日本本土防衛戦 第15章 ジューコフの決断
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
北海道北端部の北海道侵攻軍司令部では、ジューコフと幕僚たちに昨日までの自軍の被害状況が報告された。
「大日本帝国軍と思われる空母艦隊からの航空攻撃により、北海道侵攻軍は陸揚げした軍事物資の9割を失いました。さらに、戦車、装甲車両、人員輸送車両を含む兵員は航空攻撃および地上戦で5個師団規模を失いました」
「洋上艦叉は潜水艦から発射されたロケット弾攻撃により、3個師団規模の兵力を失いました」
参謀からの報告で、ジューコフは腕を組む。
「同志元帥。すでに北海道侵攻軍は損耗率7割を出し、侵攻作戦は不可能な状態になりました・・・」
高級士官の報告に、ジューコフは作戦地図を見下ろした。
「上陸開始から2週間未満で損耗率7割とは・・・ナチスが攻め込んできた時の、ポーランドとの国境線に配備した守備軍の被った損耗率と同じ規模だな・・・」
ジューコフはつぶやいた。
この時、完全に電撃戦と通常戦の準備を整えた砂漠の狐の異名を持つロンメル麾下の軍集団の攻撃で、守備軍は5個師団中3個師団を失い、残存部隊は最後の一兵まで戦う覚悟をしたが、フィンランドからもドイツから供与された強力な武器兵器で武装した新生フィンランド軍がドイツ第3帝国国防軍陸空軍と共同してソ連に侵攻した。
その結果、守備軍司令官であったソ連軍大将は敗北を確信し、ロンメル軍集団に降伏した。
この日本でも、同じ結末を迎えようとしている。
そもそも、この侵攻作戦そのものに無理があったと言わざるを得ない。
「海軍はどうだ?」
ジューコフは幕僚に聞いた。
「はっ、同志元帥。国土回復軍総司令部が先ほど、北海道侵攻軍に属する海軍部隊に撤退命令を出しました。さらに、補給物資を満載した輸送船団にも撤退命令が出ました・・・」
参謀の報告に、ジューコフは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「つまり、我々は同志大元帥から見捨てられた・・・いや、そもそも最高指導者がいるかどうか・・・それが誰かもわからん・・・か・・・」
自分の信じる最高指導者が、いかにアメリカから援助を引き出すためとはいえ、このような無謀な命令を出すとは思えない。
ジューコフは、ずっと心の中で蟠っていた疑念を押し殺し、目の前の問題を解決する事にした。
もはや、選択肢は3つしか無い。
残存する部隊を再統合し、最後の攻勢に出て、全滅するか。
占領地域の防衛線を固め、本国が自分たちに再度支援再開叉は救援に来るのを待つか。
日本軍に降伏するか。
その3つである。
幕僚たちは、自分の決断を待っていた。
民主主義の軍隊と違い共産主義の軍隊では、まず、先任上位者の決断から、議論が行われる。
もちろん、その後、政治将校の判断が求められるが・・・まず、ジューコフがどのような判断をするか、である。
「同志諸君。私は本国の対応を見て、日本軍に会談を持ちかけたいと思う」
ジューコフの発言に椅子から勢い良く立ち上がったのは、政治将校として派遣されている高級士官だ。
「同志元帥!それは極東の山猿に降伏すると言う事ですか!」
「それも視野に入れている」
「同志元帥!それは党への反逆ですぞ!残存部隊を率いて勝利の瞬間まで戦うべきです!」
政治将校の具申に、ジューコフは彼に振り向き、ゆっくり立ち上がった。
「その党がもはや存在しない。同志大元帥の栄光はすでに失われた。これ以上の軍事行動はそれこそ党に対する反逆だ」
ジューコフの言葉に、政治将校はホルスターからトカロフTT-33を抜き、彼の額に銃口を向けた。
「同志元帥の発言は、同志大元帥と党への反逆である!よって、本職の権限により、同志元帥を即刻銃殺刑に処する!」
ソ連軍では、元帥であろうとも不適切な発言をしただけで、簡単に政治将校の判断で即刻銃殺刑にされる。
実際、最高指導者がサインしただけで、高級士官や元帥は正当な軍事裁判を受ける事もできずに銃殺刑にされる。
ソ連ではたとえ、元帥であろうとも最高指導者の信頼が厚い上級役職の文民でも、自分の足場は極めて危険である。
それどころか、位が一番低い者の方が、ある意味では足場はしっかりしているかもしれない。
嫌いな上司や上官がいれば部下は政治委員、政治将校叉は秘密警察に嘘の密告をすればそれがまかり通る時期もあったし、秘密警察の密告者であれば、まったく真実では無い嘘の告発までまかり通る時期もあった。
ソ連では上位者たちは、常に部下に怯える毎日を過ごしていると言っても、過言ではないかもしれない。
「同志元帥。最後に言い残す事は?」
「私を処刑しても、何にも変わらない。もはや、我々の敗北は動かぬ」
ジューコフの言葉に、政治将校がトカロフの引き金に指をかけた。
パン!パン!
2発の銃声が響いた。
ドスン、という重たい物が倒れる音が司令部に響いた。
「貴様等・・・」
地面に倒れた政治将校が、自分に拳銃弾を撃ち込んだジューコフの参謀や警備兵たちを睨みながら、息を引き取った。
「同志元帥。我々一同!同志元帥に最後までお供します!」
参謀長が叫び、挙手の敬礼をした。
ジューコフの幕僚たちも挙手の敬礼をする。
「すまない」
ジューコフは小さくそう言った後、幕僚たちに言った。
「日本軍に、停戦と会談を要請しろ」
「「「はっ!」」」
菊水総隊陸上自衛隊第2機動師団、新世界連合軍連合陸軍と連合支援軍、大日本帝国陸軍北部軍等は、前線からさほど離れていない臨時合同作戦会議として使用されている中等学校の講堂に集まっていた。
中等学校では、警備部隊として各陸上部隊から1個中隊クラスが投入されていた。
「陸海空による総攻撃により、ソ連軍北海道侵攻軍は全滅に近い被害を出し、もはや、侵攻作戦を組織的に行うのは不可能でしょう」
北部方面軍から派遣された大佐が報告する。
「戦闘によるソ連軍捕虜は1万人を超え、戦闘後に投降した捕虜は数万人を出しました。現在捕虜収容所への輸送を行っています」
第2機動師団から派遣された幕僚が報告する。
捕虜は大日本帝国軍、日本共和区統合省防衛局自衛隊、新世界連合軍でそれぞれ管理している。
今日の会議はソ連軍の状況と北海道の防衛に参加した統合防衛軍の損害について報告するためでは無い。
北海道に侵攻したソ連軍司令官であるジューコフ元帥の名で、北部軍通信司令部に送られた電文と、軍使が持ってきたジューコフ直筆の手紙が前線部隊に送られた。
ジューコフは、両軍の会談を求めている。
会談に対するソ連側の条件を確認するためだ。
ジューコフが出した条件は、会談場所から1キロメートル円形内に両軍の戦闘部隊を配置しない事、会談の際には中将以上の階級を有する高級士官2名を派遣し、護衛部隊1個小隊強レベルなら両軍とも認める。
ただし、会談室では護衛兵は両軍とも4名までと規定された。
会談中は両軍とも戦闘行動の停止、しかし、日本軍のみ、偵察機によるソ連軍の監視を行っても良いという内容だ。
もちろん、ジューコフの要請を断る理由は無い。
仮に裏切ったとしても緊急展開部隊が空と陸から投入されるし、特科部隊と砲兵部隊の攻撃の雨が待っている。
それに会談中は戦闘行動の停止なら、大部隊を展開させる際にいかなる妨害もされない。
ジューコフの申し出はすぐに承諾された。
菊水総隊陸上自衛隊第2機動師団第2レンジャー隊と、大日本帝国陸軍北部軍第2挺身隊から選抜された特別警護隊16名が現地に派遣され、北部方面軍司令官の板垣征四郎大将と、第2機動師団長の宮藤源三陸将、第2機動師団付防衛政務官補の3人が、ジューコフとの会談を行う。
ジューコフが指定した会談場所には、第2機動師団第2飛行隊に所属する3機のUH-1J(1機は予備機である)で運ばれる。
護衛として1機のAH-1Sが随行する。
UH-1Jには、左右に74式車載機関銃を装備している。
会談場をUH-1Jのパイロットが確認すると念のために対空火器を警戒しながら、着陸地点に接近する。
エクアドルでCH-47JAが対空砲で撃墜された事は、彼らの記憶にある。
もちろん、目視確認ができない高々度では、新世界連合軍連合空軍の無人偵察機が、精密高性能地上監視カメラで監視している。
何かあれば、すぐに報告される。
2機のUH-1Jが着陸すると、ジューコフとの会談をする3人が地面に足をつけた。
特別警護隊は89式5.56ミリ小銃と一式半自動小銃を持って、地面に降りる。
第2レンジャー隊から派遣された、特別警護隊の指揮官と指揮官付の陸曹は9ミリ機関拳銃を装備している。
ジューコフと自身の幕僚から選ばれた中将以上の高級士官と、北海道侵攻軍警備大隊から選抜した護衛小隊は、この時代のアメリカから供与されたジープやトラックに搭乗して、会談場に現れた。
機関銃で武装した装甲車もある。
ジューコフは、ジープから降りると随行者たちと日本側の会談者の前まで足を進めた。
板垣と宮藤は、挙手の敬礼をする。
ジューコフも答礼した。
双方が簡単な挨拶をした後、会談が行われた。
会談のために設置された天幕で、日ソ軍の高級士官たちの会談が行われる。
「率直に申し上げる、板垣大将、宮藤中将。我々は貴軍に降伏する。しかし、全部下たちの安全と保障を要求する。不可侵条約を一方的に破った我々が要求できる事では無いが、部下たちの安全と保障を約束するのであれば、それ以上の要求はしない。もし、この要求を受け入れられないのであれば、我々は最後の突撃を行う」
ジューコフは敗北した将軍を思わせる事も無く、力強く、そして、堂々とした態度で降伏条件を申し込んだ。
「ジューコフ元帥。我々もこれ以上の流血を望む訳ではありません。元帥と麾下の将兵たちが敬愛するソ連に見捨てられた事は我々も知っています。不可侵条約を破ったのは遺憾ですが、軍人はいかなる命令にも異議を唱えず、最高司令官の命令になんでも従わなくてはならない。たとえ、それが、人間として恥ずべき行動だったとしても」
口を開いたのは板垣だ。
板垣は大将であり、ジューコフよりも下位である。
宮藤の陸将は、中将に相当する。
そのため、このような対応がとられる。
「ジューコフ元帥の主張は理解できました。日本は戦争に踏み切った際に、ジュネーブ協定を遵守すると公式に宣言しています。降伏するソ連軍将兵は捕虜として迎え入れ、日本国民の水準に相当する生活の保護と保障を約束します」
この件に対して、政治的決定権を有する防衛政務官補が言った。
北海道に上陸したソ連軍はジューコフの命令により、武装解除が命じられ、捕虜となった。
ソ連軍の武装解除と彼らの武器、兵器の管理、登録は新世界連合軍連合陸軍に属するシンガポール陸軍とカナダ陸軍を中心に連合支援軍から北海道防衛に参加しなかった参加国軍が行った。
行動目的は、PKO活動に相当する平和維持活動と監視活動に止められた。
さらに日ソの激戦により、生息域を破壊されたヒグマによる人身被害の警戒のために、新世界連合自然保護局から武装した保護官が派遣され、軍人、自衛官等がヒグマに襲われた地域に多くの人員を派遣した。
日本共和区統合省環境局自然保護部と、北海道の自治体で編成されている自警団と連携して、人身事故防止のためにクマ除けの音や匂いを出す装置を設置し、各集落には万一の事態に備えて銃火器で武装した保護官と自警団員を配置した。
人の味を覚えたヒグマでも、クマ除けの音が出す装置と匂いを出す装置で大抵のクマは追い払う事ができる。
しかし、個体の中には効果が無い場合があるから、そういうクマは駆除も視野に入れなければならない。
第2機動師団と大日本帝国陸軍北部軍は、普通科連隊と歩兵科聯隊を投入し、脱走したソ連兵や戦闘の際に行方不明叉は遭難したソ連兵の捜索を行った。
陽炎団警備部からも機動隊と対テロ対策部隊等が派遣され、行方不明者と遭難者の捜索と救助、万一のテロ活動に備えた態勢をとった。
第2機動師団第2後方支援連隊輸送隊の3トン半トラックが、OD色の大型天幕の前で停車した。
1台の3トン半トラックから、6名の陸自隊員が下車した。
天幕の出入口で警備している警衛隊員が彼らを確認すると、出入口を開放した。
天幕内から線香の匂いがした。
輸送隊の隊員たちが天幕内に入ると、一列横隊に並び、挙手の敬礼をする。
天幕内には、OD色の遺体袋が並べられていた。
ソ連軍との戦闘で戦死した、陸上自衛官22名である。
遺体袋の上には、菊の花が1本置かれている。
輸送隊の隊員たちが手を下ろすと、遺体袋を丁寧に運び、3トン半トラックの荷台に乗せた。
いかに最新鋭装備を装備していても、戦死者は出る。
お互い人間であり、敵も味方も関係ない。
どちらも死にたくない感情がある。
陸上自衛隊員と新世界連合軍連合陸軍兵は、防弾チョッキ等の防弾装備を身に付けていたため、戦死者の数は最小限に押さえられた。
戦死した陸上自衛官は全員が2階級特進し、日本共和区平和神社に祀られる。
菊水総隊第2機動師団司令部では、日本共和区統合省防衛局統合幕僚本部監察監の側瀬隆一陸将が制服では無く、迷彩服3型姿で師団長の宮藤と面会していた。
「南東諸島は、どうなっていますか?」
宮藤が尋ねると、側瀬は答えた。
「南東諸島での戦闘は続いている。第8機動師団から2個戦車中隊が上陸し、連合海兵隊1個海兵遠征隊、水陸機動団1個連隊、大韓市国朱蒙軍海軍海兵隊1個旅団が強襲上陸し、イギリス、オランダ、インドの連合上陸軍と激戦を繰り広げている」
側瀬の回答に、宮藤は目を閉じた。
報告では南東諸島に強襲上陸したイギリス、オランダ、インドの連合軍に対して、沖縄に駐屯する第15旅団は空中機動展開部隊である第51普通科連隊と、水陸両用部隊の第53普通科連隊が南東諸島のゲリラ・コマンド攻撃に対処する警備部隊の指揮下に入り、大日本帝国陸海軍警備隊と共同でゲリラ戦や補給物資、対空兵器等の破壊工作、爆撃誘導、空挺部隊の降下地点誘導等の大小さまざまな作戦を行っている。
北海道方面の戦闘は、ソ連極東軍の降伏で終息したが、連合国の同時多発的侵攻に対する日本本土防衛戦は、まだ予断を許さない状態であった。
日本共和区統合省防衛局庁舎防衛局長官執務室。
統合幕僚本部運用行動部部長の神木空将補は、氷室2等海佐を伴って、防衛局長官の村主に面会を申し込んだ。
統合幕僚本部長の本財陸帥の代理として、北海道方面の戦況報告をするためだ。
一通りの報告を聞いた後、労いの言葉を述べて村主は2人に自ら淹れたコーヒーを勧めた。
「いやぁ~ハコ姉さんの淹れたコーヒーを飲めるなんて、最高だなぁ~。日本共和区で、お嫁さんにしたい人NO、1は伊達じゃない」
コーヒーを一口すすって、だらしないヘラヘラした笑いを浮かべながら、氷室は歯が浮くようなセリフを述べる。
「下らない冗談は止めておけ。それと、今は公務中だ。長官と呼べ」
「は~い。わかりました、センセェ」
徹底的にふざけた口調と、表情で答えてから氷室は別人のような表情に変わった。
「新世界連合軍からの情報で、アメリカはハワイ奪還戦の準備を着々と進めているそうです。B-29の量産はもちろんですが、その後継であるB-36もどきの開発に着手しているようです。海軍の方は[エセックス]級とその発展型ともいえる空母を次々と就役させていますし、戦艦の方も[アイオワ]級、[サウスダコタ]級を就役させ、[モンタナ]級らしき戦艦も、1隻確認されています」
「[大和]型戦艦を超える、幻の超弩級戦艦か・・・」
「ええ、これはまだ、未確認なのですが、主砲の口径は46センチだそうです」
「ハワイ奪還の為なら、なり振り構わないというわけか、よくそんな予算が出せたものだな」
「どうやら、マンハッタン計画を凍結し、その予算をつぎ込んでいるようですね」
氷室の報告に、村主は僅かに表情を動かしただけだった。
「石垣1等陸佐の愚弟の予測は、完璧に外されましたね。まあ当然でしょうね、我々がここにいる。それだけで史実通りになるわけがない。その上、アメリカ軍の小娘の問いにすら真面に答えられずに、あの体たらく・・・新世界連合軍の幕僚も、朱蒙軍の幕僚も皆言っていますよ『兄の顔に泥を塗る、馬鹿弟』とね」
冷たい口調と表情で氷室は語った。
「そう言うな、馬鹿には馬鹿の使い道もある。それに、何かの切掛けで、化ける場合もないとは言えない」
村主の言いようは、言いたい放題の従弟を窘めているのか、そうでないのか、フォローにもならない言葉だった。
「優しいなぁ、ハコ姉さんは・・・それでもまだ愚弟君に期待はしているんだ」
「長官と呼べ」
軽く睨まれても、氷室はまったく意に介さない。
「それより、さすがはアメリカ合衆国としか言えないな。ここまで本気でやられると、空恐ろしいものだ」
「しかし、残念なのがテロ連合国家軍間の連携がほとんど、機能していない事ですね。各国で好き勝手に動き回っているだけじゃないですか。規模がデカいのは厄介ですが、何、各個撃破して下さいなんて、戦術立てているんでしょうか。僕なら、こんな無能な戦術を立てる幕僚は全員クビにしますね。何なら今からでも、各国の軍司令部に、その旨を書いた電文でも送りましょうか?」
「まったく・・・君は・・・本気で、アメリカがそんな愚策に打って出たと、そう思っているのか?」
「いいえ、僕や篠野海将の予測が当たりそうです。多分、京子姉さんもそう考えているでしょう。一見無秩序に見える多方面への侵攻作戦ですが、迎撃側も多方面に展開せざるを得ません。それに、事後処理に時間を取られて緊急展開にも支障が出始めています。当然手薄になる場所も出る」
「そうだ、それが狙いだろう。何とか被害を最低限に抑えるよう対策は講じているが・・・」
村主はため息を付いた。
「ある程度、理解を示してくれてるとはいえ、ガチガチの石頭は今も昔もいる・・・そうですね?」
現場はそれなりに、理解してくれても上層部は今だに頭の固い固定観念の塊もいるのだろうなと、村主の表情を見て、氷室は思った。
「しかし、これが切っ掛けになって、大日本帝国も戦略を見直さなくてはならなくなる。今だに陸軍だ、海軍だと固執している石頭どもを刷新して、陸海空の統合運用も、やり易くなったと考えれば、アメリカに礼状の一つも送りたいものだ」
そう言って、執務室に入ってきたのは、大日本帝国海軍の制服に身を包んだ男だった。
「盗み聞きは、趣味悪いですね」
入ってきたのは、海軍軍令部所属の桜川典則大佐であった。
「村主長官、これを」
氷室の言葉を無視して、桜川は持参した資料を渡した。
「今回の件が片付いたら、陸海軍で大幅な人事異動を行う事になるでしょう。それの草案をお持ちしました」
「まだ、南東諸島が終わってもいないというのに、手回しが良いことで・・・」
チクリと氷室が嫌みを言う。
「・・・第1艦隊と聯合艦隊司令部を完全に分離するのか」
「ええ、聯合艦隊司令部には今後、陸海空の統合運用を担って貰わねばなりませんので。来たるべきハワイ防衛戦では、山本長官にその任に専念して貰わなくてはなりません。各艦隊についても、編成を大幅に変更する予定です。すでに海軍大臣と軍令部総長の承認は得ています」
「どれどれ・・・」
氷室が横合いから資料を覗き込む。
「うっわぁ~。戦艦[大和]を旗艦とする第1艦隊司令長官予定者に、この人って・・・マジ縁起悪いんですけど・・・」
「もっとも、適任だと思うが?それに、あの方もご自身の未来は、自分で変えたいとお考えになるだろう」
ふざけた口調の氷室の挑発に乗らず、桜川は冷静な口調で応じた。
「それはそうと、不測の事態続きで遅延しているマレー半島の件ですが・・・」
これ以上、氷室に好き勝手に喋らせていては、話が進まないと見たのか、神木が話題を変えた。
「陸軍参謀本部では、無理にマレー攻略に固執せず、ボルネオ島を抑えることで、シンガポールに駐留するイギリス海軍を封じ込める事ができるのでは。という案も出ているそうです」
「あー・・・それもアリですが、誇り高きロイヤルネイビーが、大人しくしてくれるとは思えませんね。それでなくても、本国の方がガタガタですし、アメリカから援助を引きだそうと、躍起になって何を仕掛けて来るかわかったものじゃ無い。ここは、徹底的に叩いておくべきでしょう」
「・・・陸軍の意見も堅実的だと思うが、何か策があるのか?」
「はい。ジットララインの防衛陣地も完成し、マレー半島の護りは完璧だと考えているでしょうが、ここでその自信を完璧に突き崩せば・・・完成したジットララインは、難攻不落です。しかし、それがマレーに駐留するイギリス軍の最大の弱点でもあります。そこで、ハコ姉さんに、ちょっと口添えを・・・」
含みのある氷室の言い方に、村主は片方の眉を上げた。
「成程、『死神』を原隊復帰させろと?」
「そうです」
「わかった。しかし、私ができるのは口添えだけだ。その判断は現場に任せる。だが正直、現場が嫌がると思うがな・・・特に、御堂は調子に乗って余計な事をしたと聞いている」
「はい。まあそれは、御堂1佐の自業自得ですからねぇ。僕の関知するところではありません」
氷室が口の端を吊り上げて笑う。
日本本土防衛戦 第15章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。




