日本本土防衛戦 第14.5章 怒りの咆吼 自然は破壊者に報復する
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
ソ連軍極東方面軍北海道侵攻軍第220自動車化狙撃師団第2201自動車化狙撃連隊に所属していたヨハン・ニコラビッチ・チェルノフ少佐は、連隊長代理である中佐と共に残存兵57名を率いて、北海道の森林地帯を敗走していた。
57名と言っても、35名が負傷兵であり、7名はかなりの重傷だ。
ヨハン以下58人のソ連兵のほとんどは、自動小銃に区分されるフェドロフM1916、朝鮮半島に侵攻した際に国境警備部隊から鹵獲した半自動小銃(SKSカービン)をそのままソ連表記で量産した、呼称は史実同様にSKSカービンである。
短機関銃のPPD-34/38は弾が尽き、弾薬が残っている兵士もそれほど多くない。
「同志少佐。ここまで来れば日本軍の追撃は無いだろう。ここで休息をとろう」
連隊長代理が言った。
「同志連隊長代理。日本軍は我々が敗走した際に追撃しなかったのは、何か怪しいと思いませんか?」
ヨハンは、日本軍の不可解な行動に疑問を感じていた。
「同志少佐・・・」
「同志少佐!これを見てください!」
連隊長代理が何か言おうとした時、部下の1人が叫んだ。
「なんだ?」
ヨハンが部下の元に駆け出す。
「これは・・・」
ヨハンはその光景を見て、驚愕した。
鹿の死骸である。
「そうか・・・だから、日本軍は我々を追撃しなかったのか・・・」
鹿の死骸は、大型の捕食動物に食べられた跡がある。
そして、地面を掘り返した跡も・・・
つまり、この鹿を仕留めた捕食動物は鹿を食べた後、保存のために地面に埋めた。
だが、別の大型の捕食動物が地面を掘り返して、保存された鹿を食べたのである。
「これはヒグマの仕業だ・・・」
時期を考えれば、熊が冬眠から目を覚まし、穴から出てくる季節だ。
「同志連隊長代理!すぐにここから離れましょう!日本軍の次は、飢えたヒグマどもに襲われます!日本軍が我々を追撃しなかったのはこの辺りがヒグマの生息域だからと知っていたのです!」
ヨハンが具申した。
「無理を言うな、同志少佐!日本軍の追撃を振り切るために、多くの同志たちが疲れ切っている。これ以上の移動は不可能だ!」
「同志連隊長代理は都会育ちだから、そんな悠長な事が言えるのです!いますぐ、ここから移動しなければ奴らが襲ってきます!」
田舎育ちの下士官が叫ぶ。
「同志。ヒグマは臆病だと聞いた事があるぞ。銃を数発撃てば尻尾を巻いて逃げると聞いた」
今度は都会育ちの下士官が否定する。
「確かに単なる遭遇レベルなら、銃を数発撃てば逃げる場合もあります。しかし、今回は状況が異なります。日本軍との戦闘で多くの同志たちが傷つき、血を流しています。血の匂いを出している以上、ヒグマどもは我々を捕食対象にしか見ません」
ヨハンが説明する。
「それに日本軍と我が軍との大規模な戦闘で、恐らく、この辺りのヒグマは極めて気が荒くなっているはずです。ここにいるのは危険です!」
田舎出身者と都会出身者との間で、意見の対立が発生した。
ソ連でもヒグマは生息するが、どこにでもヒグマが現れる訳では無い。
当然、ヒグマの活動域で生活している人は、ヒグマの恐ろしさを一番理解している。
結局、意見の合意が見られず、部隊が2つに別れた。
連隊長代理と40人はこの場に残り、ヨハンと18人が移動する事になった。
もちろん、個人携行火器は均等に分けた。
深夜になり、連隊長代理以下39名のソ連兵は、日本軍に発見される危険性を承知で焚き火を行った。
動物は火を恐れる、誰もが一度は聞いた事がある。
周囲の警戒に展開している兵士は2人で行い、1人は松明を持ち、もう1人が小銃を持って警戒する。
「まったく、田舎連中の被害妄想は呆れるな。こうやって、松明を持っていたら、クマなんて何も問題も無い」
松明を持った、軽傷のソ連兵が同僚にぼやく。
「ああ、まったくだ」
SKSカービンを持ったソ連兵が同意する。
その時、何か物音が聞こえた。
「何だ?」
松明を持ったソ連兵が、音のした方向に足を向ける。
ソ連兵は松明で前方を照らしながら、ゆっくり前進する。
「グォォォ!!!」
その時、真横から咆吼を上げながら、体長3メートルぐらいのヒグマが突然現れ、前足を器用に使い松明を持ったソ連兵の顔面に直撃させた。
ヒグマの一撃を受けたソ連兵は、首の骨をへし折られて即死した。
「おい!嘘だろう!」
SKSカービンを慌てて構え、同僚を殺したヒグマに銃口を向けるが・・・
背後から激しく地面を踏む音が響いた。
ソ連兵が振り返ると、そこには猛スピードで突進してくるヒグマがいた。
ヒグマはソ連兵にのし掛かり、首元に噛みついた。
一瞬のうちに、彼も絶命した。
余談だが、動物が火を恐れる、というのは半分だけ正解で半分だけ間違いだ。
これは飼い犬でもわかる事だが、飼い犬の前で飼い主が火を使っていれば、やがて犬の方から火に近づく。
動物も馬鹿では無い。
直接火に身体が触れ無ければ、問題無いと認識する。
もちろん、火を恐れる動物もいるが、それは個体によるし、それは人間も同じだ。
人でも火を見るだけで失神する者もいれば、触れる事もできる者もいる。
そして、野生動物が、火を見るのは主に、自然災害による事が多い。
人間が火を使うのは、野生動物から見れば自分たちの生息地や寝床等を破壊している、と認識される。
つまり、戦闘によって、砲弾やミサイル、爆弾等の攻撃で生態系は一時的に壊された。
餌が豊富にある餌場や、動物の寝床等が突然破壊された。
それに対する怒りと、自分たちの領域を侵害し、血を流し、血の匂いを漂わせる人間(兵士)は、捕食動物から見れば単に捕食対象であり、排除対象でもある。
ヨハンと行動を共にしたソ連兵18人は、獣が通らないルートを移動し、夜を過ごした。
その際、焚き火だけでは無く、支給されている煙草すら吸わなかった。
携帯糧食を口に入れた後も、食べ残しや入れ物も背嚢の中に入れた。
地面に埋めた場合、ヒグマが匂いで感づき、そこに自分たちがいた事を教えてしまう。
ヨハンたちは徹底的に安全対策を取ったが、これらがすべて無駄に終わる事態が発生する。
「同志少佐!」
警戒に当たっていた兵士が声を上げた。
「どうした?」
ヨハンが地図を見ながら、今後の対応の計画を練っていた時に警備兵ともう1人、血が付着した軍服姿の少年兵が連れられてきた。
「君は?」
ヨハンが少年兵から所属と状況を聞くと、日本軍からの反攻にあった際、その少年兵と10人程度のソ連兵は敗走した。
しかし、その夜にヒグマが群れで襲ってきたのだ。
少年兵以外は、ヒグマの襲撃で殺された。
少年兵から事情を聞いたヨハンたちは、1つの疑問を感じた。
「1つ聞きたい。君はどうやって、逃げられた?」
30代後半の下士官が聞く。
「はい、自分もあまり覚えていないのですが、ヒグマの群れが上官や同志たちを襲っていた隙に、なんとか逃げられたのです。全速力で走りました」
少年兵の言葉に、ヨハンたちは顔を見合わせた。
それが、単にヒグマがこの少年兵を見逃した訳では無い事をわかっているからだ。
「お前、奴らをここに誘導したな」
ヨハンはそうつぶやき、立ち上がる。
「え?」
少年兵は驚く。
ヒグマ等のクマが、なぜ食物連鎖の頂点に君臨できるのか。
それは身体が大きいからでも、雑食だからでも無い。
極めて知能が高いからだ。
日本では報告された事は無いが、外国では数件だけ報告された事案がある。
それは、いくつかの団体が生態系の調査のためにヒグマの生息域に入った。
もちろん、調査員には武装したガイドもいた。
だが、その時期が冬眠から覚めたヒグマの活動期初期で、さらに異常気象により、餌が極端に不足していた。
そこに現れた、恰好の捕食対象である。
この時、ヒグマたちは群れを作り、計画的な攻撃を行った。
まず、ヒグマたちは銃を持った人間たちと、銃を持たない人間たちを分断し、襲撃。
その際に数人の調査員とガイドが脱出し、別の調査員団体と合流した。
すると、その夜に次々と襲われたそうだ。
この事案には諸説あるが、その中でもっとも可能性があるのは、ヒグマは人間の社会性を理解している。
1人叉は2人を見逃せば必ず、他の人間がいるところに避難する。
つまり、1人ないし2人を逃がし、彼らに別の餌場に案内してもらおうと考えたと推測されている。
共通の餌があり、それが豊富であれば単独行動のヒグマでも群れを一時的に結成する。
これは、産卵のために川に昇る鮭の大群に対しては、たびたび見る事ができる光景だ。
AグループとBグループに別れて、Aグループが川で大暴れし、鮭をBグループに誘導し捕食する。
ヒグマが、もっとも人に危険をもたらすのは、侵入者から捕食対象叉は排除対象になった時だ。
「同志少佐。どうします。このまま、ここに居れば奴らに襲撃されます」
「・・・・・・」
ヨハンが、部下の具申に悩む。
「日本軍に投降しましょう!」
1人の部下がとんでもない事を発言したが、それを咎める者はいない・・・しかし、その前に。
「それは至難の業だ。恐らく、ヒグマどもはそんな事はわかっている。別の群れが日本軍の陣地と我々の中間地点で待ち伏せしている」
ヨハンが言った。
何度も言うが、ヒグマは極めて知能が高い。
「ですが、このまま、自軍の陣地まで撤退しても、ヒグマの攻撃で全滅します。それなら、もっとも近い日本軍陣地なら、生存の可能性はあります」
「日本軍に捕まっても、銃殺されるかもしれんぞ」
「喰われるよりかはいい!」
下士官や、下級将校たちが議論する。
「よし、日本軍に投降する。それでいいな?」
ヨハンが決断した。
すぐに出発の準備をして、日本軍が展開する地域に向かう。
もともと来た道を進むだけだから、迷う事は無い。
それに日本軍の航空機に発見されても、すぐに抵抗の意思が無い事を教えられる白旗を持っている。
かなりの時間を移動した後、さすがに疲労が溜まったのか、ヨハンの部下たちの中には前進速度に遅れる兵が現れた。
「ここで止まれ!一端、休憩する」
ヨハンが休憩の指示を出す。
兵士たちが地面に座り込む。
ヨハンが地面に座ろうとした時、何かの気配を感じた。
「全員!銃を構えて、固まれ!」
ヨハンが叫び、ホルスターからトカレフTT-33を抜き、構える。
兵士たちも小銃を構えて、周囲を警戒する。
「どこだ?」
1人の兵士が叫ぶ。
ヨハンが周囲を睨みながら、見回すと・・・
「武器を捨てろ!」
ヨハンの前の茂みが突然動き、軍服の上にギリースーツと呼ばれる、森林に溶け込むような服を着た兵士が、見慣れない銃を向けながら、ロシア語で叫んだ。
顔は緑と黒で塗られ、森に溶け込むように塗装していた。
軍服も、緑色を基調した物だ。
「日本軍か?」
ヨハンが自国語で問う。
「違う。ニューワールド連合軍だ。武器を捨てろ」
「ニューワールド連合軍?」
ヨハンがそう言うと、周囲の茂みや地面が動き、見慣れない短銃身の自動小銃や機関銃をこちらに向けている。
ヨハンたちの目の前にいるのは、ニューワールド連合軍多国籍特殊作戦軍ネイビーシールズ・チーム11に所属する小隊だ。
[フロンティア]から出撃したネイビーシールズの部隊である。
ヨハンに銃(MP5N)を向けたニューワールド連合軍と名乗った兵士が左手を差し出す。
「さあ」
ヨハンはトカレフTT-33をその兵士の左手に置く。
「負傷兵がいる。彼らの治療を頼む」
ヨハンがそう言うと、兵士は言った。
「すぐに菊水総隊陸上自衛隊から医療ヘリが来る」
兵士はそう言うと、何か指示を出した。
日本本土防衛戦 第14.5章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は9月12日を予定しています。
次話で北海道防衛戦は終了します。第6部1章より南東諸島奪還戦、ドーリットル隊の空襲作戦に入ります。




