日本本土防衛戦 第12章 霧中の水上戦 老兵立つ
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
津軽海峡西口で、ソ連軍潜水艦を警戒するヘリコプター搭載護衛艦[ひえい]は、津軽海峡を通過する破軍集団海上自衛隊の補給艦や輸送艦、新世界連合軍連合戦略兵站軍海上兵站軍の支援艦等を無事に通過させるのが任務だ。
[はるな]型ヘリコプター搭載護衛艦は、[ひゅうが]型ヘリコプター護衛艦の就役後は退役したが、2番艦[ひえい]は退役後、解体処分を待っていたが、防衛政策の見直し、護衛艦の増強等で[ひえい]は解体処分されず、密かに艦齢を伸ばす改修を行い、経済回復したロシアの軍備増強と、北方の危機に対処するため、大湊地方隊に配備された。
この時代にタイムスリップしたのは、元の時代で[ひえい]の必要性が無くなり、さらに再就役から退役に近づいていたからだ。
タイムスリップ後は、大日本帝国海軍横須賀鎮守府のドックで再び艦齢を大幅に伸ばす改修と[しらね]型ヘリコプター護衛艦と同じくシステム等の更新を目的とした、近代化改修が行われた。
所属は第1沿海護衛隊司令が乗艦する艦として大湊鎮守府警備戦隊と共に、大日本帝国北方の海上の安全を守っている。
しかし、老朽化が深刻なため、主に津軽海峡と宗谷海峡の海上警備にとどまっている。
「艦長。工作班から報告です」
[ひえい]艦長の伊勢谷衛1等海佐が艦長席で報告書を受け取る。
「ふうむ」
報告書に目を通しながら、伊勢谷は難しそうな顔をする。
「ソ連軍との戦闘が終わったら、本艦はすぐにドック入りだな」
「できれば、すぐにでもドック入りをしなければいけませんが、今はそんな事を言っている場合ではありません」
副長兼機関長の2等海佐がつぶやく。
「まあ、仕方あるまい。この艦も俺や君と同じく年をとっている。俺も君も隠居生活が退屈であるから、再入官したが、こいつはそうでは無い」
伊勢谷がつぶやく。
「はい、エンジン不調も深刻ですが、よりによって対水上レーダーも不調です。海上総監部にその事を申告したら、津軽海峡西口の警備のみにとどめる、という指令が出ましたからね」
「まあ、それでも、そんな状況下で第1空母打撃群が海峡通過した際に、ソ連潜水艦2隻を本艦が撃沈した。なんとか戦えるだろう」
伊勢谷がつぶやくと、艦橋の窓から海上を見た。
「霧が濃くなってきたな。対水上レーダーが不調の状況下で、戦時下の霧中航行は危険を伴う」
「見張員の数を増やしました。これでどうにかするしかありません。幸いにも対空レーダーは問題ありませんので、対空レーダーを航空管制レーダーとして扱って、SH-60Jを対水上警戒に出撃させる事を具申します」
副長の言葉に伊勢谷がうなずいた。
「ああ。ともかくSH-60Jの周辺空域は厳重に警戒してくれ、近づく航空機があれば必ず警告するんだ」
「はい」
[ひえい]から発艦したSH-60Jは、低空を慎重に飛行しながら、対水上レーダー不調を起こした[ひえい]の目となり、対水上索敵を行っていた。
「シーホーク2より、まもなく燃料が切れるために対水上警戒をやめ、これより、[ひえい]に帰投する」
SH-60Jのパイロットとして20年以上の操縦経験があるベテランパイロットの3等海佐は、アナログ式計器類を見ながら告げた。
「[ひえい]より、シーホーク2へ、本艦の対水上レーダーに微弱な反応があった。不調により、レーダーによる正確な確認ができないため、ただちに確認せよ」
対水上レーダーが不調でもまったく探知できない訳では無い。
探知はできるが、その反応が微弱なだけだ。
「了解。これより、確認する」
機長は燃料の消費を抑えるために慎重に操縦しながら、目標確認を行った。
霧が濃いため、赤外線カメラで目標を確認するしかない。
「これは・・・」
5隻の艦影を確認した。
重巡洋艦クラス、軽巡洋艦クラスが1隻ずつ、駆逐艦3隻であった。マストに掲げられている旗は・・・
「目標はソ連艦隊と確認!津軽海峡西口に接近中!指示を請う!」
機長はすぐに報告した。
[ひえい]の司令室で仮眠をとっていた第1沿海護衛隊司令の木立真賢海将補は艦長の伊勢谷からの緊急連絡で起こされ、CICに入室した。
「司令。お休みのところ申し訳ありません」
第1沿海護衛隊司令付の補佐として木立が無理を言って、司令付補佐にした梅沢2等海佐が伊勢谷と海図を見下ろしながら、頭を下げた。
「別に構わない。敵が現れたのは、君のせいでは無い」
木立は首を振って、言った。
「それでソ連軍艦隊は?」
木立が聞くと、梅沢が答えた。
「はい、[キーロフ]級重巡洋艦1隻、[スヴェトラーナ]級軽巡洋艦1隻、[レニングラード]級駆逐艦3隻です」
「ううむ」
梅沢からの報告に、木立はうなり声を上げた。
「史実ではソ連赤色海軍であり、赤軍の一部でしか無かった。さらに海軍力はあくまでも沿岸警備と防衛が主体であり、外洋海軍では無かった。これほどの太平洋艦隊をロシア革命後から、ここまで作り上げるとは・・・」
「日ソ不可侵条約と大日本帝国の統治下では無くなった、朝鮮に独立の混乱に紛れて南進しようとしたが、我々と同じくこの時代にタイムスリップし、我々と同じように独立した権限を与えられた大韓市国軍の猛攻で思わぬ損害を出しました。ソ連軍の面目が丸つぶれですからね。南進計画の際に朝鮮沿岸部に艦砲射撃を加えようとしたソ連軍太平洋艦隊は思わぬ損害で計画中止になりました。言わば、今回の北海道侵攻はその雪辱を晴らすためでしょう」
「迷惑な話だ」
木立はそうつぶやいた後、梅沢と伊勢谷の顔を見た。
「皮肉な事に艦隊運用の海将補の先輩方は当然だが、沿海護衛隊司令の海将補が艦隊戦を経験するとは誰が想像しただろうな・・・」
もともと木立のタイムスリップ前の階級は1等海佐であり、艦艇勤務ではなく陸上勤務だった。
舞鶴地方総監だった篠野真人海将の推薦で、もっとも警戒すべき北方海上警備の沿海護衛隊司令に任命された。
その時、篠野が上に働きかけ、彼を海将補に昇進させた。
これは、ソ連が条約を破る事を前提にした処置だ。
(篠野さんの予感は必ず的中する。そして、今後もあの人の予感は的中するだろう。その予感を必ず外すために、自分を抜擢した。ならば、必ずその期待に答えなくては・・・)
木立はそう思って、伊勢谷に聞いた。
「艦長。本艦の今の状況で、津軽海峡封鎖に出撃したソ連軍小艦隊に対処できるか?」
「難問ではございますが、不可能ではありません。[ひえい]の対水上捜索レーダーは不調を起こしておりますが、火器管制レーダーは問題ありませんし、SH-60Jを発艦させれば攻撃は可能です」
[ひえい]の近代化改修の中には、武器システムの強化も含まれていた。
前部に2基ある73式54口径5インチ単装速射砲の1番砲を撤去し、そこにアメリカ海軍から供与されたMk13を装備した。
これは標的艦として使用された、[オリバー・ハザード・ペリー]級ミサイルフリゲート艦1隻の取り外された装備の1つである。
Mk13はSM-1/2と言った中距離艦対空ミサイルと、艦対艦ミサイルであるハープーン・ミサイルを発射できる。
しかし、いくつか無茶な改修でもあったため、とても外洋戦闘艦として使うのは危険と判断された。
しかし、水上戦能力は改修前の[ひえい]より上だ。
「対水上戦闘用意!ハープーン発射準備」
[ひえい]の砲雷長が叫び、CICでは、担当の海曹たちが諸元データを入力していた。
ソ連軍の小艦隊を発見したSH-60Jは[ひえい]に帰還し、帰還後に対水上と対潜哨戒を引き継ぐSH-60Jが発艦した。
「艦長。P-3Cが1機、こちらに向かっています!」
通信士が報告する。
P-3Cは高性能の対潜水艦捜索と探索を装備し、広範囲を長時間飛行できる航続距離で海中に潜む魔物を狩る。
さらにP-3Cは対潜水艦捜索能力だけでは無く、対水上艦艇監視能力もあり、武装も警告用の150キロ対潜爆弾や97式短魚雷等の対潜水艦攻撃だけでは無く、91式空対艦誘導弾(ASM-1C)が4発搭載されているから、水上艦への攻撃も可能。
「艦長。P-3Cとはリアルタイムで交信し、どの艦に攻撃するか等、正確に情報を共有せよ」
木立がCICのスクリーンを眺めながら、注意した。
「了解しました」
伊勢谷がうなずく。
菊水総隊海上自衛隊第6航空群第7航空隊第71飛行隊に所属するP-3Cは、霧がかからない上空から赤外線水上艦艇監視カメラでソ連軍小艦隊を補足した。
この時代の水上艦艇にステルス性能は皆無で、ボイラー艦であるため、艦の熱源を探知するのは難しく無い。
「機長![ひえい]より、通信です!」
通信員の2等海曹が報告する。
「なんだ?」
「攻撃目標の査定です。先制攻撃は、本機に譲るとの事です」
「なるほど。この霧の中でも航空攻撃を行える事を見せつけて、ソ連軍小艦隊が混乱したところに洋上からハープーン・ミサイルを撃ち込み、目視確認をしなくても、敵味方の区別が正確に把握できる圧倒的能力を見せる訳か・・・これなら、ソ連軍海上軍だけで無く、地上軍の戦意を挫く事もできる」
P-3Cの機長である3等海佐は、『老いぼれ艦』というあだ名を付けられた[ひえい]が悪い意味だけの通称では無い事を理解した。
老いぼれ艦というあだ名が付いた原因は、[ひえい]の艦長と副長を含めて、全乗員の3割が定年退職した海上自衛官であり、艦を運用している海曹から幹部までは40代以上が8割を占めているからだ。
そのため、20代、30代、40代等がバランス良く乗艦している他の自衛艦の乗員から、[ひえい]は老いぼれ艦と呼ばれるようになった。
しかし、それは悪い意味にも取れるし、その逆の意味にも取れる。
ただし、良くするも悪くするも、その船を運用する熟練者のみ。
「ソ連軍小艦隊最前衛の巡洋艦にASMを2発撃ち込め!」
機長が指示を出すと、戦術航空士が諸元データを入力する。
「ソ連軍小艦隊と距離をとり、旋回して攻撃する」
機長はそう言うと、そのままソ連軍小艦隊上空を通過し、ある程度の距離が離れたところで旋回した。
「タコー!準備はいいか?」
「ああ、いつでもいいぞ」
タコーとは、戦術航空士の事である。
「ASM発射!」
「投下!」
機長の指示で、戦術航空士が発射ボタンを押した。
P-3Cが搭載する91式空対艦誘導弾が切り離され、ジェット噴射し、そのまま目標艦に突っ込む。
終末誘導はアクティブ・レーダーで、目標艦を再確認し着弾する方式だ。
赤外線暗視カメラの映像を見ながら、ASMが着弾する瞬間を確認した。
260キロの炸薬が炸裂し、[キーロフ]級重巡洋艦の上部構造物を破壊する。
それが2発であるから、[キーロフ]級重巡洋艦は爆発炎上した。
[キーロフ]級重巡洋艦[パールラーダ]が、日本軍からのロケット攻撃で被弾した光景を見た、後続の[スヴェトラーナ]級軽巡洋艦[ヴィーチャシ]の艦橋では、艦橋要員たちは驚愕の表情を浮かべていた。
霧中航行であるため、見張員の数を増やし、艦首から艦尾まで乗員たちが目をこらし、耳をすませて、海上の警戒を行っていた。
アメリカからの供与で対空レーダーや水上レーダーを搭載しているが、アメリカ海軍やイギリス海軍と比べればかなりの旧式だ。
探知距離も短く、出力も低いから、近距離限定で補足できる程度だ。
レーダー室からの報告で、日本軍と思われる航空機を探知したが、高度も高く、この霧では空から発見できる訳が無いと慢心していたが、どうやら、それは間違いだった。
「艦長。[パールラーダ]は爆発炎上!艦速が低下しています!」
「衝突回避!左舵一杯!」
艦橋見張員からの報告に、艦長は衝突回避行動をとる。
「レーダー室。水上、対空に何か発見したか?」
艦長が聞くが、レーダー室では、ロケットを発射したと思われる航空機が再び艦隊上空を通過したのを、辛うじて探知しただけだ。
「注意しろ。奴らは俺たちの姿を完全に補足している。警戒を怠るな!」
艦長がそう叫ぶと、隣に立つ将校に顔を向けた。
「同志少佐。作戦を中止し、残存艦を率いて撤退すべきと考えるが、どうか?」
艦の指揮官は艦長であるが、ソ連軍では異なる指揮系統が存在する。
政治将校である。
主に一党独裁の国家に置いて、党に絶対服従の将校を派遣し、党のための軍隊として規律の維持、司令官や上官を含む将校の逮捕、即刻銃殺等と言った権限を有する。
代表的な国家として東側陣営の共産主義国が該当するが、西側諸国でも似たような組織が存在する。
政治将校は各部隊に1名配置するという規定が存在し、党の意向に絶対服従で誰の意見も聞かないというイメージが一般的だが、必ずしもそうでは無い。
政治将校と将校の間では汚職が目立ち、部隊指揮官と政治将校が手を組み、党の命令に従わない事も多い。
「その方がいいでしょう。日本軍に発見された時点で、本作戦は失敗です。それに、どうやら我々はアメリカの虚言に踊らされたようだ・・・こんな、情報はまったく知らされていない。党委員会に至急報告し、アメリカ政府に抗議してもらう」
政治将校である少佐が、うなずいた。
ソ連軍というのは、一度最高権力者から命令が出れば、簡単にその命令を変更できないし、作戦を中止する事はできない。
だが、それは部隊指揮官のみが、判断した場合だけだ。
政治将校を懐柔していれば、簡単に命令変更や作戦中止は可能だ。
「全艦に緊急連絡!旗艦[パールラーダ]は旗艦機能を喪失し、臨時に本艦が艦隊の指揮をとる。全艦ただちに作戦を中止し、原隊に戻る!」
艦長がそう指示をすると、[ヴィーチャシ]は左にさらに舵を切った。
だが、[レニングラード]級駆逐艦2隻は撤退命令を無視し、そのまま当初の作戦を続行した。
どうやら、政治将校を懐柔できなかったのと、党委員会に対するコネを持っていない政治将校が、乗艦していたようだ。
「不運だな」
艦長がその光景を見ながら、つぶやいた。
[ひえい]から発艦したSH-60Jが、2隻のソ連軍艦が撤退する針路をとり、2隻のソ連軍艦が津軽海峡に向かっているのを確認した。
「どうやら、P-3Cが撃沈した巡洋艦は、旗艦だったようだ。指揮官を失った艦隊は命令系統が根絶し、各艦長が独自に判断しなくてはならない。さらにソ連軍は政治将校がいる。その将校がどれだけ上層部にコネがあるかで、状況は変わる。作戦を続行した艦2隻は不運だった、という訳か」
木立がつぶやくと伊勢谷が尋ねた。
「では、どうしますか?」
「俺たちは、津軽海峡の海上交通路を守れという命令を受けている。命令は絶対だ」
木立がそう言うと、伊勢谷がスクリーンを見上げる。
「ハープーン・ミサイルを撃ち込むか」
伊勢谷がそうつぶやくと、砲雷長がハープーンの発射命令を出す。
射撃管制員たちが、諸元データを入力する。
「ハープーン発射始め!」
副長が叫んだ。
「撃て!」
砲雷長の号令で、発射管制を担当する士官がボタンを押す。
[ひえい]の前部に搭載されているMk13が旋回し、ハープーン・ミサイルを発射する。
続けて次弾が装填され、再び発射される。
ハープーンは水面ギリギリを高速飛行し、目標まで1000メートル未満まで接近すると一気に急上昇し、そのまま、目標艦の上部構造物に突っ込む。
遠くの海上で、爆発音が響く。
駆逐艦レベルであれば、ハープーンの直撃を受ければ轟沈だろう。
「兵器もそうだが、その国の政体もすべては人次第という事か・・・民主主義、共産主義等政治形態は色々あるが、どれも良い面と悪い面はある。どれだけ良い面を伸ばし、悪い面を抑えられるかは、トップに立つ人間次第というわけか・・・」
木立は、ポツリとつぶやいた。
日本本土防衛戦 第12章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。
次回の投稿は9月5日を予定しています。
IF外伝もう1つの戦場のお知らせですが、3.5部と番外編を9月1日に投稿します。




