56.アイデア
アイエに城の防衛を託したアリシアとクガは久しぶりに魔物の街にあるアリシアの仮住まいに戻っていた。
そこで、二人はオフレコで今後の配信の方針を相談するのであった。
「それで、アリシア、配信のネタとして何かやりたいことはあるか?」
クガが切り出す。
「いや、実のところ特にはない。なんとなくわかってきてはいるのだが、たくさんお金を貰うにはたくさんの人間に視聴してもらう必要があるのだろう?」
「そうだ」
「であれば、なるべく派手なことをした方がいいということだよな?」
「単純に考えると、そうなるな……のんびりするような配信も需要がないことはないが、恐らくアリシアの趣向には合わないだろう」
「確かにそうだ」
アリシアはこくりと頷く。
「だとすると、別のS級ボスを倒しにいくとかか?」
クガが提案する。
「うむ、悪くはない。だが、挑戦的とは言い難いな。我々はすでにS級ボスを倒しているからな。それと同格の奴らを倒したとしても面白くないだろう?」
「うーん……そうか……」
クガは、そんなことを言っていたらあっという間にネタが無くなってしまうのではないか? と思ったが、一旦、口に出すのはやめておいた。
とはいえ、クガがアリシアと組んでから短期間で200万円も稼げたのは確かに、これまで誰もしたことがないことばかりであったからだ。
ボスの魔物と一緒に配信ということ自体も初めてであったし、それがアリシアのような華のある魔物であったことは間違いなく注目を集めた要因となっていた。
それに、人間が初めて魔物の街に足を踏み入れ、配信したことは、歴史的な瞬間であったといっても過言ではなかった。
「はは……」
クガは魔物の街に自分が躊躇なく入ったことについて思い出し、あの時は冷静さを失っていたのかもなぁ……と苦笑いをする。
「ん……? どうした? クガ?」
「いや……冷静に考えて、俺が魔物の街に入ったのって、ぶっ飛んでるな……って……」
「そうか……?」
アリシアはそのぶっ飛び具合を理解できていないようで、とぼけた顔をしている。
「ふーん…………」
「「…………」」
一瞬、沈黙が流れる。と……。
「それだ!」
突然、アリシアがくわっとした顔で叫ぶ。
「あ、アリシア、どうした……?」
「クガが魔物の街に来たのと反対のことをすればいいんだ!」
「え? 反対? 俺が魔物の街を出る?」
「……? クガ……それの何が面白いのだ?」
「あ、はい……」
唐突にアリシアに冷静に突っ込まれ、クガは少し落ち込む。
「違うわ。クガが魔物の街に来たことの反対……つまり、魔物が人間の街に行けばいいのだ!」
「……!!」
アリシアの画期的なアイデアにクガは一瞬、言葉を失う。だが……。
「え? いや、できるのか?」
それはクガにとって、少々、デジャブな出来事であった。
初めて、クガがアリシアと出会い、アリシアから「一緒に配信をやろう!」と提案された時のことだ。
クガはアリシアがボスの部屋から出られないのではないかと思い、今と同じように「できるのか?」と質問したことがある。
あの時はアリシアに「できるに決まっている」という返答をされたわけだが、今回は……。
「うーむ……わからぬ」
アリシアもその解を持ち合わせてはいないようであった。
「うむ、こういうときはとりあえずマニュアルを確認してみるか」
「マニュアル……か……」
クガは、アリシアとの会話の中で、過去に何回か〝マニュアル〟という単語が出てきていることは把握していた。
どうやら魔物には、〝生活のマニュアル〟という、日常生活に困った時に確認するためのバイブル的もなものが存在するようなのである。
「ちょっと待ってろ。マニュアルを持ってくる」
アリシアはトテトテと部屋の奥の方に行き、何かを引っ張り出して、クガのところに戻ってくる。
「これだ……!」
アリシアは何やら赤い大きな辞書のような書物を机の上に置く。
「へぇ……これが噂の生活のマニュアルか……」




