矛と盾 第19.5章 誤射 思わぬ悲劇 後編
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
[デ・ロイテル]は速力4ノットで、大東諸島に向かっていた。
甲板では、日本海軍の艦艇に発見される事も想定し、ほとんどの乗員が甲板に出ていた。
抵抗の意思が無い事を、教えるためにだ。
艦橋では、オランダ海軍の制服に着替えたドールマンが、新月の夜の海上を眺めていた。
ドールマンは、動く物が無いかと、海上を見回した。
その時・・・海中に、何か白い航跡らしき物が見えた・・・
「まさか!?」
ドールマンが叫んだ時、それは、[デ・ロイテル]の真ん中に直撃した。
巨大な水柱が2本上がり、艦体は、とてつもなく揺れた。
「被害状況を、確認せよ!」
艦長が、叫ぶ。
「艦長!先ほどの雷撃により、発電器が停止しました!」
「機関室及び、その他の箇所から浸水です!」
発電器の停止で艦内の電力が損失し、各所から報告が上がる。
「艦長!発電器停止により、水密扉が閉まりません!」
「手動で、閉めろ!」
「魚雷第2撃!来ます!」
見張員が、報告する。
「何ぃ!」
この第2撃は、多くの乗員が目撃した。
白い航跡をはっきり見せながら、雷速40ノット以上で接近する光景を・・・
「あれは!日本軍の魚雷では無い!!」
日本軍の使用する魚雷は、酸素魚雷でありその航跡は、ほとんど見えないとされている。
航跡が、はっきり見えるという事は・・・
その時、第2撃が再び[デ・ロイテル]に直撃した。
2本の水柱と共に、さらに火災が発生した。
艦は大きく傾き、沈没するスピードを速めていく。
「通信士官。この通信が通じるか通じないか、わからないが、交信を開始してくれ![デ・ロイテル]は同盟国海軍潜水艦による誤射で、沈没!至急、救援を請う!」
その後、艦長は部下たちに叫んだ。
「総員離艦しろ!」
「全員脱出!」
艦内の通信系統も損失したため、乗員たちが大声で叫び合う。
[デ・ロイテル]はオランダ海軍のみが使用する暗号通信機を使って、艦長の言葉を送信した。
もし、日本海軍叉はゴースト・フリートがこれを受信すれば、暗号解読後にこの海域の捜索に来るかも知れない、という祈りも含まれている。
ドールマンは、乗艦する乗組員たちを脱出させていた。
救命ボートを降ろす余裕が無いため、できる限りの救命筏を海上に投げる。
すると乗員の何人かが、救命ボートを繋いでいるロープを切ろうと、消火用斧を振り下ろす。
多くの乗員が海に飛び込み、救命筏や浮遊物にしがみつく。
「早く離艦するのだ!!急げ!!」
ドールマンが、叫ぶ。
その時、前部砲塔の1器が大爆発した。
猛烈な爆風が発生し、ドールマンや多くの乗員が木の葉のように吹き飛ばされ、海上に叩き付けられた。
ドールマンは、水中深くまで沈んだが、必死に海水を蹴り、手を動かして海上に出た。
すると、[デ・ロイテル]は爆発炎上しながら、艦尾が持ち上がり、そのまま沈んでいく。
爆発後に海上に飛ばされなかった乗員は、炎に全身を燃やされながら、海に飛び込んでいた。
「提督!早く救命ボートに!」
どうやら、斧でロープを切り、奇跡的に救命ボートが無事だったのだろう。
その救命ボートに拾い上げられたドールマンは、沈みゆく[デ・ロイテル]を眺めた。
300人近い水兵や下士官、将校が海上に放り投げられ、それ以外は艦と運命を共にしただろう。
[デ・ロイテル]が沈没し、周囲は漆黒の闇に包まれた。
生存者たちは、バラバラになり、漂流していた。
月明かりのない状態では、周りを確認する事は困難だった。
「おおい、大丈夫か!?」
暗闇に慣れていない目では、声を掛け合って互いを確認するしか無い。
救命筏に乗っている者たちは、浮遊物にしがみついている者たちを、救い上げている。
「畜生!アメリカ軍め!!俺たちを、散々利用した挙げ句に・・・俺たちを降伏させまいと、魚雷を撃ち込みやがった!!」
誰かが、喚いている。
「よせ!まだアメリカ軍と決まった訳では無い!それに、仮にそうだったとしても、誤射の可能性がある」
「なら、なぜ浮上しない!?今なら日本軍に、発見される危険も少ないはずだ!!」
「そうだ!奴らは最初から、俺たちの口を封じるつもりだったんだ!!俺たちが降伏すれば、日本軍に自分たちの企んだ事が、すべてバラされるからな!!」
状況が状況だけに、やむを得ないが、あちらこちらで、アメリカを罵る声が上がっていた。
バシャ!!
何か、水を叩く音がした。
「シーッ!静かに!」
バシャ!!バシャ!!
「うっうわぁ!!?」
大きな水音と共に、悲鳴が響き、途切れた。
「な・・・何だ?」
全員が、凍り付いた。
何かが、自分たちの周囲にいる。
「ひぃぃぃぃ!!?」
また、悲鳴が消えた。
もし、彼らが破軍集団海上自衛隊のミサイル護衛艦[しまかぜ]艦長の渡嘉敷が、海士に対して言ったパワハラ紛いの台詞を、聞いていれば、思い当たったであろう。
『知っている?この辺りの海は、人食い鮫の万国博覧会場みたいよ・・・』
彼らも、北海道に侵攻したソ連軍と同じく、不運な時期に侵攻した。
この時期、南東諸島及び周辺海域では、プランクトンが大量に発生し、それを餌にする魚や鯨、そして小魚を狙うザトウクジラ等が現れる。
そして、今、彼らがいる海上は日本海軍、菊水総隊海上自衛隊等の輸送艦や駆逐艦、護衛艦等が展開した海域だ。
当然、輸送艦を狙うために、英蘭印連合軍主力艦隊の潜水艦部隊も、この海域にいた。
駆逐艦や護衛艦が、潜水艦らしき音を拾えば、それを正確に探知するためにアクティブ・ソナーを使用する。
高出力のアクティブ・ソナーは、音波で障害物や餌の把握や会話をする鯨の脳を、破壊するには十分な威力だ。
実際、某国海軍が行った対潜水艦演習では、演習終了後に鯨の大量死が確認されている(某国海軍は憶測であると、否定している)。
海上自衛隊等の現代海軍の艦艇に乗艦するソナー員は、そう言った専門の訓練も受けており、鯨に与えるダメージが低いソナーを装備しているが、日本海軍や英蘭印連合軍では、そのような訓練も、ソナーも存在しない。
当然、鯨が大量死すれば、それを餌にするヨゴレザメ、ホオジロザメ、イタチザメ、アオザメ、シュモクザメ等の人食い鮫が集まる。
そこに、重油が漏れた巡洋艦と血の匂いを出しながら漂流しているものがあれば、すぐに集まってくる。
さらに重油により、サメの視界はほぼゼロになるため、嗅覚と聴覚のみに頼り、獲物を狙うため、見境無く襲ってくる。
例えば、元気づけのために声を掛け合ったり、歌などを合唱すれば、それだけでサメは獲物と判断し、興奮状態になるため、無差別に襲う。
サメに襲われているのは、彼らだけでは無かった。
他の漂流者たちにも、サメが集まり、漂流者たちを次々と海中に引きずり込んだ。
余談だが、人食い鮫で一番怖いのはホオジロザメでは無い。
ホオジロザメは、サメの中では一番おとなしく、臆病であるため、刺激をしなければ襲われる可能性は低い。
もっとも、獰猛なのはヨゴレザメである。
ヨゴレザメは、サメの知識が無い人が見れば、ホオジロザメと誤認する。
ヨゴレザメは、サメの中では一番凶暴であり、人に危害を加える人食い鮫の中では頂点に君臨する。
ホオジロザメはたとえ、血の匂いを嗅ぎつけて現れたとしても、襲われない可能性もある。
しかし、ヨゴレザメに出会えば、絶対に襲われる。
永遠に続くかと思われた夜が明けた時、[デ・ロイテル]の生存者は、視認できるだけで、100人にも満たない人数になっていた。
絶望が、彼らを支配しようとしていた。
[すいこ]は海中を静粛に進みながら、英蘭印連合軍や交戦国海軍の潜水艦を監視していた。
10時間程前に[すいこ]が装備するソナー員が、遠くの海上で巡洋艦クラスの艦体爆発音を聞き、確認のために速力10ノット(本型潜水艦が水中静粛航行可能な限界速力)で音紋の正体の確認に向かった。
「艦長。ソナーから何の音も、確認されていません」
副長の比良野が、発令所で目を閉じて、腕を組んだまま、まったく動かない艦長の伊賀に、声をかけた。
「・・・・・・」
伊賀は、何も喋らない。
「艦長?」
「副長。お静かに」
水雷長である3等海佐が、比良野を止める。
彼は、伊賀とは10年にも渡る長い付き合いであるから、伊賀の心情を理解している。
「ソナーより、艦長」
ソナー室から、ベテランソナーマンである楠瀬海曹長の声が聞こえた。
伊賀は、目を開いた。
「確認したか?」
「海上から微かですが、歌声のような音が聞こえます」
楠瀬の言葉に、伊賀は通信士に顔を向けた。
「通信士。この海域で、何らかの信号を傍受したか?」
伊賀の指示で、通信士は[すいこ]が記録した通信記録を探る。
「艦長。非常に小さな信号ですが、確かにこの海域で、何らかの信号が発信されています」
「潜望鏡深度まで浮上」
通信士からの報告に、伊賀は浮上の指示を出す。
「潜望鏡深度まで、浮上!」
潜航指揮官が、復唱する。
[すいこ]のタンクに注水されている海水が排水され、艦体が浮き上がる。
潜望鏡深度まで浮上すると、高性能カメラを搭載した潜望鏡が上がり、360度回転後、再び下がる。
高性能カメラが撮った映像が、発令所のスクリーンに映し出される。
「これは・・・」
「遭難者・・・」
発令所にいる海曹たちが、口々につぶやく。
「通信ブイを上げろ!海上保安本部特殊救難隊に、出動要請!」
伊賀が、叫ぶ。
ただちに[すいこ]から、通信ブイが上げられて最寄りの陸海空自衛隊通信所を経由し、統合防衛総監部海上総監部から、海上保安本部に伝えられる。
「艦長。海上総監部から返信です!」
「何と、言っている」
「はい、特殊救難隊は現在、那覇基地を拠点に南東諸島とその中間海域での遭難者捜索のために出払っているため、海上保安本部航空隊基地から待機部隊を出撃させるとの事です」
通信士の報告に、比良野が腕時計を見る。
「艦長。海上保安本部航空隊基地からでは、どんなに急いでも、2時間はかかります!」
「・・・・・・」
伊賀は、腕を組んだ。
海上自衛隊にも救難部隊は存在するが、こちらは海上保安本部海難救助行動圏外を、担当している。
戦局の拡大で、救難部隊も遠方に出撃している。
出せる機は、無い。
だが、防秘の塊である潜水艦が、戦時下で救助活動をするのは危険すぎる。
史実でも、第2次世界大戦時、ヨーロッパ戦線では緒戦に置いて、イギリス船籍の客船が事故で沈没し、救命ボートで生存者たちが漂流しているところを、ドイツ海軍の潜水艦が浮上し、彼らを救助した。
しかし、500人近い生存者がいたため、艦内に収容する事はできず、結局、占領下のフランスまで救命ボートを曳航する事にした。
その際、潜水艦のマストに、赤十字の旗を掲げた。
だが、イギリス本土から出撃した、アメリカ海軍の対潜水艦攻撃機が同潜水艦を発見し、救命ボートや赤十字の旗を確認したにも関わらず、爆撃し、同潜水艦を大破させた。
それ以降、ドイツ海軍潜水艦司令部では、遭難者を発見しても、救助活動を禁止する規定が定められた。
最新鋭のステルス性能である潜水艦[すいこ]でも、白昼に浮上すれば、上空や海中に潜む潜水艦からは丸見えだ。
浮上航行中の潜水艦は、航空機や潜水艦からは恰好の標的だ。
「艦長。いかがいたしますか?」
水雷長が、尋ねる。
「浮上しろ。生存者をできる限り、甲板に収容する」
伊賀は、即、決断した。
潜水艦の艦長は、決断力に置いても、他の水上艦の艦長よりも上である。
「浮上!」
潜航指揮官が叫ぶ。
伊賀は、艦内マイクを持って、艦内放送した。
「[すいこ]乗組員諸君。本艦は、これより第2次世界大戦以降、異例の行動をとる。戦時情勢下で海上に浮上し、交戦国海軍の遭難者を救助する。ただし、この間、英蘭印連合軍の偵察機やアメリカ軍の長距離偵察機に発見されないとも限らない。その際、遭難者や偵察機からの何らかの攻撃も予想される。注意して救助作業を行え。以上」
伊賀の指示で、ただちに[すいこ]艦内で編成されている4個分隊から救助班、警戒班、応急班が編制され、全員がデジタル迷彩服に着替えた。
武器庫が開放され、9ミリ拳銃と9ミリ機関拳銃が取り出され、救助班と共にボートに乗り込む警戒班と、甲板で手当てを受ける遭難者の秩序維持のために配置される警戒班が装備した。
海中から黒色の物体が突然姿を現し、ドールマン以下、[デ・ロイテル]の生存者たちが振り返った。
「せ、潜水艦!?」
「日本軍か?」
その潜水艦からハッチが開放され、青や紺色等の海に溶け込むような迷彩服を着た水兵たちが姿を現した。
艦橋からも、人影が見えた。
「提督!マストを!」
救命ボートに乗るドールマンの横で、水兵が指を差す。
潜水艦のマストに、日本国旗と救助活動を知らせる、世界共通の旗が掲げられた。
「我々を、救助するのか?」
救命ボートに乗る将校が、つぶやく。
「おい!ボート移動させろ!このボートに救命筏に乗る弱った者を乗せろ。優先的に日本の潜水艦に収容してもらう」
ドールマンが指示を出し、水兵や下士官たちがボートを漕ぐオールを持ち出す。
その間、将校は、救命筏に乗る者の中で優先順位を決める。
「救助だ!救助が来たぞ!」
将校が、救命筏で死の境を歩いている水兵に声をかけ、救命ボートに乗せる。
もともと、この救命ボートは、万が一にもサメの攻撃で救命筏に乗る将兵たちが海に投げ飛ばされた際のサメ対策と、海に放り出された者のために、ゆとりのあるスペースを確保していた。
できる限り、水兵を乗せると、潜水艦からボートが数隻、こちらに向かってきていた。
彼ら日本兵は英語で話しかけ、負傷兵や体力の無い将兵たちを、潜水艦に運んだ。
「神は、我々を見捨てなかった・・・」
ドールマンは、祖国から遠く離れた海の上でつぶやいた。
この救出活動に対して、ある者は人道的な行動と賞賛し、ある者は自己満足の偽善行為と批判する。
しかし、行動を起こした者たちは、自らの良心に従っただけである。
矛と盾 第19.5章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったとご了承ください。




