98.SS級ボスの条件
「ほぉーん、あいつら伝説のSS級パーティとかいうだけあって、なかなかやるじゃないか」
サムライが映されている配信をクガに見せてもらっていたアリシアはそのような感想を述べる。
クガとアリシアの二人は、そのまま居酒屋に残って、配信を視聴していた。
「……」
アリシアはなかなかと言うが、クガにとっては十分に凄まじいとか圧巻とかそういう言葉で表現される内容であった。
ゆえにクガは画面の前で固まってしまう。
アリシアもそれに気が付く。
「おいおい、クガ、どうした? 奴らに圧倒されてしまったのか?」
「…………まぁ、違うと言ったら嘘になる」
「やれやれ……私から言わせれば、君も似たようなものだぞ?」
「……!?」
「君は私と一緒にSS級のドラゴンを倒したのだろう? もっと自分に自信をもってほしいものだなぁ。私の何者かとして……」
「っ……、そうだな。善処する」
「うむ……!」
クガの様子は自信を取り戻した! というようなものではなかったが、それでもアリシアは満足気である。
「さて、50層の正体は私からすると、やや拍子抜けではあったのだが、まぁ、それはそれとして、着手せねばならぬことがあるな!」
「ん……? なんだっけ……?」
「クガ! 全く君というものは……! あるだろ! やらなきゃいけないこと……! 城の移転だ……!」
「あ、あぁ……」
「SS級ボスになったのだ! ボスの城を49層に移さねば……!」
「そ、そうなんだな……まぁ、そうだよな……」
アリシアはそのように言っていたが、クガは正直、どっちでもよかった。
なんなら上層43層、湖畔エリアに愛着も湧きはじめていたので、ちょっと名残惜しかった。
しかし、城主の意向ならば仕方がない。
◇
双頭ダンジョン、上層43層、湖畔エリア。
アリシアの城の前――。
「えー、あー、こほん……それでは、これより城の移転式を執り行う」
アリシアが城の前で、幾分、そわそわした様子で宣言する。
「「「わんわんおー」」」
「「「うぉおおおおお!!」」」
アリシアの眷属である柴犬コボルト達が「わんわんお」と呼応し、アリシアの実質眷属である狼男達も「うぉおおおおお!」と雄叫びをあげる。
周辺には、アリシアの実質眷属であるS級魔物の人狼、妖狐といった要人もいて、様子を見ていた。
ちなみになぜ実質眷属かというと、人狼はクガの眷属であるからだ。
直接的な眷属ではないのだが、クガはアリシアの何者かであるから実質眷属というのがアリシアの主張だ。
なお、妖狐は人狼の眷属である。
実質眷属の眷属|《妖狐》もまた実質眷属みたいなものだろうというのがアリシアの認識である。
【うぉおおおおおおお! 移転か!】
【移転! 移転!】
【まぁ、俺らは画面越しに見ていただけとはいえ、感慨深いな……】
移転式は配信もしており、リスナー達も盛り上がっている。と……、
【ん? ところで移転ってどうやるんだ?】
素朴な疑問がリスナーからぶつけられる。
「ふっふっふっ、その辺はぬかりないのだよ」
アリシアは自信ありげな表情を浮かべる。
「ちゃんと生活のマニュアルに書いてあるのだ。SS級ボスになり、移転の条件を満たせば、特殊な移転魔法〝ヒッコシ〟が使えるようになるのだ!」
【なるほど! 流石だぜ! 吸血鬼さん】
【なんか妙に日本語チックな魔法だな】
【やれ! ヒッコシ! いけ!】
と、数々のコメントの中に、
【ミカリ:アリシアさん、城移転、おめでとー】
「おっ……?」
知り合いからのメッセージがあり、アリシアも反応する。
ミカリとは、クガがかつて所属していたパーティ〝クマゼミ〟のメンバーである。
かつてクガを追放したクマゼミであったが、その因縁は解消され、今では、アリシアとも友好的な関係を築いているのだ。
「お、おー、ミカリ、わ、わざわざありがとなー」
平静を装うアリシアであるが、天下の吸血鬼であるアリシアもこの人間ミカリのことはちょっと畏れている。
以前、人間界に行った時にかなり振り回されたからだ。
「よーし、それじゃあ、そろそろやるぞ……!」
アリシアは城に向けて、掌をかざす。
それを見守る皆が固唾をのむ。
そして……、
「特殊移転魔法…………〝ヒッコシ〟!」
アリシアが叫ぶ。
「「「………………ん?」」」
【【【………………ん?】】】
見守っていた皆が首を傾げる。
何も起こらなかったからだ。
「お、おかしいな……ど、どういうことだ?」
当のアリシアも焦りの表情を浮かべている。
「人狼よ……! 確かに特殊移転魔法〝ヒッコシ〟については生活のマニュアルに書いてあったよな?」
「え……? 私、読んでませんけど……興味なかったので」
ふわっとした白銀の髪の少女である人狼は、少々、冷たい感じに答える。
「なっ……! なんだと……!?」
アリシアの焦りは濃くなる。と……、
「いんや、吸血鬼先輩、確かに特殊移転魔法〝ヒッコシ〟については書かれていたよ☆」
隣りで会話を聞いていた小柄な少女が答えてくれる。
彼女は妖狐。白い和装を身にまとった犬のような耳とふさふさな尻尾がついた小柄な少女の姿をしている。
「おー、よーこちゃん、そうだよな! 書いてあったよな! ありがとうー!」
アリシアは妖狐にお礼を言う。
「妖狐……本当にそんなページあるのか?」
「あるよ☆ 人狼はちゃんと生活のマニュアル、読んでないのかい?」
「……まぁ、ちょっと読書が苦手でな…………って、妖狐! なんで、お前、直接の主である私は呼び捨てで、吸血鬼には先輩つけてるの!」
「え……? まぁ、細かいことは気にするなって☆」
妖狐はてへぺろして誤魔化す。
「……でも、なら、なんで〝ヒッコシ〟発動しないのだろう……」
【もしかしてだけどさ……】
「ん……? なんだ? 何か思い当たることがあるのか?」
【いや、本当、もしかしたらなんだけど、吸血鬼さんのヒッコシのイントネーションがヒ↑ッコシ↓じゃん】
【確かに……】
【日本語の引っ越しのイントネーションはヒ→ッコシ↓だもんな】
【それだ。間違いない】
「ぬ? どういうことだ? クガ、わかるか?」
「え……? あぁ、だからヒ↑ッコシ↓じゃなくてヒ→ッコシ↓だとリスナーは言っているな」
「なるほど……!」
「いや、でもな……アリシア……」
「確かにそうかもしれないな……!」
「え……?」
「ありがとう! リスナーよ! 早速、再チャレンジしてみよう!」
アリシアは再び、掌を城へ向ける。
そして、叫ぶ。
「特殊移転魔法…………〝ヒ→ッコシ↓〟!」
「「「………………」」」
【【【………………】】】
「…………何も変化ないじゃないかぁああああ!!」
アリシアは涙目になる。
【いや、流石にそれはないでしょw】
【吸血鬼さん、ちょっと信じててかわよ】
【正直、ヒ↑ッコシ↓って言ってる吸血鬼さんの方が可愛かった】
「貴様らぁあああああ!!」
アリシアはぷんすかする。
ちょっと信用すると、すぐデマ情報を流す。
それが本質的にはお調子者であるリスナーというものである。
【ってか、結局、移転はできないってこと……?】
【そもそも吸血鬼さんはSS級ボスになれてないってことなのか?】
「あ……う……」
アリシアは言葉に詰まる。
そこへ無慈悲な追い打ちがくる。
【ミカリ:昇格祝いとはなんだったのか】
「はぅうううう!」
アリシアは小さくなる。
「く、クガよ……! どうしてだ!? どうして移転ができないのだ!」
最終的にアリシアはクガに頼る。
クガは俺もわからないんだけどな……と思いつつも、極力、誠実に答える。
「いや、まぁ、正直さ……SS級ボスの条件、本当に満たせてるのか怪しいのがいくつかあるよな……」
「……!」
アリシアははっとしたような表情を浮かべる。
そうして、アリシアはSS級ボスになる条件の紙きれを取り出し、改めて内容を確認する。
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【SS級ボスになるには】
・侵略者を30人狩る
・A級パーティを狩る
・S級パーティを狩る
・眷属を従える(S級ボス)
・ボスの城を構える
・SS級ボスの枠を空ける
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「なんでだ!? ちゃんと全部達成しているではないか? どれだ? どれが怪しいんだ?」
アリシア本人はしっかり達成したと思っているようだ。
「お、おう……」
クガは、そもそも自分と一緒に達成してもOKなのだろうかと根本的な部分も気になった。
しかし、それを言うと、全ての項目が怪しくなってしまう。
とはいえ、クガはアリシアの何者かであると、互いに認めている。
人狼も狼男達を眷属としている。SS級ボスのドラゴンも自身の子供を使役しており、戦力であると明言していた。
それを考えると必ずしも単独でなくてもよいと仮定し、一旦、そこはOKであると考えることにする。
その前提の元、クガはもう一度、SS級ボスの条件を振り返りメモを加筆していく。
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【SS級ボスになるには】
・侵略者を30人狩る
→これは大丈夫だろう。アリシアが計算ミスしていなければ。(そういう意味ではちょっと怪しい……)
・A級パーティを狩る
→これは大丈夫だろう。(A級パーティ〝モンスタースレイヤー〟を確かに狩った)
・S級パーティを狩る
→結構、怪しい(S級パーティ〝イビルスレイヤー〟を倒した際、部外者のアイエがウラカワを倒した。ヘビオはキルしなかった。イビルスレイヤーのメンバーは別々の場所にいた。等)
・眷属を従える(S級ボス)
→これは元々、怪しいと思っていた。アリシアに直接的なS級魔物の眷属がいない。(アリシアの主張する実質眷属が認められるのか)
・ボスの城を構える
→これは大丈夫だろう。(目の前の城が証拠)
・SS級ボスの枠を空ける
→これは大丈夫だろう。(SS級ボス〝ドラゴン〟を確かに狩った)
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「ぬ……? クガ、何を書いているのだ?」
「ほらよ……これだ……」
クガは加筆したメモをアリシアに渡す。
「なになに…………あー、SS級ボスの条件を満たしているかどうかをクガなりに判断してくれたんだな……どれどれ……ふむ…………って、おい! クガ! なんだこれは!」
「ん……?」
アリシアが指差しているのは、
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・侵略者を30人狩る
→これは大丈夫だろう。アリシアが計算ミスしていなければ。(そういう意味ではちょっと怪しい……)
=========================
の部分である。
「この私が単純な計算ミスなどするわけがなかろう!」
アリシアはぷんすかしている。
【吸血鬼さん、何に怒ってるのー?】
【話がわからないよー】
【メモの内容、見せてよー】
「ん……? まぁ、よかろう。リスナー達もきっと私と同意見だろう」
アリシアはメモの内容をドローンに撮影させる。と……、
【草】
【クガにしては珍しく正論】
【確かに吸血鬼さんの計算はあまり信用できない】
「えぇえええ!」
むしろ、クガに共感する意見が多く、アリシアはしょんぼりしてしまう。
【まぁ、とはいえ、多少、計算が間違っていても、城に挑んできたアホな奴らを余剰で狩ってるし、大丈夫じゃない?】
その意見に、確かに……とクガも思う。
そうなると、残りは二つ……。
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・S級パーティを狩る
→結構、怪しい(S級パーティ〝イビルスレイヤー〟を倒した際、部外者のアイエがウラカワを倒した。ヘビオはキルしなかった。イビルスレイヤーのメンバーは別々の場所にいた。等)
・眷属を従える(S級ボス)
→これは元々、怪しいと思っていた。アリシアに直接的なS級魔物の眷属がいない。(アリシアの主張する実質眷属が認められるのか)
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【結構、面倒なのが残っちまったな】
【特に怪しいのは二つ目だよね】
【吸血鬼さんはなぜか自信満々だけど当時から疑念はあった】
「そ、そうだったのか……!」
クガやリスナーがそう思っていたことに今更気づき、アリシアは唖然としている。
「じゃあ、改めてS級ボスを眷属にしないといけないのか……えーと、今、残ってるS級ボスは……」
アリシアはあわあわしながら、S級ボスのリストを確認しだす。
「み、ミノちゃん……! いやいや、ミノちゃんはダメだ……となると……」
「なぁ、吸血鬼先輩」
「ん……? 今、ちょっと取り込み中でな……ちょっと待ってくれ……」
「なってあげてもいいぜ!」
「おー、ありがたい…………ん? ……なるって何に?」
「眷属に☆」
「…………えぇええええ!? いいのか!? いいのか!? よーこちゃん!」
さりげなくアリシアの眷属になることを名乗り出たのは、妖狐であった。




