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矛と盾 第5章 初陣 高速機動戦艦[紀伊]

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 ミサイル護衛艦[しおかぜ]は、単艦で南東諸島大魚島を水上レーダーで探知できる海域まで接近していた。


 渡嘉敷は、[しおかぜ]のCICで艦長席に腰掛け、レーダースクリーンを見回していた。


「大魚島周辺海域に展開している艦影は、6隻程度の巡洋艦と駆逐艦クラスのみです」


 水上レーダーを担当する1等海曹が、報告する。


「連合軍勢力圏内側から接近している10隻未満の小艦隊は?」


 渡嘉敷が、確認した。


「護衛駆逐艦と、補給物資を満載した輸送船です。大魚島では、オランダ海兵隊を中核にした連合軍上陸部隊4000人は、ゲリラ化した守備隊に苦戦しているそうですから」


[しおかぜ]副長兼砲雷長の、生島(いくしま)慎太郎(しんたろう)2等海佐である。


 渡嘉敷とは同格であるが、彼女よりも10歳以上も年上である。


 生島は、彼女のように防衛大学校出身でも、一般大学出身の幹部自衛官でも無い。


 2等海士から叩き上げの、幹部自衛官である。


 持ち前の根性と日々の努力だけで、海士から海曹、そして幹部への道を自ら開いた。


 放置しておくと、何をやらかすかわからない渡嘉敷でさえ、生島に対しては敬意を持って接している。


「そろそろ時間ね」


 渡嘉敷は腕時計を見ながら、つぶやいた。


「艦長!副長!水上レーダー、目標探知!単縦陣で大魚島に接近しています。速力24ノット」


 渡嘉敷たちが、水上レーダーのスクリーンを確認する。


「隻数と時間を考えまして、間違いありません。柱島泊地から緊急出港した、大日本帝国海軍聯合艦隊第4艦隊です」


「ええ。新鋭高速戦艦の、お手並み拝見といきますか。フッフフ、トカちゃんを失望させたら対艦ミサイルをぶち込んで、すべて海の藻屑にしちゃうからね」


 渡嘉敷が高速航行している8隻編成された戦艦、巡洋艦、駆逐艦を水上レーダー上で眺めながら、物騒な台詞をつぶやいた。


「艦長、冗談は顔だけにして下さい」


「えぇ~!!破軍集団のアイドル。トカちゃんに、そんなこと言うのぉ~!!?」


「歳を考えて下さい」


 副長の冷静な突っ込みに、ぎゃいぎゃいと言っている艦長を無視して、CIC要員は自分の職務に専念していた。


 こんなだが、渡嘉敷が冷静に状況を把握しているのを知っているからだ。





[しおかぜ]の水上レーダーが探知した第4艦隊第1遊撃戦隊は、第4艦隊司令長官の(とく)()三郎(さぶろう)中将の指揮の下で柱島泊地から南東諸島大魚島まで、速力24ノットで高速接近していた。


 德田は、先月就役したばかりの新鋭高速戦艦の[紀伊]型戦艦1番艦[紀伊]に乗艦し、同艦を第4艦隊旗艦にしていた。


 その後方に、[紀伊]型戦艦2番艦[尾張]が続く。


[紀伊]型戦艦は、基準排水量3万5000トン、全長227メートル、全幅33メートル、最高速力32ノット(安全速力28ノット)という高速戦艦である。


 同艦は、現在建造中の[大和]型戦艦改(高速戦艦タイプ)の、データ収集のために建造された実験艦に近いが、戦艦としての能力は1歩も劣っていない。


 主砲は3連装四一糎砲3門、副砲は[大和]型戦艦2隻に搭載された連装一二.七糎速射砲8門、対空兵装は連装三五粍機関砲12門等がある。


 第1遊撃戦隊は、第2遊撃戦隊(重巡洋艦と軽巡洋艦2隻編成)と駆逐隊4隻を率いていた。


「無線封鎖解除!軍令部総長並びに、海軍総隊司令長官に緊急電!」


 德田が、無線封鎖の解除を指示する。


「我、敵哨戒網を高速突破に成功、大魚島周辺海域に展開する連合軍警備艦隊に、奇襲攻撃を加える。以上」


 德田の言葉を、通信士官が復唱し、ただちに暗号通信が行われた。


「長官!戦闘指揮所より、水上索敵電探が、大魚島周辺に展開している敵艦隊を捕捉しました!電探と電算機連動射撃を実施します!」


 先任参謀が、報告する。


「奇襲攻撃開始!」


 德田の号令で[紀伊]に設置されている水上射撃電探は、大魚島周辺に海域を警備している警備艦隊を確実に捉えている。


[紀伊]型戦艦は、[大和]型戦艦等と異なり、最初から建造段階で兵装等が設置されているため、機械的なトラブルは少ない。





 戦艦[紀伊]の戦闘指揮所では、艦長の大佐が戦闘指揮所で勤務する士官や兵曹たちの報告を聞いていた。


「巡洋艦壱号に、対水上射撃電探波を照射!」


「射撃電探波照射開始!」


 水上艦による対水上艦への電探砲撃は、対水上射撃電探波を照射し、照射目標に射撃電算機による弾道計算を行い、砲撃する。


「巡洋艦壱号への弾道計算完了!」


 電探要員と電算要員が叫び、その後、砲術要員たちが最終的な準備を行う。


「一番砲塔、二番砲塔、三番砲塔に九一式徹甲弾改を装填!」


[紀伊]型戦艦の三連装四一糎砲9砲に、四一糎級九一式徹甲弾が自動装填される。


「一番砲塔装填完了!」


「二番砲塔装填完了!」


「三番砲塔装填完了!」


 砲術要員たちが、それぞれ報告する。


「照準よし!砲撃準備完了!」


 先任砲術長である少佐が叫ぶ。


「撃ち方始め!!」


()ぇぇぇぇ!!!」


 艦長の号令で、発射操作を行う砲術士官3人が発射ボタンを押す。


 戦艦[紀伊]が、右舷に3門の主砲を向けている。


 その砲身から一斉に咆吼が上がる。


 撃ち出された四一糎級九一式徹甲弾は、射撃電算機による弾道修正通りに砲弾は飛翔し、目標となったオランダ海軍の巡洋艦の上部構造物に直撃した。


 装甲板を貫通し、艦内奥深くまで進入し着弾した徹甲弾は、上部構造物を吹き飛ばし、爆発炎上させる。


 未来の技術提供により大日本帝国海軍軍艦の電探性能は、この時代の諸外国海軍の軍艦のレーダーを上回っている。


 特に設置するスペースにゆとりがある巡洋艦以上の艦種には、かなり精度の高い索敵電探や、射撃電探が搭載可能である。


 2番艦[尾張]も続いて、巡洋艦に向けて砲撃を行う。


「第1斉射!巡洋艦壱号に命中、火災炎上中!」


「艦長。敵駆逐艦群にも、第2遊撃戦隊と、駆逐隊から発射された魚雷の命中を確認!」


 艦長の下に、次々と報告が届く。


「主砲第2斉射、撃て!」


 艦長の号令で、第2射のために装填された、四一糎九一式徹甲弾が再び発射される。


「主砲第2斉射、撃ぇぇぇ!!!」


 先任砲術長の号令で、再び戦艦[紀伊]から咆吼が上がる。


 四一糎級九一式徹甲弾の直撃で、火災炎上中の巡洋艦の上部構造物や上部甲板に直撃し、とどめを刺す。


 2回の斉射で、戦艦[紀伊]に狙われたオランダ海軍の巡洋艦は巨大な火柱を上げて、徐々にその艦体を海に沈めつつあった。


 戦艦[尾張]の砲撃で、同じく火災炎上し、事実上大破した巡洋艦も上部構造物の原型をとどめていなかった。


 他のオランダ海軍の駆逐艦群は重巡洋艦、軽巡洋艦、駆逐艦群から雷撃と砲撃で次々と撃沈叉は大破火災炎上となり、第4艦隊の奇襲攻撃は成功した。





 戦艦[紀伊]の航海艦橋では、司令長官である德田は暗い海上の水平線上でオレンジ色を発しながら、炎が暗い海を照らしている光景を眺めた。


「長官。奇襲攻撃は成功です。連合軍も嘸かし驚いているでしょう」


 参謀長が、報告する。


 德田は、うなずく。


「第4艦隊の即応展開能力は、これで実証されました」


 先任参謀が、新しく結成された第4艦隊の戦果を確認しながら告げた。


[大和]型戦艦や[長門]型戦艦を基幹とする第1艦隊と第2艦隊とは異なり、第4艦隊は、完全な高速航行する即応展開型戦艦部隊として新設された。


 これは大口径の主砲で、敵機動部隊や主力艦隊を圧倒する打撃型戦艦部隊とは違い、即応展開を主目標とした戦艦部隊なのだ。


 そのため、奇襲攻撃もその任務に含まれる。





[しおかぜ]は、第4艦隊のオランダ海軍警備艦隊への砲撃を、水上レーダーの画面上で確認していた。


[しおかぜ]は、最初から作戦司令部機能が設置された状態で建造された、ミサイル護衛艦であるため、通信設備や通信電波の傍受から妨害までの設備も装備されている。


[しおかぜ]は、第4艦隊が軍令部や海軍総隊司令部に暗号電文を発信した後、通信電波の妨害を行った。


 このため、オランダ海軍の警備艦隊は、連合軍主力艦隊(機動部隊や戦艦部隊等)に何の連絡もできず、僚艦との通信回線も繋ぐ事もでき無かった。


「艦長。第4艦隊の奇襲攻撃で、警備艦隊は甚大な被害が出ています」


 通信電波の妨害電波発信をやめた後、第4艦隊から奇襲攻撃を受けたオランダ艦隊は、平文で主力艦隊と交信していた。


「警備艦隊の主力であった軽巡2隻は[紀伊]型戦艦2隻の砲撃で撃沈!駆逐艦4隻中3隻は沈没、1隻が大破し、火災炎上中です」


 通信電波を傍受していた[しおかぜ]の通信士が報告する。


「艦長!大魚島に接近していた輸送船2隻と駆逐艦2隻が反転。輸送船の全速力で当海域を離脱中です」


 水上レーダーの担当員が報告する。


「第4艦隊は?」


 渡嘉敷が問う。


「はい。第4艦隊は針路を変更。次の作戦行動に移るもようです」


 船務士が報告する。


「すでに1個支隊を乗せた、高速輸送隊が護衛駆逐艦の護衛下で、沖縄から大魚島に向かっています。南西諸島方面の防衛と警備を担当する、第15旅団第51普通科連隊と第54普通科連隊も、それぞれ普通科部隊の投入準備を整えています」


 通信士からの報告に、渡嘉敷はうなずく。


「九州地方から、第8機動師団が戦車部隊、普通科部隊、特科部隊等の戦闘部隊と後方支援部隊を統合編成した第8戦闘団の第1陣を、輸送艦と輸送機で南東諸島に投入できる準備をしています」


 生島が、破軍集団司令部からもたらされた情報を、報告する。


「破軍集団陸上自衛隊陸上総隊から第1戦闘団が編成され、第1統合任務隊群多目的護衛艦[かいよう]に戦闘部隊を乗り込み終えた時間帯ね」


 渡嘉敷がCICのデジタル時計を見ながらつぶやく。


「勝手に人様の庭に入り込んだ、不法侵入者はボコボコにされても、文句は言えないわよ。悪霊団よりコワ~い、海の警察官の前に放り込んであげる」


「艦長、お言葉ですが、海の警察官は鯱の事です。鮫は海の掃除人ですよ」


「細かい事に、突っ込まない!!」


 渡嘉敷と生島の掛け合いは置いておいて。


 これらの増援部隊に、さらに新世界連合軍や朱蒙軍の部隊も追加されるから、その総合兵力は相当な物だ。


 しかし、武器兵器の部品や整備が異なる各国軍の動きが制限される離島に展開するのは、戦略的にも戦術的にも負担が大きいだろう。


「大規模反撃は、明日の夜明けと共に行われるわ。各員、艦内哨戒第1配備のまま待機」


 渡嘉敷はそう言った後、現場海域にとどまった。





[しおかぜ]のCICで、渡嘉敷たちが艦の運用を行っている頃、司令部作戦室では南東諸島の制空権、制海権奪還のための最終的な作戦な打ち合わせをしていた。


 南東諸島方面の地図が、電子表示板に投影されていた。


「連合軍主力艦隊は、正規空母4隻、軽空母3隻、護衛空母6隻を中核にした空母機動部隊と戦艦3隻、巡洋戦艦2隻を中核にした戦艦部隊。その周辺に哨戒警戒部隊や警備部隊、潜水艦部隊がいます。特に潜水艦部隊は史実にも存在しない暗号交信を行っており、新世界連合軍のイギリス軍もアメリカ軍も、解読するにはかなりの時間がかかるそうです」


 情報主任幕僚が説明する。


 高尾はそれらの話を聞きながら、腕を組んだ。





 南東諸島方面幸島から南50海里の海域に、英蘭印連合軍主力艦隊が展開していた。


 空母、戦艦だけでも10隻を超える機動部隊と戦艦部隊が存在し、正規空母及び軽空母、護衛空母は、すべてイギリス海軍である。


[ユニコーン]級航空母艦[ユニコーン]、[イラストリアス]級航空母艦[イラストリアス]と[フォーミダブル]、[インプラカブル]級航空母艦[インプラカブル]の4隻であり、4隻の正規空母は急遽建造叉は急遽改装により、艦載機の搭載数等が向上している。


 4隻の正規空母に搭載されている艦載機数は220機であり、軽空母[コロッサス]級航空母艦3隻と護衛空母を合わせれば400機以上になる。


 英蘭印連合軍主力艦隊旗艦である空母[ユニコーン]では、大日本帝国海軍との戦闘で戦死したトーマス・スペンサー・ヴォーン・フィリップス大将(戦死後に昇進)に代わり、イギリス本国から機動部隊のほとんどを率いて、その後、東洋艦隊司令長官に就任したブルース・オースティン・フレーザー中将が、幕僚から次々と上がってくる南東諸島での戦況報告を受けていた。


 英蘭印連合軍主力艦隊司令部作戦室には、オランダ海軍の指揮官、カレル・フレデリック・マリー・ドールマン少将等の姿もある。


「フレーザー提督。大魚島に展開していた警備艦隊は、日本艦隊の奇襲攻撃を受け、全滅しました」


 オランダ海軍大佐の報告を、フレーザーは海図を見下ろしながら聞いていた。


「その後の日本艦隊の行動は?」


 フレーザーが問うと、同じくオランダ海軍大佐が報告する。


「日本艦隊はその後反転し、高速で戦闘海域を離脱しました」


「ふうむ」


 フレーザーは、顎を撫でた。


「提督。いかがいたしましょうか?」


 彼の、高級副官が尋ねる。


「日本本土より、空母艦隊が出撃したのは確かだな」


「正規空母3隻を中核とする第3航空艦隊は、確かに出港しました。それと、対馬海峡通過を目指す[大和]型戦艦1隻を中核とする戦艦部隊が、速力20ノットで南下中です」


 情報参謀が報告する。


「他の動きは?」


「佐世保軍港より、高速輸送艦と駆逐艦部隊が出港しています。輸送艦にしては恐ろしく速いので、潜水艦による追跡は極めて困難です」


 フレーザーは、幕僚たちの報告を聞きながら、部下に日本艦隊の位置を海図に印をつけさせた。


「これを見てくれ。何か引っかからないか?」


 フレーザーは、印をつけられた海図を見下ろしたまま、つぶやいた。


「「「?」」」


 佐官クラスが、海図を見下ろす。


「そう言えば、ゴースト・フリートもスペース・アグレッサーの陰も見当たらない」


 幕僚の1人が、はっとした表情を浮かべて、意見を述べた。


「そうだ。これだけ、大日本帝国軍は動いているのに、アメリカや我がイギリスを苦しめているゴースト・フリートや、スペース・アグレッサーの存在が無い」


 フレーザーが言い終えた後、ドールマンが口を開いた。


「すでに彼らは我々の懐深くまで潜んでいるのか、それとも作戦開始の秒読みなのか、そのどちらかですかな?」


「いや、もしかしたら、両方かも知れない。北部ではソ連軍の侵攻に対し、ゴースト・フリートの艦隊やスペース・アグレッサーの航空部隊等が当たり前のように動き回っている。だが、ここには、その気配すら無い」


 フレーザーの推測に、幸島に強襲上陸した英蘭印連合軍上陸部隊から派遣されて来た、連絡将校のイギリス陸軍中佐が発言した。


「幸島では、スペース・アグレッサーの陸上部隊は緒戦において、嫌がらせ程度のゲリラ戦を仕掛けただけで、後は彼らの影が忍び寄る程度です」


 この報告に、英蘭印連合軍幕僚たちは頭を悩めた。


「それでなくても・・・」


 フレーザーは、小さくつぶやきをもらす。


 本国は、ドイツ第3帝国の攻勢で青息吐息の状態だ。


 北アイルランドでは、ドイツからの支援を受けた独立勢力によって、イングランド人は北アイルランドから追い出された状態であるし、ヴェルサイユ条約機構軍に組み込まれたフランス軍等によって構築された、西ヨーロッパの防衛線によって、西ヨーロッパへ進軍する事もできない。


 ドーバー海峡を防衛線として、何とか本国へのドイツ軍の強襲上陸を防いでいるというのが現状だ。


 しかし、それもあのヒトラーの思惑通りなのかも知れない。


 犠牲覚悟の強襲上陸より、イギリス包囲網を完成させて、ジワジワとイギリスの国力を削り取り枯死させるつもりなのだろう。


 極秘事項なのだが、現在イギリス本国に残っている統治機関は、チャーチル首相を筆頭とする政府機関である。


 国王を始めとする王室関係者は、すべてインド帝国やオーストラリアに避難していただいた。


 国王陛下は、最後までロンドンに残ると主張されていたが、チャーチルらの必死の説得で、何とか説き伏せるのに成功した。


 戦艦[キング・オブ・ジョージ5世]を旗艦とするシンガポール派遣艦隊は、王室関係者を極秘裏に避難させるための、陽動部隊でもあったのだった。


 地中海の制海権獲得を目指す、イタリア海軍の目につくように行動したのもそのためだ。


[ユニコーン]を始めとする艦隊は、王室関係者を乗艦させた輸送艦を護衛して、その間に喜望峰を回るルートで、インド帝国に到達していた。


 ここまでは、うまくいった・・・しかし、大変なのはこれからだろう。


 アメリカの支援は確定しているが、中国の第3勢力に、飛行場の使用に対する交渉を持ちかけたところ、思い切り足下を見られる事になってしまった。


 香港、マカオの無条件即時返還である。


 何しろ、大日本帝国が日中戦争終結の講和条件に、満州返還と中国からの撤兵という事を盛り込んだ(おまけで、満州の油田の情報も付けている)。

 

 そして、それをあっさりと実行したのだ。


 協力を要請するなら、それ位はしろと言う事だ。


 しかしアメリカの、ヨーロッパ戦線への参戦が無い限り、現状をひっくり返す手立てが無い事も確かだった。


 それを密約として、今回の作戦に参加したのだが、フレーザーは、内心では疑念を拭えない。


 ハワイ奪還を目指しているのはわかるが、本当にそれだけなのか・・・


「・・・アメリカの本当の狙いは何なのだ?」


「・・・・・・」


 独り言をつぶやくフレーザーを、ドールマンが複雑な表情で見ていた。


 何しろ、彼の祖国はドイツを盟主とする、ヴェルサイユ条約機構に加盟している。


 大日本帝国に宣戦布告されたものの、オランダ本国はドイツや中立国を通じて、対話による解決策を打診した。


 大日本帝国も外交官を通じて、交渉に応じている状態だ。


 今回の参戦は、ドイツとの同盟を拒んでいる勢力の独断による非正規のものである。


 まったく賞賛されないどころか、下手をすれば祖国から反逆者の烙印を押され、切り捨てられかねない状況である。


「我々の事は、心配する必要は無い」


 フレーザーの心の内を読んだのか、表情も変えずドールマンはそう告げた。


「今回の作戦では、我々はそれなりの覚悟を決めている。そのために、志願者のみで部隊を編成したのだからな。徴兵した現地兵にしても、我々の命令に逆らえなかったと言えば済むようにしている。私自身にしても、ドイツのやりようが祖国にとって幸福に繋がるのかは疑問に感じる。だから、ここにいる」


「・・・そうか、まあ今はこの作戦を成功させる事に専念するとしよう。小難しい外交交渉を我々が思い煩っても、詮ない事だ」


 そう言って、フレーザーは再び印の付けられた海図に視線を落とす。

 矛と盾 第5章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

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