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矛と盾 第11章 坊の岬沖海戦 戦艦[武蔵]対戦艦[ライオン]

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 戦艦[武蔵]を基幹とする第1遊撃部隊は、対馬海峡を通過後、そのまま九州南方海域に進出した。


 前衛で対空、対水上、対潜警戒兼レーダーピケット艦としてイージス護衛艦[みょうこう]が配置についている。


 ウラジオストクへの突入の際に、アメリカ軍機に体当たりされ、損傷した艦首はそのままである。


「艦長」


 艦橋横のウィングで、暗い海上を眺めていた[みょうこう]艦長の箕田(みのだ)宗司(そうじ)1等海佐に、海士が持ってきたコーヒーカップを受け取った航海長の(しな)(もり)祥生(よしお)1等海尉が、ウィングに出て来ながら声をかける。


 品森は、手に持ったコーヒーカップの1つを箕田に渡す。


「よりによって、坊の岬沖でイギリス海軍の戦艦部隊と戦艦[武蔵]が、海戦する事になるとはな・・・ある意味では我々の知る史実への皮肉、と言うべきか」


 箕田はコーヒーをすすりながら、つぶやいた。


「ですが、今回は戦艦[大和]では無く、[武蔵]です。しかし、縁起の悪い海上で[大和]型戦艦が海戦するのは確かに皮肉としか言えません」


 品森が海上を眺めながら、つぶやく。


 坊の岬沖。


 史実では1945年4月7日、戦艦[大和]を旗艦とする第2艦隊は、聯合艦隊最後の作戦として、沖縄方面に出撃した。


 沖縄に上陸した連合軍上陸輸送船団と、占領された航空基地を艦砲射撃で撃滅叉は無力化するために。


 しかし、坊の岬沖でアメリカ海軍の主力空母から発艦した大攻撃隊が、第2艦隊に航空攻撃を行った。


 坊の岬沖海戦である。


(戦艦[武蔵]と[キング・ジョージ5世]級戦艦の発展型戦艦、史実では建造が中止された[ライオン]級戦艦・・・この2隻の最新鋭戦艦が、この海域で砲撃戦を行う。どんな結果であれ、結末ははっきりしている)


 戦艦[武蔵]が沈むか、[ライオン]級戦艦が沈むかの違いである。


「艦長。CICに、お越しください」


 CICから、伝えられた。


「航海長。ここを頼む」


 箕田はコーヒーを飲み干すと、海士に渡し、CICに移動する。


 CICでは、[ライオン]級戦艦を基幹とした戦艦部隊の位置と、第1遊撃部隊の位置が海図に記されて、会敵予想時刻等が割り出されていた。


「副長。どうですか?」


 CICに入ると、箕田は自分がいない間、ここで指揮をとっていた副長兼船務長の植松(うえまつ)武満(たけみつ)2等海佐に聞いた。


「艦長。偵察機からの報告では、[ライオン]級戦艦1隻、重巡洋艦1隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦5隻の戦艦部隊は第1遊撃部隊を目指しています」


 箕田が植松からの報告を聞きながら、CICのスクリーンの1つに映し出されている、[ライオン]級戦艦の諸元データを眺めていた。


 もちろん、このデータは、戦艦[武蔵]にも送信されている。


 戦艦[大和]と異なり、戦艦[武蔵]はこのように菊水総隊や新世界連合軍等の未来軍と情報が共有できる設備が設置されている(ちなみに[大和]ではそのシステムの追加設置は強引に設置しているため、不具合が目立つ)。


「[ライオン]級戦艦は、3連装40センチ主砲を3門搭載している。46センチ砲を装備する[大和]型には及ばないが、その性能は侮れない」


「艦長、副長。戦艦[武蔵]より、テレビ通信です!」


[みょうこう]の、通信士が報告する。


「モニターに出せ」


 箕田がうなずくと、CICのテレビ通信用モニターに、戦艦[武蔵]の通信室が映し出された。


 モニター画面に、第1遊撃部隊司令官の栗山(くりやま)有元(ありもと)少将の顔が映し出された。


[大和]型戦艦以降に就役した、戦艦や空母を含む通信設備の増設に余裕がある戦闘艦には、現代の艦船並のテレビ通信システムは設置できないが、近距離レベルならテレビ通信による交信が可能な通信設備が設置されている。


「箕田大佐。貴艦等の支援はここまでいい。後は戦艦[武蔵]以下大日本帝国海軍の艦艇のみで戦う。神風艦[みょうこう]と[ハリー・ネイサン]、フリゲート[クレセント]はただちに戦闘海域から離脱せよ」


 神風艦とは、大日本帝国海軍が名付けたイージス艦の別名である。


「わかりました。栗山閣下」


 箕田は彼の申し出を受け入れた。





 坊の岬沖の海中に、身を潜めた海の狼。


 その形状は、大日本帝国海軍の[黒潮]型攻撃型潜水艦に酷似していた。


 それもそのはず、大日本帝国が外貨を稼ぐために、中立国に売却した輸出型潜水艦である。


 それを密かに手に入れたのは、ドイツ第3帝国であった。


 輸出型であるため、本来の[黒潮]型に比べれば、性能はかなり落としているのだが・・・


「しかし、大日本帝国の潜水艦建造技術が、ここまで向上しているとは・・・」


 潜望鏡深度まで浮上し、発令所で潜望鏡を覗きながら、実験型UボートXX0型[ゲシュペンスト]艦長ヤン・フェリックス・フリングス大尉はつぶやいた。


「イ号潜水艦のスクリュー音は酷いと、技術将校が言っていたそうですが・・・水中速力10ノットで、この静音性とは・・・確かに驚きです」


「・・・対アメリカ戦を睨んで、遠洋航海型潜水艦の開発が急務だったとはいえ、思わぬ拾いものをしたものだ」


 副長格の先任将校である中尉の言葉に、フリングスはうなずいて、答える。


「・・・不味い空気と、女がいない事を除けば、まずまず快適な方だろうな」


 妙にラテン訛りのあるドイツ語のぼやきに、フリングスは眉をしかめて、声の主に振り返る。


 発令所の中で、浮きに浮きまくっているイタリア海軍の制服を着た、将官がいた。


「空気はともかく、戦闘艦に女がいては、艦の風紀が保てません」


「古い、古い。大日本帝国海軍では、婦人士官や婦人水兵が、普通に水上艦に乗艦しているそうだ。ヨーロッパが東洋の国に出遅れてはいかんだろう」


「・・・・・・」


 とにかく、トコトン軽い口調の中将の階級章を付けた男に、フリングスはため息をついた。


「バリーニ中将閣下・・・古い、新しいは関係ないと思いますが・・・」


 同盟国とはいえ、どんなコネを使ったのか、涼しい顔でちゃっかりと便乗している、この男。


 元イギリス領で現在はスペインが奪還した、ジブラルタルに駐留しているイタリア艦隊の司令官ダリオ・バリーニ中将である。


 すでに、地中海全域の制海権を手中にしているイタリア海軍は、外洋に進出する事を睨んで、空母運用のノウハウを習得する事に力を入れ始めている。


 噂では、バリーニは航空主戦論を唱えているそうだ。


 実際イタリア王国は、1940年11月11日深夜から12日未明にかけて、イギリス海軍の空母から発艦した艦載機群によって、ターラント軍港を空襲されているし、翌1941年12月8日には、大日本帝国海軍の航空艦隊が、ハワイ真珠湾を攻撃している。


 ここまでの結果を見せられては、考え方を変えるのは当然だろう。


 しかも、この女たらし提督自身が、つい1ヶ月半程前に、奇天烈な奇策の前座として、空母を使いこなしている。


 ただし、あれを戦術と言って良いのか悪いのか、ドイツ、イタリア両海軍の上層部は頭を悩めているらしい。


 そのため、戦艦[デューク・オブ・ヨーク]を転覆(撃沈ではない)させたにも関わらず、昇進は見送られている。


 本人はそれを、どうでも良いと思っているらしい。


 それよりも、イタリア海軍が航空艦隊を創設する事を決定した事を喜んでいるらしい。


 しかし、イタリア海軍はアメリカ、イギリス、大日本帝国に空母運用では、大きく遅れをとっている。


 そこで、空母運用では、先に進んでいる大日本帝国から、先端の運用術を学ぶために、もう一度彼を送る事にしたのだが(どちらかというと、本人が自ら手を挙げたらしい)・・・


 この男、女癖が悪すぎて、2年程前に駐在武官として、大日本帝国に赴任していたのだが、女がらみの問題を起こし、半ば強制送還のような形で、イタリアに送り返されたそうだ。


 何があったかは知らないが・・・と言うより、知りたくも無い。


「しかし、貴官らは艦隊の運用術の研究のため、俺たちは空母の運用術の研究のため、地球の反対側までわざわざ出向いて来たかいがあったというべきだな。リアルタイムで戦闘の様子を覗き見できたのだ。こんな大小様々な海戦のオンパレード。特等席でじっくりと観戦できないのが残念だ。もちろん、飛びっ切りの美女を侍らせられれば最高だが」


 最後の一言を省けば、概ねフリングスもバリーニの意見には同意する。


 これまで、かなりの情報を収集できた。


 ただ・・・


(総統閣下の腹心の先見の明には、いつも驚かされる。予知能力があると言われるのも、わかる)


 自分たちに、この任務を指示した女性副首相の事を思い出しながら、フリングスは心中でつぶやいた。


「ほう・・・あれが、イギリスの最新鋭戦艦か・・・中々の美人だな・・・」


 フリングスに代わって貰って、潜望鏡を覗いているバリーニが楽しそうにつぶやいている。


「閣下は、空母艦隊の司令官を目指しているのではないのですか?」


「まあな、だが今の地位も悪くないのでな。そこが悩ましい所なのだが・・・[ヴィットリオ・ベネット]は、良い女だぞ。素直で少々我の強い所は、俺の好みなのでな。空母は飛行甲板のせいで扁平だからな、やはり女は出るところは出て、引っ込む所は引っ込んでいないとな・・・」


 そもそも、戦闘艦をいちいち女性のように語る必要性は、ないように思えるのだが・・・


 結局は、女性の話に戻ってしまう陽気なラテン系の男に、質実剛健を旨とするドイツ人はついて行けない。


(その西洋美人と東洋美人が、殴り合いの大喧嘩をしようというのに・・・普通、そんな姿を目にしたら、100年の恋も覚めるだろうに・・・)


 フリングスは心中でつぶやいた。





「ゴースト・フリートらしき艦影は確認できないな。水上レーダーはどうだ?」


「サー、レーダーでも確認できません」


 レーダー員の報告に、双眼鏡を降ろしてはるか水平線上を見やる。


「・・・ゴースト・フリートを後方に下げて、自分たちで雌雄を決するつもりか・・・」


「司令官閣下、それは些か楽観的ではないかと・・・ゴースト・フリートのロケット弾は、思わぬ所から飛んできます。油断ができません」


「そうかな?」


 艦長の懸念に、特務艦隊司令官ヘンリー・レイトン・アルフォード少将は、軽い疑問をぶつけた。


「もしも、ロケット弾で攻撃するつもりなら、我々はとっくに彼らの射程内にいる事になりはしないか?」


「それは・・・確かに・・・」


 すでに、巡洋戦艦[アンソン]の撃沈の報は入っている。


 ゴースト・フリートの対艦ロケット弾なら、いかに戦艦[ライオン]と言えども、まともに攻撃を受ければ、反撃する暇も与えられないだろう。


「彼らは、我々に手袋を投げた。ならば、我々は受けて立つまでだ!我々の騎士道精神を、彼らに見せてやろうではないか!総員戦闘用意!!」


 日の出とともに、水平線上まで目視でも、はっきりと見通せる。


 レーダーに頼らなくても、敵艦隊の艦影はくっきりと見えている。


 嵐の前の静けさと言うべきなのか?


 艦隊戦を前に、静かに距離を詰める両艦隊の間には、奇妙な静寂が漂っていた。





「敵影見ゆ!!」


 見張員の報告がなくとも、水上電探でも、目視でも十分に確認できる。


「・・・日本海海戦の時の、東郷閣下は今の私と同じ気持ちだったのだろうか・・・?」


[武蔵]の第1艦橋で、敵戦艦部隊の艦影を見ながら、栗山はつぶやいた。


「艦隊通信」


 未来からの技術提供で、短距離限定であるのだが、艦隊内で通信を行う事が可能である。


「各員、そのままで聞け。かつて日露戦争の日本海海戦の折り、露西亜帝国のバルチック艦隊は、海路一万五千余里の波濤を越えて、勝敗を決せんと来寇した。そして、三十七年の時を経て、かつては同盟国であった大英帝国の艦隊もまた、露西亜艦隊と同じく万苦を忍んで波濤を越えた。その心意気たるや、賞賛に値する。賞賛できる敵に対し、我らは尊敬をもってこれを迎え撃つ。皇国の興廃この一戦にあり!各員の奮闘と努力を期待する!!以上だ!!」


 一呼吸を置いて、栗山は声を張り上げる。


「対水上戦闘用意!!」


「対水上戦闘用意!!」


[武蔵]艦長の有馬(ありま)(かおる)大佐が復唱する。


「敵艦隊との距離、5万2000!!」


「一番砲塔、二番砲塔、三番砲塔に、九一式徹甲弾を装填!!」


 最大射程4万2000メートルの砲弾が、装填される。


 建造時に最初から、レーダー照射による自動照準システムを搭載している[紀伊]型戦艦と異なり、[大和]型戦艦は新型システムが後付けのため、長射程の砲撃には観測機によるデータ収集がどうしても必要である。


 しかし、現在[武蔵]の観測機には、潜水艦の伏撃を警戒するための、対潜哨戒と万が一の航空攻撃を警戒するための、対空警戒のために発艦させている。


 だが、栗山にしても有馬にしても、敵艦隊はそういった小細工をしないという確信のようなものを感じていた。


「距離4万8000!」


 自動照準から半自動の手動照準に切り替えているため、見張員からの報告に、主砲の角度を微調整している砲術士たちの、緊張感は並ではなかった。


「距離4万2000!!」


「一番砲塔、撃ち方始め!!」


 号令と共に、一番砲塔が咆吼を挙げる。


「敵艦の、砲煙を確認!!」


 見張員の叫び声が響く。


 数十秒後、[武蔵]の手前1000メートルの海面に水柱が上がる。


「二番、三番砲塔、続けて撃て!!」


[武蔵]の砲塔が、続けざまに吼える。


「敵戦艦の艦首部分に着弾を確認!されど損傷は軽微!!」


「・・・・・」


 栗山はその報告に、妙な違和感を感じた。


 自衛隊からの戦艦[ライオン]の情報とは少し違う。


 装甲の強度はともかく、主砲の命中精度、砲撃距離は[武蔵]とほぼ同等と見ていたのだが、予測より劣る気がするのだ。


 もっとも、彼らの歴史では[ライオン]級戦艦は建造されず、[紀伊]型戦艦[モンタナ]級戦艦と共に幻の戦艦と言われているそうだから、実際の性能などについては、わからないのが現実だろう。


「・・・歴史の狭間に消えた、不幸な戦艦・・・」


 ふと脳裏に過ぎった言葉を、栗山はつぶやいた。


「艦長」


 栗山は、艦内電話を取り、第二艦橋で戦闘指揮を執っている有馬に繋いだ。


「司令官である私が、艦の指揮に口出しするのは、本来間違っているが、第一砲塔、第二砲塔は、[ライオン]級戦艦の前方に火力を集中し、足を止めよ。第三砲塔は戦艦後部に火力を集中。できるか?」


「やってみます」


 有馬の了解の声に、栗山は受話器を置き、戦況の把握に努めた。


 すでに、双方の距離は縮まり、巡洋艦、駆逐艦同士の砲撃戦や雷撃戦が繰り広げられている。


[武蔵]も、右に左にと転舵をし、激しい水柱の中を、執拗に砲撃を繰り返す。



 


「・・・見抜かれたか・・・」


 アルフォードは、つぶやいた。


[武蔵]の、意図的な火力の集中は、こちらの弱点を見抜いての事だろう。


 大日本帝国の海軍力の増強に、[大和]型戦艦に対抗するために建造された、[ライオン]だが、ヒトラー率いるナチス・ドイツ(ドイツ第3帝国)の台頭による、ヨーロッパ、北アフリカでの戦線の拡大、イタリア王国海軍の増強等、様々な要因で、建造段階で発生した不具合を応急処置で凌いで、無理やり就役する羽目になった。


 それに、ヨーロッパの戦況の悪化から、まともに試験航海をする事もできず、戦線に投入される事になった。


 王室関係者の避難のために、護衛についたものの、航海中にも支障は出なかったとはいえ、機関トラブルも相次いだ。


 時代に置いて行かれた不幸な戦艦。


 こちらも砲撃を繰り返しているものの、防御力攻撃力ともに、いま一歩及んでいない。


 それに、艦隊の練度の差は歴然だった。


 日本艦隊の連携は、被弾した艦のカバーに別の艦が出てくるなど、盤上遊戯の駒のように、精密だった。


 激しい衝撃が襲ってくる。


「艦体後部に、雷撃!!機関室に浸水!!」


「艦長!操舵不能!!舵が利きません!!」


「第1砲塔被弾!!」


 次々と被害報告が上がってくる。


 そして・・・


 艦橋の見張員が悲鳴を上げた。


「前方に駆逐艦!!本艦の針路を封鎖しています!!」


 大破炎上中の駆逐艦が目前に迫っていた。


「左舵一杯!!回避行動!!」


 艦長が怒鳴る。


「無理です!!」


「総員、衝撃に備え!!!」


[ライオン]は、漂流状態の僚艦に乗り上げる形で衝突した。


 駆逐艦が真っ二つに裂ける。





「今だ!全砲門、一斉斉射!!」


 その一瞬を見逃さなかった有馬が、怒鳴る。


[武蔵]の全主砲が、火を噴いた。





 止めの一撃だった。





 装甲を貫いて、内部に侵入した砲弾は、[ライオン]の艦体を中央部から引き裂いた。


[ライオン]の艦体が大きく左に傾き、沈んでいく。


 火薬庫に引火したのか、巨大な火柱が上がり、二つに裂けた[ライオン]は、もう1つの歴史で戦艦[大和]が沈んだ海に、その姿を消した。

 矛と盾 第11章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

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