36.甘やかし
「わわんおー!」
四方八方からイナゴブリンが飛来する。
「わんわ、わんおー!」
「よし、コボルト達、補助魔法をかける!」
アリシアは自身の左手親指を噛み、そこから出た紅い光を柴犬コボルト達に振り撒く。
「有り難き幸せ……」
強化により言葉を話せるようになったワワンオはアリシアに感謝を述べる。
「……やめてくれ」
アリシアはコボルト達の城を燃やされたことに責任を感じているためか、思わず目を逸らす。
「ぐぎゃ」
アリシアの血による強化をかけてもらい臨戦態勢となった柴犬コボルトが棍棒で、イナゴブリンを叩きつける。
イナゴブリンは絶命、消滅する。
一対一においては、柴犬コボルトがイナゴブリンよりも優勢である。
「ぐるぅううう」
「わ……わんお……」
しかし、局面においては数的優位を作られる。
「わんおぉぉお」
犠牲ゼロというわけにはいかない。
「あぁ……!」
アリシアはかなり狼狽えた様子でその光景を見ていた。
「……大丈夫か?」
「な、何がだ……」
「いや……」
こいつは魔物に向いていないのではないか……。
クガはそんなことを考えずにはいられなかった。と、その時……。
〝きゃああああ!〟
「「っ……!」」
イビルスレイヤーの配信中画面から可愛らしい女性の悲鳴が聞こえてくる。
それはアリシアの友人の悲鳴であった。
「ミノちゃん!」
思わずアリシアがその名を叫ぶ。
***
ダンジョン上層46層 闘牛の館―― ムシハラ撮影ドローン――
「オーガくん、頑張ってください! 先輩の威厳を見せてください!」
「ぐぉおおおおおお!」
「っ……」
同程度の体格を持つオーガとミノタウロスが斧と斧をぶつけ合い、つばぜり合いをしている。
「観てください、今ね、世にも奇妙な萌え声の牛とね、オーガくんのゾンビがね、戦いを繰り広げてるわけなんですよ」
虫網を持ったムシハラは丁寧語ではあるが、愉しげに状況を解説する。
「おっす! これ、ひょっとして、初めてなんじゃないか? S級ボス同士の戦いって……!」
巨大な亀の甲羅を背負っているかなり恰幅のいい男であるカメオカもムシハラ同様に興奮気味に語る。
【確かにS級同士のガチンコバトルってのは初めてみたかもなー】
【どっちが勝つんやろ】
【って、片方、すでに死んでるやん笑】
「このぉおおおお!」
「おっ!? 今ですね、ミノちゃんがちょっと押してますね。いやー、本当、鳴き声は可愛いんですよねー」
【目をつむると可愛いんだけどね】
【鳴き声って虫扱いで草】
「せやぁ!」
ミノタウロスが振り下ろした斧がオーガの左上腕を掠める。
「あ! オーガくんがちょっと斬られちゃいました」
が、しかし……。
「っ!? きゃあっ!」
オーガは一切、怯むことなく、反撃し、斧を横に振り回す。
その一振りが同じくミノタウロスの左上腕を掠める。
「オーガくんはね、痛みを感じないんですね。死んじゃってるからってわけじゃなくて、もうこの子は生きてる時から痛みを感じない鈍感な子だったんですよ」
ムシハラはやはり愉しげに語る。
「まぁ、私としてはね、どちらが勝つのか非常に興味があるんですが、やっぱりオーガくんは味方なのでね、少し甘やかしていきます」
【出たw 恒例の甘やかし】
【甘やかしたらあかんw】
「毎回ね、リスナーさんからは甘やかしすぎだって言われるんですけどもね、私も鬼じゃないですからね。少しは優しさの片鱗を見せていきたいと、そう思っているんですよ」
ムシハラはそんな風に言う……と、
「っ!?」
ミノタウロスは驚く。自身の懐にムシハラがいた。
ムシハラは手に持っていた虫網をミノタウロスに向けて振り抜く。
「きゃああああ!」
ミノタウロスの左脚にズドンという重い打撃がのしかかる。
「っ……! この……!」
ミノタウロスも負けじと反撃を試み、斧を振り下ろす。
しかし……。
「ふんぬっ!!」
「っ……!」
ガキンという音が響き、斧は硬いモノに防がれる。亀甲……巨大な亀の甲羅が、斧の進行を阻害する。
「相変わらずカメオカさんのは硬いですねー」
「おうよ!」
そう言ってカメオカは甲羅からひょっこりと首を出す。背負った巨大な亀甲はカメオカと一体化しており、頭部と四肢も格納することができる防衛特化型のプレイヤーだ。
【戦い方のクセが強いw】
【しかし、見た目に反して普通に実力派なのよね、この二人】
見た目はふざけているように見えるが、虫網も亀甲もA級の魔物からのレアドロップ装備であった。何より彼らはS級魔物を何体も狩っているイビルスレイヤーの一員だ。加えて、元S級魔物のオーガもいる。ミノタウロスが窮地に立たされることは不思議なことではなかった。




