61.一発目
ピーンポーン。
「宅配でーす」
「あ……どうもです」
翌日、無事に布団が届き、その晩以降はベッドでアリシア、布団でクガが寝ることとなった。
……
翌々日――。
その日は、クガ、アリシアが人間界に行くと予告していた日であった。
抱き枕事件発生後、多少、しおらしくなっていたアリシアも一晩、たっぷり眠ったおかげか翌朝には元通りとなっていた。
「よし、アリシア、時間だ。配信を始めるぞ」
「うむ……!」
クガはドローンを操作し、配信がスタートする。
【おぉおお、ついに始まったぞ】
【俺達は歴史を目撃することとなる】
【吸血鬼さん、ようこそ人間界へ】
開始早々、大量のコメントが一気に流れ込む。
正直、若干、きまずいクガとアリシア……、
「あ、えーと…………人間界に着きましたーーー!!」
アリシアが作り笑顔を振りまき、背景に映る世界最高峰の人工タワーを強調するようなポーズを取る。
【……】【……】【……】
「「……」」
【だましたわね……?】
「申し訳ありません……!!」
クガは頭を深々と下げ、アリシアにも頭を下げるのを促すべく背中を叩く。
アリシアは「はぅっ……」とか声をあげつつも、渋々、頭を下げるのであった。
リスナーの皆さんの大半は割とすぐにこのようにせざるを得なかった理由に対し、理解を示し、許してくれた。
その後、一度、配信を停止する。
「さて、クガ、挨拶も終えたことだ。早速、第一弾、私による人間界探索配信を始めようじゃないか」
アリシアの言う通り、本日は、人間界での第一弾配信を行う予定である。
生放送での配信の性質上、特に都市部では、風景から現在地が特定されてしまうため、配信はコマ切れに行う必要があった。
ダンジョン内では、そもそも探索者しかいないため、そこまで神経質になる必要はないのだが、人間界ではそうもいかない。
だから配信は短時間として、移動中は配信を停止するというやり方をすることにしていた。
浮足立っているアリシアに対し、クガは口を開く。
「アリシア、しつこいようだが、一つ、確認事項だ」
「わーかっている。人間界では人を殺すな……だろ?」
「そうだ」
「全く…………ちょっと身勝手だよな……」
アリシアは少し唇を尖らせて、そんなことをぼやく。
「すまん……」
クガもアリシアのいう身勝手という主張も理解できた。
人間界、すなわちダンジョンの外においては、自動蘇生が発動しないのである。
つまり一度、殺せば、本当に死ぬ。
そして、当然、ダンジョン外での殺人は犯罪だ。
アリシアは魔物であり、扱いは野生動物のようなものなのかもしれないが、それでもやはりクガにはダンジョン外での殺人は許されざることであるという倫理観があった。
魔物からすれば、ダンジョン内で人間は魔物を狩っているではないか? と反論したくなるのは当然のことであったが、幸い、アリシアは郷に入っては郷に従うタイプの吸血鬼とのことで、その理不尽に対しても多少不満はあるものの納得してくれた。
「それじゃあ、クガ……早速、第一弾配信のロケに連れて行ってくれ!」
◇
「ほほーう、ここがクガが選んだ第一弾配信会場か……」
アリシアはクガが連れてきた店の前で仁王立ちする。
【ここって……】
【ひょっとして……いや、ひょっとしなくても……】
【ラーメン屋だな】
「ほほう、ここはらーめんやというのだな。クガよ、らーめんやとは何をするところなのだ?」
「食事をするところだ」
【いや、まぁ、間違ってはいないけれども……】
【しかも家系って……】
【にんにくは入ってないっけ?】
【吸血鬼さん、食べれるのか?】
「……しょ、食事か。私は少し偏食家かもしれぬが……」
リスナーのコメントにアリシアは少しばかり心配そうな顔をする。
実際、アリシアの主食は青りんごとクガの血であり、食べる量も少ない。
こってりしている家系ラーメンがアリシアの口に会うのかは甚だ疑問であった。
【なぜに一発目がラーメン屋なんだよ】
【悪くはない。悪くはないのだが、一発目なのか? ラーメン屋が?】
リスナーからはクガのチョイスを疑問視する声が上がる。だが……。
「逆だ。一発目なんだから、これくらいインパクトがあることをしないとな……」
クガは妙に毅然とした態度でそのようなことを言う。
【な、なるほど……】
【確かに一発目に家系ラーメンでの洗礼というのはインパクトがあるな】
【いや、普通にお前が食べたいだけだろ】
「……」
リスナーからの【いや、普通にお前が食べたいだけだろ】という鋭い突っ込みに、クガは沈黙する。
その通りであった。




