47.悪逆非道
「ワワン!」
アドベンジャーの後方から、可愛らしい犬の鳴き声がする。
アドベンジャーの四人は鳴き声のする方向へ振りかえる。
「こ、こいつらは……!」
アドブルーが鳴き声の主の存在を認知した瞬間……。
「「「ワワンオーー!!」」」
鳴き声の主であった柴犬のような姿をしたコボルト達が一斉に、アドブルーに飛びかかる。
「ちょ……うわっ、やめ……やめて……うわぁあああああああああぁ……」
【え……】
【ブルーさん……?】
【リアルタイム修正システム発動中】
【グロ注意……グロ注意……】
「ぶ、ブルー……?」
もっとも近くにいたアドピンクは呆然とアドブルーが噛み千切られていく様子を眺めていた。
しばらくすると、アドブルーの身体は光に包まれ消滅していく。
ダンジョン内で死亡したことで、自動蘇生魔法〝リライブ〟が発動し、ダンジョン外に転送されたのだ。
アドブルーはダンジョン外で蘇生され、目を覚ますことだろう。
ただし、自動蘇生は人生において一度発動すると、二度とかけ直すことができない。また特別な検問により自動蘇生がかかっていない者はダンジョンに入場することができない。
つまるところ、一度、ダンジョンで死亡すると、二度とダンジョンに戻ることはできないのだ。
「ピンク!!」
「っ!?」
思考が停止していたアドピンクの耳に、彼女を呼びかける叫び声が入ってくる。
その声は前を行っていたアドレッドのものであった。
「ピンク! 早くこっちへ!」
アドレッドは必死の形相で、現在、孤立しているアドピンクを呼び寄せる。
「わ、わかった……!」
アドピンクもなんとか足を動かして、前方へ走り、そしてブラックの後ろへと隠れる。
「っ……」
その様子に、アドレッドは少し眉をひそめる。
その間に、ブラックが突然、口を開く。
「現れたか……」
アドレッドもブラックの目線の先を追う。
「っっっ……」
そこには、思わず言葉を失うほどに美しい女性がいた。
背中まで伸びる美しい金の髪に、吸い込まれるような真紅の瞳。黒と紅のドレスのような佇まい。彫刻のような均整の取れた身体だが、背中から紅い翼が生えている。しかし、美麗な顔にはあどけなさが残る。
それは本日のアドベンジャーのターゲットである魔物……吸血鬼である。
【吸血鬼さんきたーーーー!!】
【吸血鬼さん、かわいい】
【やばい、早くも脳汁出てきた】
吸血鬼の登場にコメントがにわかに活気づく。
アドベンジャーにとっては、自分達のチャンネルであるはずなのに、それはまるでチャンネルが乗っ取られているかのようであった。
普段であれば、このような荒らしはユーザブロックすれば、視界から排除することが可能だが、吸血鬼を目の前にしたこの状況では、ユーザブロックすることも難しい。
「吸血鬼とやら……不意打ちとは卑怯だな……」
ブラックが現れた吸血鬼を非難する。
【おぉ……ブラックさん、流石だ。こんな状況でも物おじしてない】
【ちょっとはブルーのことも思い出してあげてw】
【ワイルドすぎる】
「おい、卑怯者の吸血鬼……! かかってきやが……」
「ぺぶっ」
「……!?」
ブラックが吸血鬼を挑発しようとした時、ブラックの真横から、「ぺぶっ」という奇妙な音が聞こえた。
ブラックは音がした方向に視線を向ける。
「…………レッド?」
そこには紅い触手で顔面を貫かれたアドベンジャーのリーダーであるアドレッドの姿があった。
アドレッドはあっという間に消滅してしまう。
「え? 嘘……全然、見えなかった……」
ブラックの背後で身を隠していたアドピンクは驚きを隠せない様子でそんなことを呟く。
そして、その触手の発信源たる美しき吸血鬼はゆっくりと口を開く。
「貴様、私に向かって卑怯と言ったか……?」
「っ……え、えーと……」
ブラックは言葉を返すことができない。
吸血鬼はブラックの返答を待つでもなく、淡々とした様子で続ける。
「何を勘違いしているのか? 貴様は聖女でも相手にしているつもりか? お前が相手にしているのは悪逆非道な魔物だぞ?」
「っ……!!」
「ぶ、ブラック……ど、どうすれば…………って、えっ!?」
アドピンクは目の前のたくましい背中の男にすがるように問いかけた。
しかし、その男は急にアドピンクの視界から離脱する。
【あ、逃げた】
【ブラックさん、女残して全力逃走w】
【流石、ワイルドだなぁ】
【だっさ】
「…………あらら」
その姿を見て、吸血鬼は少々、呆れたような顔をする。
「……さて」
「ひっ……!!」
吸血鬼は残ったアドピンクに視線を向ける。
アドピンクは肩を揺らして驚き、足腰に力が入らないのか、その場にへたり込み、ガタガタを震えながら怯えている。




