39.リベンジ
【うぉおおお、がんばれぇえええ!】
【クマゼミ、いけるぞぉおお】
戦闘は続き、セラとユリア、アラクネとの接近戦は熾烈を極める。
状況としては、クマゼミがやや優勢に見えなくもない。
だが、アラクネの修復能力は健在であり、決定打に欠けていた。
「少し驚いた……しかし、クガという男ほどではない」
「っ……」
「そこの男の方は以前と変わらず凡庸……」
アラクネに指差しされたセラは顔をしかめる。
「それに……そもそもこの戦術は、後衛が手薄になるリスクと引き換えだよなぁ!」
「「っ……!」」
アラクネは強靭な太い糸を後衛目がけて放出する。
「させるか……!」
セラは咄嗟に、その糸を自身の左腕で止める。
「かかったな……」
「っ……!」
粘性の高い糸がセラの左腕に絡みつき、アラクネの口角が吊り上がる。
「っ……!」
が、直後にセラがとった行動に、アラクネも目を見開き、驚く。
「っっっら゙……!」
【ぎゃぁあああああ、セラぁあああ】
【痛たたたたた】
セラは右手の剣で糸が絡みついた左腕を切断したのである。切断面からは血が噴き出る。
「なんだそれは……自殺か?」
アラクネは随分と軽くなった獲物から糸を切り離しながら、呆れたように言う。
「そうでもねえさ……」
「は……?」
「治癒……!」
後方から凛とした声が響く。
その声と同時に、セラの切断された左腕がうねうねと生えてくる。
「っ……!」
【出たぁああ! クシナちゃんのアラクネ顔負けの再生力】
【相変わらず再生速度がえぐい……!】
「……なんだと?」
アラクネにコメントは届いているわけではないが、顔には焦りの色を浮かべている。
「魔力強化」
ユリアの身体の周囲を赤紫色の光が上昇するような強化エフェクトが発生する。ミカリは状況の如何にかかわらず、淡々とユリアへの魔力強化付与を続けている。
「っ……! 小賢しいのよ!!」
アラクネは攻撃のギアを上げる。脚による凄まじい連撃が最前線で構えるセラに襲いかかる。
「くっ……!」
セラもなんとかそれをロングソードで受け、いなす。
セラが下半身の攻撃を防ぐのに手一杯である間に、アラクネは上半身から糸の塊のような弾丸をセラの後方にいたクシナに向けて放つ。
【やばい……!】
【クシナちゃん……!】
アラクネは確信する。
これで確実に一人は仕留められる、と。
前回の戦いにおいて、クマゼミはヒーラーを守るため、近くの仲間が盾となる立ち回りをしていた。つい先程もセラはクシナを庇おうとしていた。
だから、今回も後衛の付与術師がヒーラーを庇うであろうとアラクネは予想した。
だから、その次の瞬間、耳に入ってきた音には驚きを禁じ得なかった。
「魔力強化」
「っ……!?」
ユリアに強化エフェクトが発生する。
付与術師であるミカリはまるで何事も起きていないかのように淡々と強化魔法を継続する。
であれば、当然、糸の弾丸は何の障害もなくクシナへ向かっていく。
【うわぁああああああ】
【クシナちゃん、逃げてぇえええええ!】
「いざとなったら、自分の身は自分で守る……! それが防衛特化のいないクマゼミのやり方……!」
クシナは糸の弾丸の進行方向に対して垂直方向に全力疾走する。
「私、これでも学生時代は体育で、ぶいぶい言わせてたんだからぁあああああ!!」
洞窟内に大きな破壊音が響き渡る。
糸の弾丸が着弾した音だ。
そしてその破壊の範囲外にクシナがうつ伏せになっていた。
【うぉおおおおおお、ナイスダイブぅううう……!】
【かなりギリギリだったな】【体育でぶいぶいとは……?】
「……やった。避けられた! 一人で……!」
クシナは次の攻撃に備え、すぐに立ち上がる。
「っ……」
まさか、ヒーラーを放置するとは……。
そして、ヒーラーも自身のみで回避し切るとは……。
アラクネは自身のこれまでの戦略が思惑どおりにいかず、一時的に思考停止してしまう。
「魔力強化」
「っ……!」
その付与強化の宣言はアラクネの聴覚に不気味に響き渡った。
さっきから何度も馬鹿の一つ覚えのように、一人の魔力を強化し続けている。
そういえば、その対象の女は妙に静か……。
「っっ……!?」
ふと、その女を見ると、空間が歪んで見える程の威圧感が取り巻いている。
「これくらいでいい?」
「そうだな」
ユリアが尋ね、セラが応える。
アラクネはそれまでなかったはずの明確な死への恐怖を感じ、冷や汗をかく。
「お前の再生力は脅威だからな……だが、再生力を崩す方法は太古の昔から決まってるんだ…………そう。一撃で仕留めること」
「っ……」
「俺達にとって、その火力を捻出することは簡単なことじゃない」
「準備に入る」
ユリアはそう言うと、アラクネから少し離れた位置で、両手を合わせ、祈るようなポーズを始める。彼女の周囲の魔素が純白の光となって収束する。
色濃くなる死の予感に、アラクネも反撃を試みる。
「うぉおおおおおお!!」
必死……。
必死に、一刻も早くユリアへの攻撃を企てるほかない。
「っ……!」
当然、それを妨げる者がいる。
「させねえぞ……アラクネ」
剣聖のセラが立ち塞がる。
関節が軋むような音が断続的に響く。
セラとアラクネの生死をかけたぶつかり合い。
「っ……」
両者共に言葉を発する余裕もない。
リスナーすらも固唾を呑む。
だが、二者の力量は互角ではない。
あの日からそれ程、時間は経っていない。
たとえ、覚悟が違ったとしても、力関係が劇的に変化する程の時間は経っていないのだ。
即ち、徐々に、アラクネが優勢になり始める。
セラが僅かながら後手になり、それが少しずつ積み上がっていく。
そして、その時は来る。
「っ……!」
セラの掌から剣が後方へ弾き飛ばされる。
【あぁああああ!】
【やばい……!】
「っ……」
セラは丸腰となり、唇を噛み締める。その時であった。
「カイ……」
「っ……!?」
「カイ……ウ……シテ……」
聞き間違いであるかもしれないと、思う程、微かな声がアラクネの口から漏れ出すのをセラは耳にした。
「っ……!」
その言葉に奮起したという程でもないが、セラは振り返り走る。そして、弾き飛ばされた剣へと手を伸ばす。
しかし、アラクネはそれを阻止するかのように、口から糸を出し、剣へと飛ばす。
そして、その糸は棒状の獲物を捕らえ、アラクネの元へ手繰り寄せる。
「……!?」
が、しかし、アラクネは驚く。
自身の元へ戻ってきていたのは、剣ではなく、人間の腕であった。
それは先刻、セラが自切した左腕であった。
セラは咄嗟に、地面に落ちていた自分の腕を投げ、剣の身代わりにしたのである。
「クガほど、圧倒してやれなくて悪いな……だが、成仏させてやるよ……!」
そう言って、本物の剣を拾ったセラは再び、アラクネに突撃する。
「ぐっ……!」
セラは剣をアラクネの胸部に突き刺す。
「このぉ……! ソレデイイ…… 離れろぉおお!」
アラクネは剣を抜こうと抵抗するが、セラは剣を離すことなくアラクネの動きを封じる。
そして……。
「ユリア! 俺ごと、やれ!」
時は満ちた。
「なんだそれは……!」
アラクネの眼に、全身が眩い白光で包まれた女の姿が映る。
「わかった。セラごとやる」
急速に接近したユリアが……。
「魔法:白き聖なる騎士」
「っ……ぎぃあぁあああああああああ!!」
その杖を叩きつける。
聖なる光に包まれたアラクネの身体はまるで融けるように、消滅していく。
「…………アリガ……トウ」
「っ……」
断末魔の中、微かにその声が耳に残る。
ユリアの一撃に、アラクネは姿すら残らぬほどに霧散した。
【うぉおおおおおおおおおお!!】
【やりやがったぁあああああ!】
【クマゼミ、初のS級撃破、おめでとうぉおおお!】
【ゾンビだったから、正式ではないのかな】
【そんなの関係ねぇええ!】
【うぉおおおおお! ゴリア様ぁあああああ!】
次々に祝福のコメントが流れる。
「ひゅぅ……ひゅぅ……ひゅぅ……」
身体の三割くらい損傷したセラが、呼吸困難で、ぶっ倒れているのだが、リスナーはあまり気にしていない。
「お疲れ様です……」
流石にこのまま死なせるわけにはいかないので、担当者が彼に近づく。
「正直……結構、かっこよかったですよ……治癒」




