69.亀
「や、やばいぞ、ムシハラ……!」
「い、いやー、凄い魔物ですねー、まさか人間界まで追ってくるとは思いませんでしたー」
「む、ムシハラ、呑気に実況してる場合じゃ……!」
「いや、もうこれ逆に実況するくらいしかやることないですよ」
ムシハラとカメオカはわぁわぁと何か言っている。と……、
「あーん、吸血鬼と駄目勇者か?」
中から、また別の店員が出てくる。
【出たな……】
【魔術師のウラカワだ】
ピンクの短髪の神父服を着崩したようなファッションの男……イビルスレイヤーのウラカワである。
ウラカワはクガとアリシアを鋭い視線で睨みつける。
そして……、
「おい、カメオカ、客だぞ。席に案内しろや」
「え……?」
カメオカはきょとんとする。
「カメオカ、聞こえなかったのか? 客だぞ。しっかり〝おもてなし〟しろ。あと、ムシハラ、今日は他の客は入れるな」
「あ、はい……! こ、こっち……!」
カメオカがわたわたしながら、クガとアリシアを席へと案内するのであった。
……
「ほぉー、これが人間界の亀か……なかなか可愛らしいではないか」
店内には、数匹の陸ガメが放し飼いにされており、のんびりと気ままに歩き回っている。
人間のことは恐れていないようで、まさにマイペースといったご様子だ。
と……、
「ご注文、お決まりですか?」
小柄な店員が注文を取りに来る。
普通の客だったら、相当、ぎょっとすることだろう。
なにせ、その店員は、対ハチ捕獲用のような防護服に身を包んでいるからだ。
【ヘビオやん】
【室内でも防護服来てる】
【完全にやばい奴やんwww】
それはイビルスレイヤーの実質的なエース……死霊魔術師のヘビオであった。
「お、お前……人間界でもその格好してるのか?」
「え、うん。落ち着くし」
ヘビオは淡々と答える。
「で、注文は?」
「あー……えーと……」
クガはヘビオに注文を伝える。
「なぁなぁ、クガ、この餌やり300円とは何なのだ?」
アリシアがメニューを指差しながら、クガに尋ねる。
と、横で聞いていたヘビオが代わりに答える。
「あー、店内の亀とかに餌をあげられる奴。餌をあげる対象は亀かカメオカか選べるけど」
「やりたい!」
アリシアはなぜかノリノリだ。
「ありがとうございます。亀とカメオカどちらに……」
「亀」
アリシアは即答する。
「承知しました。一応、このサービスはオフレコにさせてもらってますが、それでもいい?」
「そうか、わかった。すみません、一時的に配信停止します」
【見たいなら来店しろってことね】
【ちょっと残念だけど了解】
クガはオフレコを了承し、配信を一時停止する。
「では、こちらを……」
ヘビオは野菜スティックをアリシアに渡す。
「おぉー……」
アリシアは早速、亀に餌を与え始める。
と……、
「おい、お前、どういうつもりだ?」
オフレコになると、ウラカワが店の奥から出てきて、クガに尋ねる。
「いや、まぁ、面白いかなと……襲撃された奴らの店を逆に襲撃したら……」
「は!? …………まぁ、確かにな」
意外にもウラカワはクガの意見を受け容れる。
「そういうお前はどういうつもりなんだよ? 普通に客として扱われるとは逆に想定外だ。お前ら、イビルスレイヤーは魔物が嫌いなんじゃないのか?」
「あー、まぁ、そうだな……あれは数字取るためのキャラ作りだ」
「……!? ま、まじか……」
クガは驚愕する。
「ちょっと待ってくださいよー、ウラカワさんー、私はちゃんと魔物を嫌ってますよ」
そこへ、タンクトップの男、ムシハラが割り込んでくる。
「あぁ、そうかい」
ウラカワは少々、うんざりした様子で、肯定する。
「だが、ムシハラ、お前だって別に魔物を憎いわけじゃないだろ?」
「それはそうです、魔物に罪はありませんからね」
「……意味がわからん」
ウラカワとムシハラの会話に、クガは少々、置いてけぼりをくらう。
「なぁ、駄目勇者、俺達がダンジョン配信を始めたきっかけは、〝ここ〟だった」
「ここ……?」
「あぁ、要するに亀カフェの開業資金を得ること」
「……!」
「それがいざ始めて、こいつらが魔物駆除とかいう名目でやり始めたら、なんか知らんが、バズっちまってな」
「引くに引けなくなっちゃったんですよねー、ウラカワさん」
「……そうだな」
「いや、それはそうなのかもしれないが、カフェで亀や爬虫類を可愛がっているお前らが平気で魔物を殺す理屈が理解できないのだが……」
「は? 駄目勇者、じゃあ、聞くが、お前、あそこにいるトカゲが何を餌にしているか知っているか?」
「え……? し、知らないが……」
「ムシハラ、見せてやれ」
「あ、はいはい……ったく、ウラカワさんは人使いが荒いですね……」
そんなことを言いながら、ムシハラは奥から何かを持ってくる。
「ひっ!」
それは大量の冷凍マウスであった。
「なるほど、確かに俺達は動物を平気で殺すことができる。だが、駄目勇者、俺達がこの動物を憎んでいると思うか?」
「……」
クガは答えることができなかった。しかし、答えはわかっていた。
「これでわかっただろ? 動物が好きであることと動物を殺さないことは等価ではない」
「ウラカワさん、言ってしまえば、牛や豚、馬のような経済動物を扱っているような人達と同じですよねー」
「俺達はそんな綺麗なもんじゃねえけどな」
「ですが、ウラカワさん、我々は殺した魔物をちゃんと利活用していたじゃないですか……! 死霊魔術で……!」
ムシハラはニヤリと言う。
「ははははは! 違いねぇ……!」
ウラカワは爆笑する。
「…………なるほど、共感はできない部分もあるが、理があることは分かった」
「そりゃどうも……それでよ、はっきり言って、配信を始めてすぐに亀カフェの開業資金を得るという当初の目標は果たせてしまった。なんなら一生遊んで暮らせるだけの金を得ちまった。だから、俺達はいつ退場してもよかった」
「なるほど……それで、無謀にもアリシアに突っかかってきたというわけだな……」
「無謀? 勘違いするな。本気でつぶす気だった……」
「あ、あぁ……そうか。だが、つまり後悔はないというわけだな……」
「あぁ、そのつもりだったんだがな。実際に退場してみたら二つほど後悔が残った」
「……?」
「世の中には、俺達のようなクズをどうしようもなく求めているクズ共がいる」
「……」
「俺達が退場したダンジョンには、そういうクズ共が得られるクズ栄養素が不足しているんじゃないかとな……」
要するに自分達のファンのことを憂いているのか……素直じゃないな……とクガは心の中で思う。
「亀さーん、亀さーーん」
そんな話をしているクガとウラカワには興味がない様子で、アリシアは呑気に亀に話しかけながら、餌を与えている。




