62.家系
クガは、クマゼミを追放されて以降、一度も人間界に戻っていなかった。
それ自体は仕方ないと思っていたし、現在の状況を前向きに捉えており、今となっては自分を追放したクマゼミへの恨みなどそれ程なかった。
そう。クマゼミへの恨みは〝それ程〟なかった。つまり、少しあった。
それは、魔物の街にはラーメン屋がないことだ。
「身体はラーメンでできている……そう……ラーメン構造だ……なんつって……」
クガはそんなことを呟きながら、暗黒微笑する。
「だ、大丈夫か? クガ……」
少々、様子のおかしいクガに、アリシアはわりと心配そうだ。
「あぁ……大丈夫だ。この店は配信OK、事前に調査済みだ」
「あ、いや……そこを心配していたわけではなかったのだが……」
「さぁ、行くぞ。アリシア、48層への挑戦資金を稼ぐのだろう?」
「あ、あぁ……それはそうだな……」
妙に積極的なクガは導かれるようにお店へと進んでいき、アリシアはそそくさとクガにくっついていくのであった。
……
「らっしゃいーせ!」
「ひっ……」
入店直後、勢いのある「いらっしゃいませ」で、アリシアは少しびくつく。
「……ず、随分と元気がよいのだな」
「そうだな。ラーメン屋とは大抵、こんなものだ」
【ダンジョンではいつも堂々としてる吸血鬼さんがちょっと不安そうでかわいい】
【素の吸血鬼さん、かわいい】
「お、おい! やめろ!」
アリシアはコメントに小さく怒る。
「さて、アリシア、食券を買うぞ」
「食券?」
「ラーメン屋とは大抵、食券制だ」
「そ、そうなのだな……」
「どれにする?」
「どれにすると言われてもな……」
「まぁ、そうだよな。じゃあ、この店の定番にしておく」
そう言うと、クガは慣れた手つきで、食券を二枚購入する。と……店員が食券を取りに来る。
「空いてるお席どうぞー。お好みございますかー?」
「一つは硬め、濃いめ、多め。もう一つは全部普通。ライス大小で」
「く、クガ……何を言っているのだ? それは何かの呪文か?」
「そうだ」
【そうだ(キリッ)じゃねえよ!】
【ちゃんと説明してあげろよ!】
【家系ラーメンは麵の硬さとスープの濃さと油の量を好みで選択できるんだよー】
【あとライスが無料で食べられるお店も結構あるよね】
「な、なるほど……全部、普通ってのが私のやつか?」
「そうだ。初めての入店時は標準としているものを食べるのがマナーだ」
【んな、マナーねえよ!】
【お前のこだわりをマナーに昇華させて、それを事実のように伝えてるんじゃねえよ!】
【クガ……どうした……? 闇堕ちした影響が出てきたか?】
【〝ミカリ〟:いや、目立たなかっただけで、実は前からこんな感じ】
【お、ミカリ来てるじゃん】
【証言者現る】
今、コメントでクガの過去について触れたのは、クガが元いたパーティのメンバーである付与術師のミカリである。どうやら配信を視聴していたようだ。
「……ミカリ……来てたのか。余計なことを言わないでくれよ……」
ミカリの出現にクガは少々、苦々しい顔をする。
「…………ミカリ」
「ん……? どうした? アリシア?」
「あ、いや、な、何でもないぞ!」
なぜかアリシアもミカリの出現に少なからず反応していたことをクガは不思議に思う。
はて……? アリシアとミカリは接点がそんなにあったかなと?
そうこうしているうちに……、
「へい、お待ちぃい!」
店員さんが待望のラーメンを運んでくる。
「こ、これが……」
「そう。ラーメンと呼ばれる人間界でもっとも美味い食事だ」
「ほほう」
【断定すんなや】
【いや、まぁ、分からないでもないんだが……】
【人間界で〝クガの中で〟もっとも美味い食事だ。だろ!?】
【吸血鬼さん、信じちゃうだろ!】
「しかし、クガよ……見た目はちょっとあれだな……臭いも結構、強烈だ……」
アリシアはラーメンに少々、怯えたような視線を向ける。
「まぁ、好みがあるのも事実だ。アリシアの口に合わないようなら、無理に食べなくてもいい。俺が残りを食う」
【おい、何、さらっと間接キスの予約してんだよ】
【いや、彼には本当に下心がないのだろう】
【きわめて純粋にもう一杯、食べたいだけだと思われる】
【ふざけんな。吸血鬼さんのお残しは俺に食わせろ】
「ひっ…………いや、しかし、クガのおすすめならば、まずは食べてみようと思う」
「箸は使えそうか? こうやって使うのだが」
クガは箸を開いたり閉じたりするような所作をアリシアに見せる。
「あー、なるほど。きっと大丈夫だ。なにしろ運動は得意だからな」
そう言って、アリシアは箸を手に持ち、クガの真似をするように開いたり閉じたりして見せる。
どうやら大丈夫のようだ。
「では、行くぞ……」
アリシアは覚悟を決めたように、ラーメンの麺を口へと運ぶ。
「…………」
アリシアはモグモグし、そしてゴクリと飲み込む。
【どうだ……?】
【ざわざわ……】
「…………美味しい」
アリシアはぽつりと口から零すように言う。
「なっ……!」
クガはにかりと笑う。
「う、美味い……! なんなんだ、この美味すぎる食べ物は……!」
そう言って、アリシアは箸が止まらない様子で、次々に麺をすすっていく。
【はは、吸血鬼さんのお気に召したようでよかった】
【なぜだろう。褒められているのは家系ラーメンなのだが、自分が褒められているかのように嬉しいのだが】
【ご飯とも合うよー】
【スープにひたした海苔を巻いて食べるとうまいよ】
「おぉーー、確かに! 美味い、美味いぞ……!」
……
「はぁーー、最高だった」
アリシアはラーメンを完食し、ご満悦である。
「だろ?」
クガはいつになくドヤ顔だ。が、しかし……、
【いや、よくないでしょ!】
【結果的に吸血鬼ちゃんが気に入ってくれたからよかったものの……】
【そうそう、結果論!】
【ラーメン屋を否定するわけじゃないけど、これ、一回目よ?】
【女の子をいきなりラーメン屋……しかも、おしゃれ系じゃなくて家系連れてくってどういう神経してんのよ】
【そんなんだからヤバい子にしか好かれないのよ!】
「あ、あぅ……」
女性らしきリスナー達にキれられ、クガはたじたじとする。
【ミカリ:あはははは、違いない違いない】
ミカリもリスナーに同調する。そして……、
【ミカリ:ねぇ、クガ。女の子が行きたいような場所がわからないなら、私達に任せてみない?】




