57.問い合わせ窓口
クガは表紙を見る。何やら文字らしきものが記載されているが、読み取ることはできなかった。
「アリシアはこの文字が読めるのか?」
「ん? そうだが、いつも読んでる文字だと思うのだが……」
「なんと! そうなのか?」
クガはアリシアと日本語でコミュニケーションをとることができる。会話はもちろんのこと、例のSSボスになるための条件が書かれた殴り書きのメモなんかも日本語を使用しているため、読み書きもできるはずだ。
アリシアには生活のマニュアルも日本語で見えているのか、はたまたダンジョンの不思議パワーで普段使っている魔物語が日本語に変換されているのかは不明である。
しかし、生活のマニュアルは魔物にしか読むことができないようであった。
「俺には意味不明な文字にしか見えない」
「ほほー、なるほどなるほど……」
アリシアはなぜか少し自慢げだ。
「で、そのマニュアルに人間の街に行けるかなんて載ってるのか? およそ〝生活〟には関係ないと思うが」
「どうだろうな。でもまぁ、SS級ボスのなり方なんかもこのマニュアルに書いてあったしなぁ」
「そんなところに載ってたのか……!」
クガが不思議に思っていたことが、一つ……あっさりと解明されるのであった。
クガが驚愕の事実を知ったことなど、気付いていないアリシアは生活のマニュアルをパラパラとめくり、眺めている。
「うーむ……特に載ってないな……」
アリシアは少々、浮かない表情をしている。
「でもまぁ、載ってなくても別にいいんじゃないか? とりあえず出てみれば!」
アリシアは無邪気にそんなことを言う。だが……。
「ダメだ」
クガはきっぱりとそれを否定する。
「え……?」
クガが否定するのが、少し意外であったのか、アリシアは小さく驚きの声をあげる。
「なぜだ? 私はこうみえても、郷に入っては郷に従うタイプの吸血鬼だぞ? 人間界のルールがあるというのなら、ちゃんとそれに従うぞ」
「ダメ」
クガはアリシアの説得を全く受け容れる気がないようだ。
「な、なぜだ?」
ここまでクガに完全拒否されたことは、これまであまりなかったので、アリシアはかなり焦った様子でクガに尋ねる。
「……流石にリスクが高すぎる」
「だ、だから私はこうみえても、郷に入っては郷に従うタイプの吸血鬼であって……」
「いや、アリシアの言動を心配しているわけではなくてな……」
「へ……?」
アリシアはクガが何を心配しているのか分からず、素っ頓狂な声をあげる。
「……さっきも言ったが、流石にリスクが高すぎる。マニュアルに載っていないなら、場合によっては人間界に出た瞬間に消滅してしまうということもなくはないだろう」
「……?」
アリシアは一瞬、ぽかんとする。だが……。
「…………ひょ、ひょっとして…………私のことが心配なのか?」
「そりゃそうだろ」
「……! え、えーと……」
二人はちょっと気まずい感じになり、お互いが自身の変な顔を見られないように、顔を背け合うのであった。
……
クガの言葉に一旦、納得したアリシアはその後、しばらくなんとなく気恥ずかしい雰囲気を誤魔化すように、マニュアルを眺めていた。すると……。
「あ!」
何かに気付いたのかアリシアが声を出す。
「ん……? どうかしたか?」
「見ろ、クガ……よく見ると、マニュアルの問い合わせ先があるぞ!」
「お……!」
「ふむふむ……どうやら魔物の街に、マニュアルの問い合わせ窓口があるようだ。ここで問い合わせてみるのは構わないだろ?」
「そうだな……無駄骨になるかもしれないが、魔物が現実世界に出ても大丈夫であるという確証さえあれば、俺はそれでいい」
「うむ……! ならば、善は急げだ!」
アリシアはもう仮住まいを出ようとする勢いだ。
◇
「ついた。結構、遠かったな……」
「う、うむ……」
クガとアリシアの二人は、マニュアルに記載されていた問い合わせ窓口の住所に辿りつく。
魔物の街のはずれにあり、アリシアの仮住まいからはかなり遠く、徒歩で2時間程を要したその場所には、空高くそびえる巨木の群生地帯があった。
その中に、生きた樹木を基礎として活用した、いわゆるツリーハウスの建物があった。
【お疲れ様~~】
【ここが噂のマニュアルの問い合わせ窓口か】
【素敵なツリーハウス。中はどうなってるのだろう】
【わくわく】
道中で、クガとアリシアは配信を開始しており、リスナー達も目的地への到着に喜んでいる。
【ところで、吸血鬼さん達は何を問い合わせに来たのー?】
そのような質問コメントも来ている。しかし、アリシアは……、
「ふっふっふっ、それはこれからのお楽しみだ」
と、不適に微笑むのであった。
実のところ、道中、配信開始直後に同じような状況があり、アリシアはすぐにリスナー達に、今回の目的を喋ってしまいそうになった。
しかし、そこでクガが「アリシア……ネタは小出しにする方が、配信のエンタメ性が上がる」と伝えたのだ。
ちなみにこれは、クガが過去にいたパーティ〝クマゼミ〟のメンバーである付与術師のミカリに教わったことであった。
アリシアも〝配信が面白い〟=〝視聴者が増える〟=〝お金が多くもらえる〟という構図を理解し、さらに今はお金が必要ということで、すんなりとネタを引っ張るというスキルを身につけたのであった。
「うむ、それじゃあ、今からマニュアル問い合わせ窓口に入場するぞ」
アリシアが先陣を切り、ツリーハウスの扉を開く。
「おぉー、中は……意外とピカピカなのだな」
アリシアがそう称するように、ツリーハウスの中は、外部と違って、近未来的なデザインの空間であった。
大きな球体の中に、立方体がすっぽり埋まっているような作りで、内側の立方体が半透明になっており、まるで球体の中にいるかのような感覚となる。
そんな室内の中央部には、カウンターがあり、人型の魔物(?)が一人、立っていた。




