28.周辺散策
「……クガさま」
人狼のグレイは第一声、俯き気味にぼそりとクガの名前を口にする。
「え……?」
「私が眷属になりもうすぐ一週間になろうかとしております……」
「え……? そうだっけ……?」
「なぜ、今までお呼びいただけなかったのでしょう……?」
「あ……えーと……」
「私に悪いところがあったのなら、改善いたします!」
「……!」
顔をあげたグレイの目元には少し涙が溜まっていた。
「い、いや、別にグレイに悪いことがあったとかでは……」
「悪いところがないのに呼んでいただけないのは信頼がない証拠です! より有益な存在になるよう努めます……! 必要であれば貴方の性癖に寄せることだって厭いません! だからどうか……!」
グレイは懇願する。
「せ、性癖……!? わ、わかった、わかったから、一旦、落ち着こう!」
クガはたじたじとする。
「……」
あまり見たことがないクガのしどろもどろな様子にアリシアはじとっとした視線を向ける。
「な、なんだ……?」
「別に……」
アリシアはぷいっとそっぽを向く。
「まぁ、別にそいつがいても構わないが、私が言いたかったのはドローンの方だ」
アリシアは改めて言う。
「……なるほど」
それはクガにとって少しだけ意外ではあったが、
「……そうだよな。アリシアはもう立派な配信者だな」
「なっ……! なんだ、その薄ら笑いはーー!」
アリシアはぷんすかする。と……。
「あ、あのー、クガ様……この私の……グレイの眷属も召喚してよろしいですか?」
「「え……?」」
数分後。
【おいおい、これどういう状況よ……】
【柴犬コボルトに人狼ちゃんに狼男ども……】
【ミノちゃんのストーカーもいるぞ】
グレイは自身の勢力をアリシアへの対抗心から誇示したかったのか、はたまた配信の撮れ高を考慮したのか不明であるが、自身の眷属である狼男達を召喚したのであった。
「こほん……」
アリシアが咳払いする。
「それでは、皆の者……忌憚なき意見をくれ。私はここにボスの城を築城しようと思う!」
◇
その後、クガ、アリシア、グレイの三名は湖畔周辺の森を散策することとなった。
一旦、城の建造候補とするのは良いとして、【周囲の環境を確認した方がいいのではないか】という有識者氏の意見が出たからである。
「きゃっ!」
「……」
「も、申し訳ありません……クガ様……昆虫がいたみたいで……」
グレイはクガの右腕にしがみつき、やや慎ましいが、その胸部をクガの腕に押し付ける。
「お、おう……」
【は……?】【は……?】
【クガくん、そこ変わろうか】【吸血鬼さんの目(笑)】
アリシアの目がジトリとどんどん細くなる。
「人狼……! お、お前は主人であるクガを守る側ではないのか!?」
「そうですが、なにか問題でも?」
「そ、そのなぁ……」
「あれ? もしかして吸血鬼さん、やきもちですかぁ?」
「な……! なぜ私がやきもちなど……! 私はクガの眷属であるお前と違って、クガの何者かであって……」
「何者か? 何者かって何ですか? そんな曖昧な関係より、クガ様に忠誠を誓った私の方がよっぽど具体的な関係かと思いますけどぉ?」
「ぐ、具体的……」
アリシアはぐぬぬとなる。
「……」
クガはその様子を姉妹のおもちゃの取り合いみたいなものだろうと思い、そっとしておくことにする。兄弟の弟であったクガもかつてそんなことをしたものだった。後から思えば大して欲しくもなかった物を相手に奪われそうになると、なぜかその瞬間は欲しくてたまらなくなったりするんだよなぁ……と。しかし、クガの思いとは裏腹にコメントは穏やかではない……。
【は……?】
【やはりクガは人類の敵】
【クガ討伐が俺の悲願となった瞬間であった】
「……」
クガは少しへこみつつ、森を進む。すると、ふと地面から何かが生えているのを発見する。
「お……? これは薬草だな……」
「……薬草?」
アリシアは不思議そうに尋ねる。
「あぁ……わずかだが、治癒作用がある。知らないのか?」
「そうだな……」
【確かに魔物が治癒の道具を使ったりしてるというのは聞いたことがないな】
【吸血鬼さんや人狼さんレベルで知らないってことは魔物は道具に関する知識を先天的に持っていないってことなのだろうか】
「お……」
クガが辺りを見ると、薬草は一つだけではなく、それなりの数が生えていた。
【おー、この辺は薬草がたくさん生えてるのかー】
【当たりじゃないかー!】
「そんなに良い物なのか?」
「まぁ、そうだな……」
……と、答えていると……。
グルルルル……
「「っ!?」」
周囲から唸り声が聞こえてくる。
【きたー、先住魔物だぁああ】
【やれーーー! クガをやれーーー!】
おい……とちょっとへこむクガ。
「クガ様……あれはダークウルフですね……」
「っ……!」
戦闘モードに入ったのか、グレイがトーン低めの声で言う。
その名のとおり、ダークウルフとは漆黒の毛皮に包まれた大型の狼の姿をした魔物であり、クガ達は数頭に取り囲まれていた。
「ダークウルフは縄張りを形成するタイプの魔物です。縄張りに侵入した者には容赦なく襲いかかってきます」
「なるほど……傘下に加えるか」
とアリシア。
「ダークウルフは誇り高き一族です。力ずくで服従させようとしても人間や他種に懐くことはありません」
「懐くことがないか……吸血鬼と同じだな……」
【ん? どういう意味?】
「吸血鬼も人には懐かないぞ……!」
【ヴァンパイアジョークきたー!】
「ジョークじゃないよ!」
【ではクガに懐いてるのはどういうことなのでしょう?】【クガは人間やめてる説】
「やめてないだろ!」
アリシアとクガはそれぞれコメントに抗議する。
「……で、どうするんですか?」
今度はグレイがジト目になる。
「し、仕方ない……ならば蹂躙するしかあるまい……」
アリシアの言葉に、クガは一意見を口にする。
「やむを得ないのかもしれないが、先住民から略奪するのは気が進まないな……」
「そうか……? 気が進まない程度なら、私はいざとなったらやるぞ? クガがやるなと言うなら話は別だが……」
「あぁ……」
それがラスボスを目指す者のメンタリティなのだろうとクガは思う。と……。
「クガ様……!」
グレイが目を輝かせる。
「ならば、私にお任せください! この眷属……グレイ、クガ様のニーズを完璧に満たしてみせます!」
「お、おう……」
「はい……!」
グレイは小さくガッツポーズする。
グルルルル……
グレイがダークウルフの前に立つと、ダークウルフの威嚇はより一層強くなる。
「グルルルル……」
なぜかアリシアもグルルルル……とか言っているが、それは置いておこう。
「ダークウルフ共……誇り高き汝らを咎めるつもりはないが……この世には変え難い格というものが存在する……」
そのように囁くと、グレイの姿が変貌していく。




