矛と盾 第4章 南東諸島奪還作戦開始
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
マリアナ諸島と沖ノ鳥島の中間海域の海中を、巨大な黒色の怪物とも言うべき物がゆっくりと航行していた。
破軍集団海上自衛隊艦隊総隊司令官直轄の潜水艦である。
外見は[そうりゅう]型潜水艦ではあるが、少し異なる。
[そうりゅう]型潜水艦の後継型である3200トン型潜水艦[すいこ]である。
本型潜水艦は、3000トン型潜水艦として計画されたが、防衛研究費の増額と新技術や新システムの登場により、大幅に計画が変更された。
全長88メートル、基準排水量3200トン、満載排水量4500トンという大型通常動力型潜水艦。
機関は[そうりゅう]型潜水艦に採用されているスターリング機関では無く、リチウムイオン蓄電池とディーゼル・エレクトリックを組み合わせた物だ。
艦体は極めて高レベルのステルス性であり、浮上後、水上艦の水上レーダーで探知するのは難しく、アクティブ・ソナーによる探知はさらに困難であり、静粛性も高く、速力10ノットで海中を航行しても、パッシブ・ソナーでも探知が困難なほどの静かさだ。
まさしく、現代日本の造船技術と日本の技術が生んだ、世界でも類を見ない最新型の潜水艦だ。
[すいこ]は水虎に由来する。
虎は狩りをする時や縄張りに侵入した外敵を倒す際、音も無く、気配も感じさせず、背後や側面に忍び込み、一気に襲いかかる。
まさに、本型の潜水艦に相応しい名前だ。
[すいこ]は深度80メートルの海中を、10ノットで航行していた。
本艦の安全潜航深度なら、これ以上に潜る事はできるが、別に戦闘が目前に迫っている訳でも無い。
それに深度80メートルとは、この時代の潜水艦の実用安全深度である。
これ以上潜航すれば、艦体に少なからずのダメージを与えるから、帰港後は安全点検に追われる。
大日本帝国海軍が就役させた、新型の攻撃型潜水艦[黒潮]型潜水艦は安全深度150メートルだが、通常時の潜航深度は20メートルから60メートルだ。
それ以上の潜航は、あくまでも駆逐艦等に追跡された時に潜る深度だ。
[すいこ]も敵海軍の駆逐艦に万一にも補足、追跡された場合は200メートルまで潜航する(これは他の[そうりゅう]型潜水艦や[おやしお]型潜水艦も同じだ)。
「副長。目的海域まで、後どのくらいかかる?」
[すいこ]艦長の伊賀仁1等海佐は、発令所にある艦長席から副長の比良野修3等海佐に聞いた。
「目標海域まで現速力で、夜明け前には到着します」
比良野の報告に、伊賀はうなずいた。
伊賀は艦内マイクを手に取り、艦内放送した。
「全乗員。3時間交代で休め」
伊賀は、潜水艦の艦長職を経験するのは、本艦で3度目である。
[すいこ]は元の時代では就役したばかりであり、この時代にタイムスリップしてからは近海で試験運用ばかりを行っていた。
外洋航海試験では、第2護衛隊群等の南方攻略部隊にも気付かれる事も無く、密かに作戦行動を行った。
[すいこ]に乗込む幹部、海曹、海士たち全員はベテランの潜水艦乗りであり、経験が浅い者でも1度は潜水艦勤務を経験している。
「楠瀬。お前の出番はまだ無い。今のうちに休んでおけ」
「了解しました」
ソナー室にいるソナーマン歴20年の、ベテランソナーマンである楠瀬海曹長は、ヘッドセットを外した。
楠瀬は、若手のソナー員たちに後を任せて、休養をとる。
沖縄本島で補給を終えたミサイル護衛艦[しおかぜ]は出航し、南東諸島方面に針路を向けていた。
[しおかぜ]の司令部作戦室では、破軍集団海上自衛隊艦隊総隊司令官である高尾吾朗海将を指揮官とした統合運用部隊(破軍集団の陸海空自衛隊のみ)を編成し、統合部隊の幕僚たちを集めて、作戦会議が行われていた。
会議室には迷彩服3型、デジタル迷彩服、デジタル作業服を着込んだ破軍集団陸海空自衛隊の上級幹部たちが顔を揃えていた。
「破軍集団司令官の命令を受けて、南東諸島奪還部隊の編成が行われました」
破軍集団統合運用部隊の高級幕僚として、破軍集団司令官付高級副官兼特別監察監である石垣達彦1等陸佐が説明した。
「破軍集団陸上自衛隊陸上総隊第1師団と、傘下の各部隊から引き抜いた統合任務部隊を編成し、輸送艦に乗込ませています」
陸上総隊から派遣された、幕僚が説明する。
「出撃まで、どのくらいかかる?」
高尾の質問に、艦隊総隊運用総括幕僚が答える。
「出航は早くて本日の1800です。菊水総隊統合防衛総監部等との部隊運用についての打ち合わせもありますから、南東諸島への作戦行動可能時間は2200時です」
幕僚の報告に、高尾は司令部作戦室のデジタル時計を見た。
時刻は、正午を迎えている。
「新世界連合軍と、朱蒙軍は?」
高尾は、作戦会議室に出席している新世界連合軍と、朱蒙軍から派遣された武官たちに、顔を向けた。
「南東諸島に連合軍が上陸したという知らせを受け、パラオ諸島で行われていた菊水総隊自衛隊、新世界連合軍、朱蒙軍で行われていた合同演習を中止し、洋上補給が終了後、同諸島に向かいます」
新世界連合軍から派遣された、中佐から説明された。
「どのくらいの規模が派遣される?」
高尾が質問する。
「新世界連合軍は、連合海軍第1艦隊と第2艦隊から2個遠征打撃群が派遣されます。連合海兵隊から1個海兵遠征隊と1個海兵コマンドーが投入されます」
「朱蒙軍からは、海軍機動艦隊第1艦隊と第10海兵旅団から編成された1個諸兵科連隊が派遣されます」
「ふむ」
2人の武官からの説明に、高尾は腕を組んだ。
朱蒙軍海軍機動艦隊第1艦隊は、韓国海軍初の航空母艦(諸外国では単なる軽空母)を旗艦とする空母運用艦隊である。
イギリスに発注した[インヴィンシブル]級航空母艦をベースとして、韓国製部品といくつかの改良を行った国産の航空母艦である。
「今年に入って、事故の報告は受けていないが、[階伯]級航空母艦は問題無いのか?朱蒙軍陸軍や、空軍からも期待されていないと聞く」
高尾の言葉に、朱蒙軍から派遣された中領(中佐)は難しい顔をした。
彼は陸軍出身の将校であり、彼は[階伯]の存在は作戦行動の邪魔としか考えておらず、その欠陥艦をアメリカ、イギリス、フランス等の世界海軍とも言うべき空母と肩を並べるのは、韓国軍の恥だとも思っている。
元の時代でも[階伯]型航空母艦1番艦[階伯]が就役した時には、韓国民から賞賛され、期待された。
しかし、いくつかのトラブルにより、国民にはとんでも無くがっかりされ、いつの間にか「韓国技術の恥だ」と言われた。
この時代にタイムスリップした時も、[階伯]は幾度となく故障等のトラブルが相次いだ。
「高尾閣下がおっしゃる通り、空母[階伯]には問題が多く、作戦運用には心配な点は確かにあります。しかし、[階伯]の乗組員たちは極めて優秀です。そこはお約束します」
松本基地統合防衛総監部地下指揮所では、南東諸島に上陸した連合国上陸軍と周辺海域に展開するイギリス海軍、オランダ海軍を中核とした連合艦隊への攻撃及び幸島等の離島奪還について作戦会議が行われていた。
北海道に上陸したソ連軍に対しては、統合防衛総監部陸上総監の御蔵隆陸将が指揮官となり、大日本帝国陸海軍及びその他の軍事組織と新世界連合軍等と共同で、北海道の防衛と占領地域の奪還を行っている。
南東諸島の奪還及び制空権、制海権の奪還の指揮は、海上総監の篠野真人海将が指揮官となり、菊水総隊陸海空自衛隊、大日本帝国陸海軍及びその他の軍事組織と新世界連合軍等と共同作戦をとる。
航空総監の小川俊空将は、本土空襲に備えて防空作戦の指揮をとっている。
南東諸島奪還と制空権及び制海権奪還のために、菊水総隊陸海空自衛隊の幕僚を集めて、九州地方から南西諸島、南東諸島までの地図を電子表示板に映し出していた。
篠野は電子表示板を見下ろしながら、佐世保軍港や呉軍港、柱島泊地で緊急出港叉はその準備中の戦闘艦艇詳細と、横須賀軍港から緊急出港した第3航空艦隊の報告を聞かされた。
「第3航空艦隊は横須賀軍港を緊急出港し、防空駆逐艦、汎用駆逐艦、対潜駆逐艦、巡洋艦の護衛の下で、現場海域に向かっています」
司令部作戦室では、連絡将校として陸海軍と航空予備軍から、それぞれ3人の中佐と補佐として3人の大尉が派遣されている。
第3航空艦隊の詳細を報告したのは、海軍から派遣された連絡将校の中佐だ。
「第3航空艦隊は、空母[龍驤]、[瑞鳳]、[祥鳳]の3空母を基幹としました空母機動部隊で、艦載機108機を搭載した攻撃隊は、幸島と南西諸島及び九州地方の中間地点にある大魚島に航空攻撃をかけて、上陸中のオランダ海兵隊と連合軍に打撃を与えます。その間、一号型高速輸送艦に乗艦した1個支隊を同島に上陸させ、島の守備隊と共に大魚島を奪還します」
海軍連絡将校が立ち上がり、海軍の作戦を説明する。
ここには菊水総隊司令官である山縣幹也海将がいないため、陸海軍と航空予備軍と防衛作戦の打ち合わせをするのは、統合防衛総監部の各総監である。
「しかし、艦載機108機というのは、南東諸島海域に出張っているイギリス海軍空母艦載機の半数以下では無いか?」
海上総監部防衛部長が指摘する。
「はい、その通りです」
連絡将校がうなずいた。
「第3航空艦隊の艦載機搭乗員の練度にも問題がある。先日、第3航空艦隊に所属している搭乗員たちの飛行時間は500時間どころかその半分の飛行時間も無いと報告を受けている。さらに新たに配属された搭乗員たちは、発艦と着艦がようやくなんとかできるようになった少年兵たちというでは無いか。とてもこんな重大な作戦は任せられない」
海上総監部幕僚長の西心行海将補が、腕を組みながら言った。
「貴方がたの意見はもっともな事です。確かに第3航空艦隊の108機の艦載機は、本来の数の半分以下の力も発揮できないでしょう。しかし、海軍には海軍の面子があります。ここで貴方がたに全部丸投げしてしまったら、皇国民や世界は我々海軍をどう見るでしょうか?大日本帝国海軍は、1から10まで未来から来た軍隊の下で戦わなければ戦争に勝つどころか、本来軍隊の存在意義である国防もできないと馬鹿にされます。大日本帝国海軍、ここにあり!と見せるべきなのです」
連絡将校である中佐が、力強く言い返した。
これまで腕を組んで話を聞いていた、篠野が口を開いた。
「まことに勇猛果敢で結構な事だ。大日本帝国海軍魂を感じる」
「総監!!」
幕僚からの非難の声にも、篠野は気にする事も無く話を続けた。
「しかし、これが作戦と言えるのか?ただ、組織の面子を守るために、国防のために立ち上がった軍人たちを、無駄に死なせる事が海軍軍令部のやり方なのか?」
「篠野中将閣下。そう申されましても、開戦以来我が海軍は活躍していません。そして、これからは強力な軍事力を持つ新世界連合軍も、この戦争に参加します。そうなれば、戦争終結後、国内外に事実が公表されるでしょう。その際、世界五大国海軍の仲間入りをした我が海軍が、未来の海軍の腰巾着でしかなかったと、皇国民や世界から言われるのは耐えがたい屈辱です」
「そんな事はどうでもいいだろう。私としては、面子を守るために将兵を死地に送る事がよっぽど屈辱だと思う」
篠野は声を荒げず、淡々とした口調だった。
しかし、その言葉は反論する中佐を絶句させるだけの厳しさがあった。
篠野は、組んでいた腕を解き、中佐を正面から見据える。
「まあいい。我々には陸海軍部の決定に対する拒否権は無い。あくまでも助言だけだ。だが、1つだけ聞かせて貰う」
篠野はそう告げると、立ち上がった。
「この作戦計画は天皇陛下、海軍大臣、海軍軍令部総長、海軍総隊司令長官の4人が確実に承諾している事か?」
篠野の問いに、海軍連絡将校はうなずいた。
第3航空艦隊第3航空戦隊航空母艦[祥鳳]の艦載機格納庫では、整備員たちが戦闘機、爆撃機、雷撃機の整備を行っていた。
「あ~あ。ここも、痛んでいる」
整備員である兵曹が、零式艦上戦闘機二一型の機体検査中にこぼした。
「班長。第3航空艦隊以外の航空艦隊では、新型の零戦や艦上機が届いているのに、どうしてこの艦隊には旧式の艦上機ばかりしか無いのです?」
30代後半の兵曹が、海軍勤務20歴の経歴を持つ整備班長の兵曹長に尋ねた。
「この艦隊の艦上機搭乗員たちに、新型の機体を提供するとすぐに壊すからだろう。こんな風にな」
兵曹長は、一番故障が目立つ零戦の修理をしながら、つぶやいた。
「まったく、情けないな。飛行時間だって、この艦隊で一番長い飛行時間を持つ搭乗員も400時間を超えたぐらいだからな。それに、これを操縦する搭乗員たちは・・・あいつらだからな」
兵曹の1人は、兵曹長が言葉を詰まらせたのと、その言葉が愚痴では無い事に気が付いた。
兵曹長が零戦の整備をやめて、立ち上がる。
この艦上機群の操縦を行う搭乗員たちは、自分の息子と歳が変わらない16歳、17歳の少年たちであるからだ。
海軍では、空母の追加建造と艦上機の大量生産にも力を入れている。
徴兵制法案の改正により、造船所や航空機製造工場には十分な工場要員が確保できた。
しかし、その分海軍では航空要員の確保が、スムーズにできなかった。
航空隊が陸海空の3軍に分かれたのも、搭乗員不足に拍車をかける一因となったというのもある。
一定の年齢以上の搭乗員を確保できない以上、採用年齢を引き下げざるを得ない。
そこで中等学校の学生たちの中で、優秀な学生たちの採用を行った。
「お前、あいつ等の顔を見たか?」
兵曹長が、その兵曹に聞く。
「ええ。まったく、お偉方も何を考えているのか?あんな子供まで戦場に送るのですからね」
辛そうに、兵曹が答えた。
彼の弟は、少年搭乗員と同じ年齢だそうだ。
他人事に思えないのだろう。
「ああ。そうだ。正直言って、どうにかして、あいつらを戦場に送らないようにしたいのだがな・・・」
兵曹長がつぶやく。
大人の都合で始まった戦争に、子供が巻き込まれる。
世界を見れば、どこでもそんな例はゴロゴロ転がっている。
それを防ぐ術を人間は今だに持っていなかった。
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