60.デジャブ
「クガよ……つかぬことを聞くが…………見たところ……ベッドが一つしかないようだが……」
「っっ!?」
アリシアの指摘にクガは焦り、そしてふと、かつてのことを思い出す。
初めてアリシアの仮住まいを訪れた日、立場は逆であったが、同じようにアリシアがベッドが一つしかないことに気が付いたのだ。
その時は、それまで余裕を見せていたアリシアが突如、焦りだしたのだが、クガが簡易寝具を持っていたことで事なきを得た。
しかし、現在、うっかりしたことにクガは簡易寝具をアリシアの仮住まいに置いてきてしまっていた。
ゆえに、本当に寝具が一つしかないのだ。
「まぁ、通販サイトで敷布団をポチれば数日内には届くだろう」
「通販サイト? ポチ?」
「あー、要するに、お店に連絡して注文すると、商品を送り届けてくれるんだ」
「ほー、なるほど、便利なものだな」
「あぁ……」
「だが……クガ……今日はどうするのだ?」
「……!」
「そのポチとやらを利用したとして、届くのは明日以降なのだろ?」
「……」
……
「ほ、本当にいいのか? クガ?」
シャワーを浴びて、持参したパジャマを着たアリシアがベッドの上で、クガに尋ねる。
「あぁ……」
床で横になっているクガが答える。
「別に一日くらい床で寝たところで大きな問題があるわけでもない」
「だ、だが……」
「本当に気にしなくていい……俺は寝るぞ……」
クガはそう言うと、本当にすぐに眠ってしまう。
「……」
アリシアは少し困ったようにクガを見つめる。
……
「ん……?」
クガは目を覚ます。
そして違和感に気が付く。
たしか昨日は床で眠りについたはずだ。
にもかかわらず、床が堅くないのだ。ほどよいバネの反発力がクガの身体を優しく支えてくれている。
要するにクガが横になっているのは床ではない。ベッドだ。
クガは寝ぼけながらも思考する。
ベッドではアリシアが眠っていたはず。
結局、アリシアが自分にベッドを譲ってしまったのかと思う。
それにしてもなんだろう……先ほどから自分が掛け布団の下で、抱き枕のように抱えている妙に温かくて柔らかいものは……。
「………………――っっっ!!」
クガは慌てて、掛け布団をめくる。
「…………く、クガ……お前……寝相悪すぎだろ……」
そこには顔を真っ赤に染めて、困り果てた様子のアリシアがいた。
……
数時間前の就寝前の会話に戻る――。
「ほ、本当にいいのか? クガ?」
「あぁ……別に一日くらい床で寝たところで大きな問題があるわけでもない」
「だ、だが……」
「本当に気にしなくていい……俺は寝るぞ……」
クガはそう言うと、本当にすぐに眠ってしまった。
「……」
アリシアは少し困ったようにクガを見つめる。そして……、
「私が邪魔をしている身だ。やはりクガを床で寝させるのは悪いな……床で寝るべきは私の方だ……」
そう呟きながら、翼を変形させた触手で、クガが起きないように優しく優しく持ち上げる。
そして、そっとクガをベッドに横たえる。
「ふぅ……」
一仕事終えたアリシアは額の汗を拭うような仕草をする。
「おやすみ……クガ……」
そうして、スヤスヤと眠るクガの寝顔を眺める。
「……はは、よく寝てるな」
アリシアはクスリと笑い、そしてもう一度、まじまじと眺める。
「…………す、少しだけ」
そうして、アリシアはクガの横の隙間に潜り込む。
これがよくなかった。
「お、こんなところに剣、あるじゃないか……むにゅむにゃ……」
「え……? って、え……? クガ……!?」
クガは夢の中で、大剣を抱きしめる。
「っ……! ……~~~」
その後、アリシアは身動きも取れず、ついでに一睡もできなかった。




