37.二手
ダンジョン上層43層アリシアの城築城現場―― クガ撮影ドローン――
「っ……!」
アリシアは友人の思わぬ苦戦に唇を噛み締める。
「アリシア……」
そんなアリシアにクガは声をかける。
「……なんだ?」
「行ってこい」
「え……?」
「行きたいのだろう?」
「……っ……だが」
確かにワープを使えばミノタウロスのいるフロアまではすぐに移動できる。しかし、一度ワープすると次のワープまでは間隔を要する。すなわち一度ワープすればすぐには戻ってこられない。故にアリシアは躊躇していた。アリシアは改めて、目の前の光景、そしてその他二つの襲撃現場の状況に目をやる。
幸い、イナゴブリンは数は多いが、柴犬コボルト達は次第にワワンオを中心とした統率の取れた防衛を行えていた。
人狼の館、クマゼミについても現時点で状況が悪化しているわけではない。
襲撃数に関しても人狼の館は元S級モンスター一体、イビルスレイヤーのメンバー一人であるのに対して、ミノタウロスに対しては元S級モンスター一体に加えて、イビルスレイヤーのメンバーが二人いる。頭数だけでいえば最も不利である。
「クマゼミは……? クガの元仲間は大丈夫なのか?」
「……どうだろうな」
「っ……なら……」
「だが、アリシア……人間はやられても完全に死ぬわけじゃない」
「っ……!」
「二度とダンジョンに来ることはできないけれど、それでも消滅してしまうわけじゃないんだ」
「……」
「だから……ミノちゃんのところへ行ってやれ」
リスナーからも後押しするコメントが並ぶ。
【クガの考えを支持する……!】
【クマゼミを観れなくなるのは嫌ではあるが……確かにそうだ……】
「っ…………すまない」
アリシアは唇を噛み締めるようにしながらも、クガの提案を受け入れる。
そして、アリシアは叫ぶ。
「ワワンオ! コボルト達! そのままでいい! 耳を傾けてくれ!」
「「「わんっ……!」」」
「私は、友の救援のため、この場を離れる……! この城の主であり、そなた等の主である身として申し訳ない……!」
「「「……」」」
「だが、ここには私の何者かであるクガがいる。周知のことと思うが、私が誰よりも信用している者だ! 以降はクガの判断を仰いでくれ!」
「「「わんおわんお!」」」
柴犬コボルト達は分かりましたと言うように、一斉に吠える。
「そしてもう一つ……いざとなればこの城は見捨ててくれて構わない!」
「「「わんお……?」」」
「……アリシア」
「以上だ。すまない……!」
「「「わんおぉおおおおお!!」」」
【【【わんおぉおおおおお!!】】】
柴犬コボルト達はまるでアリシアを励ますように、遠吠えする。
なぜかコメント群もコボルト達に呼応するように吠える。
「っ……!」
アリシアは唖然とする。
「ほら、早く行ってこいってよ」
クガはそんな風に柴犬コボルトの思いを代弁する。
「……あぁ、行ってきます」
アリシアは歯を食いしばる。
「あ、そうだ、アリシア、これを持っていきな」
「……これは?」
「こんなこともあろうかと、二つ目の配信用ドローンをクマゼミから貰っておいた。どう使うかはアリシアに任せるがな……」
「……承知した。恩に着る。じゃあな……」
クガはアリシアがワープエフェクトと共に消えるのを確認する。
よし……とクガは心の中で、気合を入れる。
「やるぞ……! コボルト達……!」
「「「わんおぉおおおおお!!」」」
クガの声かけにコボルト達も応えてくれる。
クガは久し振りに……クマゼミにいたころのように〝護る戦い〟のスイッチを入れる。
***
ダンジョン上層46層 ワープの間―― アリシア撮影ドローン――
「……よし」
アリシアはミノタウロスのボスの城である闘牛の館がある上層46層にワープしてきた。
しかし、ワープ先はあくまでも上層46層の入口である。ここから闘牛の館までは自らの足で移動する必要がある。
急がねばならぬ……。
アリシアは唇を噛み締める。しかし、一つ、問題があった。
それはアリシアは闘牛の館の場所を知らないことであった。
二人が会うのは基本的にいつも魔物の街であり、ボスの城とは魔物にとって互いに不可侵の領域であるのだ。故に、アリシアは闘牛の館を訪れたことは一度もなかった。
なんとかして闘牛の館を早急に探さなければ、手遅れになる。
アリシアは駆け出す。
***
ダンジョン上層46層 闘牛の館―― ムシハラ撮影ドローン――
「おっ? 吸血鬼のやつ、こっちに向かってるみたいだな」
アリシアの配信を確認していた亀甲を背負ったカメオカが笑みを浮かべながら言う。
「え……?」
その言葉にミノタウロスが反応する。
「いやー、まさか城をほっぽりだして、牛を助けに来るとはちょっと予想外ですねー」
虫取り網を手に持つムシハラは敬語であるが、ねっとりとした口調で言う。
「確かに……って、いきなり逆方向行っちゃってんじゃん」
「おーい、こっちですよー」
「「…………ぎゃはははははははは」」
イビルスレイヤーの二人は大笑いする。
「間に合うわけねえじゃんよ!」
「ですよねー、やっぱり魔物は力があっても、頭が少し足りないようです」
「っ……」
ミノタウロスは顔をしかめる。




