86.死霊
「「って、え!?」」
ひっそりとヘビオがクマゼミ側に紛れ込んでいることに両陣営の物理攻撃特化がほぼ同時に気付き、驚きの声をあげる。
「へ、ヘビオくん?」
「なに?」
「なにって……」
セラの驚きに対し、ヘビオは塩対応であった。
「ヘビオくん、面白そう……ってのもあるけど、正直、助かるわね」
ミカリはエンターテイナーであり、ヘビオが参加したらリスナーが〝盛り上がる〟と直感的に感じた。
だが、それ以上に、クシナ不在の穴を埋めてくれるという実利面からヘビオの協力に歓迎的な姿勢を示す。
「ふん……一瞬、驚いたが、なにかと思えば、イビルスレイヤーの残党か。ちょうどいい、彼らもまた裁きの対象であった」
「……っ」
警官ジャスティスKの言葉にヘビオはピクリとする。
「ねぇねぇ、K、話はもういいから、早くやろうよ☆」
魔法少女のルリアンヌは待ちきれない様子でじれったそうに髪の毛先を弄っている。
「うむ、そうだな。では、これより正義執行を開始する!」
ジャスティスKの宣言とほぼ同時に、輝く光がクマゼミ前衛へと降り注ぐ。
【うぉおお、容赦ない先制攻撃】
【魔法少女ルリアンヌの遠距離攻撃だな】
「くっ……」
セラは降り注ぐ光の弾丸をなんとか避ける。と……、
「隙だらけだ」
「っ……!」
遠距離魔法攻撃を回避した後の隙を狙い、ジャスティスKが急接近する。
そして、手に持つ警棒のような武器でセラを叩きつける。
「ぐあっ……!」
ジャスティスKの警棒がセラの脇腹付近を捉える。
【うわ、いきなりクリーンヒット】
【セラのあばら骨、いったか?】
「っ……! このぉ……!」
それを近くで見ていたユリアがジャスティスKに接近し、金属製の杖を振り回す。
だが……、
「そうはさせない」
「くっ……!」
ジャスティス人間の防衛特化担当が割り込む。
近衛兵のジャスティス近藤が巨大な盾でユリアの攻撃を阻止する。
【ジャスティス人間、連携いいな】
【いきなりピンチか?】
「縫合治癒」
負傷したセラに対してヘビオが治癒魔法を施す。
糸のような細い光がセラの患部の周辺に発生している。
「あ、ありが……ぐぁああっ!」
なぜか治癒を施されているセラが悶絶している。
「へ、ヘビオくん? どういうこと?」
ミカリが焦った様子で尋ねる。
「僕の治癒は麻酔なしだと人間にはちょっと痛いみたいなんだ」
「な、なるほど……あのセラの痛がり方は〝ちょっと〟かな……」
【純粋な治癒能力だけでいうとクシナちゃんの方が上か】
【まぁ、ヘビオは死霊魔術も使えるしな】
【てか、クシナちゃんは治癒力だけなら、他と比べてもずば抜けてる気も……】
【違いない。って、誰かセラの心配してあげてぇ】
「隙だらけだ……!」
セラが痛がっている隙をジャスティスKが見逃すはずがなく、追い打ちをかける。
「防御瞬励!」
ミカリがロッドを振ると、セラの周囲にバリアのようなエフェクトが発生する。
「……瞬間的に防御力を急上昇させる付与魔法か……こざかしい……」
ジャスティスKはそう言いつつも、警棒をセラに叩きつける。
「っぬぐぅ」
治癒の痛みで動きが鈍っているセラに警棒がヒットし、セラは苦悶の表情を浮かべる。
しかし、ミカリの付与魔法のおかげでかなりのダメージを軽減できたようだ。
「あ、ありがとう……ヘビオくん、ミカリ……」
「セラ、わかってると思うけど、その付与の効果はすぐ切れる。それに次に使えるまでのインターバルも長めで乱発はできない」
「あぁ……」
セラは頷く。
「さぁさぁ、間髪入れずにいっちゃうよん☆ 輝く聖なる光!」
魔法少女ルリアンヌの遠距離攻撃が再び、クマゼミ前衛に襲い掛かる。
「このぉ……! まずはあいつを……!」
ユリアが魔法少女ルリアンヌに向かって接近を試みる。
しかし……、
「いかせないよ」
「くっ……!」
再び近衛兵のジャスティス近藤が間に割り込むようにユリアを阻止する。
「よくやったわ、近藤。そのままそのゴリラを押さえつけてなさい!」
「はい! ルリアンヌちゃん!」
ジャスティス近藤はルリアンヌに命令されて嬉しそうに返事する。
「いい子ね、聖なる光☆」
「えっ……!」
ルリアンヌはジャスティス近藤を巻き添えにすることもいとわないように至近距離から魔法を放つ。
「ぐあっ……!」
「きゃっ……!」
ユリアは被弾しノックバックする。
しかし、それはジャスティス近藤も同じであった。
だが……、
「ありがとうございます!」
ジャスティス近藤はルリアンヌに謝意を述べる。
実際に被弾はしていたが、明らかに軽傷のようだ。
【ジャスティス近藤の近衛兵は聖魔法耐性が強いのかも】
【最初から巻き添え前提の戦術】
【それでも、お礼言う理由はわからんが】
一方、セラはジャスティスKと対峙していた。
セラは継続してルリアンヌの遠距離魔法攻撃による援護射撃も警戒する必要があった。
だが、ミカリに敏捷性強化の付与をかけてもらうことで何とか凌いでいた。
「まずいわね……状況的に、ちょっと押され気味かな。ヘビオくん! 得意の死霊魔術で邪鬼とかアラクネとか呼べないの!?」
ミカリがヘビオに尋ねる。
邪鬼やアラクネとは、クガやクマゼミがイビルスレイヤーと戦った時に苦しめられた死霊である。
「無理だよ。そいつらは君達が壊しちゃったじゃないか」
「あんたらが襲撃してきたからでしょ!」
「まぁ、そうだけど」
「でも、なるほど……一度、壊されたらもう使えないのね」
「うん……僕が下手だったせいだ」
「え……?」
「いや、なんでも……」
「……」
ヘビオはあまり感情を出すことなく、最小限のことしか喋らないが、その時、ミカリはヘビオにも感情があるのだと確かに感じた。
その時であった。
「ミカリ! ヘビオくん!」
「「っ……!」」
セラが後衛二人の名を叫ぶ。
ジャスティスKが後衛を狙う作戦を仕掛け、ヘビオに急接近してきていた。
「本官は地獄耳でな……強力な死霊を使えないとなれば、さっさと治癒の手段を摘む!」
「っ……!」
「ヘビオくんっ! くっ……」
瞬間的に防御力を上昇させる魔法、防御瞬励は再度使えるまでのインターバルが残っており、ミカリにはヘビオを守る手段がなかった。
「潔く退場したまえよ、敗北者の亡霊よ!」
そう言って、ジャスティスKは警棒をヘビオに叩きつける。
「っっ……!」
が、しかし、ジャスティスKの警棒がヘビオに到達することはなかった。
何か……巨大で長い何かがその攻撃を堰き止めている。
「邪鬼やアラクネは確かにもう呼び出せないけど、強力な死霊を呼び出せないとは一言も言ってないけど」
「ぐぬっ……」
ジャスティスKは唇を噛みしめる。
黒い龍のような鱗に、特徴的な長い身体。四肢はないが、頭部の口からは鋭い牙が覗き、長い舌をチロチロと動かしている。
だが、頭部には痛々しい縫合跡がある。
【こ、こいつは……】
【バジリスク……! S級魔物の!】
【って、こいつはジャスティス人間が撃破した魔物じゃないか】
そう、それはジャスティス人間がS級昇格する際に討伐したS級魔物……〝バジリスク〟。大蛇の魔物であった。




