33.事変
イビルスレイヤーの宣戦布告から一週間程度が経過していた。
「うむうむ、順調だな……」
築城現場にて、アリシアが満足そうに頷いている。
ダンジョン上層43層――。
湖畔エリアの天候は良好。そんな湖畔エリアの昼下がり。
柴犬コボルト部隊と人狼チームによる城作りも構造組みが本格化し始め、現場は活気に溢れていた。アリシアとクガも暇さえあれば現場に足を運び、護衛に当たっていた。
そんな時であった。
「ん……?」
クガにセラから通知がある。それはイビルスレイヤーの配信を観ろというものであった。
「え……?」
クガは慌てて端末を操作し、そしてとある配信を表示する。
〝今日はキャンプファイヤー配信をしてまーす〟
〝ひゃはははは、いやー、この木は本当に、よく燃えるなー〟
「「っっっ」」
クガとアリシアは唇を噛み締める。
〝吸血鬼ちゃーん、駄目勇者観てるかなー?〟
ピンクの短髪の神父服を着崩したような魔導師風情の男……この男がイビルスレイヤーのウラカワである。そのウラカワが舌を出しながら、アリシアとクガを挑発するような発言をする。
映像では、イビルスレイヤーが柴犬コボルト達の屋敷に火をつけていた。ダンジョン地下32層、かつてアリシアが乗り込んだその屋敷だ。
柴犬コボルト達はアリシアの城の建造のために、屋敷を出払って、労働に来ていたのだ。映像を見るに、火がついたばかりではなく、すでに屋敷全体が燃え盛っており、手遅れの状態であった。おそらく着火時点では配信しておらず、この状態になってから配信を始めたのであろう。
「クガ、ワワンオのところへ」
配信を観たアリシアは静かにそのように言う。
「あぁ……」
そう言って、クガとアリシアは現場指揮をしていた柴犬コボルトのリーダー、ワワンオの元へ急ぐ。
「わんわんお……」
クガから、映像を見せられたワワンオは哀しそうな鳴き声をあげる。
「ワワンオ、申し訳ない……」
アリシアはワワンオに謝罪する。
「わ、わんおお……」
ワワンオは優しい鳴き声をあげ、首を横に振る。
クガはいたたまれない気持ちになる。
「申し訳ない……どうすることもできないかもしれないが、せめて奴らを……」
アリシアがそう言おうとした時……。
〝さ、そろそろ撤退するかな〟
「っ……」
イビルスレイヤーはこちらの動きを予見するかのように撤退を宣言する。
ダンジョン内の階層ワープ移動については、上級の魔物と人間は同一の条件である。
しかし、どちらも連続使用はできず、転移先階層における出現場所も自由に選べるわけではなく、決まったポイントに固定されている。
そこから目的地への移動は自身の足を使うほかない。
〝サラマンダーちゃん、お疲れ様〟
ウラカワの言葉で、屋敷に向かって口から火炎を放っていた巨大なトカゲがその放出を止める。
サラマンダー……それは、かつてS級ボスであったモンスターである。
しかし、その身体はなぜかボロボロに傷ついている。
〝吸血鬼ちゃーん、駄目勇者~、前回のが前菜なら、これは副菜ってところだな〟
〝そして、三日後が主菜……メインディッシュだ……イビルスレイヤーの全力をもって、お前達の大切な大切な築城現場を襲撃する……!〟
「「っ……!」」
〝いやー、しかしー、このハリボテ、よく燃えたなー〟
〝〝ぎゃはははははははは〟〟
ウラカワの一言にイビルスレイヤーの他の二人のメンバーが馬鹿笑いする。
そこで配信は切れる。
配信を観ていた築城現場では重苦しい空気が漂う。
「ワワンオ、クガ、すまない……私のせいだ」
アリシアは眉間にしわを寄せてそのように言う。
「わんお……?」
「私は奴らを軽視していたようだ。来たら返り討ちにすればいい。そう思っていた。しかし、奴ら……下衆であるのは間違いないが、ただの馬鹿ではないようだ」
「そうだな……」
イビルスレイヤーを卑怯と断ずるのは簡単である。
しかし、彼らは計画外の交戦を排除しつつ、アリシアらにダメージを与えるように、巧妙に立ち回っていた。
「襲撃に備え、こちらも万全の態勢を築くぞ」
「承知した」「わんわんお!」




