第33章 「粒子加速器唸る時、防人乙女が交差する」
「そうと決まれば、善は急げですね!」
やたらと景気の良い里香ちゃんの発言が鶴の一声になった訳じゃないけど、「時空漂流者救出作戦」のお膳立ては速やかに整えられたんだ。
いつでもワームホールに飛び込めるよう、里香ちゃんはガラスドームの中でスタンバっているし、鳥野教授と研究員達も、各自に割り当てられたコンピューター端末や装置類の前に着席している。
特に立ち位置が決まっていないのは、私だけだね。
仕方がないので、鳥野教授の御隣に陣取らせて貰ったよ。
こうやって科学者の隣に控えていると、まるで一昔前に流行ったロボットアニメのヒロインみたいだよね。
気分はすっかり、「鋼鉄武神マシンオー」の三木村マキコや「超電子ロボ・マグネイター5」の夕月千和。
まあ、その手のヒロインは大抵、博士の愛娘って所が相場なんだけど。
「只今より、タキオン粒子加速器を用いた、ワームホール生成実験を開始します!」
鳥野教授の号令一発、実験室内に緊張が走った。
「座標演算、完了!」
コンピューター端末にかけた男性研究員の声が、清潔な実験室にこだまする。
エキゾチック物質の影響で特異点となった京花ちゃんの軍用スマホが放つGPS信号を元にして演算された、修文4年の座標値。
これと現在の座標値を接続する事で、現在と過去の2つの時代を繋ぐルートが導き出されるんだよ。
「粒子加速器、起動させました!」
大学院生と思わしき年若い青年研究員が、幾つものボタンを小気味良く次々に作動させていく。
粒子加速器はデリケートだから、何重にもプロテクトが掛かっているみたい。
安全対策の為にだね。
「出力安定!」
実験室の床下から、研究棟全体に鳴り響くような機械音が唸ってくる。
地下に設置されている粒子加速器が、タキオン粒子を加速させているんだね。
「タキオン粒子衝突!ワームホール生成に成功!」
中枢神経へ諸に響くような奇妙な衝撃を感じたのも束の間、ガラスドームの中には奇怪な物体が出現していたんだ。
それは一体、何に例えたら良いんだろう…
引き裂かれたポスターの裂け目から、貼っている壁面が見えている。
強いて言うなら、そんな感じかな。
ガラスドームの中の空間が裂けて、鳴門の渦潮みたいな渦巻きが出来ていたの。
そして渦巻きの奥には宇宙空間みたいな暗黒が見えていて、裂け目の周辺は奇妙に歪んでいる。
空間の裂け目としか形容の出来ない事象。
これぞ、亜空間への入口にして、過去と現在を繋ぐ回路。
正しくワームホール。
「里香ちゃん、それに飛び込んで!その中には、里香ちゃんの子孫の京花ちゃんがいる!力を合わせて珪素獣を倒すんだ!そして、女子特務戦隊の戦友達の元に帰るんだよ!」
私の叫びに、ガラスドームの中の里香ちゃんは力強く頷き、開放された障壁から、ワームホールの中に飛び込んだんだ。
「ありがとう、千里ちゃん…必ず勝つよ、私達!」
私に笑いかけた里香ちゃんは直ちに向き直り、二度と再び振り返らなかった。
古事記のイザナギノミコトやギリシャ神話のオルフェウスにも、これ程の克己心があれば良かったのに。
「里香ちゃん!」
思わずガラスドームに駆け寄った私の目が捉えたのは、暗黒の亜空間に潜む珪素獣の姿だった。
「うおおおっ!」
その岩石製の甲殻類みたいな珪素獣に向かって、着剣した歩兵銃を携えた里香ちゃんが、真っ直ぐに突進していく。
その正反対の方向から、もう1つの別の何かが、こちらへ向けて一直線に突っ込んでくるみたい。
それはまるで、目映い白色の流星のようだった。
「はああああっ!」
流星のように見えた白い光は、私に馴染み深い少女の猛々しい雄叫びを伴って、珪素獣目掛けてグングンと近づいていく。
「京花ちゃん…?京花ちゃんだよね!」
京花ちゃんと思わしき白い光が、こちらにグングンと近づいて来るのに伴って、里香ちゃんはみるみる小さくなっていく。
ガラスドームを隔てた私には、もはや緑色の光にしか見えないよ。
白と緑。
2色に輝く光の玉が、岩石みたいにゴツゴツとした珪素獣の巨体に衝突した、その刹那だった。
「亜空間内部で爆発発生!」
研究員が絶叫した次の瞬間、ガラスドーム内で衝撃が弾けたんだ。




