第九一話 揺れ動く運勢
相変わらず混み合った地であるために何度か通りがかった人とぶつかりそうにはなりつつも、悠斗達は無事に目当てとしていたくじ引きのスペースまで移動することができた。
それと一口に神社のおみくじとは言っても形式は多岐にわたるだろうが、彼らの訪れたここでは比較的シンプルな形でくじを引くことが出来る。
敷地の一角にあるガラスで作られたボックスにこれでもかと詰め込まれたおみくじがあり、見ればそこに手を伸ばすことでくじ引きを楽しむ者の姿もあるくらいだ。
無論、悠斗達の狙いもあれになる。
なので彼らも人の波に隙間が生まれた瞬間を見計らってそこへと近づき、新年初の運試しを実行しようとした、のだが………。
「…………」
「…おい、里紗。俺はあれを見てどうしたらいいと思う?」
「わ、私に聞かないでよ…! …咲ったら、こういう時は意地でも自分でやろうとするから手を出したら怒るのよね…」
…今だ周囲は喧騒に包まれた空気の中、楽しくおみくじを満喫しようとしたところで思わぬ角度からアクシデントが発生した。
というのも端的に内容を述べてしまえば、くじが詰め込まれているボックスの位置が少し高めに設定されていたようで…咲の手がギリギリ届かないという事態に陥ってしまったのだ。
先ほどまであれだけ張り切っていた様子を見せていただけに、悠斗でさえも何と言葉を掛けたらよいのかは分からない。
何せ、確かに他者と比べれば身長は低めな彼女といえどまさかあの高さに手が届かないなんてことになるとは思っておらず…当人もその現実を認めたくないのか、全身をプルプルと震わせて何とか取ろうとする始末。
正直こちらが手伝った方が遥かに平和的に済ませられることは確実なのだが、里紗曰くこういったシチュエーションで一方的に手伝おうとするとほぼ確実に咲の機嫌を損ねてしまうらしい。
まぁ言わんとすることは分からないでもない。
意図していたことではないと言っても背丈が低いことは咲にとって少なくないコンプレックスのようだし、その点を突かれておきながらこちらが手伝いなどすれば彼女自身が惨めに思えてならないのだろう。
しかしいつまでもこの状況を継続していれば状況が膠着するのは明白であり、何かしら手は打たなければいけない。
「ちょ、ちょっと悠斗! あんたがどうにかして咲を手助けしてあげなさい!」
「助けろと言われてもなぁ…里紗じゃ駄目なのか?」
「……私が助けてあげたいのは山々だけれど、こういう時に私から口出しすると逆効果っていうのは分かり切ってるのよ。だからまだ可能性があるあんたに賭けるわ!」
「…まぁ、それならやるだけやってみるよ」
そんなことを考えた辺りで悠斗は里紗から咲を助ける任務を一任されてしまったが、これといった解決策など思い浮かぶはずもない。
そもそもそのようなものが思いついていれば言われるまでもなく実行しているので当然なのだが、だとしても任された以上はやるだけのことはやる。
妙案が手元に無くとも、言葉を交わせば遥かに低い確率だとしても手頃な案が舞い降りてくるかもしれないという希望は残っているのだから。
(どうしたものかね…出来ないことが無いってわけでもないんだけどさ)
加えて、悠斗にも考えが全く無いというわけではない。
一応最後の手段として残している選択肢はあるものの、これに関しては…やり方が少しあれなので緊急時までは使わないつもりだった。
…既に現状が緊急事態なんてラインはとっくに通り過ぎているので、無駄な抵抗に終わりそうだという予感は軽く無視する。
「…咲、大丈夫か? もしあれだったら手伝うけど…」
『…問題ない。あともう少し頑張れば届く…はずだから。悠斗は手を出さなくていい』
(…まぁそう言われるよな。仕方ない、これはあまりしたくなかったんだけど…そうも言ってばかりいられない)
向こうの出方を探るためにもなるべく無用な刺激をしないように留意しながら手を貸すことを進言してみるも、大して効果はなし。
それどころか悠斗に言及されたことで余計に意固地になってしまったのか、どうあっても自分の手で取って見せると言われてしまう始末。
…こうなったらもうどうしようもない。
他に手の打ちようが残されているのなら他の手段も考えたのだが、目の前で頑張ろうとしてしまっている咲を見ると彼女が諦める未来など無いと理解させられる。
であれば悠斗がやるべきことはただ一つ。
彼女が望むように直接手を貸すことは無く、なおかつそれでいてこの膠着している状況を打破できるだけの手助けをするのだ。
「ふぅ……咲、悪いけど少しだけジッとしててくれな」
「……?」
「よっこらしょい…っと! ほれ、これで手も届くだろ?」
「……………!?」
他に手はないと分かった時点で彼は己が出来ることは一つしかないと理解していた。
ゆえにこそ、今こうして咲へと念のために声掛けをしてから悠斗は彼女の脇下を抱えるようにして両手を挟み込み、咲を…ひょいっと持ち上げた。
そうすることでおのずと直前まで届いていなかったくじの箱は咲の目の前まで迫ることとなり、悠斗がくじを引くわけではないので直接的に手を貸したわけでも無い。
まさに完璧と言っても差し支えない作戦。
「………………」
「…お、おい咲? 早いところ取ってくれると助かるんだが……咲さん?」
……なのだが、どうしてか咲は悠斗に軽く持ち上げられると喜ぶどころか明らかに不満そうな顔になってしまった。
「……悠斗あんた、それはないわ……」
そこに追撃を加えるように、二人の後ろで一部始終を見守っていた里紗からも何故だか呆れた顔で酷評を受けるほど。
…文句のつけようもない対応だと思っていただけに、彼女らの反応が著しくないことには本心から納得がいかない悠斗であった。
結果的だけを見れば何とか咲もおみくじを引くことに成功し、丸く収まると思っていた悠斗の策。
しかしその過程に何やら問題でもあったようで、彼女の機嫌を損ねてしまい…それを回復させるためにまた労力を費やすこととなった。
…今こうして振り返ってみてもどうしてあのようなリアクションをされたのか悠斗は真面目に分からなかったが、どういうわけか里紗にまで『あんたねぇ…もう少し乙女心ってものを考えてあげなさいよ』と苦言を呈された。
対応としては間違っていなかったはずなのに理不尽極まりないと心底思う。
まぁもうそこはいいのだ。
結果論ではあっても咲はおみくじを引くことができ、その後の尽力もあって何とか悠斗は彼女の機嫌を回復してもらうことにも成功した。
…だが、柔らかな頬を大きく膨らませながら明らかに「不機嫌です」といった態度を露わにする咲の姿は不謹慎にも可愛らしいと思ってしまうものであったことは彼だけの秘密だ。
張本人にも言ったが最後、更に拗ねさせてしまうことは確実なのだから。
ここは下手なことを言って反論するのではなく大人しく受け止めることが最善だと判断した。
「ふむ、末吉か……微妙なもんだな。二人の結果はどうだ?」
「私は中吉だったわ。まあまあね。…でもこれ、縁談の項目が『しばし待て』ってどういうこと?」
「…さぁな」
それに今は三人全員がおみくじを引き終わり、それぞれの結果を開示している最中。
悠斗のくじは末吉、里紗は中吉と悪くはないがパッとするほど派手な成果が挙げられたわけでも無い。
おみくじの醍醐味はそこにもあるがゆえにさして構わないのだが、何とも言えない結果だったことも疑いようがないだろう。
「咲はどうだった? さっきからジッと見つめて───おぉ! 大吉出たのか!」
「えっ、咲ったら本当!? …凄いじゃない! やっぱり咲は運勢も強いのね!」
「…………」
「……咲? 何だ、気になるところでもあったか?」
けれどそこにばかり意識を集中させていたところで何が変わるわけでも無いため、気分を切り替えるためにもここにいるもう一人の存在、咲に尋ねてみれば…何と彼女の結果は大吉。
おみくじの中でもベストな結果といえる運勢を叩き出したのは、流石咲と言う他ない。
無論、その結果を聞いた悠斗は里紗も含めて彼女を称賛して……そこでふと、浮かない顔をする咲の態度が気になった。
間違いなく他の二人と比べても良い結果だというのに、彼女の表情は晴れるどころか悩まし気なものになっている。
どうしてそんなリアクションをしているのか。その原因を聞いてみれば…スッと指さされた項目の一つが目に入る。
「これって…争い事の欄か。…うん?」
「何々、どうしたのよ? あら、これ……『曇天の後に晴れる』? なんか嫌なこと書いてあるわね…」
彼女が示した欄は今後のトラブルやアクシデントについて書かれている争いごとの箇所。
そして彼女の手にしたおみくじに示されたその内容は…あまり喜んで歓迎できるようなものでもなかった。
おそらく提示された文面からして何かしらのトラブルは発生するが解決も可能だと言いたかったのだろうが、それよりもトラブル自体があると断言されては確かに浮かない顔にもなる。
咲が悩まし気な顔になっていたのも納得だ。
『他は全部いいのに、これだけこんな感じ。…何かトラブルに遭うってこと?』
「うーむ…これだけじゃ何とも言えないな。でも過剰に気にする必要もないと思うぞ?」
「まぁそうね。こういうのは気分的なものだから、咲もあまり気に病まない方が良いわよ。ほら、他は軒並みいいんだから元気だしていきましょ!」
「………」
だが、悠斗にしても里紗にしてもおみくじの項目一つが悪かったくらいで無闇に不安がる必要はないと考えている。
そもそもこれは一年の運試し的な要素が強い催し物なのだから、確実に何があるなんてわけでもない。
それに、その点を追及していけば彼女の結果よりも悠斗が引いたくじの方が余程微妙な事柄ばかり書かれているのだから気にするだけ損になるばかりだ。
なので里紗からも明るい声色で元気を出すようにアドバイスを受ければ…何とか気分も持ち直してくれたらしい。
こくりと頷きながら苦笑する咲を横目にしつつ、問題もなさそうだと判断した悠斗は一度この場を離れるために二人へと声を掛けていった。
──残されたこの場所に、一抹の不安を残しながらも。




