矛と盾 第13章 高速の水上戦 ミサイル艇対米奇襲攻撃艦隊
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
ミッチャー率いる奇襲攻撃艦隊は、日本本土で流れるラジオ放送や、日本帝国陸海空軍の通信を傍受した。
交信内容は平文であり、解読は問題なかった。
ミッチャーは、空母[サラトガ]と[ワスプ]に、攻撃隊全機発艦命令を出した。
甲板で発艦準備をしていた攻撃隊150機は、ドーリットル隊に遅れること2時間後に次々と発艦していった。
「全艦に対空、対潜、対水上警戒を厳にさせる事を厳命しろ!」
ミッチャーは攻撃隊を見送ると、参謀長に指示した。
いくら、大日本帝国海軍の主力艦隊が北海道と南東諸島に出払っているとは言え、まったく艦艇がいない訳が無い。
駆逐艦や軽巡洋艦はもちろんの事、警備艇や水雷艇を含む警備部隊は存在する。
今のところは奇跡的に発見されなかったが、これからは違う。
「本艦隊は、当海域に止まる」
太平洋艦隊司令部からの命令は、艦載機発艦後はただちに帰投せよ。であった。
しかし、ミッチャーはその命令に背いた。
大日本帝国は、まだ何かとんでもない物を隠し持っている。
そんな予感がする。
たとえ1機でも、戻ってくるかも知れない艦載機のために、大日本帝国の秘密を確認するために、ここから1歩も動く気は無かった。
攻撃隊に関しては、時間差をつけた出撃であるため、迎撃戦闘機のほとんどは恐らく、B-29やB-17等で編成された連合戦略爆撃団の迎撃に出撃したはずだ。
破軍集団海上自衛隊式根島基地から出港した、第1ミサイル艇隊司令乗艇の[かるかや]型哨戒艇2番艇[ききょう]は、海上警備行動を行っていた。
[かるかや]型哨戒艇は、[はやぶさ]型ミサイル艇で編成された、ミサイル艇隊の指揮艇という位置付けで就役した。
[はやぶさ]型ミサイル艇は、海上警備行動や治安出動、防衛出動時でも他の護衛艦よりも作戦行動海域に即応展開できる。
これは航空機の次に、目標海域に展開可能だ。
しかし、[はやぶさ]型ミサイル艇は、高速航行能力はあるが、行動日数が限られており、長期の海上警備や哨戒活動には向かない。
そこで、長期の海上警備や哨戒活動の場合は、[はやぶさ]型ミサイル艇への糧食(主にレトルト食品や缶飯ではあるが、長期の作戦行動の場合は艇内で調理した糧食が提供される)及び飲料水の補給を行う。
[かるかや]型哨戒艇は、海上自衛隊が保有する艇クラスの中では大型艇であり、新型のガスタービンエンジンとディーゼルエンジン、ウォータージェット推進によって、速力40ノット以上で航行する事ができる。
武装は、[はやぶさ]型ミサイル艇と同様のステルス性と、自動化した76ミリ単装速射砲を前部に1門と対空射撃及び対水上射撃が可能な6砲身20ミリ機関砲が後部に1門、対空目標に対して陸上自衛隊高射特科が運用する11式短距離地対空誘導弾を、艦載版に改良したSAMを搭載している。
その他にも、いくつもの他の艦艇が作戦行動しやすいように、必要な支援システムが装備されている。
乗員は40名ではあるが、特別警備隊(SBU)叉は乗船隊が乗艇する場合もあるため、待機室及び居住区も完備されている。
「司令。破軍集団司令部より、緊急連絡です!」
[ききょう]艇長である3等海佐から、第1ミサイル艇隊司令の新井庵2等海佐は、破軍集団司令部からの、通信文を受け取った。
新井は50代の2佐であり、第5護衛隊群汎用護衛艦[ながなみ]艦長の同期生であり、友人関係でもある。
しかし、[ながなみ]艦長のように、老け顔では無い。
「艇長。針路変更。取舵一杯」
新井は、通信文に目を通しながら、指示を出した。
「通信士。第1ミサイル艇隊のミサイル艇[うみたか]に連絡、緊急出港命令!」
「はっ!」
「司令。よろしいのですか?」
新井の命令に、艇長が口を挟んだ。
「かまわん。あいつの指揮能力なら1艇で、1個艦隊を撃滅できるだろう」
新井は笑みを浮かべて、言った。
第1ミサイル艇隊[はやぶさ]型ミサイル艇[うみたか]は、同隊司令である新井の緊急出港命令を受けて、緊急出港の準備が開始された。
準備と言っても、出港に必要な準備は行われているから、乗員の配置が完了すればすぐに出港できる。
「艇長!緊急出港準備完了です!」
[うみたか]艇長の津々井誠孝3等海佐は、航海長から報告を受けた。
[はやぶさ]型ミサイル艇は護衛艦程の広いCICでは無いが、CICが設置されている。
「了解。機関最大戦速!目標海域に緊急急行せよ!」
津々井は、CICの艇長席から指示を出した。
[はやぶさ]型ミサイル艇は速力44ノットという高速航行が可能であり、そのため、乗艇する全乗員は座席に座り、座席ベルトを装着しなくてはならない。
[うみたか]のガスタービンエンジンが轟音を発し、ウォータージェット推進で海上を滑るように加速した。
津々井は座席ベルトに固定された状態で、薄暗いCICの液晶スクリーンを眺めた。
彼は[うみたか]に乗艇する乗員の中では、一番の年長者であり、歳は上官である新井とほとんど変わらない。
津々井は、一般大学や防衛大学を得て幹部自衛官になった訳では無く、海士からスタートし、海曹、海曹長を得て幹部自衛官になった、完全なる叩き上げの3等海佐だ。
「艇長。[ききょう]より、情報が入りました!破軍集団司令部の予想通り、目標海域にいます!」
通信員が、報告した。
「艦隊の規模は?」
津々井が、問う。
「はい!空母[サラトガ]及び[ホーネット]を基幹とし、[ノースカロライナ]級戦艦及び護衛空母、巡洋艦、駆逐艦が護衛しています」
CICのスクリーンに、艦隊の陣形が映し出された。
「なるほど。この海域に危険を犯しても留まるという事は、東京を空襲した攻撃隊を収容するためか・・・これぞ、漢の鑑だな」
津々井が無精髭を撫でながら、つぶやく。
「艇長。本艇が搭載するSSM-1Bなら、空母と戦艦のどちらかを撃沈する事ができます。すでに破軍集団陸上総隊に所属する地対艦ミサイル連隊の1個中隊は展開を完了し、12式地対艦誘導弾をいつでも発射できます」
砲雷長の、2等海尉が説明する。
「ふうむ」
津々井が、無精髭を撫でるのをやめた。
「水上戦闘用意!使用兵装はSSMと76ミリ単装速射砲をスタンバイ!それと新システムの起動準備」
津々井の言葉に、何となく察しがついた砲雷長が慌てた。
「待ってください!艇長。イージス艦[あしがら]の、向井艦長の真似をするつもりですか!?無謀すぎます!」
「確かに無謀だ。しかし、アメリカ海軍はアメリカ本土の西海岸から、はるばる太平洋を横断し、こんな無謀な作戦を行った。つまり、連中は戦いで死ぬ覚悟はできている。だが、敵と戦って生かされる覚悟等は無い。強力な戦艦や巡洋艦が、たった1隻の高速艇に手も足も出ず、戦う力のみを奪われた状態で生かされたら、敵はどう思う?」
「それは・・・」
津々井の問いに、砲雷長は口籠もった。
「そうだ。二度と戦艦だの、空母だのの艦長だと名乗る事もできない程の、屈辱的敗北を経験するだけで無く、それを率いる司令官の面子は丸潰れだ。良ければ降格の上に事務屋に左遷、悪ければ屈辱的敗退の責任を問われて、軍法会議が待っている」
津々井の言葉に、CICにいる海曹たちは、自分たちの命が危険にさらされるという恐怖感以上に、これ以上無いほどの屈辱的な敗北感に苛まれる、アメリカ海軍の上級指揮官に、同情した。
自分たちの指揮官である彼は、必ず成功させる。
それも成功か、本人が予想する以上の成功しか無い。
[うみたか]艇長の、操艦能力及び指揮能力はそれだけの物だ。
津々井は学生時代、学校の不良たちに恐怖される存在であった。
不良が誰かをいじめていると、その不良たちが二度と学校に登校する事はおろか、外に顔を出す事もできないような屈辱を味あわせる。
そのため、彼の在学中は、その学校ではいじめそのものが存在しなかった。
彼の戦い方は、敵を倒すではあるが、普通に倒すでは無く、二度と戦闘艦の指揮官になる等を言えなくなるような、屈辱的敗北を与える。
ただし、そのやりようは傍から見ても、えげつないの一言である。
「・・・だから、嫁さんと子供に逃げられたのか・・・」
誰かが、小さな声でつぶやいた。
[うみたか]のCICでは、[ききょう]から送信された、精密な味方部隊の展開状況がスクリーンに投影され、各部隊の攻撃準備等も[ききょう]経由で詳細に把握できる。
「艇長。新井司令より、本艇が行う作戦行動を、許可するそうです」
[うみたか]船務長が、報告する。
「司令に連絡。承認に感謝する」
津々井がそう言うと、対水上レーダーを投影しているスクリーンに目を向けて叫んだ。
「戦闘AIシステム起動!!」
戦闘AIとは、試作型AI(人工知能)を戦闘用に発展させたシステムである。
技術的問題から未完成な部分も多いが、それでもイージス護衛艦が装備する全自動迎撃システムよりも優れている。
それは戦闘AIそのものが、乗艇する人間に合わせて攻撃を行ってくれるからだ。
例えば、攻撃する船舶で対象船の船員に危害を与えず、対象船を無力化にせよ、という指示を入力すればその指示に従って最適な武器を使用し、精密な射撃でそれを90パーセント以上の確率で成功させる。
しかし、戦闘AIは未知数な部分も多く、このシステムが搭載されているのは、海上自衛隊の警備艦艇(この区分は護衛艦、潜水艦、ミサイル艇等の戦闘艦艇の総称)では、[はやぶさ]型ミサイル艇を除くと、破軍集団海上自衛隊艦隊総隊第1統合任務隊群のイージス護衛艦[きさらぎ]と、防衛局長官直轄部隊の護衛艦だけである。
戦闘AIシステムに戦闘行動を委託するとは言え、乗艇叉は乗艦する乗員が何もしないわけでは無い。
すべての戦闘システム、航海システムが正常に作動しているか、システムに不具合が無いか、それらを1つ1つチェックしなければならない。
その確認データは莫大であり、1人の幹部や海曹は平均すると、毎分3つから5つのデータを数10秒以内にチェックしなければならない。
「まず、空母2隻は傷つけるな。護衛空母には艦隊防空の戦闘機がいるから、艦載機の発艦前に、一番に護衛空母を沈めろ。戦艦は、主砲と副砲のみを単装速射砲の砲撃で破壊するよう入力せよ」
津々井の命令で、砲術員たちが詳細なデータを入力する。
「データ入力完了!全データに不備はありません!」
砲雷長が、叫ぶ。
「入力されたデータを、全システムに転送確認!全システムに異常は確認できません!」
船務長が、報告する。
「戦闘AIシステム起動!!」
2人の報告を聞いて、津々井が戦闘AIシステムを搭載するために、改修された新生[はやぶさ]型ミサイル艇の初となる実戦で、戦闘AIシステムを作動させた。
『戦闘AIシステム起動しました。これより、入力された指示に従い、対象艦への攻撃を行います』
戦闘AI起動を知らせる、機械音声が聞こえた。
「SSM発射準備中!目標、護衛空母[ロング・アイランド]。発射弾数2発」
CICの射撃管制員が、戦闘AIモード下の詳細なデータが、次々表示される中で報告する。
「SSM発射します!!」
砲術士の報告と同時に[うみたか]の艇体が揺れ、SSM-1Bが発射筒から発射される轟音が響く。
[うみたか]から2発のSSMが飛翔すると、レーダー・スクリーン上では、その光点が表示され、高速で目標艦に向かっている。
同時に戦闘AIが、事前に入力された指示の下で、指示を100パーセント達成するために[うみたか]の針路を変更した。
速力44ノットという高速航行であるから、乗員の反動は大きい。
戦艦[ワシントン]の艦橋で、副長のレイフ・グリーン中佐は対空、対水上警戒のために警戒している見張員の報告に耳をすましていた。
ここは、敵の勢力内の奥の奥である。
「艦長!副長!レーダーに、微弱な反応です!」
レーダー員が、叫んだ。
戦艦[ワシントン]に、増設された対空レーダーの1つに、低空飛行の目標を探知する対空索敵レーダーが搭載された。
この対空レーダーは艦体上部構造物の側面に搭載され、短距離限定ではあるが、海面スレスレを飛行する新型のロケット弾や、ジェット戦闘機をどうにか探知できるレベルの対空レーダーと知らされている。
「かなり小さいですが、明らかに艦隊を狙ったロケット弾攻撃です!」
レーダー員の報告に、戦艦[ワシントン]の艦長が叫ぶ。
「通信士官![サラトガ]に緊急連絡!!ゴースト・フリートのロケット弾攻撃を探知!機関全速!!ジグザク航行!!」
艦長は旗艦に報告しながら、意味があるのか、ないのか、わからない回避行動を命令した。
他の艦も、同じくジグザク航行に入る。
レイフは艦橋からウィングに出て、ロケット弾が向かってくる方角に目をこらした。
「あれか!?」
2発のロケット弾が、高速で海面スレスレを飛行していた。
それはイギリス空軍が鹵獲した、ドイツ第3帝国国防軍空軍のジェット戦闘機の最高速度をはるかに超える速度だ。
艦隊護衛の駆逐艦が対空射撃を行うが、突然、2発のロケット弾が急上昇した。
「これは、上から突っ込むロケットだ!!」
艦橋にいる士官が叫んだ。
アメリカ海軍では、これまでの情報から対艦攻撃用のロケットは2種類あると判断している。
1つは艦隊の手前で急上昇し、目標艦に突っ込むタイプと、空母[ヨークタウン]を爆沈させた突っ込むタイプであると・・・
「という事は、こいつの威力はそんなに高くない奴か・・・?」
レイフがつぶやくと、そのロケットは急降下し、護衛空母[ロング・アイランド]の飛行甲板を貫通した。
その後、飛行甲板が吹き飛び、巨大な火柱を上げた。
[ロング・アイランド]の甲板には、艦隊防空のために戦闘機が並べられていたが、格納庫には、度重なる出撃のために大量の航空燃料が置かれていた。
恐らく、それに引火したのだろう。
「[ロング・アイランド]被弾!!」
「被害状況は?」
しかし、彼らの攻撃はこれで終わりでは無い。
「艦長!副長!左舷より、高速接近中の戦闘艇らしき艦影!」
見張員が報告する。
「何ぃ!!?」
艦長が叫ぶ。
「水上レーダー員は、何をしていた!?」
「レーダーには、何も映っていません!」
「じゃあ、接近中の戦闘艇は何だ!!?」
彼ら、アメリカ海軍の将兵たちが目にしているのは、[はやぶさ]型ミサイル艇である。
[はやぶさ]型ミサイル艇は、設計段階からステルス性を重視していたため、ステルス性能は高く、さらにいくつかの性能向上のために改修が行われている。
その中には、ステルス性向上もあった。
そのため、現代艦の高性能水上レーダーでも、高性能赤外線暗視カメラでも、発見するのは難しい。
そんなステルス性能だから、この時代の水上レーダーが探知できる訳が無い。
「何という速さだ・・・」
レイフが、その戦闘艇の高速航行を見て驚愕する。
あれ程の速さでは、戦艦[ワシントン]の主砲はおろか、副砲でも捕捉できない。
それどころか、駆逐艦の主砲でも困難だろう。
「しかし、あれだけの速さで、こちらを攻撃できるのか?」
レイフは1つの疑問が浮かび、そこが攻撃のチャンスでは無いかと思った。
[うみたか]は、戦闘AIの指揮下で高速航行状態のまま、敵艦隊に勝負を挑む。
「対空レーダーに、機影は無いか?」
津々井が、対空レーダー員に問う。
「本艇の対空レーダー及び周辺に艦、陸上部隊から接近中の対空目標なし!」
「それなら、問題無く戦えるな」
レーダー員の報告に、津々井はうなずいた。
戦闘AIには、現代の技術では解決できない最大の問題がある。
それは対空戦闘、対水上戦闘の2つのみしか対応できず、さらに、この2つのどちらか1つしか選択できないのだ。
対水上戦闘を選択し、水上戦を行っている最中に敵航空機が出現した場合は、他の僚艦叉は僚艇に守ってもらうしか無い。
戦闘AI発動状態で、対水上戦闘から対空戦闘に切り替える事はできず、すぐにそれを停止する事もできない。
停止方法は通常停止、緊急停止、強制停止の3つがあり、通常停止を行えば安全に停止できるが、停止までに15分かかる。
緊急停止はすぐに停止をしなくてはならない場合に行う処置であり、これは5分で停止が可能で通常停止程では無いが、安全に停止できる。
強制停止は、戦闘AIが暴走叉はその兆しが発生した時に行う緊急処置であり、これを行うと戦闘AIは、完全にシステムそのものが故障するだけで無く、他のシステムにもダメージを与える。
「主砲精密射撃モード起動![ノースカロライナ]級戦艦の前部甲板に搭載されている40センチ砲1番砲塔、2番砲塔にロックオンしました!」
砲術士が報告する。
[うみたか]の艦首に搭載されている76ミリ単装速射砲が旋回し、76ミリ主砲が連続で咆吼を上げる。
発射された砲弾は、防弾板で固められた特殊作戦用に開発された偽装特殊工作船の防弾装甲を貫通する事もできる射程延長型徹甲弾を、さらに改良した砲弾である。
40センチ砲塔の装甲板も貫通し、正確に内部を破壊する事ができる。
発射された砲弾は1門につき3発であり、前部甲板には2門あるため6発が発射される。
そのまま航走し、後部甲板に搭載されている40センチ砲塔にも、3発の砲弾が撃ち込まれる。
発射された強化型射程延長型徹甲弾は3門の3連装40センチ砲塔に直撃し、炸裂した。
一瞬にして3門の砲塔は、爆発炎上した。
[ノースカロライナ]級戦艦の副砲が旋回し、[うみたか]を捕捉しようとするが、速力44ノットでは、旋回速度は追いつけない。
しかし、アメリカ艦隊は、やられるだけでは無い。
攻撃ができないのなら駆逐艦の足を利用して進路妨害を行い、速度が低下した所に小口径の砲弾による集中砲撃で対処する事にした。
それに、主砲が潰されても[ワシントン]の機関銃座は生きている。
これだけの高速航行をされれば、当てるのは、余程の幸運が無ければ無理だが、足を鈍らせればその攻撃も可能。
普通に考えればこれは間違った戦法では無い。
だが、それは人間が操艦していればの話だ。
AIは人間の知能に匹敵し、さらにすべてのデータを一瞬で把握できるため、人間の力ではどうにもならないだろう。
駆逐艦が進路妨害を行うが、事前に予想針路を把握していた[うみたか]の戦闘AIはすぐに回避行動を行いながら、駆逐艦群に艦砲を撃ち込んだ。
敵戦闘艇は、戦艦[ワシントン]の、前部と後部の3連装40センチ砲3門に、信じられない速度で正確に小口径の砲弾を撃ち込んだ。
口径は3インチクラスの艦砲だが、恐ろしく威力が高い。
「消火班は火災の消火を急げ!予備消火班も全主砲塔の消火に迎え!」
レイフが艦内電話で叫びながら、消火活動の指揮を行う。
「なんたるザマだ!あんな小型艇に水上戦の主役である戦艦がこのような醜態をさらす等、あってはならない事だ!」
若い海軍大尉が、下士官や兵たちに怒鳴る。
「駆逐艦部隊の状況は?」
艦長が通信士官に問う。
「高速戦闘艇は恐ろしく速く、人知を超えた操艇でとても対処できません!」
「く・・・」
艦長が奥歯を噛みしめた。
空母[サラトガ]の艦橋は、騒然だった。
たった1隻の戦闘艇に戦艦[ワシントン]はもちろんの事、重巡、軽巡、駆逐艦群が翻弄されている。
[ワシントン]に至っては、主砲と副砲をすべて破壊された。
世界の海軍史上でも、このような事態は一度も無い。
「・・・・・・」
ミッチャーはそのような惨状を怒鳴る事も無く、ただ、疑問に思っていた。
(小型の戦闘艇1隻で、艦隊を壊滅出来るなど、普通は考えもしないはず・・・何が狙いだ?)
それは名将の勘だったが・・・遅かった。
「まさか・・・あれは囮か!?」
南シナ海で、イギリス海軍の東洋艦隊の戦艦[プリンス・オブ・ウェールズ]は、1隻の巡洋艦に1発の砲弾も当てることができず、魚雷攻撃(正確には、最浅深度での自爆による衝撃波)で、スクリューを破壊され、潜水艦による3方向からの雷撃で撃沈された。
それを思い出した。
ミッチャーが叫んだ時、見張員が叫んだ。
「提督!ゴースト・フリートの戦闘機です!」
見張員の報告に、ミッチャーはウィングに飛び出した。
それはジェット戦闘機であり、灰色の塗装に角張った機体だった。
ミッチャーの視界に入ったジェット戦闘機は、破軍集団航空自衛隊航空総隊に所属する入間航空基地から離陸したF-35J[ライトニングⅡ]であった。
その数は2機だけ・・・しかし。
「対空レーダーは、何も発見できなかったのか!?」
ミッチャーが、ウィングから怒鳴った。
「レーダーには、何も映っていません!」
「馬鹿な事を言うな!ここまではっきり見えているのだぞ!?」
レーダーに映らない戦闘機、艦艇・・・本当にゴースト・フリートは神の代理人なのか・・・そんな与太話がミッチャーの頭に過ぎる。
「提督!日本海軍より、電文です!!」
「なんだと!?」
通信士官の報告に、ミッチャーの副官が叫んだ。
「読んでみろ」
ミッチャーは、冷静に促した。
「空母[サラトガ]及び[ワスプ]を基幹とする空母機動部隊に告ぐ。貴艦隊の攻撃隊は全機撃墜した。現在、脱出したパイロットは捕虜として、保護している最中である。貴艦隊は完全な包囲下にある。もはや、退路は無い。10分以内に我々が要求する条件を飲めば、貴艦隊は無事にアメリカ本土に帰投できる。しかし、拒否叉は10分後に返答無き場合は、全航空機及び全艦艇による総攻撃で貴艦隊を撃滅する。以上です」
「・・・・・・」
ミッチャーは、言葉を失った。
そして、更に追加で送られてきた電文が、ミッチャーに衝撃を与えた。
「私は、アメリカ合衆国海軍元アジア艦隊司令官トーマス・チャールズ・ハート。これ以上の戦闘は、悪戯に犠牲を増やすだけであり、アメリカ国民である海軍将兵の命を無駄に散らすだけである。艦隊司令官の賢明なる判断を希望する」
アメリカ軍の暗号が使用された電文に目を通し、ミッチャーは呆然となった。
矛と盾 第13章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。




