97.イレギュラー
「人型魔物の生殖器ってどうなってんのぉ?」
「ん……?」
聞き間違いかな? クガは自分の耳に異常が発生したことを疑う。
「いやぁ、流石に人型魔物の死体の生殖器を観察するのは超えちゃいけないラインな気がしてできんくてさぁー……ってか、魔物の死体はすぐ消滅しちゃうってのもあるんだけどもぉ……」
「……」
その発言を聞き、クガは気が付く。
どうやら異常なのは耳ではなく、ナナミのようだ。
確かにナナミは配信においても妖艶な雰囲気ではあるのだが、流石にここまで露骨な発言はなかったのだ。オフレコだと性格変わるタイプの人なのだろうか……とクガは思う。
「な、な、な、何を言っているのだ!? この人間は……! せ、生殖器だと!? そ、それはむやみやたらにひけらかすものではないと……せ、生活のマニュアルにもだなぁ……!」
アリシアの方がよっぽど人間らしい反応を示す。
「え……? そうなのぉ? ごめんなさいねぇ」
「う、うむ……」
「で、実際、どうなってんのよぉ? 人間との子供って生めるのぉ?」
ナナミはあまり反省していないようだ。
「そ、そんなのは……た、試してみないとわからぬ!」
「へぇーー、試してみないとねぇ……ふーん……」
「な、なんだ……?」
ナナミはニヤニヤとしながらアリシアとクガを交互に眺める。
「あ、あの……ちょっと話題変えてもいいですか!」
クガがアリシアに助け舟を出す。
そろそろ自分にも飛び火してきそうな予感がしたというのもあるが……。
「あぁ、いいよ」
サナダが幾分、申し訳なさそうに了承する。
ナナミはやや不満そうであったが、コダックが「それくらいにしとけ」とでも言うようにナナミの肩に手を置く。
その隙にクガはやや強引に話題を変える。
「あ、えーと……ここが地上50階で魔物の街ってことは……魔物の街から上層へと続く道があり、サムライさんは更に上の階層にも進んでいるということでしょうか?」
「ん? クガくん、それは言っちゃってもいいのかな? 答えてもいいが、それは自分の目で確かめた方がいいんじゃないか?」
「あ…………まぁ、確かにそうですね……」
今まで魔物の街にはいたが、さらに上層があるかもしれないという視点では見ていなかった。
そういう視点で見たら新しい発見があるのかもしれない。
それを他人から聞いてしまうのは野暮かもしれない。
確かにそうなんだけど…………となると、あんまり話すこともないなぁ……などとクガが思っていたその時であった。
ビービーという強めの通知音が鳴る。
アリシア以外の四人がその通知に気が付き、確認する。
「え……?」
クガはその内容に驚く。
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【緊急SOS】
日本ダンジョン地上40層に強力な魔物が発生。
救援可能な探索者には支援をお願いしたい。
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「40層だと……!?」
最初に声をあげたのはサナダであった。
魔物が発生したのが40層であることにサナダが驚いたのには理由がある。
双頭ダンジョンにおいて、一の位が0の階層には魔物が出現しないはずだったからだ。
その性質上、10、20、30、40層には人間がキャンプを形成していたのだ。
今、まさに来た通知は、これまで守られたいた暗黙の特性を破る例外が発生したということであった。
「サナダさん、どうしますか?」
クガは尋ねる。
「僕達はすぐに向かう」
「……あ、はい」
サナダがすぐに現場に向かうと答えたのは少し意外であった。
なにせ彼らサムライはここ2年間もの間、表舞台に出てくることはなかったのだから。
「クガくんはどうするんだい?」
「……アリシア、どうする?」
「私は魔物から人間を守る義理はないのだが……だが、まぁ、クガが行くというのなら、行かないこともない」
「…………すみません、サナダさん、自分は行きません。アリシアが行くと余計ややっこしいことになるかもしれませんし」
クガは口には出さなかったが、他にも行かない理由が二つあった。
一つは、自分はすでに魔物側に加担しているのに、こんな時だけ人間を守るのはおかしいと思ったこと。
もう一つは、仮に人間がやられても自動蘇生が発動するからだ。
「……わかった……それじゃあ、まぁ、また今度ということで」
サナダがそう言うと、サムライの三人は転移ストーンを使用し、あっという間に消えてしまった。
◇
双頭ダンジョン、上層40層――。
「うわぁああああああああ!!」
死神のような姿をした魔物が迫りくる。
「く、くそ……なんで40層に魔物がいるんだ……」
哀れな四人の探索者パーティは恐怖からか尻もちをつき死神を見上げる。
【あぁ、かわいそうに……】
【せっかくこれから40層越えの上級層に挑戦しようっていう矢先だったのにねぇ】
【昨日の意気込み配信見てた俺、目が点になる】
【まぁ、夢を語った数秒後に退場ってのはダンジョンではよくあることですからね】
【ダンジョンに事故はつきもの】
【でも安全層での事故は流石にちょっとかわいそう笑】
普段から応援してくれて憐れんでくれるリスナーもいれば、お祭り感覚に現れ、面白半分に好き放題コメントするリスナーもいる。
それがダンジョン配信である。
と……、
「はぁーん、こいつが不文律を破って入ってきちゃったって奴か……」
そんなことを呟きながら、一人の男が現れる。
「え……? あなたは……!」
男は和装で、腰には刀を携えている。
「へぇー、イレギュラーでぇ、現れたってだけあってぇ、結構強そうじゃーん」
「……」
更に、巫女姿の女性と眼鏡の男性が現れる。
【うぉおおおおおおおお!】
【サムライ来たぁあああああ!】
【まさかの本日、二回目の登場ぉおお!】
【え? え? どういうこと!?】
【知らんのか!? さっき吸血鬼さんの配信で二年ぶりに現れたんだよ!】
【うぉおお、動いてるナナミだぁあああ! 涙出てきた】
【ナナミ! ナナミ! ナナミ!】
【コダック! こっち向いて!】
【コダックくん、かわいいーー!】
「……」
これは現在、死神と交戦中のパーティのドローンであり、そのコメントがサナダに届くことはない。
しかし、サナダはなぜか少し気まずそうである。
「さ、サムライさん……憧れのサムライさんが来てくれるなんて……助け……」
「いやぁー、流石にそれは無理でしょぉ?」
ナナミが苦笑い気味に答える。
「だってぇ、君達、四人パーティで今、戦闘状態でしょぉ? それこそ〝救世〟の特性でもない限り、助けに入れないってぇ」
救世。それは勇者が持つ特性である。
効果は四人のパーティに対し、戦闘中に入れ替わりで、乱入できるというものだ。
ナナミの言う通り、この特性がない限り、戦闘状態のパーティを助けようとしてもダンジョンの不思議な結界により、阻害されてしまうのだ。
「とりあえずぅ、君達、誰か一人、退場する奴決めなよぉ」
「「「「……」」」」
「ほらぁ……なんか知らないけどぉ……魔物さんも空気読んでくれてるしぃ、早く決めればもしかしたら三人は助かるかもよぉ」
確かに先ほどまで、今にも大鎌を振りかざさんとしていた死神の魔物は様子をうかがうように動きを止めている。
「そ、そんなの決められるわけない……! 俺達の絆を侮るなよ。退場するなら皆一緒だ!」
ナナミの言葉に反発するように、一人のメンバーの男が言い放つ。
【お、いきがるねー】
【なんだ、おもんなー】
【ってか、お前が一番いらなくないか?】
「まぁ、そうよねぇ……それじゃあ、四人仲良くぅ……」
とナナミが言いかけた時であった。
「いや、待て……勝手に決めるな」
パーティの別の剣士風の男が制止する。
「え……? どうしたんだ?」
【流れ変わったぞ】
【これは……!】
【そうそう、こういう展開だよ!】
そして、剣士風の男は最初に絆を主張したメンバーに対して言い放つ。
「お前……盾役だよな?」
「え……? そうだけど……それがどうした?」
「盾役ってのは、時に自分を犠牲にしてでもパーティを守るもんだろ?」
「っ……!? それはつまり……」
盾役の男は表情を歪め、そして他の二人(どちらも女性)の方も見る。
他の二人は視線を逸らすが、剣士風の男の意見を否定しない。
「お、お前ら……そういうことかよ……」
「ご、ごめんね……」
「っ……!」
ヒーラー風の女は謝罪することで、実質、それを肯定する。
【ごめんね来たぁああああ!】
【きっつ……】
【ほら、はよ行けや。華々しく散ってこい】
【これが噂の最後の贐ってやつかな?】
「っ……! ちくしょぉ! やってやらぁあ……!」
盾役の男は、悲しい事実を受け入れ、やけくそ気味に死神に突進していく。
「俺が……俺が……不人気だからってぇえええ!!」
すると、死神は大鎌を振るかぶる。
「ぐぁあああ゛あああ゛あああ!!」
結果は残酷である。
盾役の男の身体は上下に真っ二つに分かれていた。
「く……やってやったぞ……ちくしょうが……」
盾役の男はそう言い残して、力尽きる…………はずだった。
「コダック……やってくれ」
「…………はいはい…………最上の魔薬」
【え……?】
【今、サナダが指示して……】
【コダックくん、何した?】
「え……? え……? なんじゃこりゃぁあああ!?」
真っ二つにされた盾役の男の身体がみるみるうちにくっついて元に戻っていく。
「盾役くん…………なぜだかわからぬが僕は君をとても気に入った」
サナダは目頭をこすりながら、倒れた盾役の男にそう告げる。
「あ……ありがとうございます……で、でも……どうして俺に……ポーションが効いているのでしょう……」
盾役の男は唖然としている。
本来なら、先ほど、サムライが言ったように戦闘中の四人パーティには別の誰かは介入できないはずである。
「知らなかったのぉ? 死んで自動蘇生が発動する直前って、一瞬、パーティから外れるのよぉ」
「っ……!」
【まじか】
【だから介入できるってことか】
【だからって……】
【死ぬ直前から自動蘇生が発動するまでってほんの一瞬だぞ?】
【その一瞬で、真っ二つにされた状態から蘇生させるって……】
【うぉおおおおお! すげぇえええ! 流石、薬聖のコダック】
「く、くるなぁあああああ!」
リスナー達が盾役の男の蘇生に盛り上がっている間に、死神は他の三人へとターゲットを移す。
そして、三人の方へ漂うように移動していく。
「ナナミさん、よくはわかりませんが、盾役がパーティから抜けてるんですよね!? で、あれば今、うちのパーティは三人になりました……! だから助けて……助けてくれるんですよね!?」
剣士風の男が懇願する。
「あー、あれぇ? 久しぶり過ぎてぇ、ルールを忘れてたんだけど、パーティが三人になってもぉ、戦闘が始まってしばらくしたらぁ、もう介入できないみたいねぇ」
「……!!」
剣士風の男は絶句する。
【いや、そりゃそうだろ】
【基本中の基本だろ。そんなことできたらボス攻略もっと楽だろ笑】
【このパーティ致命的にアホ】
「うっ……うわ!」
その間にも死神が三人の目の前に現れ、そして無機質に大鎌を振りかぶる。
「うわぁあああああああ!」「「きゃぁああああああ!」」
先ほどの盾役の男と同じように、三名は無残な姿となる。
「た、頼む…………そ、蘇生を……」
剣士風の男は懇願する。
だが……、
「いや、流石に蘇生級の上級薬を連発は無理」
コダックは淡々とした様子で答える。
【そりゃそうよな】
【強力な技にはそれ相応のインターバルが必要。これも基本中の基本】
【どんまい】
【乙】
【このパーティ致命的にアホ】
「っ……! ごぽっ……」
そのまま三名は消滅してしまった。
その直後であった。
「呪術:霊封札ぅ」
死神の周囲に突如、お札が大量に発生する。
「ッッ……!」
死神は完全に身動きがとれなくなる。
【うぉおおおおおおおお!】
【きたぁあああ! ナナミの呪術】
【あまりに発動が速くて俺でも見逃しちゃったね】
「さんきゅう、ナナミ。相変わらず仕事が早いね」
「うっさい、さっさとやれぇ」
「手厳しいな……」
そんなやり取りをしつつ、サナダは死神の前に立つ。
【きた。いいところどり侍】
【トイレタイム】
【サナダ不要論】
幸い、コメントはサナダには届いていない。
チャキッという金属音だけが聞こえた。
それだけだ。
それだけなのに、死神は自身の専売特許を奪われるかのように、真っ二つになっていた。
そうして死神は消滅していく。
【やったのか……!?】
【それやってない時の決まり文句なんだけど、サナダの場合、本当にやってるんだよな……】
【お、おう……】
【おつかれさまでしたー】
【すごいのはわかる。それはわかるんよ……】
【一瞬で終わりすぎてつまらん】
サナダの居合は速過ぎて、配信としての撮れ高が悪かった。
それはそれとして……、
「あ、あの…………本当にありがとうございました……」
唯一、生き残ってしまった盾役の男はサムライに謝意を伝える。
「あぁ、仲間を助けてあげられなくてすまないな……」
サナダがそう答えると、盾役の男は俯く。
「あ、そうだ、盾役くん、一つ聞きたいのだが、現れた魔物はあいつ一体かな?」
「そ、そうです……。あいつだけです。あいつに何人もやられました……」
「そうだね……実力的にはS級くらいはありそうだね。あんなのが本来、安全地帯であったはずの40層に急に現れて、君達も不運だったね……」
「はい……」
盾役の男は複雑そうな表情を浮かべる。
「あ、あの……でも……サムライさんはどうして……来てくれたのでしょうか? 失礼ですが……今まで二年間も表舞台には現れなかったのに……」
「それはね……僕達の〝活動原理〟に基づいて……とだけ」
「……?」
「確かに僕達は単純な人助けのためには動かない……そう……人間と魔物の〝秩序〟を守るため……その秩序を乱す事象が今日、起きたということさ……」
サナダはだけと言っておきながら、結局、独り言のようにこぼすのであった。




