35.弱点
ダンジョン地下37層 洞窟―― クマゼミ撮影ドローン――
「これってどういう状況ですか?」
再生士のクシナは自身の置かれている状況をすぐには理解できなかった。
その日、クマゼミの四名は地下37層の洞窟にて、配信を行っていた。そのクマゼミの前に、一体の魔物が現れる。
「っ……」
クマゼミの剣聖、セラは唇を噛み締める。目の前に現れた魔物……それは……。
「……アラクネ」
【うぎゃぁああああ、アラクネだぁあああ】
【なんでこんなところに!?】
上半身が人間の女のような姿、下半身が蜘蛛のような姿の魔物……それは元S級ボスのアラクネであった。先の戦いで追い詰められ、その後、クマゼミの元メンバーであったクガの助けもあり、難を逃れた相手。その後、弱ったところをイビルスレイヤーに仕留められたはずの魔物である。
「あれって皆さんが先日、戦ってたS級魔物ですよね!?」
当時、クシナはメンバーではなかったが、クマゼミのアーカイブ配信でアラクネの姿を知っていた。
「そうよ……」
付与術師のミカリがクシナの問いに応える。
「でも……」
アラクネであるのは間違いなさそうであるが、どうも様子がおかしかった。
【なんかすでに満身創痍って感じだな】
【アラクネゾンビか?】
すでに戦った後であるかのように、全身傷だらけであり、無理やり、縫合されたような跡がある。更には、アラクネの近くにドローンが漂っている。
「どういう原理かはわからないが、イビルスレイヤーの仕業か……」
セラが推測を呟く。
【そうっぽい! イビルスレイヤーの配信でここの映像が映ってる!】
【うわ、本当だ! 他の場所も同時に襲撃してるみたい】
イビルスレイヤーの配信映像にアリシアや人狼の姿が映し出される。
「……なるほど……クガと交友関係があるから、人質的に狙われたってところだな」
その時だった。
【ウラカワ:ご明察】
クマゼミの配信画面のコメント欄にウラカワが現れる。
「っ……!?」
【うわぁああ、ウラカワ来たぁあ】
【本物か!?】
【ウラカワ:お前らは駄目勇者と仲良しみたいなので、ターゲットとなりました。魔物と仲良くしちゃー駄目だよねー? というわけでアラクネちゃんとの再会をお楽しみいただければと思います】
「っ……」
セラは眉間にしわを寄せる。
***
ダンジョン上層46層 闘牛の館―― ムシハラ撮影ドローン――
「はい、どうもムシハラです」
「カメオカだ」
嬉々として挨拶をする二人はイビルスレイヤーのメンバーである。
ムシハラは虫取り網を持った甲高い丁寧口調の男。もう一人のカメオカは大型の亀の甲羅を背負った恰幅のいい男だ。
「それで、カメオカさん、今日は元S級ボスのオーガくんも一緒ですよ」
「だろうな、さっきから横にすごい威圧感を感じてるんだが」
ドローンがズームアウトし、二人の横に佇んでいた、棍棒を持った巨大な鬼面の男が映し出される。紹介された元S級ボスのオーガである。しかし、オーガの左腕にもサラマンダーやアラクネ同様に痛々しい縫合痕がある。
【怖っ】
【お、オーガも投入か】
「そうです、これは出血大サービスですよ。でね、更に、今日はこれだけじゃないんですよ」
「え!? まだいるの?」
ムシハラの仕切りにカメオカは白々しく驚く。
「そうなんです、ほら、見てください。ここがどこだか分かりますかね?」
ドローンがムシハラの視線の先を映し出す。
「むむ? ここはまさか……乳牛の館!?」
「いやいや、闘牛……! 闘牛ですよ!」
【ははは、乳牛草】
【笑】
二人のややシュールな掛け合いは、彼らのリスナーには、そこそこ受けている。
「というわけでな、今日はあのS級ボスのミノタウロスをね、ちゃちゃっとやっちゃいたいと……思いまーす」
***
ダンジョン上層43層アリシアの城築城現場―― クガ撮影ドローン――
「っ……」
人狼の館、クマゼミ、そしてミノタウロスへの同時襲撃。
イビルスレイヤーの配信に映し出された内容に、クガとアリシアは唇を噛み締める。
「クガよ……人間とは、なかなか痛いところをついてくるじゃないか……」
「あぁ……そうかもな」
【ウラカワ:そして、吸血鬼さーん、君達がいるここにも誰もいないわけじゃありませーん】
クガの配信のコメント欄にウラカワが書き込みをする。と、同時に築城現場の周辺に隠れていた子鬼のような姿の魔物がわらわらと姿を現す。
「こやつらは……」
【ウラカワ:イナゴブリンゾンビの群れでーす】
【イナゴブリン……だと……】
【しかもこんなにたくさん……】
一体一体はそれほど強くないが、群れることと独特な動きをすることで、対峙するとイライラする魔物No・1の異名を持つ魔物であった。
「わんわんお!」
築城現場の警護に当たっていたワワンオが吠えると、コボルト達が戦闘態勢に入る。
「すまんな、ワワンオ……君達の屋敷があのような事態になったばかりだというのに……」
「わんわ、わんお!」
ワワンオは凛とした表情で応える。
「かなり不愉快な事態であるのは確かだ……」
アリシアが呟くように語る。
「だが、大前提として、ミノちゃんはS級ボスだ……あんな奴らには負けない……!」
「……」
クガは少し考える。やや悩んだが、自身の考えを述べることにする。
「……そうだといいが、奴らはS級パーティだ。過去にサラマンダー、オーガ、そしてアラクネを狩っている」
「……」
「状況を見極める必要がある」
「わかった……逆にクガの方は大丈夫なのか? クマゼミは前回、アラクネに敗れかけていたよな……?」
「……状況を見極める必要があるという点では同じだな」
「……承知した」




