43.名もなき助っ人と悪魔狩り狩り
幸運であった。
想定外の救援により、クガは自由に動けるようになった。
これでクガの身体は人狼の館へ向かえる。
しかし、大きな問題があった。
今から正攻法で、人狼の館に向かったのでは遅すぎる。
着いた時には手遅れとなっている可能性が高い。
だから、何らかの方法でショートカットして現場に向かう必要があった。
つまるところ、グレイに召喚してもらうのが唯一にして最善の方法であった。
「……グレイと連絡が取れれば……」
しかし、グレイにこちら側の様子を確認する手段はない。
さらに、クガの召喚に対してはグレイが拒否しており、こちら側の意図を伝えることができなかった。
くそ……せっかく得られた機会を活かす手段がない。
クガは唇を噛みしめる。
◇
イビルスレイヤー……ヘビオ撮影ドローン――
人狼の館の前――
「せあっ……!」
人の姿に戻ってしまったグレイが力を振り絞って、邪鬼に攻撃を仕掛ける。
しかし……
「きゃぁあ!」
力の差は想像以上に大きく、右腕一振りで十メートル余り吹き飛ばされてしまう。
周囲には無謀にも邪鬼に挑んだ狼男達も倒れている。
そして邪鬼が倒れたグレイの元へゆっくりと近づいてくる。
【人狼ちゃーん! クガが呼んで欲しいって】
【人狼ちゃん! 頼む! 届いてくれ!】
イビルスレイヤーの配信に、クガ側の視聴者がなだれ込み、必死にコメントするが、そのコメントがグレイに届くことはない。
「…………申し訳ありません……クガさま……」
グレイは自身の敗北を悟った。
その時であった。
「人狼ちゃん! クガが連絡してくれって!」
「っ……!?」
何者かの叫び声が人狼の館の前に響き渡る。
「もうあっちは大丈夫だからって!」
【え? え? 奇跡起きた?】
【え? 誰だ?】
ドローンがその声の発生源を画角に捉え、その人物が映し出される。
【……!】
【こ、こいつは……】
【…………誰?】
【まじで誰だ、わからん】
「は……? 誰だあいつ……?」
ヘビオも首を傾げる。
それもそのはずだ。その人物は、一人の視聴者の青年であった。ただ、この危機的な状況に居ても立っても居られなくなり、無謀にも死地に駆けつけてしまっただけの一人の視聴者の青年だ。
「ヒーロー気取りか……? うざ……やれ……邪鬼……」
「ふぇっ……!?」
邪鬼が視聴者さんの青年との間合いを一瞬で詰める。
「う、うわぁああああああ!」
特別な力を持っているわけではなく、グレイを助けたいという一心だけで駆けつけた一般的な視聴者であった彼に成す術はなく、反射的に目をつむる。
「…………?」
しかし、彼が想定していた衝撃は発生しない。
彼は恐る恐る目を開ける。
「……!」
彼の目には大剣で邪鬼の攻撃を食い止める男の背中が映った。
「……感謝します。貴方のおかげです」
「……!」
「……何か欲しいものはないですか?」
「え……? じゃ、じゃあ、吸血鬼さんのサインを……」
「そんなものでいいんですか?」
「じゃ、じゃあ、できれば人狼ちゃんのも……」
「……約束します」
「……!」
彼は嬉しそうにする。
【謙虚だなぁ】
【そういえば吸血鬼ちゃんはサインなんか書いてないよな】
【サイン第一号かな?】
【彼はそれを受け取るのに値する】
【クガのは要求しないの草】
「グレイ……! 彼を保護してやってくれ……!」
「は、はい……!」
クガが邪鬼を抑えている間に、彼はグレイの元へ走る。
「……結局、来ちゃったんだぁ」
ヘビオは少々、不満そうにそんなことを言う。
「だけどさ、君って人殺さないと大したことないんでしょ?」
「……」
「どうする? あ、さっきのモブくんを殺せばいいんじゃない?」
ヘビオはさも名案を思い付いたかのように言う。冗談というよりは本気で言っている様子であるのが、クガにとっては少々、理解しがたかった。
「心配はいらない」
「えっ?」
ヘビオの余裕は一瞬で消失することとなる。クガの大剣一振りで、邪鬼が吹き飛ばされたからだ。
「魂の救済は蓄積するタイプだ」
クガは間髪入れず、邪鬼に追い打ちをかける。
邪鬼も一撃でやられる程、柔ではなく、尻餅をついた状態から上体を捻り、右ストレートで応戦する。しかし……。
「力強化」
クガは自身に強化魔法をかける。魂の救済に更に上乗せされるように強化エフェクトが発生する。その直後……。
「ぐぎゃ?」
重厚で無機質な音が周囲に響く。
それは邪鬼の右腕が地面に落下した音。
「ぎゃぁああああああ!!」
切断面からは血が噴き出し、邪鬼は思わず左腕で切断面を押さえる。
「くっ……! 縫合治癒!」
ヘビオが初めて、自身の死霊に治癒魔法を試みる。イビルスレイヤー陰の実力者の名は伊達ではなく、邪鬼の左腕は縫合糸で、くっつくように元に戻っていく。
「実力は本物みたいだね……でもこれならどうかな? 僕はこれが死霊の力を最大限に引き出す方法だと思うんだ。邪鬼……死霊行進」
ヘビオがそのように宣言すると、邪鬼を取り巻くオーラは一層、強くなる。そして、邪鬼はクガに向かって驀進してくる。それは、邪鬼の意思というよりはまるで朽ちた肉体そのものが兵器であり、弾丸であるかのようであった。
クガはなんとか直撃を避ける。しかし、僅かに接触した左腕があらぬ方向に曲がっていた。
「くっ……強いな……」
「君が治癒もできることは知っている。でもそんな隙は与えないよ。次の一撃で確実に仕留める」
ヘビオがそう宣言すると、邪鬼は間髪入れずにクガに猛進してくる。死霊魔術により、肉体の限界を超えたその突撃は、防ぐことも避けることも困難であった。
「もう少し楽しみたかった。でも、これで終わりだよ」
ヘビオは勝利を確信する。だが……。
「防ぐことも避けることもできないなら、正面からぶつかればいい」
「な……? どういう……?」
「こちらにも一応、攻撃用の技があるんだ。少し口にするのが恥ずかしくてあまり使いたくはないんだがな……」
その直後、クガの大剣が禍々しいオーラを放つ。オーラは濃縮されるように大剣に収束する。
「っっっ……」
だが、一瞬、放たれた禍々しいオーラを直視してしまったヘビオは凍りつくような寒気に襲われる。そして……。
「……闇破勇斬」
クガは大剣を横に一振りする。派手なエフェクトはない。暗黒のオーラが大剣の軌道を描く程度のものだ。
「っっっ……」
だが、無機質な音が響く。
それは邪鬼の頭部が地面に落下した音であった。
【え……?】
あまりに一瞬の出来事に反応は遅れてやってくる。
【うぉおおおおおおおおおお!!】
【やりやがった】
【……ってか、マジか】
【ここまでか……流石に強すぎるだろ……堕勇者……】
「っ……嘘だろ……僕の邪鬼が……最強の死霊が……」
流石に想定外であったのか、常に淡々としていたヘビオも動揺を隠せない。
【《朗報》ウラカワ死亡】【あいうえ王、圧勝】
【城の防衛に成功!!】
「……」
ほぼ同時にその知らせが飛び込んできて、クガはほっと一安心する。
「えぇ……ウラカワさんもやられちゃったの?」
ヘビオにも同様の情報が入ってきたのか、そんなことを呟く。
だが、今度は逆に淡々とした様子である。
「やーめた」
「……?」
ヘビオは投げ出すような言葉を発し、その場で仰向けに寝っ転がってしまう。そして……。
「殺すなら殺して、どうぞ」
そんなことを言う。
諦めたというより、本当にどうでもよくなったというような口調だ。
「一つ聞きたいのだが……」
そんなヘビオにクガは話しかけていた。
「ん? なにー?」
「なぜ猟奇的な魔物狩りというスタンスで活動していたんだ?」
「……? リスナーが喜ぶからじゃない? 知らんけど」
「……」
ヘビオは妙に他人事であった。
「君自身は……?」
「…………僕に目的なんかないけど」
「……」
「ただ、あいつらが誘ってくれたから」
【なんだこいつは】
【何考えてるか全くわからん】
【主体性の欠片もないな】
【……でもクガも似たような感じだったんじゃ】
ぐさり……よく御存じのリスナーがいるようだ。
そのとおりであった。誘われたから守るために戦う。以前のクガも似たような活動動機だった。
と、その時……。
【クガ、やばいぞ! あいうえ王のチャンネル見てみ!】
「え……?」
クガは冷や汗をかく。まさか……やはり……。
クガは急いで、あいうえ王チャンネルを開く。
「……!!」
そこには怒り顔のアリシアが画角いっぱいに映し出されていた。
〝クガーーーー! どういうことーーー!? なんか妙にきょどった知らん人がいるんだけどーーー!! なんなのこれーー!!〟
アリシアが指差した人物は、クガの前に現れた自信ありげな人物とは別人のように、そわそわした様子のアイエさんであった。
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