48.楽観的
「吸血鬼の姉さん」
いつの間にか現れていた巨大な狼男が吸血鬼に声をかける。
「ん……? 人狼兄か……なんだ……?」
「あの女、我々がいただいても?」
人狼兄と呼ばれた巨大な狼男は、吸血鬼にアドピンクを任せてもらえないかを確認する。
「ひ……ひぃ……」
アドピンクは人狼兄の後ろに、狼男達の軍勢が涎を垂らしながら、吸血鬼の回答を待っている姿を目にする。
「んー…………ま、いいぞ」
吸血鬼は軽い感じに狼男の打診を了承する。
「有難き幸せ…………うるぁあああ! 野郎どもぉおおお!! やっていいぞぉおおおお!!」
「「「ワオォオオオオン」」」
狼男達は興奮しながら遠吠えをあげる。
【あらら、可哀相に……】
【俺だったら確実に漏らす状況】
【期待】
【おいっ!】
「そんなっ……」
自分達の味方であったはずのコメント欄はいつの間にか、自分達の破滅を期待するもので溢れかえっていた。
そして、狼男達がアドピンクにじりじりと迫りくる。
「…………い、いやぁああああああああああああ!!」
静かな湖畔に女性の悲鳴が響き渡る。
◇
「あ? ピンクがやられたか……」
アドピンクが悲鳴をあげたころ……一人、戦線を離脱していたブラックは湖畔エリアの森に逃げ込んでいた。アドピンクの悲痛な叫びは、静かな森まで聞こえてきていた。
「ったくよ、あの女、俺に気があるのかなんか知らねえが、ことあるごとにすり寄ってきやがって……自分の身は自分で守れってんだよ」
ブラックは不甲斐ない仲間達を非難しつつ、ワープアイテムである〝転移ストーン〟を取り出す。
転移ストーンを使用すれば、別の階層へ逃亡することができる。しかし、発動までに少々、時間を要するため、戦闘中の脱出用途には使えない。
「あぁああ、あの吸血鬼、次は絶対、ぶち殺す!!」
ブラックは一人、怒りを空にぶつける。
「流石にパーティメンバーが弱すぎた……あんなアドベンジャーとかいうふざけたコスプレ雑魚パーティじゃなくて、私人逮捕系最高峰のジャスティス人間にでも入れればこんなことにはならなかった……俺ならその実力が十分にあるはず……!」
「えーと、要するに、まだアリシアに害意があるってことだな?」
「っっ……!?」
突然、後方から声をかけられたブラックは驚き、肩を揺らす。
「き、貴様は……!」
「あ、どうもです……」
そこにはやや気の抜けた雰囲気の男がいた。
男は地味な鎧に身を包んでいるが、背中には巨大な剣を背負っている。
「だ、堕勇者……」
ブラックは事前にその男の存在を認識していた。
アドレッドが言っていた今日のターゲット。
人間を30人以上も狩った凶悪な魔物と、〝あろうことかその魔物に手を貸す人間〟。
吸血鬼に手を貸し、場合によっては人間も殺す。背信者と呼ばれる人間……堕勇者のクガ。
その人が目の前にいた。
「な、なんだ、てめえ……やるっていうのか!?」
ブラックは無意識に一歩あとずさりしながら、大声でクガに尋ねる。
「……そうだな。まだアリシアに害意があるようだし、何度もリベンジ攻城されるのもうんざりなんだ」
「っ……」
クガが口にするアリシアとは、先の吸血鬼の名である。
いずれにしてもクガはブラックを見逃すつもりはないようだ。
「あぁ……いいぜ? やってやろうじゃねえか……! 流石に吸血鬼やその眷属共をいっぺんに相手にすることは難しいが、堕勇者……お前一人なら、十分に対応可能だ……!」
そう言って、ブラックは愛用する武器……巨大なハンマーを手に持ち、構える。
が、次の瞬間、すでにクガはブラックの懐にいた。
「っっ……!」
人は異常事態を目の前にすると、その出来事が正常の範囲内であると自分に言い聞かせ、心を平静に保とうとすることがある。
ブラックが先程、攻撃が全く見えずに、底知れぬ恐怖を感じ、全力で逃走を図った吸血鬼。
その吸血鬼が自身の〝何者か〟と位置付け、特別扱いする目の前の男に対し、「十分に対応可能」という評価は、あまりにも楽観的であった。
「あぎゃぁああああああ!!」
気付けばブラックの両腕が無くなっていた。
「あぁあ゛あああああああ!!」
ブラックは痛みから絶叫する。
「て、てめえ……ひ、人殺し……! こ、この映像を世界に発信してやるからな゛!」
ブラックがそう言うと、ブラックの周りにドローンが浮遊し始める。
「……え、あ、はい……」
クガは何をいまさらとでも言うように、少々、呆れたような顔をする。
「えーと、これ、配信されてるんですよね?」
クガはドローンを指差しながらブラックに確認する。
「そうだ! 今さらやめろと言ってももう遅いぞ! お前の残虐な姿は全世界に……」
「あ、じゃあ、せっかくなので、一言だけ……」
「へっ……?」
クガの淡々とした姿に、ブラックは素っ頓狂な声を出す。そして……。
「……安易に吸血鬼に手を出すと後悔することになります」
それが、ブラックがダンジョンで聞いた最後の言葉であった。




