隊は、海上自衛隊が管理する陸上施設、及び特定区域の司法警察業務と保安業務を行う。


 艦艇警務隊は、群や隊編成の護衛艦、潜水艦等の艦艇に乗艦し、司法警察業務及び保安業務を行う。


 これ以外にも統合警務隊では、特別な許可の下で陸海空自衛官が、外出叉は上陸時に利用する施設の従業員に変装し、自衛官及び防衛局職員の監視も行う。


 また、警察や一般企業等の未来の日本から派遣された組織も、傘下に専門の監視要員を組織している。


 大日本帝国で、警察活動を行う陽炎団では、陽炎団警務部の警務警察官が、統合警務隊の警務官と同じ任務を遂行する。


 一般企業は、統合省厚生労働局傘下に特別監督部が新設され、特別監督官がその職務を遂行する。


 余談だが、統合警務隊、陽炎団警務部、厚生労働局特別監督部は連携しており、それらしい人物を見つければ、それぞれの組織に連絡する態勢が敷かれている。


(しまった~!!!そうだった・・・!!!)


 氷室は、心中で叫ぶ。


「氷室2佐。陸上警務隊本部で、いくつかお話を聞かせてもらいます」


 穏やかな口調ではあるが、芯が強い雰囲気を漂わせる。


「まあまあ、お嬢さん。ちょっと羽目を外したぐらいだから、少しは大目に見てくれても良いのでは?」


 バリーニが助け船を出し、陽気な口調と態度で彼女の肩を叩こうとしたが・・・


「少し、お話を聞かせて貰えますか?」


 バリーニの肩に、男性の手が置かれた。


 彼が振り返ると、背広の男が立っていた。


「え~と、どなたですか?」


 バリーニが、首を傾げた。


「特高警察(陽炎団公安部)です。そのチラシをどこで手に入れたか、お聞かせいただけますか?」


 チラシとは、バリーニが氷室に見せた、高等女学校や中等女学校に配られた、婦人将校候補生募集及び婦人兵募集が記載された募集のチラシだ。


「私は、イタリア大使館に勤務する駐在武官なのだが?大使館及び領事館等の勤務者には、不逮捕特権等が与えられているはずだが?」


「ええ、そうです。だから、逮捕では無くお話を聞かせてくださいと、言っているのです。もちろん、これは任意同行ですから、拒否する権利は一般人と同様にあります。ですが・・・お断りになられると、多分、後悔すると思いますよ。こちらにも女性はいますから」


「では、行こう」


(行くのか~!!?)


 氷室が簡単に承諾したバリーニに、心の中で叫んだ。


 さすがに、公安事件や公安問題を取り締まる公安警察官だけあって、機転をうまく効かせて、対象者を自分の意思で同行を承諾させる手腕はプロと言って良い。


 公安警察官は、為て遣ったりといった表情で氷室を見た。


「女と聞いて、自分から喰い付いてくるとは・・・チョロいな」そう、表情が語っていた。


 そう、公安本部にも女性はいる。


 だから、嘘では無い。


 公安警察官にも、女性はいるが、多分この警察官の言う女性とは、受付嬢か、施設の掃除等をする女性従業員の事だろう。


 美人に話を聞かれるなんて事は絶対無いと、断言しても良い。





 統合省防衛局長官直轄統合警務隊海上自衛隊警務隊陸上警務隊本部に移送された氷室匡人2等海佐は、本部にある取調室で尋問官の准海尉と書記担当の海曹長から事情聴取を受けた。


 氷室が、バリーニというイタリア王国海軍の上級将校に話した内容が、特定秘密保護法に違反するか、否かについての取り調べである。


 特定秘密保護法は、日本国で可決された特定秘密の保護に関する法律で指定された情報の秘匿や、情報漏れを防止するための法案だ。


 この時代にタイムスリップした自衛官、警察官等の特別国家公務員や公務員、政治家だけでは無く、民間企業や団体、学院生や学生たちにも適用されている。


 これは、現代日本人が知る情報・・・特に史実が、大日本帝国の一般市民や特定人物以外に流れた場合、とんでもない混乱が予想されるため、この時代の日本から現代日本に通じる史実や、その他のこの時代には無い知識を漏らす事を防止するために、特定秘密保護法の保護下になっている。


 当然ながら、それらに関連する内容を漏らした場合は罰せられるが、さまざまな状況や本人の心理状態等を慎重に把握した上で、裁判所が判断する事になっている。


 例えば、史実では何年何月何日にこの地区で連合軍が爆撃し、その人物が亡くなるという情報をタイムスリップした現代人がその人に話した場合、特定秘密保護法違反ではあるが、違反者の心理状態・・・酒場などで知り合ったとか、同じ仕事場で働くにつれて親交を深め、助けたい、という気持ちが強く現れて行った処置の場合は、日本国憲法で保障されている思想及び良心の自由を侵害してはならないに当てはまる可能性もある。


 氷室が任意同行を求められ、事情聴取を行ったのはバリーニに対し、「イタリア半島全域が戦火に包まれる可能性もある・・・」等と漏らしたためである。


 史実でも、連合軍はシチリア島を攻略し、そのままイタリア半島にも上陸した。


 単純に氷室の言い分としては、「彼のような気持ちがいい人たちに、苦しんで欲しく無いから」という理由で、ぼやかしながら告げたそうだ。





 数時間にも及ぶ事情聴取が終わった後、海上自衛隊警務隊陸上警務隊は、調書内容を統合省外局である検察局に提出した。


 自衛隊の警務隊は、特別司法警察職員の権利を与えられた自衛隊の警察組織であり、独自に起訴する権利や裁判を行う権利を有しない。


それらの役目は、検察局や裁判所の役目だ。


 書類を提出された担当検事は、何度も検証したが、問題になる可能性は低いと判断し、法的処分の必要は無いとした。





「今度からは、十分気をつけるように」


「はい、はい」


 警務官からの、ありがたくない注意に、氷室は生返事を返す。


 やっと解放されて、陸上警務隊本部の建物から外に出たときは、清々しい気持ちになった。


「匡人君」


 外では、自分の従姉である、第1護衛隊群首席幕僚の村主(すぐり)京子(きょうこ)1等海佐が待っていた。


「姉さん、迎えに来てくれたの?」


「ええ、そうよ。さあ、車に乗って」


 小さな子供の悪戯を窘めるような表情に、微笑を浮かべながら、村主は答えた。


「・・・もしかして・・・これは、最高のシチュエーションでは・・・」


 美貌の従姉と2人きりで・・・車・・・氷室の顔に、だらしない笑みが浮かぶ。


「防衛局長官と、統幕本部長、海上総監の3人は、カンカンよ。ちゃんと、謝りに行くわよ」


「・・・・・・」


 そう、従姉の微笑は、限りなく優しい。


 しかし、氷室は全身に鳥肌が立つのを感じた。


「姉さん、怒っていますよね?怒っているのは、4人ですよね?」


 恐る恐る尋ねる。


「あら、そう思う?」


「・・・・・・」


 従姉の微笑は、限りなく優しい・・・


「被疑者保護!!!被疑者保護!!!」


 氷室は、見送ってくれる警務官に、叫んだ。


「特定秘密保護法違反で、検察に告発して下さい!!!」


 必死に取り縋ってくる氷室に、警務官は冷たい一言を投げつける。


「帰れ、帰れ。こっちは忙しいんだ。これから、[こんごう]艦長の橘田1等海佐と[きりしま]艦長の杉山1等海佐の、事情聴取をしなくちゃならないのだからな」


「あの人たち、何をやらかしたのぉぉぉぉぉ~!!!?」


「さあ、行くわよ」


 襟首を掴まれて、氷室はズルズルと引きずられて行く。


「あぁ~れぇぇぇ~!!!」


 氷室の悲鳴が響き渡る。





 車内で、コッテリと油を絞られた後、統幕本部長と海上総監の叱責を受け、憔悴しきった表情で、氷室は防衛局長官の執務室に連行された。


 正直、おっさん2人(氷室主観)の叱責は、『今日の耳は、日曜日』でやり過ごせるが、従姉のお説教は堪える。


「以後、このような事の無いように。以上だ」


 防衛局長官の村主(すぐり)葉子(ようこ)の言葉は、それだけだった。


「ハコ姉さぁぁぁ~ん!!」


 半ベソをかきながら、氷室は村主の姉に抱き付こうとした。


 それを、従姉はひらりとかわす。


「ブッ!!!」


 氷室は、思い切り壁に激突した。


「懐くな、馬鹿者!!」


「クスン、クスン・・・シクシク・・・」


 氷室はワザとらしく、嘘泣きをする。


「・・・・・・」


 妹の村主は、小さくため息をついていた。


「姉さんは、匡人君に甘すぎるわ」


「お前が叱ったのなら、私まで叱る事は無い。それだけだ」


「やっぱり、ハコ姉さんが一番優しいな~」


「匡人君。それなら折角だから、昔みたいに姉さんと一緒にお風呂に入って、一緒のお布団で寝れば?」


 村主らしからぬ、皮肉であったが、氷室は嬉しそうに表情を崩す。


「え?いいの?」


「調子に乗るな!!」


 ポカッ!!


「キャウン!!!」


 何10年か振りに、拳骨を喰った。





 数日後。


 氷室は、バリーニの使いの者に呼び出された。


「騙された」


 渋い表情で、開口一番、バリーニはそう告げた。


「まあ、そうでしょうね」


「確かに、受付には可愛い女の子がいたが、俺に話を聞いてきたのは、ゴツい男だった」


「で、どうなりました?」


「あの、募集のチラシは拾得物扱いで、取り上げられた」


 バリーニにとっては、それが残念でならないらしい。


「それは置いといて、俺は本国に帰国する事になってね。君には、挨拶をしておこうと思ってね」


「あの件のせいですか?」


「いいや、本国の海軍が正式に空母の運用を決定してね。俺は少将に昇進の上、その実験艦隊の司令官に任じられた」


「それは、おめでとうございます」


「というのは表向きで、俺は駐日イタリア大使に嫌われているからね。大使が懇意にしていたご婦人を、俺が寝取ったからね」


「・・・・・・」


(やっぱり、女性問題かい~!?)


 心中で、氷室は突っ込みを入れる。


「そうですか、餞別という訳じゃありませんが、僕から一言。11月11日と12日は、ターラント軍港には行かないで下さい」


「どういう意味だ?」


「それは、言えません。ですが、僕を信じて下さい。それと、これは差し上げますよ」


 そう言って、氷室は1枚の写真を手渡した。


 その写真は、チラシに印刷されていた写真と同じ物だった。





 この後、1940年11月11日。


 イギリス海軍の空母[イラストリアス]から発艦した艦上雷撃機[フェァリー・ソードフィッシュ]によって行われた、ターラント空襲(ジャッジメント作戦)。


 それを目の当たりにしたバリーニは、氷室の予言めいた言葉を思い出し、半信半疑ながら、彼は未来から来た人間なのではないか?と思ったのであった。





 後にイタリア王国海軍初の正規空母[ユリウス・カエサル]を基幹とする空母艦隊の司令官となるダリオ・バリーニと、氷室の最初の出会いだった。





 かなり後の話になるが、氷室が譲った写真のせいで、神薙(かんなぎ)真咲(まさき)1等海佐はバリーニに興味を持たれ、指揮能力や作戦遂行能力等で質問攻めに遭う。


 さらに、イージス護衛艦[あかぎ]に乗艦する男性自衛官は、幹部から士に至るまで、バリーニの質問地獄に遭う事になる。

 こぼれ話をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますがご了承ください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ