矛と盾 第20章 暴走する時代
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
ペイリンは、司令部テントで氷と水割のスコッチをグラスに注ぎ、ゆっくりと飲む。
「失礼します!提督、日本軍の将校たちを、お連れしました」
テントの外から、警備兵の声が聞こえる。
「通せ」
ペイリンがそう言うと、司令部テントに、数人の日本陸軍将校たちが入ってきた。
「貴国との日英同盟が廃止されたのは、私がイギリス海軍士官になってから、それほど経っていない時期だった」
ペイリンは、英語で日本軍将校たちに話しかけた。
「提督は、立派なお方ですな。多くの将兵が見捨てられる中、提督は、取り残される将兵のために、ここに残りました」
日本陸軍将校が、訛りのある英語で返す。
聞き取りにくいが、言葉には、尊敬の感情が込められているのがわかる。
しかし、ペイリンは小さく首を振る。
「立派?それは違うだろう。私は、ここに取り残された将兵たちを、全員撤退させる事はできなかった。私がここに残ったのは、自分に与えられた任務を遂行するためだ」
ペイリンの言葉に、その将校は答えた。
「それは、ここにいる将兵たちを全員、無事に故郷に帰すという事ですか?」
その言葉に、ペイリンはうなずいた。
「そうだ。私の家は、貴族階級の中では一番の格下でね。同格の貴族からも、相手にされなかった。海軍将校として、海軍に籍を置いてからは、自分に与えられた任務だけは、確実に成功させてきた。そうやって、周りからの評価を得た。だからこそ、私の任務を必ず完遂する」
「それでは、提督・・・」
将校が話しかけようとしたが、ペイリンは遮った。
「我々の降伏後、我々の待遇はどうなる?」
ペイリンが問うと、将校は答えた。
「提督を含む英蘭印連合軍の将兵は、ジュネーブ協定に従い、捕虜としての待遇と安全を保障します。その後、これまでの捕虜と同じく、中立国を通じて祖国に帰国していただきます。しかし、あまりにも捕虜が多いので順番待ちですが、必ず帰国させます」
その言葉を聞いて、ペイリンは納得した表情になった。
「1つ聞きたいが、アメリカ軍やイギリス軍の将兵の中には帰国を望まず、亡命を申し込む者がいると聞いたが、どうなのかね?」
ペイリンが質問すると、将校は首を振った。
「その質問には、お答えできません。それは機密事項です」
「そうか」
「ですが、提督。その答えはいずれ、提督が希望するのであれば、得る事ができるとだけ、申し上げておきます」
将校の言葉に、ペイリンは首を傾げた。
その反応で、彼の疑問を理解したのか、将校が答えた。
「貴方がたが、スペース・アグレッサー叉はゴースト・フリートと呼んでいる者たちです。小官には、そのぐらいしか、申し上げられません」
その台詞を聞いて、ペイリンは満足そうな表情を浮かべた。
イギリス海軍省(イギリス本国で今も健在)から届けられた報告では、アメリカ陸軍フィリピン駐留軍司令官であるダグラス・マッカーサー大将と、一部の陸海軍将校やイギリス陸海軍将校等が突然、アメリカ陸海軍部及びイギリス陸海軍部の指揮系統を一方的に離脱した。
その理由は、まったく不明のままである。
もしかしたら、その理由がわかるかも知れない。
だが、それは自分も彼らと同じ思想に囚われるかもしれない、という不安と興味が混じり合ったものだ。
パンドラの箱を開けるとは、こういう事ではないのだろうか・・・
「すまないが、スコッチを飲み干してから、ここを出てもかまわないか?」
ペイリンが問うと、英語が話せる陸軍将校は[どうぞ]と言った。
彼は薄くなったスコッチを飲み干して、司令部テントを出た。
アルファ地点にいた英蘭印連合軍上陸部隊の残存兵は、将校、下士官、兵にわけられて、さらにそこから負傷兵もわけた状態で、自分たちが放棄した人員輸送トラックの荷台に乗り込んでいた。
捕虜たちの誘導を行うのは、大日本帝国国家憲兵隊の憲兵たちと、統合省防衛局長官直轄部隊統合警務隊陸上警務隊の警務官(MP)たちである。
憲兵は、陸海軍及び航空予備軍が導入する64式7.62ミリ小銃改、一式半自動小銃、一式半自動短小銃とは別に導入した、自動小銃を装備している。
国家憲兵隊は、新世界連合軍に属するドイツ連邦軍から輸入したG36Vをベースに開発された二式五.五六粍自動小銃である。
オリジナルのG36Vとは異なり、連射性能や耐久性能は下回るが、法執行機関等の対象者に、可能な限り致命傷を与えない小銃としては、十分な威力を発揮する。
警務官たちも、89式5.56ミリ小銃を装備している。
英蘭印連合軍上陸部隊の残存兵たちは、捕虜の認定を受けるために北幸島海軍要港部に統合省防衛局に設置されている審議会の1つ、捕虜資格認定等審査会で将校、下士官、兵に別れて、それぞれの審査が行われた。
審査官は国際法、自衛隊法、国内法に精通した審査官3人が捕虜に質問する。
一般的に捕虜の認定は、軍兵士が交戦国軍の司法権限を有する憲兵、叉はそれに類する機関に対しては氏名、階級、所属、認識番号、部隊番号、生年月日を話す事を講習等で教えられ、それ以外は話す必要が無い、と言われているが、捕虜になるための認定調査は存在する。
これは、現代の戦争は非正規戦争であり、必ずしも軍服を着ていないからと言って、捕虜として扱ってはならないという規定が、改正されたからだ。
このように規定が改正されたのは、第2次世界大戦後から改正された。
史実のドイツ第3帝国に占領された、フランスやポーランド等でレジスタンスが組織され、抵抗運動が開始された。
あまり触れられないが、レジスタンスとテロリストには、まったく区別が存在しない。
世界がレジスタンスと認めれば、レジスタンスになり、世界がテロリストと認定すれば、テロリストになる。
実際、レジスタンスとテロリストは、やっている事はまったく同じである。
占領されて、やむを得ずに、占領軍や占領国政府に従う自国民に対し、その勢力は利敵行為やスパイ行為と言う事でリーダー(指揮官)の判断で、即刻銃殺刑等の処刑も行われていた。
しかし、レジスタンスと認定されると、そのような戦争犯罪とも言える行為も、世界が正当と認めるか、若しくはまったく公表されない場合もある。
対して、テロリストと認定されると、あらゆる行いが、悪として公表される。
特に現代戦は、あらゆる事態が発生するため、明らかに人道に対する罪や、平和に対する罪等の戦争犯罪でもあっても、テロリストに認定できないのが、現代なのである。
因みに、その判断は、捕虜認定等を行う審査会や委員会が決定する。
そのため、これらの認定は極めて曖昧である。
例えば、2000年代から勃発した戦争や紛争でも、明らかに捕虜として扱わないだろうという武装勢力が捕虜として扱われたり、きちんと戦時国際法や交戦法規に従ったにも関わらず、戦争犯罪者に認定された事例もある。
これらの面倒な事態から捕虜として扱うか、扱わないかの判断は、政治的判断能力や決して周りの意見に耳を貸さない者が、判断しなくてはならない。
余談だが、憲兵等が降伏した兵士に質問するのは、あくまでもこれらの報告書を作成し、捕虜認定を担当する審査会や委員会に出すためであり、尋問される兵士も、これが自分を捕虜として認定審査するための取調べか、単に敵の情報を聞き出すための取調べかを尋問される兵士は、判断しなくてはならない。
もし、間違えれば、テロリストと判断されても文句は言えない。
捕虜認定等審査会の審査官たちは、これまでの経験から、慎重に審査を行った。ただし、弱腰だと思われてはいけないため、時にはムチも打つ必要がある。
日本共和区統合省本庁舎地下に設置されている国防指令センターでは、統合大臣である加藤茂を長として、各庁局長官たちと統合幕僚本部長の本財保夫陸帥が出席している。
「大臣。これで、大日本帝国本土に上陸した、ソ連軍及び英蘭印連合軍の組織的攻勢は、終了しました」
統合省防衛局長官官房長が、報告する。
防衛局長官である村主は、大日本帝国本土首都圏に攻撃を加えた空母2隻を基幹とするアメリカ艦隊の対応に追われているため、防衛局副長官の金森敏が、代わりに出席している。
国防指令センターのメイン・モニターには、大日本帝国本土での戦闘が行われた地域の、映像が流されている。
その隣にあるサブ・モニターには、自衛官たちの所属、氏名、階級、年齢が表示されている。サブ・モニターには、戦死者報告と書かれている。
北海道と南東諸島の激戦では、40名の自衛官が戦死し、40名以上の負傷者を出した。
戦死した自衛官のほとんどは、陸上自衛官であり、20代から30代が占めていた(40代の自衛官も存在するが、ほとんど少ない)。
「これが、戦争か・・・」
加藤は、つぶやいた。
いつの時代も、戦場で命を落とすのは、これからの未来に必要な若者たちで、年長者たちが大抵生き残る。
これは仕方が無い、と言えばそれまでだが・・・
実際、20代、30代の階級は、幹部以外の自衛官は士や曹であり、もっとも人員が多い。
幹部自衛官は、3尉か2尉がほとんどであり、配置が小隊長である。
そのため、もっとも、敵弾が飛び交う戦場にいる、1尉以上になれば、大体が中隊長や連隊本部に勤務する場合が多く、通常戦闘で直接戦闘しながら指揮をするのは、珍しい(ただし、偵察部隊等は別物であり、1尉クラスが指揮をするが、彼らの任務は戦う事では無く、情報を持って生きて帰る事が目的である)。
3佐以上は、尚更だ。
つまり、戦争は年齢が高ければ高いほど、戦場で死ぬ可能性が低くなるだけでは無く、戦場を見る事はあっても、それは単に紙に書かれた物から把握する程度だ。
だが、彼ら政治家たちに、彼らの死を悼んでいる暇など無い。
国防指令センターに勤務する、統合省特別情報部のスタッフが、緊急報告した。
「緊急の情報が入りました!ソ連で、異変が発生しました!」
スタッフの報告に、統合省特別情報部特別管理総括課の上級総括官の渡邉修六が、スタッフに指示を出す。
「ソ連情勢を流せ」
「はい」
スタッフが、操作する。
ソ連国内全域で流されている、国営ラジオ放送が流された。
「1942年4月18日。ソビエト連邦最高指導者である、ヨシフ・スターリン大元帥が倒れた。本日を持って、ソ連の軍事、政治、司法、立法、民事は、ザヴァイヴァーニィ統合同盟総帥であるロマン・ニコラス・ゲルギエフが、新ソビエト連邦の最高指導者になられる!」
この放送に、ロシア語がわかる加藤や、一部の長官たちは驚愕した。
もちろん、放送内容を日本語訳して、ロシア語がわからない長官たちも驚愕する。
「それでは、新たなる新ソ連最高指導者であるゲルギエフ同志総帥からの演説が行われる!」
その時、別のスタッフが驚きの声を上げ、加藤に振り返った。
「統合大臣、新たな通信が、入りました!!」
「新世界連合からか?」
「いいえ!!これは・・・これは、ロシア連邦の・・・!?」
信じられないといった表情で、スタッフは言葉を詰まらせる。
「・・・メイン・モニターに出せ」
加藤が落ち着いた声で、指示を出す。
すると映像が変わり、デジタル画像で、1人の初老の長身の男が映った。
「「「!?」」」
「まさか!」
全員が、驚愕した。
彼らが見ているモニターの映像に映っている人物は、元の時代で、ロシアと東側陣営の共産主義復活を唱え、後に中国の崩壊を確実にさせた、巨大テロリスト勢力の指導者だから、だ。
「ニューワールド連合及びニューワールド連合軍に属する参加国及び参加国軍に告ぐ。我々、ザヴァイヴァーニィ同盟軍は、ソ連と一部の国家を完全なる支配下に置いた。我々は、無益な戦争をする事を望まない。そのため、予兆を見せる」
そう言うと突然、映像が消えた。
そして・・・映像が変わった。
どこかの山脈地帯が、映し出された。
すると、その山脈に向かって飛翔する飛行物体が接近する。
そして、巨大な爆発が起こった。
それは、とても巨大だった。
映像で映し出されたそれは、日本人なら誰もが知っている。
天を突く、巨大なキノコ雲・・・
そこで、映像は途切れた。
数日前、ソビエト社会主義共和国連邦某地区秘密地下施設。
ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・スターリン大元帥は、ロンメル率いるドイツ第3帝国がモスクワに侵攻した際に、ザヴァイヴァーニィ同盟軍に救出され、そのまま匿われて、時を待っていた。
上機嫌に上等なウォッカをグラスで飲みながら、スターリンは、ザヴァイヴァーニィ同盟軍参謀本部総長兼ザヴァイヴァーニィ同盟軍務次官である、スラヴァ・アブリャジン・ブダノフ元帥の報告を聞いていた。
「我が、神聖なる国土に住まう害虫は、始末してくれたのかね。君たちを信じたのは間違いでは無かった」
スターリンは、豪快に笑いながら、口を開いた。
「口では、私に忠誠を誓い。裏ではナチス・ドイツやアメリカ等に国を売るとは・・・そのような不届き者が、私の身近に居たとは・・・今でも背筋が凍る」
スターリンは、ブダノフの手を握った。
「深く礼を言うぞ。私が、この国の指導者として復帰したあかつきには、君たち同志諸君を、重要なポストに迎え入れる」
「感謝します。同志大元帥。ですが、まだ害虫駆除は終わっておりません」
ブダノフの言葉に、スターリンは驚いた。
「なんと、まだ、いるのか?しかし、軍務にも政務にも、ほとんど力のある者はおらぬはずだが・・・」
「ええ、その通りです。しかし、消さなくてはならない重要人物が、1人おります」
ブダノフは、落ち着いた声音でそう述べると、スターリンから離れた。
そして、何か合図をした。
すると、ドアが開放され、スターリンのいる部屋に、10人程度の迷彩服姿の兵士たちが武装して入ってきた。
AN-94を構えた兵士たちが、一斉にスターリンに向けて引き金を引いた。
5.45ミリアサルトライフル弾は、毒の弾としてアフガン侵攻や旧ソ連軍、ロシア連邦軍が侵攻した戦場では、正規軍や非正規軍に恐れられた小口径の小銃弾だ。
その威力は、西側諸国軍の、5.56ミリアサルトライフル弾を上回るとも言われている。
「ぐっ!あぁぁぁ!!」
スターリンは、断末魔の叫び声を上げながら、100発近い弾丸を、身体に撃ち込まれた。
ドスン!という大きな音と共に、彼は床に倒れて、自分が殺された理由もわからず、絶命した。
「ご安心ください。同志大元帥、今頃は、中国共産党の指導者や側近たちも、同じ運命を辿っているでしょう」
ブダノフは、笑みを浮かべながら、血溜まりに倒れたスターリンを、見下ろしてそう告げた。
「さて、これから忙しくなる。新ソ連と新東側陣営を整えたら、ただちに我々の計画を邪魔になる、ニューワールド連合、日本共和区、大韓市国によって作られた新西側陣営との、世界大戦が待っている」
ブダノフは、ザヴァイヴァーニィ同盟決議によって、緊急修正された新計画の第1段階を終わらせた。
「同志総帥に連絡。第2段階に、いつでも進める、と」
「はっ!」
そこは、爆心地からかなり離れていた。
遥か彼方で、立ち上るキノコ雲を眺める1人の人物。
背中の半ばまで伸びた、金色の髪に、黒いスーツ姿の男。
もし、彼の背に翼があれば、天使かと人は思うかも知れない。
旧約聖書の中にある、暁の子と呼ばれた天使に・・・
「ダニエル、ザムエル。君たちヒヨッコは、随分苦労して職務を遂行しようとしているようだけど・・・君たちの連れてきた勢力の、反対に立つ勢力にも歴史改変を望む者もいるのだよ・・・不公平は良くないと思うんだ。何事も公平でなくっちゃね。さてさて、未来の人間たちは、どう動くかね?対話による共存も良し、どちらかが倒れるまで、相争うも良し・・・これからが、管理世界の役人たちが、本当に記録したい歴史改変の記録が始まるのだよ」
1944年に勃発する、もう1つの第2次世界大戦または、第3次世界大戦(後世の歴史家たちは、さまざまな呼称で、この戦争の名を付けた。1つは世界支配権獲得戦争、1つは核戦争、1つは未来人たちの冷戦の結末のやり直し等・・・)では、第2次世界大戦とその後の傷が癒えぬ大日本帝国、アメリカ合衆国、イギリス連合王国、ドイツ第3帝国等が加盟する西側連合軍と東側同盟軍、そして新世界連合軍と、征服同盟軍による、史上最大の激戦が世界規模で行われる事になる。
矛と盾 第20章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。
次回の投稿は12月12日を予定しています。
来週の投稿で矛と盾篇は終了します。
第7部では、ペリリュー、マレー篇に入ります。




