42.有名な助っ人
そのころ、ダンジョン上層43層アリシアの城築城現場―― クガ撮影ドローン――
非常にまずい状況だ。
クガはグレイが邪鬼に追い詰められている状況を配信で確認していた。
少し前に、アリシアはミノタウロスを救出することに成功したが、アリシアはワープを使ったばかりであり、再使用するにはもう少し時間が必要だった。故に、今すぐこちらに戻ってくることはできない。
「あぁ、あぁ、やばい状況だねぇ。人狼ちゃんもうちの死霊軍団に入ってもらおうかねぇ。むかつくことに何体か壊されちゃったからなぁ」
「っ……」
イビルスレイヤー、魔術師のウラカワの声が聞こえてくる。どうやら魔術により、遠くからも声を送ることができるようだ。
ウラカワは未だ、姿を現していなかったが、どこからともなく、氷塊による攻撃を繰り出してきており、この攻撃は柴犬コボルト達では防ぐことが難しく、クガが対処せざるを得なかった。つまるところ、クガ自身もこの場を離れることができなかったのだ。
やむを得ない……。
クガは右手を前に出す。中指にグレイとの契約の指輪がはまった手である。指輪はぼんやりと光り出す。クガは人狼の館を捨てて、グレイをこちらに呼び出し保護することを決断する。
〝どう……なさいましたか? クガ……さま……〟
クガが呼び出そうとすると、グレイは会話を求めてきた。
召喚に対しては、即応じることもできるが、その理由を事前に尋ねることも可能だ。
「グレイ……すまないが、人狼の館は諦めて、こちらに来てくれ」
〝畏れながらお伺いします……が、クガさまが……危機に瀕しているということでしょうか〟
グレイは息も絶え絶え、なんとか会話をしている様子であった。
「……い、いや……グレイを……」
〝ありがとうございます。本当に嬉しく思います……ですが、私を……救出するため……ということでしたら……申し訳ありませんが……この召喚に……応じることはできません〟
「え……?」
〝私は貴方様の眷属であると同時に……臣下を……従えております〟
「っ……」
〝主に助けを求め……臣下を見捨てることはできません……!〟
確かに、狼男達はすでに意識を失っている者も多い。召喚は相手の同意がなければ成立しないため、意識を失っている者を呼び出すことはできない。クガがグレイだけを呼び寄せても、グレイが狼男たち全員を救出することは不可能だ。
〝クガさま……申し訳……ありません〟
そこで通信は途絶える。
クガはグレイの優先順位を見誤った。召喚に応じなかったことに怒りはない。あるとすれば、彼女の誇りを見誤った自分自身と、この状況を作り出している元凶へだ。
グレイを救いたいのであれば、自分自身がここを離れられる状況を作るほかなかった。
アリシアからはいざとなれば、この城を見捨てても構わないと伝えられていた。
だが……自分一人ここを去れば、柴犬コボルト達だけが残されることになってしまう。
「ほれほれほれぇ……そろそろ俺もギアを上げていくよぉ」
「っ……!」
そのウラカワの言葉のとおり、氷塊による攻撃が激しさを増す。クガは必死にその氷塊を叩き落とす。
「ひゅー、やるねぇ……」
クガは声の方に視線を向ける。
「……!」
100メートル程離れた場所に、魔導師風情の男が立っていた――ウラカワだ。
【ついに出やがったな、この畜生が!】
【クガ、やっちまえぇええ!】
クガも同じ気持ちであった。
相当な怒りが蓄積されていた。気づけば彼に向かって駆け出していた。
「おー、怖い怖い……でも人狼ちゃんは大丈夫かなぁ?」
仮に大丈夫でなかったとしても、こいつを倒さなければ助けに行くことはできない。
ならば、一刻も早く倒す以外の選択肢はなかった。
だが、クガはそんなに割り切れるほど強い人間ではない。
自身の非力、無策のせいで、グレイを救うことができないかもしれない……そんな結末が脳裏をよぎる。それでも、クガは必死に、ウラカワへ突進していく。
そんな時であった。
「堕勇者さん、ここは僕に任せてくれないかい?」
え……?
クガは突然、声をかけられる。
聞き馴染みのない声であったが、驚きのあまり足を止めて、その方向を見る。
「ん……?」
ウラカワも何者かが現れたことに気がつく。そして……。
「っっっ……!?」
絶句する。
「……えーと」
クガの視線の先には、とある人物が立っていた。
身長は160センチくらいであろうか、身軽そうな装束に身を包み、目元ははっきりとしているが、口元はマフラーのようなもので隠れている。
中性的な顔立ちをしており、一見すると性別が不明だ。
【え……? なんで、アイエが……?】
【どういう状況……?】
「突然で、申し訳ないが、僕はあいうえ王というチャンネルをやっている者だ」
いや、知っている……。
S級パーティNo・2のあいうえ王……S級探索者にして唯一のソロプレイヤー……ダンジョン籠もりのアイエ。個人のプレイヤーとして最強の呼び声も高く、知らない奴などいない。
「時間もないでしょう。手短に言います。救援に来た。ここは僕に任せてくれないか」
「え……え……なんで?」
クガは混乱もあり、思わず、タメ口で聞き返してしまう。
「なんでってそれは至極簡単なことだよ。君達のファンだから!」
「っ……!」
「状況は把握している。ここは僕がなんとかするから、君は人狼ちゃんの救援に行ってくれ」
「あ、えーと……」
「いきなり来た僕を信用することは難しいかもしれないが、信じてほしい……なんたって僕は君達のファンだから……!」
そう言って、アイエは自身のディスプレイを見せる。
めっちゃクガのチャンネルへの支援金の履歴があった。
「っ……」
信じるべきなのかクガは判断に迫られる。
城はともかく柴犬コボルト達の命も預けること……それは簡単な判断ではなかった。
【クガ! あいうえ王は変な奴だけど、めっちゃいい奴】
「おい、変な奴じゃないだろ!」
アイエはクガの配信を聞いているのか、コメントに反応する。
【少なくとも裏表があるような奴じゃない】
【実力は知ってるよな?】【信じていいと思う】
リスナーの説得もあり、クガは決める。
「……すみません……この恩はいつか返します」
「あいよ。ここは任せな!」
クガは後方に退いた。
「な、なんでお前が……」
この想定外の救援に驚いていたのは、クガよりもむしろウラカワであったかもしれない。
「なんでって確かに言ったと思うんだけど……?」
「……?」
「【僕の吸血鬼さんの邪魔をする不届き者はこの僕が成敗してくれる!】って……」
アイエはケラケラと笑い、冗談めいた口調で言い放つ。
それはウラカワが最初にアリシアの城を襲撃した時に書き込まれていたコメントであった。
ウラカワは当時、意に介していなかったが、あの時点で彼はあいうえ王を敵に回していたことになる。
「僕は根に持つタイプだからね」
アイエは鋭い眼光をウラカワに向ける。
「っっっ……!」
ウラカワは口をパクパクさせるが、そこから意味のある音声が発せられることはない。




