15.クマゼミ
出会いは高校時代――。
高校三年、新学期――。
あいうえお順で機械的に並べられた席順。
クガの左隣の席にいたのが、セラであった。
クガはセラのことを知っていた。
彼は高校時代から金髪で、学年でも目立った存在であった。
校則違反であるはずの金髪だが、文武両道であり、教師に対しても上手く立ち回っていた彼は口頭注意のみで、実質的に免除されていた。
そんなセラが隣の席になり、無口で目立たないモブキャラとして高校時代を送っていたクガは内心、少しドキドキしていた。と……。
「クガくんだよね? よろしく!」
「あ、おう、よろしく」
セラはいわゆる〝本物の陽キャ〟だった。
比較的、明るいメンバーと一緒にいることが多いものの、カースト下位の相手にも分け隔てなく接していた。
カースト最上位の彼がそのようにすることで、周囲もそれに引きずられ、クラス全体の雰囲気が悪くならなかった。
故に教師からも一目置かれていたのだ。
クガはセラがただ分け隔てなく接してくれているだけだと思っていた。
それは社交辞令に近いものだと。しかし……、
「クガ~、購買いこうぜ~」
「あ、おう」
セラはまるで本当に仲のいい友人のようにクガに接してきた。
クガもそんな彼の陽オーラに当てられたのか、少し前向きになっていた。
しばらくして、席替えがあった。クガとセラの席は離れた。
これで彼もまた次の友人に鞍替えするのだろうと思った。だが……。
「クガ~、トイレいこうぜ~」
「いや、一人でいけよ……」
「まぁ、そう言うなって! 寂しいだろうがよ」
またある時は……、
「クガ~、一緒に帰ろうぜ~」
「お、おう」
セラは他の友人とも仲が良かったが、それでも割とクガと一緒にいる割合が多かった。
一年はあっという間であった。二人は別々の道へと進むこととなった。
これで、セラとも疎遠になるのかとクガは思っていた。
しかし、卒業後のある日、クガはセラにグループチャットに招待される。
それは、クラスで目立っていた者達が集められた十人くらいのグループであった。
クガにとって、まともに話したことがあるのはセラだけであり、正直、場違い感があったが、できた人間が多く、皆、温かくクガを迎え入れてくれた。
その中には、ユリアやミカリもいた。
美少女として有名であったが、近寄りがたい雰囲気を醸しだしていたユリアがいたのは少し意外だった。
どうやらミカリと仲が良かったようだ。
そのグループは他のメンバーにとってはいくつかある仲の良いグループの一つに過ぎなかったのだろうが、クガにとっては唯一無二のグループだった。
あまり自分から話すようなことはなかったが、誘われれば、極力、参加するようにした。
そして、大学に入ってしばらくした時、セラがダンジョン配信を始めたいと言い始めたのだ。
「この中で、ダンジョン配信やりたい奴いないー? 有名配信者になろうかと思いまして」
しかし、最初の一人がなかなか現れなかった。
クガは少し迷っていた。そんな状況で。
「クガ~、ダンジョンいこうぜ~」
「……!」
セラはクガを誘った。
それはまるで高校時代にトイレに誘うような軽いノリであった。
だが、クガは了承した。セラを応援したいと思った。
クガが参加を表明すると、意外にもすぐにユリアが続いた。
そして、女の子がユリアだけでは心配だからとミカリが続く。
実際、ダンジョン配信を始めてみると、クガは楽しかった。
何がと言われると上手く説明できなかったが、とにかく苦痛でなかった。
セラだけじゃなく、ユリアやミカリの新たな一面を知ることもできた。
「そろそろちゃんとしたチャンネル名決めようぜ!」
「あー、いいね、そういうの!」
セラの提案にミカリが反応する。いつもの光景だ。
「どんなのがいい?」
「うーん、ベタだけど、皆の名前から一文字ずつ取るとか?」
「あー、いいね! そういうの好き。となると、セ、ミ、ク、ユか……これを組み合わせて、なんかいい単語ある?」
「「「「……」」」」
絶妙にいい単語がなかった。
「クガ~、なんかいいのある?」
「えっ……そうだな……ちょっと思いつかないのだけど、惜しいのが、クマゼミかな……ユをちょっと歪ませて、濁音をつける必要があるけど……」
「なるほど! 俺は別にいいんだけど、ユリアはそれでも大丈夫?」
「クガが言うなら受け入れる」
そんな風に割と安直にチャンネル名が決まったのである。
継続的に活動を続けていくと、少しずつリスナーが増えていった。
いつしか冗談に近かった〝有名配信者になる〟というものも現実めいたものになっていた。
だから、クガは彼らの夢を終わらせたくなかった。
それがクガの目的となっていた。
そのために陰ながら努力した。
基礎的な身体能力の向上にも努めた。
当時、最先端であった構築理論も学んだし、当然、武具の訓練も我武者羅に行った。
人生で初めて何かに真剣に打ち込んだ。努力は辛く感じることもあったが、何とか継続することができた。
彼らを退場させないこと。その目的があったから。
それが如実に現れたのが、クマゼミにとって、初めてのB級モンスター〝オーク〟との対決であった。
オークとの戦いは熾烈を極めた。
だが、長い戦いの末、なんとかオークを追い詰めるに到っていた。
しかし、オークが最後のあがきとして、持っていた斧を投擲したのである。
至近距離で戦闘していたセラはオークの予想外の行動に間合いを見誤り、反応が遅れていた。
その時、当時、ジョブ:戦士であったクガは身を挺してセラを守ったのである。
正直、死んだと思われた。
それ程に腹に深い傷を受けたのだ。
そしてクマゼミには〝致命的な欠陥〟があった。
パーティにヒーラーがいないこと。誰も適性がなかったのだ。
そのことに気づいていながら、それでも誰もメンバーを変えるなんてことを仄めかすこともなかった。その絆が大一番での惨事を招いた。
だが、その時、倒れるクガのジョブストーンが光り輝いた。
彼は一命を取り留めた。
〝勇者〟となったクガは自身へ治癒をかけたのだった。
クマゼミはヒーラーを手に入れた。
クガもパーティを守ることができるのならと喜んだ。
だが、それはクマゼミが中途半端にヒーラーを手に入れてしまった瞬間でもあった。
それがその後のクマゼミの発展を阻害してしまった。
クガはそのように考えていた。
◇
「おーい、クガ―」
「……?」
「どうした? なんか思い詰めた顔して」
「いや……」
「しっかりしてくれよ?」
「あぁ……」
クガはアリシアと買い出しへ向かう道中、少しぼんやりとしていたようであった。
【がんばえー】
【がんばえー、クガー】
「……」
リスナーからのイジりにクガは苦い顔をする。
昨日の誤爆が尾を引いているようだ。
「って、あれ? あそこにいるのは……」
「ん……?」
目線の先には巨大な牛の頭をもつ魔物の背中が見えた。
【ミノちゃん来たー!!】
【ミノちゃんコラボか!?】
「おーい、ミノちゃーん」
「ひゃあっっ!」
アリシアがミノタウロスに声をかけると、ミノタウロスは想像以上に驚き、その筋肉質な肩を揺らす。




