13.眷属召喚
ダンジョン地下32層でのコボルト従属化を終えたアリシアとクガは魔物の街へ戻って来ていた。
魔物の街は出るときはどこからでも出られるのだが、入るときはいつも同じところに出て、仮住まいまで歩いて帰る必要がある。
帰り道、アリシアはまた青果店に立ち寄る。青リンゴを購入するようだ。クガに気を遣ったたのか二つ、買おうとしている。
「アリシア、お金を払わせてくれ」
「え……? いいのだぞ? これくらい」
「いや、実はアリシアとの配信でそこそこの報酬が発生している」
「いんせん……てぃぶ?」
「あー、要はお金だ」
「……!」
「配信はリスナーが多い程、お金が貰える仕組みなんだ。アリシアがいなかったらこんなにリスナーがいなかったと思う。だから払わせてほしい」
「……わかった」
「あぁ……」
そうして、クガは手持ちの現金500円をアリシアに渡す。
「ちなみにアリシア……MayPayは使えないよな?」
クガは思い切って、魔物の街で電子マネーが使えるのかを聞いてみる。インセンティブは基本的に電子マネーでしか引き出せない。クガは手持ちに多少、現金も持っているが、それが尽きると、一度、人間の街に戻らなければならない。
「めいぺい? なんだそれ……?」
「そうだよな」
「ちなみにつかぬことを聞くが、以前、お金が毎日、いくらかずつ支払われると聞いたが、どのように支払われるのだ?」
「ん……? これだ」
アリシアは千円札をぴらぴらと見せる。
「え……?」
「これが毎日、ポケットに五枚入ってる」
「なるほど……」
日給5000円か……とクガはひっそりと思う。同時にやはり一度、人間の街に戻る必要性があると認識する。
「わかった、ありがとう」
と……。
「お客さん」
店員の魔物に話しかけられる。
「……! あ、すみません、すぐにお支払いします」
「いや、お客さん、そうじゃなくて……使えるよ」
「……?」
「だから、MayPay使えるよ」
「「!?」」
「いや、まさか、あんな魔法のようなことができるなんて知らなかったよ」
クガと青果店の店員がMayPayによるやり取りをしている間、アリシアは口をあんぐり開けて、眺めていた。
「後で生活のマニュアルを確認しておくか……」
クガはそういうものがあるのだなと一旦、納得する。
「あ、あと……すまんが、俺はアリシアより少し燃費が悪いので、もう少し食べる必要がある。特に鉄分を摂取する必要がある」
「鉄分……? よくわからないけど、わかった」
そうして、クガは穀物と肉を入手する。
その様子を見ていたアリシアは〝え? そんなに食べるの?〟というように、再び口をあんぐり開けていた。クガの食べる量は吸血鬼より遥かに多く、常人よりも少し多い。
買い物を終え、メインストリートから外れた脇道へ出る。魔物の行き交いも減ったため、クガは気になっていたことを確認する。
「ところで、コボルト達とはどんな話をしたんだ?」
「あー、これだ」
アリシアは指輪のようなものをクガに見せる。
「何か困ったことがあれば私を呼べるようコボルト達にこの指輪を渡してきた」
「……召喚的なあれか?」
「そうだ」
「つまり、コボルト達は、好きな時にアリシアを召喚できるようになったということか?」
「そうだ」
「……」
それは、もはやアリシアの方が眷属では……と思うクガ。口には出さぬが、その微妙な表情にアリシアも気づく。
「クガよ。私がただ、コボルトのモフモフにほだされて、彼らの眷属に成り下がったと考えてないか?」
え、違うの……? と思うクガ。
「やはりか……!」
アリシアは少し眉尻を吊り上げている。
「あのなぁ、確かにモフモフは至高だ。だが、勿論それだけじゃない。この指輪はな、逆に呼び出すこともできるのだ。このようにな……」
「え……?」
アリシアの目の前にワープエフェクトのようなものが発生する。
「……!」
ワープエフェクトから跪いた大型のコボルトが出現する。
「……わんわんお」
〝わんわんお〟もどこか重厚な雰囲気だ。
「あー、すまない。召喚が上手くいくかの検証だ」
「わんお」
コボルトはアリシアの言葉を理解しているようだ。どうやら喋ることはできないが、意味を理解することはできるようだ。リスニングはできるが、スピーキングができないみたいなものだろうかとクガは思う。
「彼はあのコロニーのボス……えーと……名前は……」
「わわんお」
「…………どうやらコボルというそうだ」
「わんお……」
コボルと呼ばれたコボルトは心なしか元気のない返事をする。
今、適当につけたわけじゃないだろうな……とクガは眉をひそめる。
「わんわんお」
「あ、ごめん、本当に検証で呼んだだけだから帰っていいぞ」
「わんお」
「またなー」
「わんおー」
そうしてコボルはまたワープしていく。
「……まぁ、確かにいつでも呼び出せるのは便利だな」
「うむ。ただし、また召喚をするには少し時間を置く必要がある」
「なるほど……無条件に何度でもというわけにはいかないんだな……」
「あぁ。それにな、これ以外にも彼らには重要な役割があるからな」
アリシアは嬉しそうに微笑んでいたが、その役割がわかるのは少し先の話である。
◇
「なぁなぁ、クガー」
仮住まいに戻ると、アリシアが何やら声をかけてくる。
「どうした?」
「配信というのは、当然、我々以外にもやっているのだろ?」
「そうだが」
「実は、少し他人の配信に興味が湧いてきた」
「お、おう」
「観られたりしないのか?」
空間ディスプレイを使用すれば、いつでも閲覧が可能だ。
「……観られる」
「観たい!」
クガは一瞬、何か問題になることはないだろうかと考えたが、特に断る理由もなかった。
「……わかった」
クガは空間ディスプレイから配信アプリを開く。
「あ、ちょうどやってるじゃん」
「……」
「あ! あいつ……!」
アリシアは見覚えのある女性を指差す。
デフォルトで表示される設定になっていた。クマゼミチャンネル――。
「これはひょっとして、クガを追放したパーティかな?」
「そうだ」
クガはあの日以来、初めてクマゼミの配信を視聴する。大きな変化として、新しいメンバーが加わっていた。ヒーラーらしき神官のような白いローブに身をまとった丸眼鏡の男性だ。
しかし、どういうことだ……と、クガは画面内の光景に疑念を抱く。
「なぁ、これ? 本当にクガの元仲間か?」
「あ、あぁ……」
「それにしては……覇気がないな……」
アリシアの指摘のとおりであった。




