第22章 「ジャジャ馬訓練生、箕面茅乃准尉」
二人の射撃訓練を見守っていたのは、私達だけじゃなかったの。
「スゴいよね、正式配属の遊撃士って…自分の得物じゃないのに、ああやってアサルトライフルを使いこなせちゃうんだからさ。」
「私達も早く、あのレベルにならないとね…」
私やマリナちゃんと同じタイミングでレーンに入っていた養成コースの子達が、ビールやチューハイのアルミ缶片手にヒソヒソ話をしている。
今日は土曜日で公立小学校もお休みだから、この子達も自主トレのために登庁したんだね。
「そうだよ、訓練生諸君!君達も諦めずに訓練を続ければ、必ず出来るようになるんだから!」
気付いたら私は、ヒソヒソ話をしていた訓練生の子達の前に出て、膝を屈めながら話しかけていたんだ。
水色の訓練服を着た養成コースの可愛い子達を見ていると、ついお姉さんぶりたくなっちゃうんだよね。
「はっ!承知しました、吹田千里准佐!」
「我々訓練生一同、諸先輩方の一挙一投足を御手本と致し、より一層の訓練に励む事を誓います!」
ウンウン…!
実に良い返事だよ、養成コースの諸君。
発展途上の小さい身体で、バシッと決める人類防衛機構式の敬礼。
写真に撮って額装した後、「若き防人の乙女」とでも銘打って掲示したい程の美しさだよね。
「おいおい…そういう台詞は、銃器以外を個人兵装にした遊撃士が言うべきじゃないのか、ちさ…」
まあ、こうして悦に入っていた私の意識は、マリナちゃんのツッコミで、無情にも現実に引き戻されちゃうんだけど。
「それを言わないでよ、マリナちゃん…」
こうなっちゃうと、頭を掻くしかないんだよね、私としても。
先輩風を吹かすキャラじゃないのかな、私って…
とはいえ、私が余裕を保てていたのもこれまでだったよ。
「和歌浦マリナ少佐の前では形無しなんですね、吹田千里准佐。」
髪をツインテールに結った訓練生の片割れが、茶化すように笑ったんだ。
この訓練生は、確か…
「あっ…君は!」
忘れようはずもない!
スクールバスの中で私に生意気な態度を取った、箕面茅乃准尉だ。
「一言余計だよ、箕面茅乃准尉!」
「おおっと、怒らせちゃった!それじゃ、我々は次の訓練がありますので失礼致します!先に行っとくからね、湊遊海准尉!」
こうして私が一喝するや、あたかも脱兎の如く、箕面准尉は射撃訓練場から逃げ出したんだ。
「あっ、茅乃ちゃん!」
至って善良そうな同輩を、その場に残してね。
生意気盛りの訓練生にからかわれた私は、そのやり場のない苛立ちを抑えきれなかったの。
「全く、あの箕面茅乃准尉と来たら…!」
「あっ、ああ…」
ぶつくさと悪態をつき始めた私の隣に取り残された訓練生の子こそ、今にして思えば可哀想だったね。
オロオロと視線を泳がせ、怯えたように顔を引きつらせちゃって。
よっぽど私の人相が悪くなっていたんだね。
「本っ当にどうしようもない、跳ねっ返りのジャジャ馬だよ!」
「うっ…!」
この湊遊海准尉も、本当に災難だよね。
こんな不機嫌な上官と目線が合っちゃったんだからさ。
「ああ…!申し訳ありません、吹田千里准佐!」
それにしても、遊海ちゃん?
何も、そこまで青ざめなくても良いんじゃない?
「茅乃ちゃん…いえ、箕面茅乃准尉は、決して悪い子じゃないんです…ちょっと元気が有り余っちゃっているだけで…後で私がキツく御灸を据えておきますので、何卒穏便な処罰を…」
可愛らしい童顔は血の気が引いて真っ青になり、弁明する声もシドロモドロ。
湊遊海准尉には、飛んだとばっちりになってしまったね。
「えっ…?ああ…待って、遊海ちゃん!遊海ちゃんのせいじゃないからさ…」
我に返るや、慌ててフォローに入った私は、遊海ちゃんに負けず劣らず狼狽えていたんだろうな。
「おいおい、ちさ…相手は養成コースの小学生。そんなに凄んでやるんじゃないよ。そもそも、そんな慣れない真似をするから…」
止めは、マリナちゃんのこの一言。
無意識のうちに吹かそうとしていた先輩風も、「懐の広いイカした上官」という理想の自己イメージも、全ては波に浚われた砂の城よろしく、脆くも砕け散ってしてしまったんだ。
「ギャフン、だね…」
こんな古臭い言い回しでも口にして茶化さない事には、膝から崩れ落ちてしまいそうだよ。
そんな意気消沈した私を見るに見かねてか、遊海ちゃんが執り成すように歩み寄ってきたんだ。
「あっ、あの!茅乃ちゃんも、吹田准佐を軽んじている訳ではないんです。むしろ、茅乃ちゃんなりにお慕いしているんですよ…」
「えっ…!ホントなの、それって?」
こうやって簡単に心を揺さぶられちゃう私も、我ながら単純だなあ…
「おっしゃる通りです、吹田千里准佐!茅乃ちゃん、前にこう言ってました。『あの人は決して上から押さえつけず、本気で私の相手をしてくれる。あの人がいないと、張り合いがない。』と…」
遊海ちゃんったら、本当に良く出来た子だよね。
こうして目上の人に気を遣えるだけじゃなくって、悪友の尻拭いまで出来るなんてさ。
「へえ…そうなんだ。箕面准尉ったら、そんな事をね…!」
すっかり乗せられて、弾んだ声を上げちゃうんだよね、私ったら!
上官としての威厳も何もあった物じゃないよ。
「ああ!そうだよ、ちさ。箕面准尉だって、波長が合うと思うからこそ、ちさにアクションを起こしてるんだよ。」
さっきの箕面准尉に比べたら断然マイルドだけど、マリナちゃんの口調にも、私をからかう響きが含まれていたんだよね。
「ちょっと、マリナちゃん…それ、私が訓練生の子達と同レベルだって言いたいの?」
ムッとした私が、マリナちゃんに食ってかかろうとした、まさにその時。
「それは違うよ、千里ちゃん!『同じ目線で触れ合える。』って事だよ。」
「千里さん、教育者や指導者の素質があるのかも知れませんね。」
アサルトライフルを返却して戻ってきた2人に、こうして軽く諌められちゃったんだよね。




