93.痛賭強化
ドラゴンの身体には複数の穴があり、明らかに損傷していた。
その時であった。
「痛賭強化」
「……!?」
龍娘は祈るような姿勢となり、身体から血が噴き出してくる。
「いやぁあ゛あああぁああ゛ああああ゛ああ」
龍娘は声にならないような悲鳴をあげながら、全身を掻きむしるように、悶え苦しむ。
「っっっ……」
龍娘の苦しむ姿にアリシアも明らかにうろたえた表情をしている。
同時に、ドラゴンの身体の損傷が癒され、更に損傷前よりも強固なものになっていく。
【これってまさか……】
【痛みと引き換えにした治癒と強化!?】
「な、なんで君はそうまでして!?」
クガは思わず強い語気で龍娘に尋ねる。
「だって……、母上は……愛して……くれているから……」
「……!?」
「そ、そんな……」
「間違いない……! だって……証拠がある」
「証拠……?」
「そう……証拠……一体にしか使えないっていう無限の蘇生を私に……私だけに、かけてくれているから……!」
「っ……!」
クガは言葉を失う。
龍娘が語る証拠について、一瞬で考えをまとめることは難しかった。
だが、今、優先すべきことは、まずはドラゴンを仕留めることだと思った。
クガは手負いの龍娘を一旦、放置して、ドラゴンの方へ向かおうとする。だが……、
「なっ……!?」
龍娘は鉤爪で己の頭部を貫く。
龍娘は一瞬、脱力し、身体が傾くが、次の瞬間には、傷も癒えた状態でクガの前に立ち塞がっていた。
「行かせない……」
龍娘は覚悟めいた表情でクガを見据える。
クガが龍娘に妨害されている傍らでは、アリシアとドラゴンが激しい戦いを繰り広げていた。
アリシアは紅い石を巻き散らし、ドラゴンの表皮に着弾する。
しかし、戦闘開始時にはダメージを与えられていたにも関わらず、今は弾き返される。
「っ……、ドラゴンめ……娘のおかげで少し硬くなったな……」
アリシアは唇を噛み締める。
「使える手駒を支配するのも武力の一部だ」
「……配下も強さの一部であることは否定しない。だが、私は配下を支配するという考えは好かん!」
アリシアは触手を伸ばし、ドラゴンが尻尾でそれに応戦し、激しく交わり合う。
「異端なのは貴様の方だろ? 吸血鬼よ、支配することの何が好かんというのだ?」
「あの娘を愛しているのではないのか? 愛しているならば、なぜまるで憎むように支配などするのだ?」
「子を持たぬ小娘にはわかるまい。愛と憎しみは表裏一体なのだ」
「え……?」
「愛とは期待であり、理想でもある。愛が大きければ大きい程、理想と乖離した時の反動、すなわち憎しみも大きくなるのだ」
「……そ、そんなもの……」
実際のところ、確かに子を持ったことのないアリシアには、本当の意味でそれを理解することは難しく、強く否定することができなかった。と……、
「痛賭強化をもう一度、かけろぉ!!」
「え……!?」
ドラゴンが龍娘に、激痛と引き換えの強化を指示する。
先程、龍娘が激痛に苦しむ姿を見ていたアリシアは一瞬、そちらに気を取られてしまう。
「油断したな?」
「っ……!?」
一瞬の隙を突き、ドラゴンの尻尾がまるで蛇のようにうねり、アリシアの身体に巻き付き、締め上げる。
「くはっ……!」
アリシアは強く締め付けられ、身動きできない。
ドラゴンの口にエネルギーが収束する。
「そこそこ楽しめた。さらばだ、吸血鬼……」
ドラゴンの口が開く。
そして、ゴッという鈍い音が神殿内に響き渡る。
「えっ……?」
状況として、アリシアは尾の拘束から解かれ、ドラゴンは顔面を殴られ、10メートル程吹き飛ばされていた。
「大丈夫か? アリシア」
「……クガ」
クガはアリシアの無事を確認すると、すぐにドラゴンの元へ向かってしまう。
え……? 龍娘は……?
と、アリシアはすぐにクガと対峙していた龍娘はどうなったのかという疑問が湧き、そして、辺りを見渡す。
「っ……!」
すると、地面にクガの大剣が突き刺さっており、そこに龍娘が串刺しにされ、ぐったりとしていた。
「き、貴様、一体……」
突如、素手で襲い掛かってきたクガにドラゴンは焦りの表情を浮かべる。
ドラゴンは頭部を狙ってくることを嫌い、身をよじる。
ならばと、クガは腹部に拳を打ち込む。
「ぐはぁっ……!」
ドラゴンの表皮が砕け、拳が皮膚にめり込む。
「な、なぜ……!?」
龍娘の痛賭強化で強化されているはずの自分が明らかに劣勢に立たされていた。
その人間の強さは常軌を逸していた。
【え……? なんで……?】
【いくらなんでも吸血鬼さんが互角で戦ってたドラゴンを素手で圧してるって異常じゃない?】
リスナーも異常事態に困惑する。
【魂の救済……か……?】
堕勇者の特性〝魂の救済〟。
魂を救済することで、能力が跳ね上がる……というもの。
救済とは聞こえはいいが、魂を救うとは〝無〟にすることを意味する。
つまるところ〝殺すと能力が飛躍的に上昇する〟。




