12.成功と失敗
「クシナといいます……」
アリシアに半ば強引に名乗らされた再生士の名前はクシナというらしい。
ボブスタイルの黒髪に明るい瞳、やや童顔で背は160センチくらい。深緑の制服のような衣装は再生士の定番の装いであり、手には背の丈ほどもある木製の杖を持っている。
「うむ、クシナ、よろしくな。ちなみに私達のこと知ってるか?」
「いや、すみません。特には存じ上げません。ひょっとして有名な配信者さんですかね?」
「いやいや、知らないのならそれでいいのだ。有名かどうかについてはわからぬ」
【結構、有名だぞー】
【今、わりとマジで話題性だけなら一番HOTと言っても過言ではない】
配信を再開していたので、リスナーが食いついてくる。
「おぉー、そうなのか」
アリシアは嬉しそうだが、クガは少し複雑な心境であった。あまり悪い意味で有名になりたくはなかったのだが……いや、しかし自分がやってることってそういうことだよな、と……。
厄介だなと思いつつ、だが、不思議と後悔という気持ちはなかった。
「……?」
リスナーとアリシアのやり取りをクシナは不思議そうな顔で見ている。
クシナにリスナーの声は届かない。
「さて、それはいいとして、ひとまず犬の楽園を選ぶか」
「犬の楽園を選ぶ? どういう意味でしょう?」
「まぁまぁ、見ておけ」
アリシアはクシナの問いを適当に流しつつ、地下32層を徘徊し始める。
「うーん、ここは……微妙だな」
一件目の物件。見張りにダックスフントのような胴長のコボルトが当たっている洞窟のような砦タイプを見てのアリシアの感想である。
「ここは……ちょっと好みじゃないな」
二件目の物件。見張りに渋いハスキーのようなコボルトが当たっている廃墟のような砦タイプを見てのアリシアの感想である。
「ここは……惜しいな」
三件目の物件。見張りにフワフワしたトイプードルのようなコボルトが当たっているメルヘンチックな城タイプを見てのアリシアの感想である。
そして、四件目……和風な屋敷タイプ。
「お、ここなんかいいんじゃないか!?」
「なぁ、どうだ? クガ、趣があってよくないか?」
「そうかもな……」
「そうかもなって、割とちゃんと考えてほしいのだが……」
「っ……、お、おう……本当に俺も落ち着きがあっていいと思う」
アリシアが東洋風な雰囲気を選んだのはクガにとって少し意外ではあったが、異論がないのは事実であった。
「うむ。では、ここにしよう」
「あ、あのぉ」
「ん?」
「これってひょっとしてコボルトのコロニーでは……? 見張りにいますし……」
謎に連れまわされているクシナは不安そうに言う。
「ん? そうだけど?」
「犬の楽園ってそういうことですかー!」
「そうだ。コボルトをモフモフできるぞ? 嬉しいだろ?」
◇
「わんおわんお」
屋敷の入り口にはまず見張りのコボルトがいる。コロニーのタイプにより、コボルトの種類も変わるようで、アリシアが選んだコロニーが和風であることと関係しているのかコボルト達は柴犬のような姿をしている。
ふっくらとしたほっぺが……。
「わぁああ、かわいいいいい」
先ほどまで不満げであったクシナも柴犬の前では、その欲望を解き放たずにはいられない。
「わんおわんお」
「かわぁあああ、モフりたいぃいいい」
「わんおーー!」
がぶり
「っ……!」
不用意に近づきすぎたクシナを守り、クガがコボルトに左腕を噛まれる。
「ナイスだ、クガ。クシナ、気をつけるんだぞ。かわいいけど、結構コボルトは凶暴だ」
「す、すみません……」
「コボルトの弱点は喉元だ。喉元を撫で撫でしてやれば落ちる」
そう言って、アリシアは触手でコボルトの喉元を撫でる。なるほど、確かに大人しくなっている。アリシアはあっという間に見張りの二匹のコボルトを骨抜きにする。
「よし、突入だ」
アリシアは屋敷の中へ、突入していった。
「さて……」
クガもアリシアに続こうとした時。
「あの……!」
「ん……?」
クシナが申し訳なさそうにクガに話しかける。
「そ、その……すみません……」
「あー、いや、まぁ、大丈夫です」
「いや、大丈夫じゃないです! う、腕を貸してください」
クガは言われたとおり、噛みつかれて穴が開いている腕をクシナに差し出す。
「治癒」
「……」
クシナが掌を向けた患部は、ほんのりと優しい光を放ち、ゆっくりと穴が塞がれていく。
「いい治癒だな」
自分自身も治癒の使い手でもあるクガは感じとる。クシナの治癒は自分のものよりもどこか温かみがあると。
「そうですか? 治癒なんて、初めて使いましたよ。いつも自動蘇生ばかりだから……」
「……そうか」
「これで大丈夫です」
「おう、有難う……」
「いえいえ、こちらこそ……」
「……」
「そ、それじゃあ、行きましょうか。あの方、大丈夫ですかね?」
「あぁ、あいつは大丈夫だよ」
アリシアの方を見ると、こちらに向かって元気に手を振っていた。
「お、おーい、お前ら、なんで来てないんだよ」
「ほらな」
「……はい」
クシナはくすっと笑い、屋敷へ入ろうとする。が……。
「お前ら遅いから、コボルト全員、懐柔し終わった」
「「え……」」
わんおわんおわんおわんお
中からアリシアと大量のわんおわんおが現れる。
【吸血鬼さん、仕事早すぎ】
【ただのヒール配信で終わってるやん】
「すみません……」
アリシアがコボルトのリーダー格と何やら話し込んでいる。その間、残された二人は若いコボルト達に囲まれ、クシナは子コボルトのほっぺをわしわしと撫でている。アニマルセラピー的なものなのか、笑顔も見せている。手持ち無沙汰となったクガは、一旦、配信を停止したこともあり、クシナに尋ねてみる。
「少し訊いてもいいか?」
「……はい」
「つかぬことを聞くが、なぜリライブ解除してたんだ? 再生士は希少ゆえ、将来は安泰と聞くが……」
「……それですよ」
クシナは遠くを見るように答える。
「……?」
「なんで安泰を選んじゃったんでしょうね……安泰を選んで、リライブ保険会社に入りました。確かに報酬はいいし、残業もプレッシャーも少ないホワイト企業です。でも、そのせいで、一昨日もリライブ、昨日もリライブ、今日はサボってきたけど、きっと明日もリライブ……」
「……」
「リライブするだけの人生……誰かのためだってわかってはいますけど、〝誰かのため〟に、なんだか少し疲れました。あっ、一応ですが、自分から死のうとまでは思ってはいませんでしたよ! ただ、ちょっと変な気分になってたのは事実で……スリルっていうんですかね……? 刺激を求めていたのかもしれません……」
「……そうなのだな」
クガ自身にもかかっている自動蘇生という魔法。
この魔法のおかげで、ダンジョンへの侵入が許可され、挑戦へのハードルも下がり、ダンジョン探索は急速にエンターテインメントとして発展した。
故に再生士というジョブはリライブによる呪いを受けるのかもしれない。
勿論、待遇も悪くないため、やりがいを感じている者も多いだろうが、そうでない人もいるということだ。
「だったら、私の眷属にならないか?」
「……!?」
先程までコボルトと話し込んでいたアリシアが突如、現れる。
「……け、眷属? どういう……?」
クシナは困惑した表情を見せる。
「あー、ひょっとしたら気づいていないかもしれないが、アリシアは魔物だ」
「え゙!?」
クシナは驚愕の表情を見せる。
「いや、確かに翼が生えてるなぁとは思っていましたが…………え、じゃあ、貴方は?」
クシナはクガの方を向く。
「人間」
「……!?」
クシナは状況が理解できないようで、口をパクパクさせる。
「ご、ごめんなさい。できません!」
「えっ!? 何でですか!?」
「魔物の眷属になるのは、流石にそれは…………お母さんに怒られます」
「そうか……」
アリシアは肩を落とし、しょんぼりする。
クガは、いや、自殺行為の方が怒られるだろ……と思うが、口に出すのは止めておく。
「……ですが、こんな無茶苦茶なことしてる人が世の中にはいるんですね」
「あぁ、そうなんだ」
クガは本当にアリシアは無茶苦茶なんだと思い、苦笑いする。
「クガ……! お前のことだぞ……!」
「……!」
クシナも何回も頷いている。
そして、言う。
「私も……」
「……?」
「私も少し殻を破ってみようかな……」
「じゃあ、私の眷属に……!」
「それはダメ! お母さんに怒られる」
「……そうか」
こうして、アリシアはコボルト達を眷属にすることに成功し、クシナを眷属にするのは失敗するのであった。




