矛と盾 第6章 悪夢再び 魔の10分間
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
第4艦隊が、大魚島への夜襲に成功した日の翌朝。
第3航空艦隊は、南東諸島への航空攻撃圏内まで近づいていた。
[龍驤]の航海艦橋で、司令長官席で第3航空艦隊司令長官兼第3航空戦隊司令官の松弦巴中将は、朝日が海上を照らす光景を眺めながら、航空攻撃のタイミングを計っていた。
「長官。大魚島に接近しすぎています。これ以上の接近は、大魚島に進出した英蘭印連合軍陸上機に攻撃される危険性が高まります」
参謀長の大佐が、具申する。
「いや、まだだ」
松弦は、参謀長の具申を却下した。
第3航空艦隊で編成された、第1次攻撃隊と第2次攻撃隊は、200時間程度の飛行時間しか無い半人前にもほど遠い艦上機の搭乗員たちが全搭乗員の4割を占める。
中には、発艦や着艦もうまくできない搭乗員が1割もいる。
これでは、たとえ3隻の空母から飛び立っても、目的地にたどり着けるかどうかも心配だ。
史実にある太平洋戦争後期(レイテ沖海戦)のように、空母着艦する事もできない搭乗員や、まともに航空機を飛ばす事もできない搭乗員が占めている状況に近い。
そのため、なんとか出撃した搭乗員たちが、疲労した状態でも着艦できるように、あえて危険を犯してまで、島に接近していた。
第1次攻撃隊は、陸上攻撃用の陸用爆弾を搭載した爆撃機と護衛戦闘機のみである。
「長官。この辺りでそろそろいいかと思います」
航空参謀の中佐が具申する。
「うむ。第1次攻撃隊発艦せよ」
松弦の命令で、飛行長が甲板上で発艦の準備を整えていた第1次攻撃隊の搭乗員たちは、発動機が始動した零戦や九九式艦上爆撃機に乗込む。
次々と第1次攻撃隊の艦載機群が、3隻の空母から発艦する。
発艦する機の中には、肝を冷やす場面が何度もあったが、無事に全機発艦した。
「冷や汗ものでしたな・・・」
参謀長が、冷たい汗を拭いながらつぶやいた。
「参謀長。敵の空母の存在は?」
「はっ!発艦させた6機の偵察機からは何の報告もありません。恐らく、菊水総隊や新世界連合軍の存在に、敵将たちも空母機動部隊を守りやすいように配置しているのでしょう」
参謀長の報告に、松弦は穏やかな海上を眺めた。
松弦は、第3航空艦隊が新設されるまで、海軍予備役少将だった。
空母が3隻運用になってから、中将に昇進した。
ちなみに年齢は、60を超えている。
老将の心中に、何か胸騒ぎがしているのである。
「長官!第4高速輸送戦隊より、緊急入電!」
「読め!」
通信兵が報告した。
「はっ!第4高速輸送戦隊のために周辺海域を偵察していた偵察機が第4高速輸送戦隊に接近する小艦隊の戦艦部隊を発見!規模は巡洋戦艦1隻、重巡洋艦1隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦4隻!」
通信兵の報告に、第3航空艦隊の参謀たちは、顔を見合わせた。
「長官。ただちに第2次攻撃隊を、戦艦部隊に向けさせましょう」
参謀長が具申する。
「待ってください。この状況下で戦艦部隊が出現するという事は、必ず空母艦隊がいます。第2次攻撃隊の出撃は控えた方がよろしいかと」
航空参謀が、待ったをかける。
「作戦行動中の第4潜水戦隊より、英蘭印連合軍主力艦隊の暗号通信を傍受しました!」
また、別の通信兵が、航海艦橋に飛び込んできた。
「暗号解読は?」
通信参謀が問うと、通信兵は解読した暗号文を読み上げる。
「ゴースト・フリートの空母艦隊が南南東から北上しつつあり、英蘭印連合軍主力艦隊の全機動部隊は搭載する全艦載機をもって、これを攻撃せよ。以上です」
この報告に、第3航空艦隊の幕僚たちは、自分たちの作戦行動範囲にイギリス海軍の空母がいない事を確信した。
実際、南南東から北上しつつある新世界連合軍連合海軍と朱蒙軍海軍の艦隊が、菊水総隊海上自衛隊第2護衛隊群から派遣された、第6護衛隊イージス護衛艦[きりしま]と第2護衛隊汎用護衛艦[あまぎり]の2隻と、第5護衛隊群ヘリ搭載護衛艦[ひゅうが]等の護衛艦の護衛とエスコートを受けながら南東諸島に接近中なのは知っていた。
[ひゅうが]の対潜哨戒回転翼機であるSH-60Kが、統合艦隊に接近中の潜水艦を撃沈した知らせが軍令部経由で報告されている。
彼らの存在が、英蘭印連合軍主力艦隊に知られていても、不思議では無い。
そうなれば、敵主力艦隊が彼らに向かっていくというのは、合理的だろう。
「長官。敵空母はいません。第2次攻撃隊を戦艦部隊に向けさせましょう!」
参謀長が、さらに具申する。
松弦は立ち上がり、自身の幕僚たちに振り返った。
「第2次攻撃隊。ただちに戦艦部隊への航空攻撃を開始せよ」
松鶴は決断し、航空攻撃を命じた。
余談ではあるが、現在、大日本帝国海軍聯合艦隊司令部がある第1艦隊旗艦(聯合艦隊旗艦)の戦艦[大和]で、新世界連合軍から派遣されたメリッサ・ケッツアーヘル少尉が言った事を彼らが聞いていれば、他の選択をしたかも知れない。
しかし、この判断は間違っているとは言えないのだが・・・
戦術とは、敵の予測の上を読み、さらに裏をかく。
しかし、それが成功するかどうかは時の運であり、それを呼び込めるか否かは指揮官の一瞬の判断に委ねられる。
空母[龍驤]、[瑞鳳]、[祥鳳]の艦載機格納庫から、魚雷や艦船用爆弾を抱かせた九九式艦上爆撃機と、九七式艦上攻撃機が飛行甲板に上げられていく。
搭乗員たちには、士官クラスの搭乗員から攻撃目標の戦艦部隊の陣形や、艦数等の説明が行われている。
空母[龍驤]の航海艦橋では、第1次攻撃隊が大魚島上空に侵入し、オランダ海兵隊を中核にした連合軍上陸部隊の橋頭堡や物資集積所、設置された対空砲陣地に攻撃を開始する内容が報告された。
「長官。全機発艦準備完了しました」
参謀長が、松弦に伝える。
その時、血相を変えて通信兵が、航海艦橋に転がり込むように飛び込んで来た。
「索敵機4番機から、緊急入電!敵空母発見!」
「何だと!?」
通信兵が、敵空母機動部隊の位置と艦速等について報告をする。
「空母2隻、重巡1、軽巡2、駆逐艦5です!」
その報告に、参謀たちが海図に印をつけて、機動部隊の正確な位置等を把握する。
「長官。第2次攻撃隊を、ただちに敵空母機動部隊に向けさせましょう!」
航空参謀が、具申する。
「いや。そんな事をすれば、第4高速輸送戦隊に向かっている戦艦部隊を見逃す事になる。そうなれば、高速航行能力に重点を置いた護衛の駆逐隊は対空兵装は高いが、対水上戦は申し訳程度だ。戦艦部隊と正面衝突すればどうにもならない!」
参謀長が主張する。
「一号型高速輸送艦は、全速航行25ノットで長距離航行が可能です。それに全速一杯航行時は、30ノットです。護衛の駆逐艦も、35ノットクラスの高速航行が可能です。高速輸送戦隊に向かっている戦艦部隊は、足の遅い巡洋戦艦や重巡洋艦が主力です。全速航行すれば振り切れます」
航空参謀が、空母機動部隊への攻撃を主張する。
「確かにそうだが、第4高速輸送戦隊が針路を変更すればどうなる。大魚島奪還が遅れてしまう。そうなれば、菊水総隊陸海空軍や新世界連合軍陸海空軍等が作戦行動に入ってしまう!」
そう言った後、参謀長が松弦に顔を向けた。
「長官。1個支隊を乗せた高速輸送艦が大魚島奪還に遅れますと、彼らに南東諸島奪還と連合軍主力艦隊を撃破されます。そうなれば我が海軍の面子に関わります」
参謀長の主張に松弦は、目を閉じ悩んだ。
「我々だけで、大魚島奪還を行うのも本作戦行動の任務である。それに、搭乗員の練度を考えればイギリス海軍の空母機動部隊の、艦載機搭乗員たちと互角に戦えるとは思えない・・・」
松弦がそうつぶやくと、第2次攻撃隊の攻撃目標を伝えた。
「第2次攻撃隊は、ただちに発艦せよ!攻撃目標は敵戦艦部隊!!」
松弦の決断に、飛行長が甲板に出ている第2次攻撃隊全機に、発艦命令を出した。
「航空参謀」
松弦は、航空参謀に振り返った。
「第1次攻撃隊は、ただちに作戦を中止し、全機呼び戻せ。第1次攻撃隊の戦闘機は、艦隊の上空警戒に当たらせろ」
松弦は、艦隊の安全措置も行った。
[龍驤]、[瑞鳳]、[祥鳳]の3隻から第2次攻撃隊50機が、第4高速輸送戦隊に向かっている敵戦艦部隊に航空攻撃をかけるために、次々と発艦していった。
松弦は、第2次攻撃隊が発艦する光景を眺めながら、参謀たちの報告を聞いた。
「敵空母機動部隊の艦載機群が、本艦隊に到達するまで、後20分足らずです」
「第1次攻撃隊一時作戦を中止し、本艦隊の上空に到着するのに、どんなに急いでも30分はかかります!」
参謀たちからの報告に、松弦はうなずいた。
「10分間だけ、敵艦載機群からの攻撃に耐えればいい。全艦に対空戦闘を指令せよ」
松弦の言葉に、参謀たちがうなずく。
空母3隻を護衛する駆逐艦、軽巡、重巡は敵艦載機群が現れる方向に、対空兵装を向ける。
防空駆逐艦や哨戒型駆逐艦の対空索敵電探は、第3航空艦隊に接近する無数の敵艦載機群を探知している。
「敵攻撃隊を探知!機数70機!」
[龍驤]の対空索敵電探員が、報告する。
「敵攻撃隊!複数に分かれました。3機ないし4機編成の小編隊で接近中!」
対空電探士の士官が叫ぶ。
「どうやら、敵もはるばる敵の勢力圏内の奥深くまで侵攻しただけはあります。こちらの対空兵装が高性能である事を、完全に把握しているのでしょう」
航空参謀が、電子参謀からの報告を聞きながら松弦に告げる。
しかも、厄介な事に複数に別れただけでは無く、高度差もバラバラであり、三式弾を発射しても効果が期待できない。
「敵攻撃隊!艦隊の防空圏内に入りました!」
電子参謀が報告したと同時に、重巡、軽巡、駆逐艦群が対空戦闘を開始した。
防空駆逐艦には対空戦専用の速射砲があり、戦艦クラスに搭載されている2連装一二.七糎速射砲よりも、発射速度は速い。
第3航空艦隊の上空が、無数の対空砲火による弾幕で、青い空の色が黒く染まる。
「10分間だけだ!10分持ち堪えれば味方の戦闘機部隊が駆け付ける!それまで堪えるのだ!!」
参謀長が、全艦に喝を入れる。
「敵機直上!!急降下!!」
[龍驤]の、対空見張員が叫ぶ。
松弦たちが、航海艦橋から空を見上げる。
4機のイギリス海軍機の、急降下爆撃機[ブラックバンスクア]が、高速で急降下し[龍驤]の真上に迫ってきた。
「面舵一杯!!」
[龍驤]の、艦長が叫ぶ。
だが、4機のスクアから投下された爆弾3発が、飛行甲板に直撃した。
220キロ爆弾が炸裂し、飛行甲板を吹き飛ばす。
[龍驤]の艦体が220キロ爆弾3発の炸裂で大きく揺れた。
だが、攻撃はこれだけでは無かった。
「左舷より、魚雷3本が接近中!」
「取舵一杯急げ!!」
艦長の怒号が飛び交う。
右に旋回していた[龍驤]は、左に舵を切り出す。
魚雷2本は回避したが、1本が直撃した。
[龍驤]の左舷で、巨大な水柱が上がる。
第3航空艦隊が、イギリス海軍の艦載機群からの攻撃を受け、開戦以来初となる被害を出す。
空母[龍驤]と[祥鳳]が急降下爆撃機叉は、攻撃機からの雷撃で被害を出した時点で、ようやく第1次攻撃隊の戦闘機隊が駆け付け、イギリス海軍の戦闘機と空中戦を繰り広げた。
第3航空艦隊第1次攻撃隊[龍驤]飛行隊艦戦第101飛行隊に所属する有渕伊万里少尉は、零式艦上戦闘機二一型を操縦しながら、第3航空艦隊に航空攻撃を仕掛けるイギリス海軍の空母艦載機である戦闘機と格闘戦を繰り広げていた。
有渕は、第3航空艦隊第3航空戦隊に所属する3つの飛行隊の戦闘機搭乗員の中で、唯一、1000時間の飛行時間を持つ熟練搭乗員だ。
今年で24歳を迎えたばかりの若手士官であり、開戦時では飛行時間が一定の時間に達していなかったため、第1航空艦隊、第2航空艦隊のどちらにも配属されず、本土の陸上基地で飛行訓練に励んでいた。
2ヶ月前に、第3航空艦隊第3航空戦隊空母[龍驤]に配属された。
有渕には下に3人の妹と弟がおり、2歳下の妹は、海軍婦人士官候補生学校を今年の1月に卒業し、少尉候補生として[大和]型戦艦1番艦[大和]の航海士補として勤務している。
一番上の兄であり長男である自分が、妹(長女)よりも初陣が遅れたのは悔しいが、これからは挽回できる。
ただし、それもこの戦いに生き残る事が出来れば、の話だが。
零式艦上戦闘機の発展型である海鷹型には劣るが、それでもイギリス軍の主力戦闘機であるスピットファイアの海軍機仕様であるシーファイアとは、互角の戦いができる。
有渕は、零戦の高い運動性能を生かし、シーファイアの背後に付くが、敵機は高度を一気に下げて、海面スレスレを飛行しながら、最大速力で回避飛行を続ける。
有渕も、自身が操縦する零戦の最大速力をフルに活用し追跡する。
照準器を覗きながら、右や左にジグザグ飛行するシーファイアの背後をとろうとする。
「!!?」
左手首に違和感を感じ、咄嗟に操縦桿を右に倒す。
太陽を背に、有渕機の直上から急降下して来た別のシーファイアが、先程まで有渕機がいた空間を機銃掃射で切り裂いた。
「なっ!!?」
そのシーファイアは、別の方向から突っ込んできた零戦の機関砲の直撃を受け、爆発四散した。
「助かった。援護感謝する!」
通信機に向かって礼を言った有渕だったが、次の瞬間、その僚機の片翼が、もがれているのに気がつき、息を呑んだ。
風防ガラス越しに、自分に敬礼する搭乗員の姿が目に映った。
次の瞬間、その零戦はそのまま海に突っ込んだ。
大きな水柱が上がる。
「畜生!!」
有渕は、先程まで追撃していた、シーファイアを睨みつけた。
照準器を覗き、照準を合わせる。
「当れぇぇぇ!!!墜ちろ!!!墜ちろ!!!」
コンマ数秒のわずかなタイミングで、照準器の十字線とシーファイアが重なった瞬間、主翼に搭載されている20粍航空機関砲の発射ボタンを押した。
左右の主翼に、1門ずつ搭載されている20粍航空機関砲から、20粍機関砲弾が発射される。
発射された機関砲弾が、シーファイアの後尾に直撃し、黒煙を出しながら爆発炎上した。
被弾したシーファイアは、高速で海面に激突し、粉々になった。
有渕が経験した、初の撃墜である。
彼はすぐに機首を上げて、高度をとる。
墜落した僚機を探すが、水没したのか海面に機影は見えない。
燃料計に視線を向けると、すでに針は0になりかけている。
有渕は、海上に視線を向ける。
第3航空艦隊に属する空母、重巡、軽巡、駆逐艦のうち、2隻の空母が炎上している。
「とても着艦は無理だな・・・」
有渕が、小さくつぶやいた。
空母[瑞鳳]のみが健在であり、他の無事な駆逐艦や軽巡の半数が守っている。
他は離艦命令が出た重巡、駆逐艦の救助活動を行っている。
その後、戦闘飛行隊長から、空母[瑞鳳]に着艦せよとの命令が出た。
第3航空艦隊に航空攻撃を加えたイギリス海軍空母機動部隊の攻撃隊は、第1次攻撃隊が引き返してきた時点で、退却する機が多く出ており、第1次攻撃隊の戦闘機部隊は逃げ遅れた敵機か、少しでも損害を与えてやろうと考えた攻撃機や爆撃機を撃墜しただけだ。
[瑞鳳]に着艦した有渕は、しばらく操縦席から動く事が出来なかった。
緊張感から解き放たれると、急激に疲れが覆い被さってきたからだ。
「俺は、生き残ったのか・・・」
自分以外の搭乗員の何人が、生き残る事が出来たのだろうか・・・
余りにも苦い初陣だった。
ため息をついて、有渕は左手の手袋を外した。
ポトリと何かが膝の上に落ちた。
鮮やかな色の糸で編まれた、細い紐だった。
かなりしっかりと編まれている物なのに、プッツリと切れていた。
妹が、友達になったと言っていた、菊水総隊海軍の女性少尉から貰ったミサンガとかいう組紐みたいな物だった。
なんでも妹の話では、願い事をして手首に巻いていると、紐が切れる頃に願い事が叶う、御守みたいな物だそうだ。
その女性少尉は、自分の父親が外国に派遣された時に、無事を祈って、それを父親に贈ったそうだ。
父親は、無事に任務を終えて帰って来たそうなので、御利益はあると力説していたらしい。
下らない迷信と思ったが、折角、妹が贈ってくれたのだからと、手首に巻いていたが、あの時感じた違和感は、このミサンガが切れたせいだろう。
結果的にそれで、九死に一生を得る事ができたのだが・・・
「・・・これが、守ってくれたのか・・・」
有渕は、ポツリとつぶやいた。
第3航空艦隊が、英軍空母艦隊から発艦した艦載機群によって航空攻撃を受けた報は、海軍軍令部から暗号電によって、聯合艦隊旗艦[大和]にもたらされた。
「・・・・・・」
通信文を読み上げる通信員を前に、山本は無言であった。
「・・・これは・・・石垣君の言っていた、ミッドウェー海戦のようではないか・・・」
黒島が、掠れた声でようやく言葉を絞り出した。
「詳しい被害状況は、入ってきていないのかね?」
宇垣の問いかけに、通信員が答えている声を聞きながら、石垣達也2等海尉はいたたまれない気持ちになって、第1艦橋を後にした。
「あっ、石垣2尉?」
その後を慌てて追おうとした、側瀬美雪3等海尉の肩をメリッサ・ケッツァーヘル少尉がつかむ。
「ミユキ、貴女はここにいて」
メリッサはそう言って、艦橋の一角を目で示す。
そこには、1人の女性航海士補が、身体を硬くした状態で、肩を震わせながらも気丈に双眼鏡を手に見張を続けていた。
「わかった」
その意味を察した側瀬は、その女性航海士補の隣に歩み寄った。
女性航海士補の名は有渕少尉候補生であった。
メリッサは、それを見届けると艦橋を後にした。
「針路そのまま。当艦隊はパラオ諸島ペリリュー島へ急行する」
山本は前面に広がる海原を見据えながら、そう指示を出した。
その表情は、何かに堪えるように険しさを刻んでいた。
矛と盾 第6章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。




